スタートアップやベンチャー企業のEXITの方法として、「M&A」が注目を浴びています。
条件さえ合えば、IPO(上場)に比べて実現の可能性も高いともいわれ、実際、有名企業からの買収を成功させた例も次々生まれています。
しかしながら、「スタートアップM&Aは実際どうやって行うのか」「どうすればうまくいくのか」についての情報はまだ少ないのが現状です。
そこでこの記事では、スタートアップM&Aの全体像と流れや手続き、注意点を詳しく解説。
専門家のアドバイスも参考に、実際の現場での本音や、失敗例なども交えながら紹介していきます。
「M&Aを選択肢として考えているけれど、どうすればよいのかわからない」といった経営者の方々もぜひご参考になさってください。
この記事でわかること・ポイント
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日本国内におけるスタートアップのEXITや成功のゴールといえば、従来はIPOが一般的と思われてきましたが、近年、M&Aの活用に注目が集まっています。
実は、米国のスタートアップはM&AでEXITを図るケースが9割と主流であるのに対し、日本のスタートアップはその逆でIPOが7割です。
出典:経済産業省:大企業×スタートアップのM&Aに関する調査報告書(令和3年3月)をもとに筆者が加工作成
しかしながら、近年、海外勢からの積極的な投資や、岸田政権の「スタートアップ育成5か年計画」や減税措置(25%の所得控除:令和5年度改正の概要)により、にわかにスタートアップM&A市場が活気づいてきています。
また、そもそも、IPOは多くの資金を調達できる反面、3年程度の準備期間が必要なため、今すぐEXITしたい、今勢いづいているという企業にとっては実はM&A手法のほうがメリットが大きいのです。
起業してしばらく経った会社の「今後の展開」について迷われている経営者の方は、今後活況となるスタートアップM&Aの可能性についてぜひ検討してみましょう。
IPOとの違いや、M&Aの売り手•買い手のメリット、デメリットについて詳しく知りたい方はこちらもご覧ください。
それでは、スタートアップM&Aを進めるためには、どうすればよいのでしょうか?
スタートアップ経営者側=売り手側の手順は、以下のとおりです。
大まかに分けて、「準備・募集」「交渉」「最終契約」の三段階のステップで進みます。
一見、条件の整理や、聞きなれない必要な書類の準備などが多く、非常に労力がかかりそうだと思われるかもしれませんが、安心してください。
そもそもM&A案件に自社のリソースだけで取り組む企業はほとんどなく、M&A仲介会社などの支援を受けながら進めるのが一般的なので、初めてのM&Aでも必要な手続きを進めることは可能です。
とはいえ、何を行うかをまずは売り手自身が理解しなければ、案件の成功はなし得ません。
次の章からは、それぞれのステップで「何をすべきか」「何に注意すればよいのか」について、スタートアップM&A領域に詳しい専門家である西田啓二氏からのアドバイスも含めながら、わかりやすく解説していきます。
「M&Aを考えてみようかな」、「M&Aに興味がある」というスタートアップ経営者の方々などは、ぜひご参考になさってください。
なお、先にスタートアップならではの落とし穴を見てから本論を読みたいという方は以下からご覧ください。
複雑な手続きで進むM&Aには、必要資料や入念な準備が必須です。
ですが、まず何よりも大切なのは「M&Aの目的は何か」をはっきりさせることです。
■売却目的の理由例
・事業承継の実現(廃業回避・従業員の雇用継続・技術継続など)
・コア事業への集中
・資金調達
・企業(事業の)再生、生き残り目的
・個人保証・債務からの解放
一般的によく説明される売却目的は上記のとおりですが、これだけではまだ浅く、M&Aの買い手や仲介者が最も重要視するのは「本当のところなぜ売りたいのか?」です。
それぞれの「目的」はもちろん嘘ではないのですが、そこには、その目的で売りたいとなるに至った背景があるはずです。
