M&Aにおいて、売り手側の経営者を複数年縛るキーマン条項(ロックアップ)。経営者自身のその後の人生を左右するだけあって、慎重に判断を下す必要があります。
ロックアップ中の経営者は「死んだ目をしている」とか言われたり、今まで自由に会社経営してきたから、ロックアップ中は牢屋に入っていたような感覚だった、という経営者もいたりします。
本記事ではロックアップの期間の相場、ロックアップの有無と売却額の関係など、実際のM&Aの局面で正しい判断をするために必要な情報をまとめています。
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キーマン条項とは、被買収企業のキーマン(基本的にはCEO)が2〜3年間、企業に残ることを定めたものです。ロックアップとも呼ばれます。買い手側のためにあるもので、キーマンが抜けたことで買収後に事業が回らなくなるのを防ぐことが狙いです。
売り手側の経営者、つまりロックアップをかけられる側からすれば、ロックアップ期間は会社をやめることができないため、かなり自由が失われる条項だといえます。
キーマン条項は、ロックアップ期間の他社への個人的なサポートや出資が禁止される条項も入っている場合があります。ここまでいくと、意に反して会社に残っている場合はまさに牢屋に入っているような感覚になるかもしれませんね。
ロックアップ期間の長さは、M&Aの成否にも大きく影響します。売り手・買い手の双方にとって重大な検討事項ですので、慎重に話し合いを重ねる必要があります。
ロックアップ期間は引き継ぎ期間と捉えることができます。売り手企業のキーマンが、買い手側の企業に事業の回し方を引き継ぐ期間なのです。
ロックアップ期間は事業の回し方の引き継ぎや、組織体制の確立までにどれだけ時間がかかるかを考えて決めます。ロックアップ期間の相場は2,3年ですが、会社の規模が小さい場合はより短く、規模が大きい場合はより長くなる傾向があります。
買い手側にとって、ロックアップ期間は短すぎても長すぎてもよくありません。短すぎた場合、引き継ぎを十分に終えることができない可能性があります。一方で、長期間縛ったことで、モチベーションを下げたキーマンが事業を推進するときの足かせになる場合もあります。
これはやや特殊な例ですが、クックパッドの穐田社長は「人の感情は買えない」としてロックアップはつけないと明言しています。感情に反して会社に所属している人間がいることのデメリットを考えてのことでしょう。
売り手側にとって、ロックアップ期間は短ければ短いほどいいです。もっといえば、キーマン条項がないのがベストです。できるだけ自由なほうがいいのは当たり前ですよね。もちろんキーマン条項でロックアップがかかっていなくても、そのまま会社に残ることはできます。
売却時にはそのまま残って事業の成長に貢献したいと考えていた場合でも、ロックアップ期間中に考えが変わる可能性もあります。そのときの気持ちで、ロックアップ期間を長く設定してしまうとあとで後悔することになりかねません。長くても3年くらいに留めるべきです。
キーマン条項(ロックアップ)を設ける場合に把握しておくべき注意点を紹介します。
売り手にとって、キーマン条項は短いほどいいですし、もっと言えば無い方が良いというのは先ほど説明しました。しかし実際の交渉で悩むのは、キーマン条項と売却額がトレードオフの関係にあるからです。買い手側からすればキーマン条項をつけたいので、キーマン条項なしとなると当然売却額は下がります。
買い手側の経営者からすると、売却額を下げてまでキーマン条項をなくすことは、自分の自由をお金で買うようなものです。キーマン条項をつけるかどうかで悩んだ時には、以下の観点で考えてみましょう。
特に自分の自由の価値は、一年あたりに換算すると分かりやすいです。
例えば、3年間のロックアップで売却額が3億円上がるのであれば、一年間の自由を1億円で買っていると計算することができます。
買い手選びは当然慎重に行うべきですが、キーマン条項をつけるなら尚更です。キーマン条項をつけた場合、そのまま買い手のもとで数年間働くことになるわけで、買い手選びは同時に就職活動であるともいえます。
売却額などの条件のみならず、買い手側の代表や社員が信用できる人間か、ロックアップ期間の自分の待遇がどのようなものかを吟味しましょう。
キーマン条項はアーンアウト条項とあわせて盛り込まれることがあります。これはアーンアウト条項が、会社に残ったキーマンにとってインセンティブになるからです。ロックアップ期間に頑張って結果を出した分だけ、売却額が追加で増えるとなったらロックアップ期間のモチベーション維持もしやすくなりますよね。
買い手側から提案されない場合は、売り手側からであっても提案してみると良いでしょう。
アーンアウト条項については、以下の記事にまとめています。
キーマン条項をめぐる、具体的なM&Aの事例を紹介します。
先ほども述べましたが、キーマン条項と売却額は基本的にトレードオフの関係にあります。キーマン条項をなくそうとすると、その分売却額は下がります。
例えばある事例では、キーマン条項をつける場合の売却額は30億円、キーマン条項をつけない場合の売却額は20億円というのが買い手側からの提示でした。キーマン条項がつくと、売却額が10億円も跳ね上がるのです。
結局この事例では、売り手はキーマン条項なし・20億円で売却を行いました。10億円より自分の自由を優先させた例です。その後売却した方は、しばらくのリフレッシュ期間を経て、また新たに起業しています。
ロックアップの期間が長いのは大きなリスクです。長いロックアップ期間の間に何が起こるかは誰にも分かりません。いくら売却時にそのまま残って事業の成長に貢献したいと思っていても、将来の自分はそうではないかもしれません。
ある事例では、ロックアップ期間を5年に設定した結果、ロックアップをかけられた売り手経営者が大きくモチベーションを下げ、最終的には違約金を払って会社をやめるに至りました。
M&A当初は事業を成長させることに熱意を燃やしていたものの、会社売却によって数十億円のキャッシュを得て、モチベーションを下げてしまったのです。
結局のところ、アーンアウト条項をつけたとしても創業者はすでにキャッシュを得ている場合が多いので、あまりモチベーションにつながりません。長すぎるロックアップ期間は双方にとってあまり良い結果にならない場合が多いのです。
ロックアップ期間は売り手にとって、無い方がいいですし、あっても短ければ短いほどいいです。最大でも3年に留めるべきです。
事業を成長させることにまだモチベーションがある場合はロックアップ期間をつけても良いですが、その気持ちは数年後でも変わらないかを自分に問いかけましょう。
もしキーマン条項を受け入れるのであれば、自分がロックアップ期間に何をするのかを買い手との話し合いで明確にしておくことが不可欠です。
M&A交渉時において一番の争点となるのは売却額。そして売却額を決める際の根拠となるのがバリュエーションです。以下の記事では、資金調達時とM&A時でバリュエーションが変わってくる理由、実際のM&Aでのバリュエーション算定の方法などをまとめています。
M&Aは一般的に最低でも3ヶ月は要する長丁場。経営者が陥りがちな落とし穴も少なくありません。
以下の記事では、M&Aの流れを売却側の立場から解説。ありがちな失敗例と注意点を解説しています。
監修者プロフィール
栗島祐介
画像出典元:Pexels
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