キーマン条項(ロックアップ)の不幸な真実!?背景・失敗理由や事例を解説

キーマン条項(ロックアップ)の不幸な真実!?背景・失敗理由や事例を解説

記事更新日: 2024/06/25

執筆: 松尾 慎太郎

M&A市場において、売り手企業のキーマンの残留を定めるロックアップの契約が年々増えています。

特に、事業承継スタートアップのM&Aにおいては、創業者や経営幹部の関与の有無がその後の事業成長を左右するため、キーマン条項(ロックアップ)の活用が重要視されます。

しかしながら、ロックアップありのM&A成約件数が増えている中、それと同時に不幸な事例も増えているのが実情です。

本記事では、私個人がM&Aを支援する中であった、実際の経験をベースに、キーマン条項の背景とともに、ロックアップまわりの失敗事例や不幸な真実も紹介します。

この記事を書いた人

M&Aコンサルタント:松尾 慎太郎
ITスタートアップにて新規事業の立ち上げや拡大を担い、その後大企業にてコンサルティング業務や大企業やスタートアップのアライアンスを支援。 2021年11月にプロトスター株式会社へ参画し、大企業の新規事業開発やスタートアップのファイナンスを支援。現在は、取締役 兼 スタートアップM&A事業の責任者も兼務し、複数の支援実績もあり。情報経営イノベーション専門職大学 客員准教授を務める。

キーマン条項を用いたM&Aは増加傾向

キーマン条項とは、売り手企業のキーマン(代表者や幹部など)に、M&A成立後も複数年間、対象企業に残って引継ぎや事業推進を行うことを定めるものです。

近年のM&A市場では、イグジット手段のひとつとして、スタートアップM&Aが増加していることに伴い、キーマン条項を使う契約も増加傾向にあります。

松尾のポイント解説

スタートアップM&Aにおいては、経営者の人材を"獲得する、採用する"という側面も大きく、また、引継ぎをしっかりしてもらわないとM&A後の事業運営をスムーズに行うことができないためです。

スタートアップM&Aの件数は増加中

 スタートアップM&A件数の推移(出典:INITIAL/NewsPicks「スタートアップ資金調達レポート2023 上半期」

INITIALのデータを元にしたスタートアップM&A件数の推移をみると、2021年以降は120~130件ペースでの被買収が成立する増加傾向であることが見て取れます。

また、2023年上半期の速報値では、被買収・子会社化の件数は61件(2022年H1 : 59件)、事業譲渡は22件(2022年H1 : 18件)と2022年を上回るペースで進行しています。

詳細の契約を開示していない企業も多いため、その中でロックアップ(キーマン条項)を設定した数は公表されていませんが、アーンアウトを含めた条件を設けた有名事例は、ここ数年で一気に増大しています。

スタートアップM&Aにおける条件つき案件の事例

時期 売却企業 買収先 条件の概要
2021年11月 ARTham Therapeutics株式会社 科研製薬株式会社 買収時に55億円、以降、開発進捗に応じて最大約72億円の追加支払
2021年5月 株式会社アシリレラ 株式会社PKSHA Technology 買収時に45億円で90%を取得、残り10%の買取金額は買収後の業績で決定
2021年3月 株式会社A-Traction 朝日インテック株式会社 買収時に26.8億円、買収後に一定条件の達成で最大8.6億円の追加支払
2019年6月 株式会社MEJ 株式会社ユーグレナ MEJのCEOのコミットメントを高めるために株式交換方式で取引し、さらに業績条件付きのストックオプションを割り当て

出典:INITIAL

政府のスタートアップM&A減税の後押しもあり、今後も件数が増加されるとみられるスタートアップM&Aの市場において、ロックアップやアーンアウトなどが交渉の議題に上がることは増えていくでしょう

しかしながら、スタートアップに詳しくないM&A仲介会社の一部では、スタートアップの案件を断わる傾向やスタートアップ特有の論点を把握していないケースもあるため、スタートアップM&Aの場合は、その領域の知見があり交渉内容に詳しいM&Aエージェントに依頼するようにしましょう。

 

失敗事例も増加中!ロックアップが失敗する理由は?