その「本音の理由」は、交渉を進めるにつれて、M&A実行時のボトルネックになる可能性が高いため、正直ベースでの懸念点をしっかり洗い出して明らかにしておくことが非常に重要です。
■売却目的の"本音の"理由例
・売上の伸びが見込まれず、負け犬事業になってしまった
・これ以上資金調達できない
・利益率が低い(やってても創業者の金銭的恩恵が少ない)
・飽きた(違う事業を始めたいので資金が欲しい)
・引退したい(創業者が疲れた、引退後の生活費が欲しい)
こんな理由を抱えた企業は、どうやったって買い手がつかないのではないか?と思われるかもしれませんが、それは違います。
『創業者にとっては価値のない事業でも、他の会社にとっては価値のある事業である可能性』が、M&A案件の成功の最大のキーポイントなのです。
膨れた負債だけが課題なのであれば大企業のバックアップで息を吹き返すこともできますし、単体では利益率の低い事業であっても、買収先の事業と組み合わせることで好転することも可能です。
これら本音ベースの理由によって、買い手候補の条件や、主張すべき売りポイント、提示すべき条件が変わってきますし、依頼するM&Aアドバイザーも「何に強いのか」によって選定することができます。
いきなりM&Aの候補先を探したり、資料準備するのではなく、大前提の理由整理から始めましょう。
スタートアップM&A専門家 西田啓二氏
買い手側からは、売却背景を必ず求められます。また、売却の背景がはっきりしてないとリスクとみなされます。例えば「疲れちゃったです」というのも素直に伝えても良いのです。
仲介会社が一緒にストーリーを作ってくれるので、まずはそこの整理の段階から相談するのも良いでしょう。
M&Aの目的が整理できたら、次は自社を「買いたい」と希望する売却先を探す、マッチングのステップです。
スタートアップにおけるM&A=売却先の選定方法には、どのような種類があるのでしょうか。
各方式の概要、メリット・デメリットを整理します。
入札方式は、オークション方式とも呼ばれます。
複数の買い手先候補から、入札価格・取引条件を提示してもらい、その中から最良の条件を提示した相手を売却先として選ぶ方法です。
複数の相手先が「欲しい」と希望してくることが前提なので、ビジネスモデルが優れている、業績が非常に良いスタートアップ企業に向いている方法です。
逆にいえば、そうでない企業、業績不振などに苦しんでいる場合には難しい方法なので、M&Aを希望する企業のうち、これを選択できるのはごく一部であるともいえるでしょう。
メリット | ・人気案件であれば、売却金額が高くなる ・売り手側の要望が通りやすい |
デメリット | ・買い手とならなかった相手にも自社の重要情報が知られてしまう ・選定に時間がかかり、期間が長期化することも |
相対(あいたい)方式は、特定の買い手候補と1対1で交渉を進める方法です。
間に仲介会社が入ることもあるので、マッチング方式やM&A仲介方式とも呼ばれます。
どのような状況の企業であっても、「相手を見つけられる」可能性がある、一番メジャーな方法です。
赤字企業や債務超過傾向(負債を多く抱えた)の企業はこちらを選択するようにしましょう。
メリット | ・相手が見つかれば、一気に短期間で進められる ・情報漏洩のリスクが少ない |
デメリット | ・売却金額は相対的に低くなる ・買い手側有利の条件となりやすい |
相手と条件を提示しながら「交渉する」ことが肝の方法であり、見せ方、交渉によって、結果やそれにかかる労力・時間も変わってきます。
仲介会社のサポートを使う場合は、自社のM&Aの目的や業種・業績の状況などにあわせて相性のよい業者を選びましょう。
「自社に相性のよい仲介会社を選ぶべき」とはいいますが、はじめから仲介会社を1社のみに絞るのは実はおすすめできません。
業者によって得意な業界、買い手のネットワーク、担当者のレベルなどが大きく異なるため、”その仲介会社の話しか聞かない”のは大きなリスクです。
中小企業庁も、専任契約(1社のみとしか契約できない状態)はしないよう注意を促しているほどなので気をつけましょう。
