経営学にはさまざまな角度から分析をした概念や論説があります。
今回はマーケティング論が専門のアメリカの経営学者、フィリップ・コトラー博士の理論をご紹介します。
コトラー博士といえば、時代の変遷に合わせて分析をした「マーケティング1.0から3.0」のマーケティング理論が有名です。
コトラー博士は現役の経営学者なので、リアルタイムで現代のマーケティングを分析し続けています。
そのため2010年代に入り、「マーケティング4.0」という理論が発表されました。
これまでにマーケティング3.0までを学んでいた人も、その知識を最新の理論にアップデートする必要があります。
急速に変化し続けるマーケティングの様相をおさらいしながら、コトラー博士の最新の理論を見ていきましょう。
このページの目次
フィリップ・コトラー博士は現代マーケティングを分析し、その形を世の中に広く示していいる経営学者です。存命の経営学者の中でも、その研究熱心な姿はとても有名です。
常に新しいものを分析し、論文や著書を発表し続けています。マーケティングを学ぶなら、コトラー博士の本は必ず一度は読むものであり、その意見は世界中で広く支持されています。
その業績は多岐に渡りますが、中でも下記の3つが最も偉大な業績と言われています。
・マーケティングをわかりやすく書籍にまとめたこと
・STPというマーケティングの手法を提唱したこと
・社会との関わりを大切にする「ソーシャルマーケティング」の考え方を提唱したこと
日本でもコトラー博士の著書は数多く翻訳され、多くの人がマーケティングを考える上での指標となっています。
多くの論文などで使われるアメリカのマーケティング協会による定義によると、
「マーケティングとは顧客、クライアント、(ビジネス)パートナー、そして広い社会にとって価値のあるものを創造し、伝え、届け、交換するための活動、一連の制度、およびプロセスである。」とされています。
もうすこし簡単に言い換えると、「相手が本当に求めている商品やサービスを創造し、その情報を届けて、相手がその商品やサービスの価値を効果的に得られるようにすること」となります。
近代の”マーケティング”という概念は19世紀末から20世紀初頭にかけて誕生したといわれています。
1905年にはアメリカのペンシルベニア大学で、”マーケティング”と冠された講義がスタートしました。この頃はアメリカやヨーロッパで第二次産業革命の真っ只中でした。交通網の発達により、経済の構造が大きく変化をし始めたのです。
アメリカの車メーカー「フォード」が1908年に大量生産により価格を下げる方式で「フォード・モデルT」を発売し、世界中を驚かせました。
その様子を経営・経済学者が学術的に研究し、リアルタイムで分析していきます。そうやって時代を積み重ねて、現代のマーケティング理論がまとめられていきました。
マーケティングに関する理論はたくさんありますが、今回はコトラー博士の理論に焦点を当てていきます。その理論の歴史を順番に見ていきましょう。
コトラー博士はマーケティングの変遷を時代のそれに合わせて「1.0から4.0」の区分分けをしています。
・マーケティング1.0は、別名で「マス・マーケティング」とも呼ばれます。消費者が何を求めているかは分析せず、ひとつの戦略・商品を大量に販売しました。
・マーケティング2.0は、「消費者志向のマーケティング」と呼ばれます。消費者が商品を自ら選び始め、安全性を要求し始めました。
・マーケティング3.0は、「価値主導のマーケティング」と呼ばれます。企業の生産能力が高まり、消費者もさまざまな商品やサービスを比べることができるようになりました。そこで、企業は「他にはない良さ」を付加価値として付けるようになったのです。
・マーケティング4.0は「自己実現のマーケティング」と呼ばれています。これは現在進行形の、新しい概念です。企業が消費者の心情に寄り添い、消費者も主体的に商品やサービスを選んでいくマーケティングです。
この概念は「マス・マーケティング」とも呼ばれ、市場のニーズなどは考慮せずに、ひとつの戦略やひとつの商品を売りにする方法です。
市場のニーズを考慮していない点で、これは「商品」中心のマーケティング理論と言えます。その代表的な例がアメリカの自動車メーカー、フォードです。
フォードは「フォード・モデルT」を1908年に発売し、1927年まで基本的なモデルチェンジを行わないまま販売を続けました。
ボディの色を塗装の乾きが早い黒1色に絞り、ベルトコンベアを利用して作業の効率化を図りました。その結果、大量生産された商品は安価で販売可能になったのです。
本来なら塗装の色を選ぶことが出来れば、顧客のニーズを満たすことができます。