キーマン条項を用いたM&Aが増加する中、失敗事例や「大きな後悔を感じている」と話す経営者が増えていることも事実です。

ロックアップが失敗してしまう理由はどんなところにあるのでしょうか?

M&A前より、給与が低くなる

実は、スタートアップの給料は、大企業の給料より高い傾向があります。

日本経済新聞社の2023年度調査によると、スタートアップ企業の平均年収は710万円で、上場企業の直近平均を90万円も上回っています。

そのため、買収先の給与規定に準じていく場合、M&A後に給与が下がるケースが多々発生します。

松尾のポイント解説

もちろん、待遇が悪化しないよう交渉はできますが、条件は買収先との関係性やM&A手法によっても変わるため、納得できる条件で交渉を進めたい場合は専門家のアドバイスを活用しましょう。

事業推進の阻害要因が発生

ロックアップは、M&A後の業績に応じて追加の支払いが受けられる「アーンアウト条項」とセットで締結されることもあります。

特に、将来の成長度に不確定要素が多いスタートアップM&Aと相性が良く、創業者がM&A後も残る代わりに、目標を大きく達成した場合にはその分の対価を得ることを定めます。

しかしながら、事前にM&A後の条件を詰め切れていないと、

  • 親会社からの適切な事業投資がなされない
  • 親会社から派遣された役員とのコミュニケーションコスト増
  • 親会社基準のガバナンスに合わせるためのコスト増

などによって、想定通りの事業推進が行えない場合もあります。

松尾のポイント解説

親会社からの営業協力や追加投資を前提とした事業計画を提出している場合は、その前提条件や金額や時期などについても契約書内に入れるよう交渉していきましょう。

 

想定外のリスクの発生

代表者に高齢の方が多い事業承継などでは、本人に在籍する意思があっても、思わぬ病気などで働けなくなってしまう場合もあります。

また、若手のスタートアップ経営者であっても、ロックアップ期間中に別の事業にチャレンジしたい意向などが強くなり、途中で辞めたくなってしまうこともあります。

憲法による「職業選択の自由」があるとはいえど、キーマン条項を解約するためには、診断書の提出が必要であったり、賠償金の支払いの問題が発生するなど、なかなか円満に済ませることは難しいのが実情です。

期間の長さをしっかり勘案し、M&Aの金額だけでなく、未来を考えた契約交渉を任せられるエージェントを選んで案件を進めるようにしましょう。

 

キーマン条項(ロックアップ)で注意すべきこと

ロックアップでの失敗を避けるためには、以下の点に注意していきましょう。

相手選びに注意する

相手をよく見て選ぶことは、売り手・買い手ともに大変重要です。

売り手経営者にとっては、ロックアップとは"しばらく辞められない就職先"の重大な決定です。

相手方経営者への信頼度や企業風土、自分の待遇に関する提示などを良く見極めて判断しましょう。

また、買い手側も、役員や幹部だからといって一括りにロックアップを設けてしまうと、M&A後の事業推進にあまり重要ではない方も拘束してしまい、お互い不幸な結果になることもあります。

 

松尾のポイント解説

また、ロックアップに否定的な感情を持っている方に無理矢理キーマン条項を付けても、その後のモチベーションに期待ができないため、M&A後に期待した事業成長に繋がりません。アーンアウトとセットにすることを検討したり、相手の本音の部分をしっかり見極めるようにしましょう。