スタートアップM&A専門家 西田啓二氏
特に大手ほど「専任契約」を結ぶよう求めてきますが、安易に契約しないよう注意しましょう。もちろん複数社とやりとりをする面倒臭さはありますが、まずは1社でしっかりやれば、使った資料をベースに2社目以降と話を進めながら相性を見たりすることもできます。また、クロージングまでのスピードを優先する場合、出回り案件となるリスクも一定ありますが、数多くの買い手候補企業とマッチングできる機会が増加するのも複数社へ依頼するメリットとなります。
1社からのアドバイスのみを鵜呑みにするのではなく、セカンドオピニオン的にアドバイスをもらうこともできますので、複数社から話を聞くようにしましょう。
また、仲介会社の全体の評判ではなく、自社の担当者の経歴・実績をきちんと確認するようにしましょう。
M&A案件は複雑で時間と労力のかかる仕事です。
いかに業績好調で手腕のあるスタートアップ経営者だとしても、自身と自社のリソースだけM&Aの全てをやりきることは不可能です。
必要な場面で支援してくれるプレーヤーを集めて、サポートを依頼しましょう。
M&A仲介会社とは、売り手側と買い手側の間に立って、中立的な立場で交渉の仲介や両者へのサポートを行うことを専業とする事業者のことです。
どのM&Aも、基本的には「高く売りたい」VS「安く買いたい」の戦いであり、どんな展開であっても揉めるのは必至なので、中立の第三者である、仲介会社を必ず利用するほうが得策です。
そもそも、M&Aを決意して進めたにも関わらず、失敗・後悔する理由の多くは、「長引くこと」「揉めること」にあります。
<M&Aの失敗理由例>
・折り合いがつかなくなり、交渉が長引く、破談する
・揉めることが精神的負担になって投げやりになる
・言いくるめられて希望より安い金額で決まってしまう
・売却後の条件に苦しめられる
実は、自社の企業価値そのものがネックになるよりも、このような途中経過の「揉め事」が原因で上手くいかなくなることが多いのです。
その揉め事の負担をなるべく軽減できるよう、交渉のプロである仲介会社の利用をまずは検討するようにしましょう。
スタートアップM&A専門家 西田啓二氏
M&Aの鉄は熱いうちに打て!と言われます。特にスタートアップ、ベンチャーのM&Aでは、フローが長くなると、せっかく買い手が見つかっていても、売り手企業側の資金繰りが持たず、黒字倒産してしまうなどの失敗談もよくあります。そこの適切なコントロールや促しを仲介会社に行ってもらうのが大事です。
M&A仲介の領域には、仲介会社以外にも様々なプレーヤーがいます。
それぞれの特性や強み・弱みを知り、うまく活用していきましょう。
公認会計士は、財務状況の監査が主な業務の専門職です。その専門性を活かしてM&A仲介を行う公認会計士や監査法人も多く存在します。
財務に関する知識が豊富なので、譲渡価額の算定やデューデリジェンスに強みがある一方、法人によっては、まだM&A案件の経験が少なく、仲介の交渉に慣れていない場合もあるので、経歴や実績をよく確認するようにしましょう。
税務の専門家である税理士にも、M&A仲介をお願いすることができます。
M&Aでは、選択したスキームによって節税効果が見込めるものがあるので、税務に詳しい税理士へ頼むメリットがある一方、公認会計士と同様、仲介の経験数によっては交渉力がまだ足りない場合もあるので注意して選定しましょう。
M&Aにおいては、契約内容のシビアなチェックや、法的なリスクの判断が重要です。
M&A仲介会社に依頼している場合でも、案件によっては、セカンドオピニオン的に弁護士に依頼し、リスクの洗い出しや契約書のレビューを依頼するなど活用しましょう。
社会保険労務士は、売り手企業の分析・調査をする際の労務問題のチェックや、買収後の統合プロセスの場面で力を発揮します。
公認会計士・税理士などに依頼をすると、労務面での専門化として提携している社労士を紹介されることもあるので、必要に応じて依頼していきましょう。
FA(ファイナンシャル・アドバイザー)にも、M&Aの助言業務を行っているところがあります。
