自社の商品やサービスで利益を獲得するために大変有効なロビイング(ロビー活動)。
欧米ではビジネスの新たな潮流を構築し、さらにグローバル化するうえで最大の原動力の一つとなっています。
ところが日本では馴染みが薄く、その効果が過小評価されているのが実情です。
そこで今回は、ロビイング(ロビー活動)の意味や、メリットやデメリット、さらには国内と海外の実例や実行までのステップについて解説していきます。
このページの目次
ロビイングとは企業や利益団体などが、政府や行政、国際機関などに法整備、ルールの策定や変更、規制の新設や撤廃などを働きかけることを意味します。
主な目的は、自社のサービスや商品を有利に展開させたり、社会課題を解決したりすることです。
ビジネスを営むうえでは、政府や行政、国際機関が定める法律や規則といった枠組みの範囲内で営まれるのが一般的です。
しかしそれらが障害となり、新ビジネスが社会実装できないとか、イノベーションが進まないといったことが珍しくありません。
その陰に隠れて深刻な社会問題が未解決のまま放置される例もあります。
そこで利益獲得や理想の実現を目指して、業界団体や経営者、社会活動化などがロビイングを行うのです。
ロビイングの起源は19世紀後半のアメリカ。
南北戦争で北軍の将軍でもあった第18代グラント大統領の時代に遡ります。
大統領はホテルのロビーで葉巻を吸う習慣があったそうです。
そこが「陳情の場」と化したことが「ロビイング」の語源といわれており、ロビイングをする団体や個人は「ロビイスト」と呼ばれるようになりました。
ロビイングは、付け焼き刃的な方法では成功しません。
ロビイングを成功させるための要素をいくつかご紹介しましょう。
【ロビイングを成功させる要素】
上記のような項目を網羅する緻密で計画性のある戦略が求められます。
日本では、ロビイング(ロビー活動)よりも「陳情」という表現の方が馴染みがあるかもしれません。
しかも陳情は、「癒着」「賄賂」「談合」など、ネガティブなイメージを想起させる傾向が強いともいえるでしょう。
そうしたマイナスイメージは、昔ながらの「お上(おかみ)」が強権を有する封建的な社会構造と治世スタイルに起因します。
一方、ロビイング(ロビー活動)は、下から上への一方的な「お願い」ではありません。
あくまで前述のような緻密に計算された戦略に基づくロビイストとディシジョンメーカーとの対等な意見交換によって成り立つのが基本です。
正当なロビー活動には、邪(よこしま)で利己的な利益誘導や上位下達の圧力といった「負のメカニズム」は存在しません。
健全で公共性の高い「正の理念とビジョン」に基づく、れっきとしたビジネス活動の一環なのです。
日本でもロビイングを行うべき理由は主に3つ挙げられます。
それぞれについて詳しく解説していきましょう。
今では当たり前になった、携帯電話・自動運転・ドローン輸送・再生医療や新薬の投与等々、国を問わずいつの時代もイノベーションの実現は規制との闘いでした。
こういった新規事業を社会実装するためにも、ロビイングは重要な役割を担います。
一経営者や社会活動家、一企業の問題提起から始まる理念や目標実現への熱心な動きが、為政者の価値観に変化をもたらします。
やがて世論が喚起されると、新規開発した商品やサービスが一定の支持をえる「クリティカルマス」に到達。
ここまで来れば、一気に世の中に普及し人々の幸せや社会課題解決に大きく貢献することができるのです。
ロビイングはときに世界中を巻き込む大規模な公益に寄与することもあります。
当時15歳だったスウェーデン人のグレタ・トゥーンベリ氏は、気候変動の危機を訴えて学校でのストライキを始めました。
これを皮切りに脱炭素社会の実現を世界に訴え、飛行機の不使用などインパクトの強い活動が広く耳目を集めるようになります。
国連が提唱するSDGs(持続可能性開発目標)の動向とあいまって、短期間のうちに欧州を中心とした脱炭素へのムーブメントが急拡大していきました。
世論を味方につけ、政府や国際機関、大企業等に積極的に働きかけることで地殻変動をもたらした格好例といえるでしょう。
ロビイングによって新たな概念や枠組みが許容されると、業界に変革をもたらし、関連商品やサービスが続々と開発され、日本経済の発展へとつながっていきます。
政府と企業が協力してルールを作っていくことで、日本発のイノベーションやソリューションが生まれる可能性も往々にしてあるでしょう。
海外企業に置いていかれないためにも、日本企業はロビイングを積極的に行う必要があります。
自社にとってメリットとなるルールをどれだけ早く策定できるかが、グローバルビジネスを勝ち抜くうえでは重要となってくるでしょう。