禁止事項を確認する

ロックアップには、M&A後の会社の事業と競合する企業に再就職したり、その事業での起業を禁止する競業避止義務が課されることがあります。

相手方から提案された場合は、具体的な期間(M&A後から起算して何年かロックアップ終了後から何年かなど)や制限される事業の範囲についてしっかり確認しましょう。

また、自らその事業を興さなくとも、他社への出資を禁止する条項も含まれることがあります。

ロックアップ期間中に、売却で得た資金をもとに、将来を見据えた投資やサポートがしたくても身動きがとれなくなるため、その内容にも注意しましょう。

賠償の条件を確認する

ロックアップには義務や禁止条項の定めが含まれるため、それに反した場合の賠償についてもセットで締結されるのが通例です。

いざという際に揉めないためにも、賠償金の支払い条件や、請求の範囲、上限金額などについて、しっかり交渉しておきましょう。

実際にキーマンとなる方は、想定外の事態や自身が辞めたくなった場合にどれだけのリスクがあるのかを含め、ロックアップ期間が現実的な判断なのかをよく見ておきましょう。

待遇や権限を確認する

ロックアップはその期間も大切ですが、実際に残留した後の待遇条件もよく見ておきましょう。

給与や勤務地などの処遇はもちろんのこと、役職やその権限・裁量権や、周りのメンバーが誰か、人事権はどこまであるかなどを見ておかないと、ロックアップ期間に思うような事業推進が行えなくなります。

M&Aをいくらで成立させるかよりも、このような条件の確認や交渉まで詰め切れるかどうかが、M&A後の成否には重要です。

細かな条件の確認や交渉も伴走しながらサポートしてくれる専門家を選ぶようにしましょう。

 

【失敗事例】Moto社のログリーへの売却

2021年3月に、転職メディアを運営するmoto株式会社が、マザーズ上場の広告配信会社であるログリー株式会社に7億円で買収され話題となりました。

この案件では、売り手企業の代表である戸塚俊介氏は、M&A後もmoto株式会社の代表取締役として残る選択をしましたが(参照:moto氏note)、M&A後1年も経たずに巨額の減損損失を計上することとなり、その点でも大きな注目を浴びました。

巨額の減損計上

moto株式会社は、転職メディア「転職アンテナ」を運営しており、M&A直前期の2020年9月期の売上高は3億1,600万円(前期比58.0%増)と非常に好調に伸長していました。

そのため、業績予想の成長が見込まれ、M&A時のmoto社の純資産額は1億5,500万円であったにもかかわらず、その5倍以上の7億円での売却となったのです。

松尾のポイント解説

しかしながら、2022年3月期の売上高は当初予想の43.6%にしか満たず、結果的にログリー社はmoto社の買収時に生じたのれん4億8,800万円の減損損失を計上することになりました。

身動きがとりづらかった可能性

この急速な失速の理由は、様々に論じられています。

「転職アンテナ」への流入は、10万人を超えるフォロワーを持つ戸塚俊介氏のツイッターだけでなく、Googleからの検索流入に頼るところが大きかったため、アルゴリズム変更によるSEOの悪化によって収益性が悪化したともいわれます。

また、これまで戸塚氏個人のノウハウで運営されていたメディアが大手企業の傘下に入ったことにより、これまで自分のペースで決断してきたメディアの運営方針や執筆内容に変化が生じたことで結果的にドメインの評価を下げてしまった可能性もあります。

さらに、このmoto社の立て直しには親会社のCOOである池永氏が出向して指揮をとる形となったので、身動きの取りづらい事業運営であったのではないかとも推測されます。

まとめ

この記事では、ロックアップ(キーマン条項)における不幸な事例や、そうならないための注意点について解説しました。

スタートアップM&Aは、政府の減税措置などによってさらに活況が予想され、それに伴いロックアップの件数もさらに増大することが予想されます。

失敗事例もありますが、条件の交渉やアーンアウト条項の活用などによって、成功に導く選択肢はいくつもあります。

ロックアップに詳しい専門家の力を借りながら、売り手・買い手ともにWin-WinとなるM&Aを成立させていきましょう。

 

画像出典元:PhotoAC、O-DAN

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