FAは売り手・買い手の一方とのみ契約するため、自社側の利益を最大化するように支援してくれるところがメリットですが、両者がFAをつけて交渉を行うと、双方の主張が強くなり、長期化する可能性もあります。
銀行などの金融機関は、買収資金の融資でM&Aに協力したり、それに加えて、アドバイザリー業務を行ったりします。
本格的なステップではM&A仲介会社などを用いる場合でも、今後の経営や資金の相談とあわせて、まず最初の相談相手として取引銀行に話をするケースもよくあります。
このように、M&Aでは、その場面や課題に応じて、使うべき専門家が多岐に渡ります。
自社だけで全ての専門家に、それぞれ依頼するのは手間も時間もかかるので、豊富なネットワークを持ったM&A仲介会社にまずは相談してみるのも良いでしょう。
どのような条件でM&Aを進めたいかが整理できたら、次は、交渉相手の選定ステップに入ります。
交渉相手を探すステップでは、まず、「ノンネームシート」と呼ばれる企業名が特定できない形で案件の概要を記した書類を作成し、買い手候補企業に提示していきます。
ノンネームシートは、M&A仲介会社が基本的に作成してくれるので、売り手側は質問に答えるだけでOKです。
■ノンネームシートに記載される項目例
・企業概要(事業内容、所在地、資本金、従業員数など)
・財務状況(売上高、営業利益)
・企業の強みや特徴
・M&Aを行う理由
・売却する希望価額
項目数が多く、細かいように感じますが、例えば、所在地は「東京都」や「関西地方」、従業員数や売上高は、○○○人以上、○○億円以上、などとして、個別の企業名がわからない程度に書きます。
希望価格は記入する場合としない場合があります。また、この段階で決めきるのは難しいかもしれませんが、買い手にとっては判断材料になる情報なので仲介会社などに相談して記載してみましょう。
目安の提示価格としては、「時価純資産額+営業利益×3年」などが使われます。
ただし、算定方法は複数あり、特にスタートアップの場合、成長率や事業内容、買い手企業のニーズなどによっても適切な算定方法は異なるので、詳細はM&A仲介会社に相談しましょう。
ノンネームシートは、あくまで初期段階で買い手候補の関心の有無を確認するための資料であり、秘密保持契約書の締結前に使用します。
買い手先候補の中から、「さらに詳しく話を聞きたい」という企業が現れたら、次のステップに進みます。
次のステップは、秘密保持契約書を締結したうえでの、企業概要書の提示です。
企業概要書はIM(Information Memorundomの略)とも呼ばれ、数十ページに渡り、売り手企業の詳細を記載します。
■企業概要書に記載される項目例
・会社名、住所・資本金・社員数(正確な数字で)
・事業内容、市場でのポジション
・主要顧客や取引先
・貸借対照表・損益計算書など直近3期分の財務状況
・M&Aする理由
・将来の事業計画
今度は、事業内容、財務状況なども、正確な数値・金額で示し、主要取引先や許認可の情報、将来の事業計画なども示す必要があります。
作成はM&A仲介会社が行うことがほとんどですが、それでも完成にはある程度の日数がかかることが多いので、早めから準備しましょう。
買い手側は、この資料をもとに分析を行い、M&Aを進めるか否かを決定します。
興味をもってもらえるようなIMを作成するには、何に注意すればいいのでしょうか。
IMは、会社案内や財務諸表、組織図、従業員一覧、所有している不動産、社内規程などさまざまな資料を収集して作成します。
必要な資料の数は一般的に50~60種ともいわれるほど多岐に渡ります。M&A仲介会社に速やかに提出できるよう準備をしておきましょう。
また、社長へのヒアリングなども実施することがあるので、迅速に協力しましょう。
スタートアップM&A専門家 西田啓二氏
会社として本来は作成しておくべき書類を作っていないと、この段階で時間をロスしたり、手続きが進まなくなります。例えば、ベンチャーなどで、月次決算をしっかりやっていない企業や、株主総会議事録等が未作成、定款や株主名簿が作りっぱなしで変更していない場合などは、注意が必要。そもそもそういう書類がないと、先方からの経営への不信感にもつながります。
