TOP > SaaS AI > AI×働き方 > AIは使えて当然か。SaaS営業のリアルな本音【前編】成果を最大化する方法とAIの限界
AIの進化は、私たちの働き方を根底から変えようとしている。特に変化の激しいSaaS業界では、その影響は計り知れない。
「このままだと、時代に乗り遅れてしまうのでは……」といった不安や焦りを感じている人も多いのではないだろうか。
そんなビジネスパーソンに向けて、「AI×働き方」の連載企画では、AI時代のキャリアの向き合い方をテーマに、現場のリアルな声をお届けする。
第一弾となる本記事(前編)では、「AIによってどのように日々の業務が変わったのか」といったリアルな取り組みにフォーカス。チームアップ株式会社でマーケティングからセールス、CSまでビジネスサイド全般を担う西森氏に、SaaSの最前線で感じるAI活用の実態と、AI時代のキャリアについて話を聞いた。
西森 陽平氏(チームアップ株式会社 マーケティング・セールス・CS)
チームアップ株式会社にて、ビジネスサイド全般を統括。マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセスに至るまでSaaSのバリューチェーンを横断的に管掌する。また、事業戦略の策定も担うなど、SaaSビジネスの各領域に深い知見を持つ。
(以下、敬称略)
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──早速ですが、日常業務では、どのツールをどのように活用されていますか?
西森: 弊社がGoogle Workspaceを活用していることもあり、社内で一番頻繁に使っているのはGeminiですね。
弊社はフルリモートなので、隣の上司に対して気軽に壁打ちができるような環境ではありません。なので、Geminiを「一次壁打ちの相手」として活用しています。
他にも、ウェビナーで講師を務める際に必要なコンテンツの骨子や、メルマガのタイトルを考えてもらうこともあります。
どれも自分自身で対応が必要な領域なので、あくまで参考にする程度ですが、工数の削減にはつながっています。特に壁打ち相手としては、かなり活用できていますね。
──Gemini以外に、AIをどのような業務で活用されていますか?
西森: 問い合わせフォームへメールを送る営業活動にAIを活用しています。
これはもう圧巻の一言ですよね。弊社はコールセンターがなく、インサイドセールスも最小人数で運用しているので、これまでアウトバウンドで顧客を獲得する積極的な取り組みができていませんでした。
問い合わせフォームへの手動投稿は、1社あたり1分ほどかかり、1時間で送れるのは60社が限界です。アポイントにつながる確率が大体0.5%と言われているので、アポ1件獲得するのに最低でも200件、つまり3〜4時間も費やすことになり、費用対効果が合っていませんでした。それがツールを使うと、1時間で数千件も送れる。これは大幅な工数の削減につながっています。
それ以外のAI活用ですと、自社のプロダクトへの導入ですね。弊社の1on1ツール「TeamUp(チームアップ)」にも生成AIを活用した自動要約機能を導入予定です。
──SaaS企業の現場では、AIが単なる業務効率化ツールにとどまらず、プロダクト開発にまで活用される、非常に身近な存在になっているのですね。
──一方で、AIを使ってみて「ここはまだ難しい」と感じる点はありますか?
西森: 具体的な案件の相談は、Geminiに投げても良い回答が返ってこないと感じています。どちらかというと一般論に近い形で返ってくるケースが多く、世に出回っている情報を基に集約してくれている、という印象です。
西森: あとは、どうしても「思想」が関わる部分ですね。 例えば弊社は1on1ツールを提供しているため、1on1に対する独自の捉え方があります。
AIがそのような思想を汲み取ってくれるかというと、現状では難しい。
もちろんプロンプトの工夫で対応できる部分もあるとは思いますが、やはり一般論に留まるのがAIの特性であり、「現時点」での限界だな、という感覚です。
──なるほど。AIと人間の役割分担で意識されていることはありますか?
西森:言葉の細かなニュアンスが重要になる業務は、AI任せにしないようにしています。
例えば、メルマガのタイトル案をAIで作成した場合、その言葉が本当にターゲットの心に響くかどうか、最終的な判断は必ず人間が行います。
この「感情を動かす言葉を選ぶ」という領域では、現時点では人間の方が得意だと感じています。AIの提案を鵜呑みにせず、あくまで参考として活用する。その線引きは常に意識しています。
── 確かに、人間が実生活で学んできた感覚をAIが反映するのは、まだ難しいのかもしれません。
西森: 「まだ」という感じですよね。今後は、僕たち以上に相手の感情をAIが本質的に理解できるようになる、そんな未来もあり得ると思っています。
現在のAI活用の中心は、Geminiに代表されるLLM(大規模言語モデル)です。LLMはやり取りが「テキスト」に限られているため、AIが感情を細部まで汲み取ることができず、相手の気持ちに寄り添った回答を出すことには限界があります。
しかし、ビデオ録画のデータまで分析できるAIを使えば、 話は別です。表情や視線の動きといった非言語情報をもとに、AIは相手の心理をより深く分析することができます。非言語をもとにしたAIとのやり取りが増えれば、AIが人間以上に相手の気持ちを汲み取った回答を出せる可能性はあると思っています。
──AIを活用すると業務効率化が進みますね。そうなると人間の仕事は減っていくのでしょうか。
西森: そうですね……。職は減るんだろうなという感覚はあります。
それに加えて、採用基準が高くなったり、新卒にとっては貴重な成長機会となる業務が失われたりする懸念も感じています。
──新卒にとって貴重な成長機会、と言いますと?
西森: 新卒が入社すると、議事録を取る、小さなことでも先輩の仕事を巻き取る、さまざまな経験をしてフィードバックを得ながら成長していく、という一連の流れがあると思うんです。
でも、議事録もAIで作成できますし、問い合わせのような反復作業もAIで対応できます。壁打ちも基本的にはAIでできてしまいます。
──新卒が成長するための経験の機会が失われる?
西森: はい。新卒が成長するための経験材料が、圧倒的に減っていきますよね。
それが幸か不幸かは別として、他のことに時間を割ける、という良い方向に働く可能性もあるとは思うのですが。ビジネスパーソンとしての基礎を鍛える上での、素地を育てにくくなる側面はあるかもしれません。
そのあたりは上司側としても組織としても考えていく必要があると感じますね。
今回のインタビュー【前編】では、SaaSの営業現場におけるAI活用のリアルな実態が見えてきた。
思考の壁打ち相手としての活用や、少人数チームの工数を劇的に削減する効果など、現場が受けるAIの恩恵は計り知れない。AI活用はもはや選択肢ではなく、競争を勝ち抜くための必須スキルになりつつある。
しかし、話は単純な業務効率化だけでは終わらない。効率化は、職を失うリスクと表裏一体だからだ。西森氏は、SaaS業界の特性上、いずれはセールスさえもAIに代替されるのではないか、と冷静に未来を見据える。
こうした現状を踏まえ、次回の【後編】では、「AI時代におけるキャリアの向き合い方」について、さらに深く掘り下げていく。