求人応募者の中には、軽い気持ちで経歴を盛ったり隠したりする人がいます。どんなに軽度であったとしても、事実と違うのであれば「経歴詐称」です。
応募者の経歴の信憑性が不安になったら、裏付けを取れる書類の提出を求めたりヒアリングで矛盾点をクリアにすることに努めましょう。
採用前にしっかり対策を取れば、経歴詐称者を雇い入れるリスクを低減することは可能です。
本記事では、経歴詐称の概要やリスク、さらには経歴詐称で解雇できるケースと対処法を紹介します。
経歴詐称によるトラブルが不安な担当者は、経歴詐称のパターン・対処法を知ることで回避しやすくなるでしょう。
このページの目次
採用時、企業の採用担当者が神経を使うのが、応募者による「経歴詐称」です。
経歴詐称とは、具体的にどのようなことを指すのでしょうか?
経歴詐称の概要やリスクについて紹介します。
経歴詐称とは、労働契約を結ぶ際、労働者が雇用者に対して虚偽の経歴を申告することです。
応募者の中には、入社への強い意欲から都合の悪い経歴を隠したり、事実より大きく盛ったりする人が散見されます。
このような人の中には、「未経験のことを経験ありと言う」「持っていない資格を持っていると言う」などの悪質な人も少なくありません。
採用時のチェックが甘ければ、企業が本当に欲している人材を雇えない恐れがあるでしょう。
経歴詐称者を雇用するリスクとしては、以下のものがあります。
経歴詐称者が職歴や資格などに関して経歴を偽っていた場合、企業が望む資格やスキルを所持していない可能性があります。
任せたプロジェクトの進捗が遅れたり品質が著しく低下したりといったリスクがあるでしょう。
また、戦力にならない社員を入社させたことに対し、社内でも批判の声が上がります。担当部署から採用時の不備を指摘されたり責任を追及されたりして、社内が混乱するかもしれません。
しかし、経歴詐称の社員について「経歴詐称だから解雇」と簡単にはいきません。
日本では、労働者の権利は法律で厳密に守られています。いったん雇った社員の解雇には相応の理由が必要であり、十分な証拠や根拠がないと訴訟では勝てません。
「不当解雇」として訴えられて負ければ、企業側が多額の金銭支払いや社員の職場復帰を認めざるを得なくなるでしょう。
つまり経歴詐称者を雇い入れることは、訴訟リスクにつながる恐れもあるのです。
「経歴はプライバシーの問題なのだから、嫌なら申告しなくてもよいのでは」と考える人もいるかもしれません。
しかし、雇用関係では、応募者は企業の望む通り経歴を申告する義務があります。
過去の判例などから、独立行政法人「労働政策研究・研修機構」では経歴の申告について以下のようにまとめています。
雇用契約の締結に際し、使用者が、必要かつ合理的な範囲において、労働力の評価に関わる事項や企業秩序の維持に関係する事項の申告を求めた場合には、労働者は、信義則上真実を告知しなければならない。
参考:【服務規律・懲戒制度等】経歴詐称|雇用関係紛争判例集|労働政策研究・研修機構(JILPT)
企業が応募者に対し必要な経歴を開示するよう求めることは、全く問題がないのです。
ただし、過去の判例では「応募者は求められていない情報まで開示する義務はない」としています。
「採用面接で自身に不利なことについて口をつぐむのは当然であり、企業はそれを踏まえた上で採用を考慮しなければならない」と考えられるためです。
応募者の経歴詐称を暴けるかどうかは、企業側のアプローチ次第といえるでしょう。
一般に、経歴詐称と言われるものはさまざまあります。どのようなことを偽ると経歴詐称に該当するのでしょうか?