少し不利に感じる事実でも、隠すことなく正直に書くことが重要です。
例えば、会計帳簿にない退職金、未払残業代などの簿外債務の隠蔽、売掛金の架空計上等は、必ず最終的にばれますし、ばれた時点で一発アウトです。
正直に申告すれば、その分を割り引いた価格で交渉合意できる場合もあるので、恐れずに必ず申告しましょう。
買い手に興味を持ってもらうには、売り手企業の魅力をIMに反映することが何より大切です。
IMは、いわば、プレゼンテーション資料であり、これによって、M&Aの成否が変わります。
事実だけを書くのではなく、買い手に興味を持ってもらいやすいような見せ方の工夫や、第三者視点での資料の磨き上げが必要です。
そのような質の高いIMは、自分の会社のことを自分で説明するだけではなかなか辿りつけないので、必ずM&A仲介会社などの専門家のサポートを受けて作成するようにしましょう。
仲介会社が決まったら、いよいよ希望条件を整理していきます。
■売却希望条件
①取引の手法
②売却金額(価値評価)
③売却金額の支払い方法
④経営体制や従業員の待遇など
M&A取引には手法が幾つかあり、まずは、大きく分類すると株式譲渡なのか事業譲渡なのかを選択する必要があります。
株式譲渡:売り手企業の株式を譲り渡すことにより、買い手企業が対象会社そのものを取得すること。
事業譲渡:売り手企業の持つ事業の全部もしくは一部を買い手が取得すること。株式譲渡のように会社そのものをまるごと引き継ぐのではなく、資産や負債等を個別に特定して引き継ぐ。
※会社分割等の手法は本記事では割愛して説明します
株式譲渡のほうが事業譲渡よりステップが簡便ではありますが、事業譲渡のほうが買い手企業にとって税制上のメリットがあるなど、何を選ぶかは、売り手と買い手の状況次第で変わってきます。
また、この主要な条件を交渉の中で何度もスキームを変更するのは先方に嫌がられますので、仲介会社に相談しながら手法を選択しましょう。
スタートアップM&A専門家 西田啓二氏
事業承継だけを専門にやっている仲介会社に依頼すると、バリュエーション高く見せることが苦手なため、譲渡価格を想定以上に安価に設定されてしまう可能性があるので注意が必要です。スタートアップの場合は、そこからの将来展望が大事なので、事業承継を推すような会社を選ぶのは避けましょう。ベンチャーの特性に詳しく、文化の理解度が高い会社でないと対応が難しいと思います。
企業(事業)価値の評価を算出し、一番重要な「売却金額」を決めます。
買い手企業は必ず算定のロジックを確認してきますので、相場や背景を考えずに希望感だけで売却価格を提示してしまうと、必ず失敗します。
また、金額も1案のみ提示するのではなく、3パターンくらい、売り手当事者の意思として、ロジックと共に主張するようにしましょう。
相場計算方法には、「修正純資産法」「DCF法」「類似会社比準法」の代表的な方法がありますので、仲介会社と相談しながら算出を進めましょう。
なお、算出の手続きが難しい、時間やリソースが足りない場合は、裏技として、売却金額は「応相談」にして、複数の買い手に価値評価の金額をヒアリングし、計算ロジックを把握して、相見積もりをとる形で進めるのもおすすめです。
<書き方例>
金額のところを空欄で「応相談」と書くのではなく、
例:3億円(応相談)
と書いて、3億円は希望価格を用いるようにしましょう。
スタートアップM&A専門家 西田啓二氏
「思うほど価値はつかない」ということは経営者が念頭に置いておく必要があります。自分で立ち上げた会社ですし、これまでの投資額などを知っているので経営者は価値を高く見積もる傾向がありますが、M&Aではシナジーだけでなく財務状況も重要なので、思ったほどの価格はつかないことが多いです。
売却金額の支払い方法を細かく決めるのも大切です。
金融上の手続きのことだけではなく、以下のような条件も個別に決める必要があります。
