キーマン条項(ロックアップ)とは、売り手側の経営陣に、M&A成立後も一定期間その企業に残留することを定めるものです。
M&A後の事業運営がスムーズになる利点はありますが、売り手側経営者にとっては、条項に複数年縛られて自由が利かなくなります。
本記事では、キーマン条項の内容や期間、売却額との関係などの基本知識を解説。
また、実際のM&Aの現場を知る専門家からの知見や体験談も交えながら、立場別の注意点や、文例・事例へのアドバイスも紹介していきます。
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キーマン条項とは、売り手側の企業のキーマン(社長や役員など)がM&A成立後も2〜3年間など定めた期間、その企業に残って、引継ぎなどの業務を行うことを定めるものです。
経営者を一定期間拘束する取り決めのため、ロックアップ(Lock up)とも呼ばれます。
キーマンの退職によって、買収後に想定した収益が上がらなくなるのを防ぐことが狙いで、主に買い手のリスク回避のために用いられます。
HAKOBUNE株式会社 代表 栗島祐介氏
売り手側の経営者からすれば、かなり自由が失われる条項だといえます。ロックアップ中の経営者は「死んだ目をしている」などといわれたり、「牢屋に入っていたような感覚だった」と語る方もいるので、慎重に判断を下す必要があります。
キーマン条項は、M&Aの契約の中に盛り込んで定めます。
<キーマン条項に含まれる内容例>
1) 残留する人物
2) ロックアップ期間
3) 個人的な出資の禁止
4) 賠償金の取り決め
1)2)で「誰がどのくらいの期間残留するか」を決めるのがまず基本です。
また、他社への個人的なサポートや出資が禁止される場合もあり、売却で得た資金を元に新たな事業を支援したいと考える経営者にとっては足かせとなる可能性もあります。
また、違反した場合の賠償金を取り決める場合もあります。
企業同士の関係性や状況によって内容は様々なので、キーマン条項の提案が出た場合は、専門家と相談しながら交渉するようにしましょう。
キーマン条項は、M&A後の業績が好調な場合は追加の支払いを受けられるアーンアウト条項と組み合わせて交渉されることもあります。
売り手側の経営者にとっては、ロックアップ中のモチベーションアップにも繋がるため、ぜひ組み込んで検討してみましょう。
ロックアップ期間の長さは、M&Aの成否にも大きく影響するため、慎重に決める必要があります。
ロックアップ期間の相場は2~3年で、長くても5年以内であることが多いです。
事業の回し方の引き継ぎや、組織体制の確立までにどれだけ時間がかかるかを考えて定めます。
会社規模が大きいほど期間が長く、小さいほど短くなる傾向があります。
買い手側にとっては、ロックアップ期間は1年~3年で設定するのが望ましいでしょう。
短すぎると引き継ぎが十分に行えず、また、M&A後は体制の混乱から一時的に業績が落ちることもあるため、軌道に乗り出すまで残ってもらうよう定めるほうが良いです。
一方で、あまり長期間縛ってしまうと、キーマンの事業推進のモチベーションを下げてしまうため注意しましょう。
HAKOBUNE株式会社 代表 栗島祐介氏
これはやや特殊な例ですが、クックパッドの穐田社長は「人の感情は買えない」としてロックアップはつけないと明言しています。感情に反して会社に所属している人間がいることのデメリットを考えてのことでしょう。
売り手側にとっては、ロックアップ期間は短ければ短いほどよいです。もっといえば、キーマン条項がないのがベストです。
もちろんキーマン条項でロックアップがかかっていなくても、そのまま会社に残ることはできます。
売却時にはそのまま残って事業の成長に貢献したいと考えていた場合でも、ロックアップ期間中に考えが変わる可能性もあります。
そのため、期間を長く設定してしまうとあとで後悔することになりかねませんので、長くても3年くらいに留めましょう。
キーマン条項(ロックアップ)には、売り手・買い手の立場別に次のようなメリットがあります。
売り手にとっては、ロックアップをつけることで、高い価格で売却できる可能性が高くなります。
まず、いくら魅力的な会社でも、引継ぎが失敗すればM&Aの成果には繋がらないため、キーマンが会社に残ることで経営の安定性に期待ができる案件は売却価格が高くなりやすいです。