ロビイングに成功すると、国内で始まった新規事業が海外展開できることがよくあります。
ただし国内で規制撤廃やルール改定がなされない場合は、そこで諦めずに海外の政府や国際機関、アカデミアなどへ直接ロビイングを行う手もあります。
それが順調に進めば、国内では考えられない桁違いの収益を生む可能性もあるでしょう。
国内のロビー活動というと、経団連、医師会、農協などの業界団体によるものが多いです。
その中で、漁協の例を紹介しましょう。
2022年10月、県有明海漁協の組合長らが佐賀市役所を訪問し佐賀市長にロビイングを行いました。
目的は、海苔の生育に悪影響がでないための協力を要請することです。
海苔は10〜11月が種付けのシーズンで、その時期に灌漑用のクリーク(小川)から大量の真水が有明海に流れ込むと、塩分が薄まって海苔の栄養分が減少するなどの被害に繋がりかねません。
そこで、「大量放流しない」「水草やアシなどを減らす」といった要望を伝えたところ、市長は快諾し、市の各部署への協力指示と関係機関への周知を約束。
漁協は他にも佐賀県やJA(農協)へのロビイングを行いました。
佐賀県産の海苔は19年連続で販売枚数・販売額共に全国トップですが、一部地域で「色落ち」被害による生産の減少が見られます。
よって、被害拡大の防止と一層の収益増に向けた正当なロビイングといえるでしょう。
NPO法人 「シーズ」は、直接国会議員にロビイングを行うことにより税制の優遇制度実現にこぎつけました。
NPO法人に寄付をすると寄付者が税額控除を受けられるようになったのです。
NPO法人は全国で5万を超えますが、多くは資金難にあえいでおり、健全な運営には寄付が欠かせません。
その意味でこの優遇制度が国によって導入されたことは、非常に画期的なのです。
シーズの担当者は、衆議院議員へのロビイングのために東京都港区赤坂にある議員会館に日参。
与野党関係なく、複数の議員や議員秘書と面談を重ね、直接NPOの窮状や優遇制度の必要性を繰り返し訴え続けました。
同じようにロビイングによって「ものづくり補助金」の対象にNPOを加えてもらうことにも成功しています。
もともと当補助金は、中小企業の製造業を支援するのが目的でしたが、そこにNPOが追加されたことによって、経済的に厳しいNPOにとっては大きな救済措置となったのです。
2009年、米IT大手のGoogleは人工知能を活用した自動走行運転プロジェクトを立ち上げました。
自動運転技術開発と並行して、各州において自動運転による走行の許認可を得るべくロビー活動を展開します。
自動運転は、一つ間違えば人命に関わる大事故を引き起こしかねません。
よってその理解を得るには、相当程度のロビイングが求められたと推察できます。
結果として、2015年にGoogleはテキサス州内の公道で世界に先駆けて自動運転の走行に成功しました。
その後もGoogleは、2022年までの約7年間で毎年数百台の車両を使って、合計年間370万kmと地球94周分もの走行実験をするにいたります。
そして確実に自動運転実装の目標に近づいているのです。
GoogleをはじめとするAmazon、Apple、メタ(旧Facebook)の米巨大テック「GAFA」は、近年ロビイストとしての存在感を強めています。
2021年のGAFAの時価総額は約770兆円に達し、日本株全体を上回るまでに拡大しました。
これら大手IT企業に対する「儲けすぎ」問題に対し、米議会や独占禁止局は規制強化に乗り出しています。
これを阻止するべく2021年の1年間における4社による政府などへのロビイング費が、前年比9%増の約68億円にものぼりました。
近年、EC諸国からも、プライバシー侵害や違法コンテンツといった問題に端を発するGAFAへの風当たりは非常に厳しくなっています。
そのため、国内外においてロビイングを活発化させている状況にあります。
アメリカの2021年のロビイング投資額ランキングを見ると、トップ10のうちの4団体を医療ヘルス業界(米国研究製薬工業協会、米国病院協会、全米医師会など)が占めています。
アメリカでは、薬価は製薬企業が自由に決定でき、病院での治療費も自由価格のため、両業界の高収益体質が維持されているのが現状です。
つまり高い収益をあげた分、ロビイングへの投資を増やし、それによって政府からの厳正な規制を回避して、さらに高収益体質を維持し続けるというメカニズムが形成されているわけです。
また、アメリカでは保険会社のロビー活動も活発です。
オバマ大統領が提唱した国民皆保険制度は、各方面から強い反対を受けて阻止されました。
同制度が導入されれば、保険会社の利益は確実に圧縮されます。
よってこれを阻止できたのも製薬業界や医師会と同じ理屈でロビー活動が奏功したからとみて間違いないでしょう。