このほかにも、株式売却した後も旧経営陣が残って事業の推進に協力する場合は、その後発生する収益の還元をするのか否かなどの取り決め(アーンアウトと呼びます)を行うこともあります。
売却金額の受取り方法も様々なので、どの方法が良いのか、M&A仲介会社などと一緒に検討するようにしましょう。
売却後の経営体制、従業員の待遇などの希望条件についても、この段階でなるべく提示するようにしましょう。
「旧経営陣が残るか否か」「従業員の雇用体系や給与水準をどこまで維持してほしいか」それとも「買い手企業の基準にあわせて問題ないのか」などは重要な条件であり、それによって価格が変わることもあります。
そのため、M&Aがさらに具体的に進んだあとではなく、希望条件として早めに伝えるべきです。
しかしながら、これらの条件を、売り手企業が自分たちで整理するのは至難の業です。
また、不動産取引と一緒で、当事者同士で交渉しても揉め事を産むだけです。
どんな規模や条件のM&Aであれ、このような整理を仲介会社に頼むステップを挟まずに行う例はほとんどないので、迷う前にまずは相談を開始しましょう。
IMを先方に提示したら、いよいよ買い手企業との交渉・マッチングスタートです。
まずは、「あなたの会社とのM&A検討に本格的に進みたいと思います」という第一段階の合意を得られるよう、進めていきましょう。
ステップは次の5つです。
買い手企業との交渉の中で、より詳細な情報を先方に提出することとなるため、NDA(秘密保持契約書)を、買い手候補企業と売り手企業の間で締結します。
M&Aのプロセスにおいて相手方から知り得た情報を、マッチングの成功如何に関わらず、事後においても、第三者に漏洩しないことを約束する契約書です。
なお、IMの提示前にもNDAが必要となりますが、その際は、IMを作成してくれるM&A仲介会社と売り手企業の間だけで締結を行います。
買い手企業側も、IMの内容をそのまま鵜呑みにするわけではありません。
事業の将来性・財務面・価格の妥当性などを、買い手企業の視点から、また専門家などのアドバイスを受けながら内容を精査します。
そのため、決算書だけではなく、例えば取引先との契約書や給与額のリストなど、追加での情報提示や質問事項などが送られてきますので、誠実に、迅速に対応しましょう。
資料の精査後、買い手企業がM&Aに前向きな意向を示すと、次はトップ面談に進みます。
トップ面談は売り手企業と買い手側の意思決定権者の最初のコンタクトです。
■トップ面談の出席者
売り手(譲渡企業)側:意思決定権者である株主、経営者
買い手(譲受企業)側:意思決定権者である経営陣やM&A担当責任者
仲介会社(M&Aコンサルタント):司会進行を担う
挨拶の場という意味合いもありますが、主な目的は双方企業が、相手側の人間性・企業文化・ビジネスへの理解を深め、疑問点を解消することです。
いきなりの価格交渉や、踏み込みすぎる質問を行う買い手には要注意です。
複数回実施されることもありますが、双方が納得するまで質問しあい、話し合うのがM&A成功の秘訣です。
検討の結果、買い手企業が、M&Aに前向きに動く場合は、「買収意向表明書」を作成・提出してきます。
この書類には、買い手企業にとってのM&Aの目的やM&A手法(株式譲渡等)や価格、スケジュールに関する希望などが記されます。
売り手企業がその内容を確認し、双方合意となれば、これで晴れて、1社対1社の具体的な交渉に進むことができるのです。
この後、買収交渉に具体的に進むための「基本合意書」の締結やデューデリジェンス(DD)に進みますが、その前に、簡易DDと呼ばれる、リスクの高い領域だけに絞った、簡易的なデューディリジェンスを実施することもあります。
本格的なデューデリジェンスには費用も時間もかかるため、その前の事前調査として重点領域を調べておくことで、全体の手続きのスピードアップや負担軽減にもつながります。
また、追加で確認したい事項をQ&Aリストとして提示されることもありますので、随時対応しましょう。
双方合意に至った後の最初の手続きは、両者間での「基本合意書」の締結です。
■基本合意書に記載される内容
・スキームの概要
・譲渡価格の概算
・スケジュール