ロックアップ期間が長ければ長くなるほど、高値がつく傾向があります。
さらに、業績等が目標値を超えた場合に追加額が支払われる「アーンアウト条項」も組み合わせた場合は、さらなる対価を得られる可能性があり、大きなメリットを受けることができるでしょう。
M&Aコンサルタント 松尾 慎太郎
特に、スタートアップ企業の場合、創業者の関与の有無が非常に重要なファクターです。買い手にとっては、自分たちが運営したことのない領域をM&Aすることもあるため、「なるべく残って欲しい」という意向が働きます。売り手としては、これを交渉材料に売却金額を上げることもできるので、うまく活用しましょう。
買い手にとっては、ロックアップによって、M&A後の対象会社の事業運営をスムーズに行えるメリットがあります。
M&Aによって獲得したい売り手のビジネスモデルやノウハウは、実際にそれを運営していたキーマン自身がハンドリングしながら教えないと伝達しきれないことも多いです。
また、創業者や幹部が不在となり新しい経営陣が入ってくると、現場の従業員にも混乱が生じ、退職者が増えたり、期待されるパフォーマンスが発揮されなくなる恐れもあります。
これらのリスクを防止する意味でも、中核となる人物には多少高い対価を払ってでも残って欲しいと希望する買い手も多いです。
キーマン条項(ロックアップ)を設ける場合に把握しておくべき注意点も紹介します。
売り手にとって、キーマン条項は短いほどいいですが、しかし実際の交渉で悩むのは、キーマン条項と売却額がトレードオフの関係にあるからです。
買い手側からすればキーマン条項をつけたいので、キーマン条項なしとなると当然売却額は下がります。
売り手側の経営者からすると、売却額を下げてまでキーマン条項をなくすことは、自分の自由をお金で買うようなものです。
キーマン条項をつけるかどうかで悩んだ時には、以下の観点で考えてみましょう。
HAKOBUNE株式会社 代表 栗島祐介氏
特に自分の自由の価値は、一年あたりに換算すると分かりやすいです。例えば、3年間のロックアップで売却額が3億円上がるのであれば、一年間の自由を1億円で買っていると計算することができます。
買い手選びは当然慎重に行うべきですが、キーマン条項をつけるなら尚更です。
キーマン条項をつけた場合、そのまま買い手のもとで数年間働くことになるわけで、買い手選びは同時に就職活動であるともいえます。
売却額などの条件のみならず、買い手側の代表や社員が信用できる人間か、ロックアップ期間の自分の待遇がどのようなものかを吟味しましょう。
キーマン条項の対象者が、定められた期間より早く退職した場合、契約違反として損害賠償金を請求されることもあります。
契約時には、損害賠償金額の上限の定めを確認しましょう。
また、病気等やむを得ない事由での退職における例外措置についても確認しておきましょう。
M&Aコンサルタント 松尾 慎太郎
ロックアップ期間の途中で辛くなったとしても、病院で診断書をもらわないと辞められなかったという実例も耳にしますので、いざという時不利にならないようノウハウのあるエージェントを介して交渉を進めていきましょう。
キーマン条項はアーンアウト条項とあわせて盛り込まれることがあります。
これはアーンアウト条項が、会社に残ったキーマンにとってインセンティブになるからです。
ロックアップ期間に頑張って結果を出した分だけ、売却額が追加で増えるとなれば、ロックアップ期間のモチベーション維持もしやすくなります。
買い手側から提案されない場合は、売り手側からであっても提案してみると良いでしょう。
実際のキーマン条項の内容文例は以下のとおりです。
乙(経営株主)は、自らならびに対象会社の経営陣の〇〇氏および対象会社の従業員○○氏を、クロージング日から起算して○年間、対象会社の業務に従事する/させるものとする。
ただし、これは一般的な例文であり、個々の案件において定めるべき条件は異なります。
安易にひな型を利用すると、自社に不利益な条項が入っていたり、細かな条件について明文化をしなかったため後々トラブルになってしまう恐れもあります。
実際に締結する際は、期間や対象者だけでなく、競業避止義務や契約の解除条件など、現場での知識が豊富なプロに相談しながら進めていくようにしましょう。