企業が目を光らせておきたい経歴を紹介します。
学歴詐称とは、大学・高校などの学歴を詐称することです。
詐称というと「盛る」のが一般的な印象ですが、学歴の場合はわざと低く見せるケースもあります。
例えば、高卒専門の採用に応募したい大卒者が、「高卒」と偽るのも学歴詐称です。
職歴詐称は、これまでの職業や転職回数などを詐称することです。
職歴詐称が問題になるのは、主に中途採用者です。職を転々としている人や長い空白期間がある人は、採用時に不利になると感じます。
在職期間などを虚偽申告し、採用の可能性を上げようとするのです。
犯罪歴がある場合は、履歴書の「賞罰」の欄に記載することが義務付けられています。
ただし、刑が確定していないものは犯罪歴に該当しない上、刑の執行から10年たてば無効になります。
応募者は消滅した前科についての申告義務はないため、企業が個人の犯罪歴を知ることは、非常に難しいといえるでしょう。
なお、犯罪歴について第三者が調査することは、基本的に認められていません。
人によっては、基礎疾患やメンタルヘルス的な問題を偽るケースもあります。
通常業務に支障がない場合はよいですが、業務に適さない健康状態の場合、会社が被る不利益は大きいでしょう。
特に注意が必要なのは、メンタルヘルスです。メンタルの問題は一見しただけでは分からないケースが多く、入社してから発覚することが少なくありません。
コミュニケーションがうまくとれずトラブルになったり、休みが多く周囲への負担が増大したりと、ほかの社員への悪影響が考えられます。
経歴詐称する応募者を除外するには、虚偽申告をいかに見極めるかが重要です。採用担当者が気を付けるべきポイントはどこにあるのでしょうか?
経歴詐称を水際で食い止めるために、注意しておきたいポイントを紹介します。
まず重要なのは、応募者に学歴・職歴が分かる書類の提出を求めることです。公的機関の発行した種々の証明書や書類が本人の申告とが一致すれば、経歴詐称の疑いはほぼなくなります。
また、書類の提出を求めれば、応募者も虚偽申告がばれることを警戒するはずです。細かく書類の提出を求めることは、経歴詐称を未然に防ぐことにもつながるでしょう。
採用選考の際、応募者に求めたい書類・証明としては、以下のものがあります。
書類・証明書 | チェックポイント |
履歴書・職務経歴書 | 転職回数・空白期間 |
雇用保険被保険者証 | 前職の会社名や離職日 |
年金手帳 | 年金の加入歴 |
退職証明書 | 在職期間・賃金・退職理由 |
卒業証書 | 学校名・卒業年月日 |
資格を証明する書類 | 国家資格等の取得年月日 |
源泉徴収票・課税証明 | 前職での年収 |
履歴書や職務経歴書について不明な点や矛盾点があれば、面接時にしっかりと確認しましょう。
特に転職が多い人はその理由、空白期間が長い人はその間何をしていたのかなど、きちんと説明してもらうことが必要です。
また、実績や携わったプロジェクト等について盛る人は少なくありません。
話を聞くときは具体性を重視し、「いつ」「何をして」「どのような成果を上げたのか」を深堀りしましょう。このとき細かい数値まで上げて説明できる人なら、とりあえず信頼できます。
ヒアリングの精度を上げるためには、面接官のスキルアップやチェックシートの統一・得点基準の明確化などが必要です。
面接官によってチェックが甘くなったり辛くなったりしないよう、面接官の事前研修をおすすめします。
履歴書や職務経歴書は自己申告のため、これだけで経歴詐称を見抜くのは難しいかも知れません。
応募者の経歴の把握に万全を期したい場合は、「リファレンスチェック」の導入がおすすめです。リファレンスチェックとは、いわゆる「経歴紹介」「身元照会」です。
応募者の上司や先輩といった「第三者」に連絡し、履歴書や職務経歴書の信憑性を測ることを言います。
日本ではまだなじみのないチェック方法ですが、欧米ではすでに採用時に必須のチェックとして当たり前に行われています。
リファレンスチェックの方法は主に以下の4種類です。
リファレンスチェックで気を付けたいのは、必ず複数の照会先に問い合わせることです。1カ所のみだと、公平な意見が期待できないかもしれません。
即採用ではなく、数週間あるいは数カ月の試用期間を設ける方法もあります。
学歴詐称等には有効ではありませんが、資格やスキルを把握する上では有益です。
実際に働いてもらうことで、申告した通りのスキルがあるのか・経験があるのかを測りやすくなるでしょう。
注意したい点としては、試用期間でも14日をすぎると即日解雇できなくなる点です。
これをすぎると30日前までに解雇予告を出す必要があり、問題があっても辞めてもらうことはできません。
強制的に解雇すると「不当解雇」が適用され、訴えられれば企業側が負けるでしょう。
場合によっては、経歴詐称が入社後に発覚するケースもあります。辞めてもらいたいと考えた場合、解雇は可能なのでしょうか?