ボディの形も個性を求める人が居たでしょうが、そこはあえて考慮しませんでした。
「フォード製の安い四輪車を大量に売り、市場を独占する」ことが目標だったのです。
これか成功した理由には、時代背景があります。
マーケティング1.0(マス・マーケティング)の時代は、需要に対して供給が圧倒的に不足していました。そのため、消費者は「需要をすぐに満たしてくれるもの」に飛びつく傾向があったのです。
この時代は多くの場合、企業が消費者に対して優位な立場でした。
この流れは1960年代まで続きました。
また、この時代には現代でもマーケティングを考える上で重要となる、「マーケティングミックス(4P)」という考えが生まれました。
4Pとは、Product(商品)、 Price(価格)、 Place(流通)、Promotion(宣伝)の頭文字をとったものです。Placeは直訳すると”場所”となりますが、これは商品を流通させる上でかかわる場所を大きく示しています。
これら4つの要素を組み合わせることが重要だという概念です。
1970年代から1980年代は、マーケティング2.0と区分され「消費者志向のマーケティング」へと変化が見られてきます。
技術革新が進み、企業そのものに様々な製品を作る能力が備わっていきます。この時期はオイルショックが起きたため、消費者は不景気の中で生活をしていました。
そのため、「より良い製品を自ら選びたい」という気持ちが高まっていきました。食品でも人工甘味料などに発がん性が見つかったりと、製品に安全性を求める声も高まっていきます。
その動きは大きくなり、企業も消費者の声に耳を傾けるようになっていったのです。
ここで重要となるのがコトラーがまとめた「STP分析」という考え方です。競合他社に勝つために、企業が考えるべき点をまとめたものです。
Segmentation(消費者を細分化して区分けする)、Targeting(Segmentationをもとに標的を定める)、Positioning(消費者における自社の最適な位置づけを決める)という概念の頭文字をとっています。
マーケティング3.0は「価値主導のマーケティング」と説明されています。
期間は1990年代から2000年代にかけてで、マーケティング2.0と大きく違うところは「世界をより良いものにしていく」という理念のもとに生産・消費を行うことを大切にしている点です。この変化の背景にあるのは、インターネットの普及です。
アメリカで商用のインターネットサービスが1988年に開始されました。それからおよそ15年間のうちに、インターネットの利用者とそこで提供されるサービスは爆発的に増えていきました。
そうなると、個人がある製品の情報を得る事が以前に比べて簡単になってきます。
同じような商品が並んでいた場合、消費者はその商品が作られた背景や、それを使うことにより世界にどんな影響が及んでいくのかを考えることができるようになりました。
企業も成長を続けるために、他企業との差をアピールするようになります。
マーケティング3.0の時代に生まれた戦略が「顧客にとっての企業イメージを良くする」というものでした。
例えば「環境保護や慈善事業に取り組んでいる」といった情報をホームページに載せたり、その製品を使うことで「世界に良い影響がある」と顧客に伝えます。そうすると、他の企業や製品に比べて「これらは他にはない価値があるから買いたい」となるのです。
マーケティング3.0の時代には、製品そのものが持つ機能やサービスだけでは、その価値が推し量れなくなりました。
マーケティング3.0の時代には3つの構成要素から成り立つ「3i」の概念です。
・Brand identity(ブランド・アイデンティティ):Identityは日本語で「固有性、独自性」と訳されます。Brand identityは「ブランド」と「ポジショニング」により成り立ちます。
消費者の中で商品の位置づけを明確にし、ブランドを認知させることでアイデンティティを確立するというものです。
・Brand image(ブランド・イメージ):Imageは日本語でもカタカナ言葉ですでに浸透していますが「印象」と訳されます。Brand imageは「ブランド」と「差別化」によって成り立ちます。
マーケティングを成功させる大前提として、”良い印象を持ってもらうこと”が必要です。消費者に良い印象を与え、感情面を満足させることが重要です。
・Brand integrity(ブランド・インテグリティ):Integrityは「正直、品位」と日本語で訳されます。Brand integrityは「ポジショニング」と「ブランド」により成り立ちます。
ブランドは消費者に対して正直で社会的な品位を保つことが大切になります。
これら3つはトライアングルの形で関わり合うので、バランスを取ることが重要となります。