HAKOBUNE株式会社 代表 栗島祐介氏
実際のM&Aの現場で触れた、キーマン条項をめぐる具体的な事例を紹介します。
先ほども述べましたが、キーマン条項と売却額は基本的にトレードオフの関係にあります。キーマン条項をなくそうとすると、その分売却額は下がります。
例えばある事例では、キーマン条項をつける場合の売却額は30億円、キーマン条項をつけない場合の売却額は20億円というのが買い手側からの提示でした。キーマン条項がつくと、売却額が10億円も跳ね上がるのです。
結局この事例では、売り手はキーマン条項なし・20億円で売却を行いました。10億円より自分の自由を優先させた例です。その後売却した方は、しばらくのリフレッシュ期間を経て、また新たに起業しています。
ロックアップの期間が長いのは大きなリスクです。長いロックアップ期間の間に何が起こるかは誰にも分かりません。いくら売却時にそのまま残って事業の成長に貢献したいと思っていても、将来の自分はそうではないかもしれません。
ある事例では、ロックアップ期間を5年に設定した結果、ロックアップをかけられた売り手経営者が大きくモチベーションを下げ、最終的には違約金を払って会社をやめるに至りました。
M&A当初は事業を成長させることに熱意を燃やしていたものの、会社売却によって数十億円のキャッシュを得て、モチベーションを下げてしまったのです。
結局のところ、アーンアウト条項をつけたとしても創業者はすでにキャッシュを得ている場合が多いので、あまりモチベーションにつながりません。長すぎるロックアップ期間は双方にとってあまり良い結果にならない場合が多いのです。
キーマン条項の条文には「当該期間経過後における地位の継続及び執行については、甲乙協議により定める」と書かれることもあり、ロックアップ後の残留の余地を含んでいるものもあります。
<残留している例>
・ コインチェック社のマネックスグループへの売却
アーンアウト期間終了後も元社長・副社長が執行役員として残留(参考:FAST GLOW)
・LAUGHTECH社のベクトル社への売却
代表取締役がロックアップ後も残留(参考:M&A BANK)
M&Aコンサルタント 松尾 慎太郎
上記は残留している有名な例ではありますが、現場での事例を見てきた肌感覚としては、ロックアップ後も残っている方は1~2割程度の印象です。
例えばある事例では、ロックアップ期間3年を終えたS社の社長が「本当に3年間が長く感じました。ようやく自分のやりたい事がこれから開始できるぞ!と晴れ晴れした気持ちです。」とコメントしており、ロックアップ期間中の親会社のプレッシャーをかなり負担に感じていたことが伝わってきます。
また、ロックアップ期間が1年であったY社の社長は、「この1年は事業成長戦略と親会社のシナジーを意識したビジネス推進をしてきました。このまま残る選択肢もありましたが、私は新しくやりたい事もできたので、ここで一区切りと決断をしました。」と発言しています。
Y社社長は、今後も"アドバイザー的にビジネスを見ていく関係性を維持していく予定"とのことで、1年間という期間の短さや、やることが明確であったこともあり、ロックアップ後も関係性よくお付き合いができている好例でもあります。
このように、創業者たちの売り手企業のビジネスへのこだわりや、将来的な意向によっても、ロックアップの期間や取り決めが何が適切かは変わってくるため、実例に詳しい専門家と二人三脚で検討していくとよいでしょう。
この記事では、キーマン条項(ロックアップ)のメリット・デメリットや具体例をご紹介しました。
ロックアップは、売り手は売却価格のアップが見込めますし、買い手にとってもM&A後の事業運営に大きなメリットのある条項です。
ただし、期間や条件は慎重に検討すべきですし、せっかく残留するのであればアーンアウト条項を提案してみるのも有効でしょう。
自身のモチベーションや数年後の姿について真剣に考え、それに寄り沿って提案・助言してくれるアドバイザーとともに交渉を進めていきましょう。
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画像出典元:PhotoAC、Pexels
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