解雇できるケース・できないケースについて紹介します。
いったん「社員」として雇用契約を結ぶと、相応の理由がないと解雇できません。経歴詐称でも業務に影響のない範囲であれば、解雇を言い渡すのは難しいでしょう。
ただし、詐称が「重要な経歴の詐称」に該当する場合は、解雇できる可能性が高くなります。極めて悪質であれば、労働者にとっては最も重い罰則である「懲戒解雇」も可能です。
ただし、懲戒解雇を実施するためには、以下の条件を備えている必要があります。
雇用契約を結ぶ際「重大な経歴詐称があって会社に損失を与えたり判断を誤らせたりした場合は懲戒解雇とする」という内容で合意していること
雇用契約書や就業規則等に上記の内容が含まれていない場合は、重要な経歴の詐称であっても解雇するのは難しいでしょう。
場合によっては、高卒を大卒、大卒を高卒と言ったりすることは重要な経歴の詐称とみなされます。
具体的には、「高卒者対象」「大卒者対象」の求人に経歴詐称で入社したケースです。この場合、企業は本来対象とならない人を雇い入れ、給与・待遇を与えたことになります。
「経歴詐称が事前に分かっていたら契約しなかった」という点で、企業の判断を誤らせており、重要な経歴の詐称と考えて問題ありません。懲戒解雇の対象となるでしょう。
職歴詐称も懲戒解雇の対象になりやすい虚偽申告の一つです。
例えば、企業が専門性の高い仕事について求人を出していた場合、専門スキルの有無が採用を決める重要決定事項となります。
社員がスキルについて虚偽申告していたり、それによって高額な報酬を得たりしていた場合は「重要な経歴の詐称」に該当するとみなされます。
このケースも、「事前に判明していたら雇用契約はあり得なかった」という点で懲戒解雇の対象となるでしょう。
犯罪歴の経歴詐称については、労務管理・業務の進捗・職場の秩序に直接的な悪影響を及ぼす場合、懲戒解雇の対象となるでしょう。
ただし「犯罪歴を隠していたから」だけで解雇するのは難しいため、注意が必要です。
犯罪歴は非常にデリケートな問題であり、簡単に懲戒解雇すると後々トラブルになる可能性があります。どうしても懲戒解雇したい場合は、まず弁護士に相談するのがベターです。
経歴詐称が発覚した場合、被害に応じて対処する必要があります。
「解雇」「損害賠償請求」、さらには「解雇しない」選択について紹介します。
解雇や内定取り消しは、先述した「重要な経歴の詐称」に該当する場合のみ有効です。
経歴詐称が業務・社内秩序に全く影響を及ぼさない場合は、解雇・内定取り消しといった対処は難しいでしょう。
一方、解雇するだけの十分な理由がある場合、退職金は支払われる「普通解雇」、退職金ナシの「懲戒解雇」のどちらかを選択することとなります。
経歴詐称による影響等を考慮して、処分のレベルを決めましょう。
ただし、事前に十分な証拠・解雇の理由をそろえた上でないと企業が訴えられるケースも少なくありません。
万が一訴訟になった場合は、社員が「意図的に経歴詐称をした」という裏付けがあると有利です。
経歴詐称が「重要な経歴の詐称」に該当しない場合、企業から解雇を言い渡すことはできません。
「社風として経歴詐称者を許すわけにはいかない」という場合は、企業が該当社員を説得して自主退職を促すのがベターです。
また、ゆるい社風の企業なら、そのまま通常業務に当たってもらうこともあり得ます。特に社員が戦力となっている場合は、「名を捨てて実を取る」という企業も少なくありません。
この場合は、経歴詐称者はほぼ「無罪放免」状態です。
ただし、「経歴詐称不問」ができるのは、主に中小規模の企業です。規模の大きな企業で不正に対してあいまいな対応を取ると、ほかの社員の士気低下を招く恐れがあります。
経歴詐称が広まってしまっている場合は、状況に合わせて退職を勧めたり、移動を行うなどの適切な対応が必要です。
よりよい就職先を見つけようと、経歴を盛ったり隠したりする応募者は少なくありません。採用担当者は不正に気付くスキルを身に付けることが重要となるでしょう。
経歴詐称で社員を雇うと、業務に支障が出たり社員の不満を誘発したりといったデメリットがあります。とはいえ、いったん雇い入れれば、経歴詐称があるからといって簡単に解雇できません。
新たに人を雇い入れるときは、履歴書や職務経歴書のチェックやヒアリングをしっかりと行い、経歴詐称の応募者を除外しましょう。
画像出典元:PAKUTASO、Pixabay、Unsplash