ロビイング(ロビー活動)は、ロビイストや業界によってさまざまなプロセスで進められます。
ロビイングの主なステップを以下の3つに分けて解説しましょう。
【ロビイング実行までの3ステップ】
Step1:問題提起
Step2:解決内容の考案
・新商品やサービスを開発
・専門家や研究者との連携
・データ収集と世論喚起
・ターゲットを絞る
Step3:実際にロビイングを行う
・請願や陳情を行う
・ロビイング支援会社と共に動く
・業界団体に加盟する
それぞれ詳しく確認していきます。
ロビイングを行う上で最も重要なのが、「問題提起」です。
「何を」「なぜ」解決または改善・改良しなければならないのか、あるいはその為に規制を維持または撤廃しなければならないのか、といったロビー活動の核となる部分にあたります。
ロビー活動の目的には、「ビジネス目的のためのルール変更」と「利益確保のためのルール継続」といった2つの側面があります。
「現状を変えなければ新規事業が実装できないケース」と「現状が変わるとビジネスモデルが崩れるリスクがあるケース」というと分かりやすいかもしれません。
この問題提起がしっかりとしてブレなければ、ロビイングの成功率は確実に高まるといってよいでしょう。
続いて、上記の「問題」へのソリューションを考案するステップに移行します。
提起した問題を解決するソリューションとして、新商品やサービスを開発することは非常に有効です。
例としては以下のようになります。
例1:新薬開発→新薬投与により◯◯という疾患に効果がある
例2:ライドシェアサービス→行き先が同じ複数の顧客を近くに住む個人が自家用車を使って有料で送り届けることができれば、費用対効果が高まる
新商品やサービス開発がどのような効果をもたらすのかを、具体的に提示できるようにしましょう。
新商品やサービスが、いかに社会や一部の社会的弱者などの幸せや生き易さに寄与するかを客観的に示すことも大切です。
そのためには、専門家や研究者などアカデミアからの知見を集め、あるいはその人たちに正当性を証明してもらうと説得力が増すでしょう。
アカデミア以外に、新商品やサービスの必要性を示す客観的データを多数収集できれば、ロビイングの優位性が高まります。
SNSやマスメディア、書籍、インフルエンサーなどをつかって新商品などの存在意義を広く社会に流布し、世論を喚起するのも有効です。
ロビイングの成否は、最終的にディシジョンメーカーへの適切なアプローチができるかどうかにかかっています。
よって、そのターゲットの選出に注力することが非常に重要です。
その相手に応じてロビイングの動き方は大きく異なってくるでしょう。
次はいよいよロビイングの開始です。
おかれているシチュエーションやターゲットによって選択する方法も異なってきます。
国家レベルの法整備や新制度の導入を目指すなら「請願」か「陳情」が有効でしょう。
日本では、憲法により国民全員に国会議員あてに「請願」と「陳情」を行う権利が保証されています。
【請願】
国会議員か議員秘書の紹介によってしか提出できません。よってこの場合のロビー活動のターゲットは、国会議員かその秘書となります。あるいはその橋渡しができる力のある市区会議員や業界団体のトップという場合もありえるでしょう。提出先は、衆議院議長。国会が召集される日から受付が始まり、国会が終了する7日前に受付終了となるのが一般的です。
【陳情】
衆議院議長宛に直接提出します。議長が必要と認めたものに限り、適当の委員会に参考送付されます。
ロビイング(ロビー活動)を専門的に支援する企業に依頼する方法も有効です。
企業によって得意なジャンルは異なります。
ただ、押さえるべきポイントやノウハウを熟知しているロビイングのプロですから成功する確率は高まるでしょう。
報酬も必要となるので、どの分野に強いのか、実績も含めてよく確かめたうえで依頼するかどうかを慎重に決めてください。
経団連や経済同友会、日本商工会議所、新経済連盟といった団体や各種業界団体に加盟することで、発信力が高まると期待できます。
また政府や自治体との距離も近く、各方面の有力者が数多く集うため、ディシジョンメーカーへのコンタクトもし易くなるでしょう。
ビジネスチャンスを確実に広げたいなら、ロビイング(ロビー活動)は不可欠です。
話題の新技術や画期的サービスが台頭してきたとすれば、その裏でロビイストが活躍していると考えて間違いないでしょう。
したがって、企業の大きな成長を目指すのであれば、ロビイングのノウハウや手順についての知見を高めることは非常に重要です。
画像出典元:Pixabay
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