2010年代になってくると、マーケティング理論に新しい概念が生まれました。
それがマーケティング4.0「自己実現のマーケティング」です。ここで言う「自己実現」は、次の項目で解説する「マズローの5段階欲求説」から来ています。
マーケティング4.0の概念は、マーケティング3.0から続くものです。
当初想像していたよりも、インターネットなどを含むデジタルの世界がマーケティングに大きな影響を与えているとコトラーは分析しています。
SNSが普及してしばらく経ち、モノと情報に囲まれて過ごすうちに、消費者は「承認欲求」を満たせるようになってきました。
例えば、目立つものや流行りのものを身にまとった写真を1枚SNSに投稿するだけで、その反応が即座に返ってきます。それは「承認欲求を満たす行動」の1つの代表的なものと言えるでしょう。
そして現在進行形で、人口知能(AI)が生活に身近に感じられるようになってきています。そうなると人工知能が行えるような単純作業から開放された人々は、「思考」に費やす時間が長くなります。そうして「本当に自分がしたいことは何なのか」と考えるようになります。
つまり、”この商品やサービスを利用している自分自身のことを、心から好きと言えるか”が大切になってきているのです。
マーケティング4.0の最終的な目標は「顧客が商品を他者に推奨する状態にすること」だといいます。
心から受け入れた商品やサービスは、打算など無く他者に勧めたくなるものです。消費者が新規の市場を開発しうるのです。マーケティング4.0の時代は消費者を置き去りにはできません。企業はより一層、消費者の心情に寄り添うことが大切になるのです。
マーケティング4.0の時代に提唱された【5a】理論は、マーケティング4.0の最終目標を順に表しています。
・Aware(認知):商品やサービスについて消費者が「知っている」状態
・Appeal(訴求):消費者が触れることになる多くの情報のなかから、消費者が「自分にとって好ましい」と思うものを選ぶ段階です。企業はそのなかで「選ばれる存在」にならなくてはいけません。
・Ask(調査):口コミやレビューを見て、顧客が商品について調査をします。企業と直接やりとりをする消費者もいます。
・Act(行動):消費者が実際に商品やサービスを購入する段階です。
・Advocate(推奨):実際に購入した商品やサービスに満足した場合、消費者自身がSNSなどで口コミを広げていきます。これはその商品をまだ知らない、新しい消費者に対しての「Aware」につながります。
マーケティング4.0を理解する上で必要な概念が、「マズローの5段階欲求説」です。この概念はアメリカの心理学者、アブラハム・マズロー博士が打ち出した理論です。
人間の欲求は5種類に分けることができます。
1. 生理的欲求(食事、睡眠などの生きるために最低限満たされるべきもの)
2. 安全欲求(身体的だけでなく、経済的にも安全・安定した暮らしを求めること)
3. 社会的欲求(自分が社会から必要とされているという感覚を得ること。良好な人間関係や、望まぬ孤独からの解放など)
4. 承認欲求(集団から認められたいという欲求。他者から褒められたり、地位や名声を求めること)
5. 自己実現欲求(他者が求める自分と、自分自身がなりたいと思う姿が一致するように行動していくこと)
マズローの5段階欲求説と、コトラーのマーケティング理論は発展の流れが同じ軌跡をたどっています。
マズローの1.生理的欲求、2.安全欲求はコトラーの「マーケティング1.0~2.0」の考え方と重なり、3.社会的欲求、4.承認欲求、5.自己実現欲求は「マーケティング3.0~4.0」と重なります。
経営学と心理学は一見すると全く違う分野ですが、どちらも「人間の行動」が関わっているという点で共通点が生まれるのです。
コトラー博士によるマーケティング1.0から4.0までの理論の流れと、「マーケティング4.0」を理解する上で欠かせない「マズローの5段階欲求説」を順に説明しました。
「マーケティング1.0~4.0」を理解するには、時代背景を正しく認識し、その当時の消費者がどのような生活状況だったかを理解することが大切です。
「マーケティング1.0」の時代に比べ、それ以降の時代は非常に短期間で急速な変化を遂げています。コトラー博士も常にその変化に目を光らせ、著書に加筆訂正を加え続けています。
マーケティング4.0の時代がいつまで続くのか、絶えず変化し続けるマーケティングの動きを見逃さないようにしましょう。
画像出典元:Unsplash、Pixabay
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