・買収監査の実施・役員の処遇
・秘密保持義務の設定
など
基本合意書に法的拘束力を持たせることは一般的ではありませんが、ビジネス上の道義に基づいて一定期間ほかの企業と並行してM&A交渉を行わない(独占交渉権)といった約束が含まれることも多いです。
基本合意の段階で、詳細な条件まで目線合わせができていた案件は、その後のM&Aの実行がスムーズに進む傾向にあるといわれます。
基本合意後、買い手企業は、売り手企業のデューデリジェンスを行います。
デューデリジェンス(買収監査)とは、財務・法務・事業などのあらゆる面から、売り手企業の情報を確かめて、買収にふさわしい企業かどうかを検証することです。
デューデリジェンスには高度な専門知識が必要となるため、買い手企業は、公認会計士や弁護士等の専門家などに依頼して実施します。
売り手企業は、基本合意書に基づき、必要となる社内情報を開示してこれに協力します。
必要となる期間は1ヵ月〜2ヵ月程度といわれますが、案件によっては数週間のスピードで行われることもあります。
もしM&Aを断念しなくてはならないような重大な問題やリスクが見つかった場合は、基本合意は解消され、M&A戦略は振出しに戻ります。
デューデリジェンスの結果に買い手企業が納得した場合は、「最終契約書」の内容を詰めるステップとなります。
「最終契約書」が締結されるまでには、買収金額や保証条項などを巡って双方のギリギリの攻防が行われることが多いです。
また、キーマン条項(ロックアップ)と呼ばれる、買収後にも旧経営陣が一定期間事業に参画することを定める条項が定められることもあります。
ただし、旧経営陣はM&A後にあまり長く拘束されるのを好まないので、アーンアウト条項、例えば、「旧経営陣のロックアップ中に売上○○円を達成したら、買収価額に上乗せして○億円を支払う」などの条件とセットで締結することもあります。
スタートアップM&A専門家 西田啓二氏
役員が辞める場合、辞めそうな場合は真摯に伝えたほうがいいです。ロックアップの平均は3年、長くて5年とも言われ、0年は引き継ぎができなくなってしまうので、実質的にほぼ無理です。アーンアウトの条件も、ただ金額のところだけでなく、旧経営陣だけでやるのか、買い手企業(譲渡先)のメンバーと一緒にやるのかなどの主体もしっかり決めておかないと、後々で条件が違うと揉めるて不幸な結果になるので注意。役員が関与する際、業務委託費を貰いながら支援という形で引き継ぎを行うケースもあるので、買い手に交渉してみましょう。
順調にいけばデューデリジェンス終了後1か月程度で締結に至る場合もありますが、内容によっては半年以上かかることも珍しくありません。
交渉が長引くと買い手の意思も揺らいでしまいますし、希望条件の100%を叶えることは、どんな相手でも無理なので、譲れない条件の優先順位を決めて、最終合意にもっていけるよう、M&A仲介会社とも相談しながら進めていきましょう。
最終契約書が無事に締結できたら、M&Aのクロージング段階に入ります。
従業員や取引先など利害関係者に対し、M&A実行の情報開示を行います。
これまで秘密保持の厳守の観点から全て関係者以外には非公開で案件を進めてきましたので、この情報開示は「M&A実行直後に行う」のが一般的です。
スタートアップM&A専門家 西田啓二氏
ネガティブなM&Aではない場合は、事業推進・従業員のためであり、「皆さんのプラスになることがあると思います」とまずはっきり伝えるのが重要です。
なお、10人程度の会社であれば、社員もなんとなく分かってしまうので、初期メンバーには相談ベースで話をしている場合もあります。また、エンジニア系の会社などでは、「○○さんがCTOだから」という理由で在籍しているメンバーも多いので、そういう核となる人たちにどれだけ根回しして、残ってもらえるかが重要です。
契約内容どおりの取引が行われるかどうか、クロージングは双方の監視下で行います。
契約からクロージングまでの間に対象企業の業績などに変動があった場合は買収価格が調整されるのが一般的です。
