TOP > SaaS AI > SaaSの未来 > SaaSとAI、2025年上半期の動き ― 編集部が気になったトピック集
AIエージェントの台頭で、SaaS業界は大きな変化の渦中にある。自律的に思考・実行するAIは、事業や競争のあり方を根底から変えるだろう。
では、2025年上半期、この変化の最前線では具体的に何が起きていたのか。下半期に向けて、編集部が特に注目した国内外の主要な動向を整理する。
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2025年上半期のSaaS業界は、AIが事業の中核へと本格的に移行し、構造変化が始まった半年であった。これは、従来の「AI搭載機能」の時代から、自律的に思考・実行する「AIネイティブな自律性」を追求する時代への明確な転換点と言える。
このパラダイムシフトは、SaaSのテクノロジー、ビジネスモデル、そして競争力学そのものを根底から再構築し始めているのだ。
本記事では、次なる戦略のヒントとすべく、編集部が注目した2025年上半期の国内外の主要な動きを解説していく。
SaaS大手のServiceNowは、2025年5月に開催した年次イベント「Knowledge 2025」において、AIエージェントを中心とする新戦略を明確に打ち出した。その中核となるのが、新たに発表された「AI Control Tower」である。これは、自社およびサードパーティ製のAIエージェント、モデル、ワークフローを単一プラットフォームで統制・管理する集中型コマンドセンターだ。企業全体のAI投資を最適化し、ビジネス戦略への責任ある統合を保証する。
さらに、エージェント間の連携を司る「AI Agent Fabric」も発表。Accenture、Microsoft、Google Cloud、IBMといった主要パートナーとの初期統合により、メーカーの垣根を越えたシームレスな企業ワークフローの実現を目指す。これは、単一のAIではなく、複数のAIエージェントが協調して業務を遂行する未来を示唆する重要な一手と言えるだろう。
参考:https://www.servicenow.com/products/ai-control-tower.html
2025年上半期は、AIを前提にサービスを構築する「AIネイティブ企業」の存在感が際立った。その筆頭が、評価額が180億ドルに達したAI検索エンジンPerplexity だ。引用元を明示しつつ直接的な回答を生成する同社のサービスは、従来の検索体験のパラダイムに挑戦している。
開発領域では、評価額99億ドルのAIネイティブなコードエディタ Anysphere (Cursor) が台頭。自然言語でコード生成やリファクタリングを行い、開発者のワークフローを根本から変革しつつある。さらに、基盤モデルの領域ではフランスの Mistral AI が、オープンウェイトのLLMで米国巨大テック企業群に挑む。これは、欧州勢がAIイノベーションの主要プレイヤーであることを明確に示した事例である。
AIネイティブ企業の攻勢に対し、既存のSaaSリーダーも自社のプラットフォームにAIを深く統合し、その牙城を守っている。特に顧客エンゲージメントの領域では、ビジネスモデルの変革を伴う動きが活発だ。
顧客サポートプラットフォームのIntercomやZendesk は、成果ベース課金のパイオニアである。自社のAIチャットボットが人間の介在なしに顧客の問題を解決した場合にのみ課金するモデルは、AIの価値を直接収益に結びつける。
AIチャットボットは実際に収益の増加に貢献している。ビジネス分析プラットフォームであるDatabox社は、Intercom社のAIチャットボット(Fin AI Agent)を導入したことによって、新規の収益が40%増加したことを報告した。
参考:https://www.intercom.com/customers/databox
また、マーケティング・営業プラットフォームのHubSpot は、セールスファネルや解約予測、コンテンツ生成まで、あらゆる機能にAIを深く組み込み、中核的な価値提案そのものを強化している。
株式会社マネーフォワードは2025年4月、DXからAX(AI Transformation)への進化を宣言し、新たなAI戦略を発表した。その核となるのは、自律的にタスクを遂行する「AIエージェント」を「デジタルワーカー」と位置づけ、同市場へ本格参入することである。
これは、生産年齢人口の減少が深刻化する日本において、特に人材不足に直面する中小・中堅企業の生産性向上を支援する明確な一手だ。同社はすでに自社のセールスや開発業務において、AI活用で2倍以上の生産性向上を見込む。この実績を基に、「国内No.1のバックオフィスAIカンパニー」を目指すという構えだ。
参考:https://corp.moneyforward.com/news/release/corp/20250402-mf-press-1/
freeeは2025年5月、同社が提唱する独自の業務体験「統合flow」にAIを掛け合わせる新コンセプトを発表した。これは、Work・Communication・Dataのflowを統合した基盤上でAIを活用し、バックオフィス効率化に留まらない「経営のパートナー」への進化を目指すものだ。
その具体例が、クローズドβ版として提供が始まった「AIチャット請求」である。この機能は、月末に未発行の請求書をAIが自動で特定・作成し、担当者は確認・指示のみで締め作業を完了できる。これにより、合算時のミスや漏れといったヒューマンエラーを防止し、経理担当者の残業時間削減に直結させる。
参考: https://corp.freee.co.jp/news/20250514freee_ai.html
ラクスは以前より、主力製品「楽楽精算」でAIを活用し、全作業時間を60%削減するという野心的な目標を掲げていた。2025年7月、その構想をさらに拡大し、同社の主要SaaS群へAIおよびAIエージェント機能を本格導入すると発表した。
まず、電子請求書発行システム「楽楽明細」と「楽楽債権管理」に10月からAI機能を実装。年内には「楽楽販売」にも展開し、機能を順次拡張していく計画だ。これは、経費精算という単一業務の効率化から、請求・債権・販売管理といったバックオフィス全体のプロセスをAIで革新しようとする、同社の強い意志の表れである。
参考:https://www.rakus.co.jp/news/2025/0710_3.html
「すべての経済活動を、デジタル化する。」を掲げるLayerXは、他社とは一線を画すアプローチでAIエージェント事業への参入を表明した。多くの企業がAIをツールとして顧客に提供する中、同社は「AI-BPOサービス」という独自の形態を採る。
これは、LayerX自身がBPO事業者としてAIエージェントを駆使し、業務を代行。顧客は従来のアウトソーシング同様、最終的なアウトプットのみを受け取るというモデルだ。この事業は、行動指針を「Bet AI」に更新するなど、同社のAIへの強いコミットメントを背景に持つ。CEO直下に専門部署を置き、まずは請求書受領代行からサービスを開始する計画だ。
参考:https://layerx.co.jp/news/20250407/
2025年上半期は、AIが「業務を効率化するツール」から「業務を遂行する自律的なエージェント」へと、その役割を明確に変えた半年だったと言える。それにより、SaaSベンダーも役割を自身の動きを再定義する動きが見られた。
海外では、AIネイティブ企業の台頭が既存のビジネスモデルに挑戦状を叩きつけ、ServiceNowのようなプラットフォーマーや、成果報酬モデルを導入したIntercomなど、リーダー企業も適応を迫られた。国内においても、マネーフォワードの「AX宣言」、freeeの「統合flow」との連携、ラクスのバックオフィス業務全体への展開、そしてLayerXが提示した「AI-BPO」という新たな協働モデルなど、各社がAIを事業の中核に据える強い意志を示した。
これらの動きが示すのは、もはや「AIをどう使うか」という次元の議論は終わり、「AIエージェントという新たな労働力を前提に、いかに事業モデルや業務プロセスを再構築するか」が競争力の源泉になるという事実だ。この構造変化を的確に捉え、自社の戦略に落とし込むことこそ、未来の成長を掴むための必須条件となるだろう。