M&Aにおけるリテンション(引き留め策)は買い手側の問題だと思われることが多いですが、けっしてそんなことはありません。売り手側にとっても重要な問題です。
この記事では、リテンションとは何か、具体的にはどのようなリテンションが行われるのか、そして経営者として注意すべきことは何かを解説していきます。
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リテンション(retention)は英語で「維持」という意味ですが、M&Aにおいては経営陣や従業員の引き留めのことを意味します。特に中小企業の場合、会社の業績における「人」の貢献度は大きいものです。近年では、人材獲得を目的とするM&A、「アクハイア」も多く見られるようになってきました。
しかし、M&A後にその「人」という資源の流出が起きれば、それは大きな損失になります。このような事態を防ぐために、いかにリテンションを行うかは買い手側の企業にとって非常に重要な問題です。
また買い手側にとって重要な問題であるということは、同時に売り手にとっても重要であることを意味します。
リテンションが十分に行えない、つまり人材の流出が起こるリスクが高い場合、将来の業績への期待値は下がるため、買収額も下がる可能性があります。買い手側に魅力的にみてもらうためにも、リテンションに売り手側も積極的に取り組むことが重要です。
リテンション(引き留め策)は、経営陣に対するものと、従業員に対するもので内容が変わってきます。
経営陣に対するリテンション(引き留め策)は、金銭的なインセンティブを与えるものと、心理的なインセンティブを与えるものの大きく2つに分けることができます。これらはどちらか一方を選ぶというものではなく、両方を上手く併用していくことが望ましいです。
金銭的なインセンティブとしては、アーンアウト条項が代表的なものといえます。これはM&A後の該当企業の業績によって、追加で買収対価を支払うというもの。経営陣がそのまま残る場合、頑張り次第で売却額が上がることになります。モチベーションにつながりますよね。
アーンアウト条項といえば、マネックスによるコインチェック買収で用いられたのが記憶に新しいですね。(このアーンアウト条項はリスクヘッジという側面が強いですが)
金銭的インセンティブの問題点としては、効果が一過性のものであることが多い点です。M&Aによって経営陣がすでに大金を手にしていることも多いことも、金銭的インセンティブの効果を弱める一因です。
一方、心理的なインセンティブとしてはM&A後の成長目標の共有などが挙げられます。M&Aをしたあとでも、「業界シェアNo.1になる!」などの売り手経営陣の気持ちがのるような目標を掲げることができていれば、M&Aがゴールにならず経営陣が引続きモチベーションを維持することができます。またこのとき、経営陣にどのくらい裁量が与えられるかなど、M&A後の待遇も大きくモチベーションに影響します。
買い手側にとっては、売り手側の経営陣がM&A後にどういったことを望んでいるかをしっかりと聞き出すことがリテンションの第1歩であり、また最も重要なポイントなのです。
裏を返せば、売り手側にとっては自分の希望を早期からしっかりと伝えることが大切です。意思表示をすることで買い手側はリテンション施策を練りやすくなり、ひいては売り手経営陣にとって望ましい待遇や売却条件につながるからです。
キーマン条項とは、被買収企業のキーマン(基本的にはCEO)が2〜3年間、企業に残ることを定めるものです。ロックアップとも呼ばれます。買い手側のためにあるもので、キーマンが抜けたことで買収後に事業が回らなくなることを防ぐことが狙いです。
売り手側の経営者、つまりロックアップをかけられる側からすれば、ロックアップ期間は会社をやめることができないため、かなり自由が失われる条項だといえます。
実際のところ、キーマン条項はない方いいですし、あっても短い方がいいです。しかしキーマン条項と売却額はトレードオフの関係にあります。キーマン条項をなくしたことにより、売却額が30億から20億になった例などもありますから、判断が難しいところです。
ただ、お金のために企業に残るという判断はあまりおすすめしません。自分の自由な時間はお金で買えるのか?買えるとしたらいくらなのか?を真剣に検討すべきでしょう。
従業員に対するリテンション(引き留め策)としては、金銭的インセンティブと、会社や上司によるケアがあります。
金銭的インセンティブは、現金によるボーナスです。これは経営陣に対するリテンションと同じで、効果が一過性であるのが弱点です。
M&A後の従業員の離職につながる原因として、 会社の将来の方向性に関する不安や、人間関係や業務内容の変化によるストレスなどの心理的な要因が占める割合は大きいです。こういった不安やストレスを取り除き、従業員の残留につなげるために重要となるのが、会社や上司によるケアです。
不安を解消するためには、会社にどのような変化が起こるのか、またその変化はなんのためのものなのかを従業員に対して伝えていくことが必要です。また上司の交代など、人間関係が変わる場合には積極的にコミュニケーションをもてる場をつくることが求められます。
従業員が大量離職は買い手だけの問題ではありません。大量離職によって買い手が苦労すれば、その責任を売り手に転嫁しようとするかもしれません。往々にして、M&A後のトラブルは買収後にうまくいかないときに発生するものです。買い手の幸せは自分の幸せだと思って、従業員のケアも大切にしましょう。
リテンションは買い手の問題だと思われがちですが、けっしてそんなことはありません。経営陣のリテンションは自らの進退に関わることですし、従業員のリテンションの失敗は売り手にとっても大きなリスクです。
リテンションにおいて重要なのは、情報をオープンにすること。買い手側との交渉では、正直に自分の今後の歩み方の希望を伝えましょう。M&Aが無事に成立したら、これからどのような変化が起きるのか、それは何を目的としたものなのかを従業員にきちんと説明しましょう。
当然ながら、売却を知った従業員は経営陣に裏切られたような気持ちになります。なぜ売却に至ったのかも説明する責任があります。M&A後に何も遺恨を残さず、清々しい気持ちで新たな一歩を踏み出したいですね!
画像出典元:Pexels
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