こうして対象企業が買収企業の傘下に収まり、新しい体制で営業をスタートする日を「Day 1」と呼び、これでM&A取引(ディール)は一応の終了となります。
Day 1以降、新しく傘下に加わった企業と買収企業との実質的な統合が進められます。
このM&A成立後の「経営統合プロセス」を、PMI(=Post Merger Integration)と呼びます。
M&A戦略どおりの目標を達成するため、双方の仕事の進め方や資産・人材の運用、企業文化の融和などを進めていくのです。
なお、M&A成立後に、この対応を1から進めていくのではなく、PMIの計画は「成約する前から準備が必要」です。
基本合意書の段階で方針を確認したり、デューデリジェンスで、M&A後にPMIを進めるうえで問題になりそうな事柄も洗い出してしておき、Day 1から円滑にPMIを推進していきましょう。
各手続きの説明の中でも触れてきましたが、スタートアップ起業やベンチャーがM&Aに挑む場合ならではの落とし穴や注意点もいくつかあります。
ここでは、現場をよく知る専門家であるスタートアップM&A専門家 西田啓二氏に聞いた、よくある落とし穴3点を紹介します。
これはベンチャー企業のM&Aでよく聞く失敗談です。
ベンチャーは資金繰りに苦労していることも多く、資金ショートしてしまう前に決着をつけたいところなのですが、せっかく買い手候補が見つかったとしても、先方の稟議などのプロセスが想定以上に長引くことがあります。
その間にデッドの期限を迎えてしまい、せっかく今後の事業の伸びも評価され、売却相手もいたはずなのに、黒字倒産してしまうのです。
先方の進捗をふまえた余裕をもったスケジューリングや、売り手企業の事情を先方にうまく伝えるコントロールが大事なので、ベンチャーの経営状況に詳しいM&A仲介会社に早めから相談するのがよいでしょう。
売却先候補から要求される書類の数や種類の難易度に、スタートアップやベンチャー企業が対応しきれず、スピードが遅くなってしまうことがあります。
特に候補先が大手である場合、「形式的にこの形でないと稟議にあげられない」などの制約があることも多いです。
スタートアップやベンチャーでは、事業運営に集中するあまり、会社経営上に必要な書類を後回しにしていることもあり、それらを一から作り直しているうちに大幅な時間をロスしてしまいます。
将来的にM&Aを視野にいれるのであれば、今から月次決算や、株主総会議事録等の書類整備をしっかり進めておきましょう。
M&A後にも旧経営陣が残ることを定めるキーマン条項(ロックアップ)や、その後発生する収益の分配への取り決め(アーンアウト)の内容にも注意が必要です。
買い手企業の要求のままに決めてしまったことで、売り手側が長く苦しむ結果となることもあります。
特に、ベンチャー企業の売り手たちは、売却益で新事業を立ち上げたいなどの計画をもっていることも多い中、数年間のロックアップを受け入れてしまうと、事業開始の好機を逃してしまうことにもなりかねません。
とはいえ、創業メンバーのノウハウを早期に失うことは、買い手企業にとってリスクなので、なるべく長く残ってほしいという要望とのすり合わせが難しいです。
そのような場合は、〇〇億円まで達成していたら2年、〇〇億円までの場合なら3年という基準を設ける例もあるので、条件の取り決めには特に慎重に、専門家のアドバイスも参考に進めていきましょう。
この記事では、スタートアップM&Aの全体手順について解説しました。
政府からもスタートアップのM&A活用の促進案が出され、同領域が今後盛り上がることは必至です。
M&AでのEXITに少しでも興味があるのであれば、パートナーとして魅力のある大企業や有力企業が、自社の競合とM&Aしてしまう前に、アクションを起こしてみましょう。
まずは、自社の価値の確認やパートナー候補がいるのかどうかを、試しに仲介会社に聞いてみるのもおすすめです。
本記事でご紹介したスタートアップがM&Aする場合ならではの注意点もご参考いただき、検討を進めていただければ幸いです。
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