IPO支援専門家のEY藤原選パートナーに聞く、 IPOの最新トレンドと、上場成功のポイントとは【後編】

IPO支援専門家のEY藤原選パートナーに聞く、 IPOの最新トレンドと、上場成功のポイントとは【後編】

EY新日本有限責任監査法人IPO統括の藤原選氏

記事更新日: 2022/03/15

執筆: 編集部

【後編】スタートアップが押さえるべき上場準備の注意点とIPO成功のポイント

Q. IPOへ向けた社内体制作りで重要なことは何でしょうか。

まずは、経理体制を強くする必要があります。経理部門が弱いと決算や開示に支障が出たり、トラブルにつながったりするケースもあるからです。

特に前編でも申し上げたとおり、2021年の期越え上場社数は49社であり、全体の39%と前年の29%から更に10%ほど増加傾向にあり、2022年以降も多くの期越え上場が見込まれます。

期越え上場は株価算定の際に翌期の財務数値が使えるメリットはありますが、IPO準備作業的には難易度が非常に高くなります。

具体的には、申請期の決算作業及び監査対応と上場準備作業が重なるため、それに対応できるスキルを持つ管理部門の人員も十分確保する必要があります。

とはいえ、現実には経理体制を強化したくても、管理部門や経理部門のマネージャーや実務担当者の採用に苦労する企業は多いでしょう。

近年の採用では報酬体系だけでなく、パーパスやミッションなどを含めた会社そのものの魅力が重視されており、優秀な人材に企業の存在意義をいかにアピールしていくかが課題になっています。

いっぽうで、アウトソーシングもうまく活用していくことも大事です。

また、採用ができても、経営トップが管理部門を軽視していたり、配慮が足りないと辞めていく事例も見られます。

どんなにビジネスが素晴らしくて業績が成長していても、管理部門が弱いといずれその成長には限界がきます。

管理領域が得意でないと感じているCEOなら、信頼のおけるCFOを早めに配置できるかどうかが、将来の成長を左右することになるでしょう。

事業計画では、月次ベースでの予実管理を徹底しましょう。

乖離が発生するたびにその原因を突き止めてPDCAを回しながら、精度向上を図るサイクルを確立することが重要です。

そのためには、実績ベースで発生主義に基づく正確な月次決算を行い、その発生主義ベースの考え方を予算策定に落としていく必要があります。

決算が発生主義なのに、予算がそうなっておらず、予実が乖離しているケースは意外と多くみられます。

また、単月ベースのみ予実分析をしているケースもよく見られますが、上場後は決算予想数値の変更の必要性の検討・分析・開示を適時にできる体制構築が必要で、上場準備中から「累積」ベースの予実分析と「着地見込み」分析もしっかり実施していくことが肝要です。

また、受注金額や入金額は把握できていても、発生主義に基づく売上を正しく計上できていない例も見受けられます。

たとえば、SaaSのビジネスモデルで前受金を受け取るケースや、無料期間を設定しているような場合は、契約期間と入金、そして売上計上の管理がかなり複雑になります。

2021年4月開始事業年度から適用されている新収益認識基準と合わせて、自社のビジネスモデルと会計処理を含む販売管理体制について十分に理解し、整備運用を実践していく必要があるでしょう。

急成長を遂げているスタートアップにおいては、販売拡大や組織拡大のスピードが早いので、それに管理体制が追い付かないケースがみられます。

主たる業務の販売プロセスや購買・経費プロセスなどにも内部統制が十分に働かず、ミスが発生する事例も散見されるので、事業拡大に合わせて管理体制を適時に整備運用していく必要があります。

上場前のM&AでIPOが遠のくことも

――近年は、上場前から海外展開やM&Aに積極的なスタートアップもみられます。

いずれのケースも、経理部門の実力が試される局面です。

国内子会社であっても連結決算の必要性が生じるとIPOのハードルは上がるぐらいですから、海外に子会社を展開する場合はさらに難易度が上昇します。

在外子会社の経理をリードできる人材がいなかったり、帳簿の記帳を現地の会計事務所に外注する際に適切な指示ができていないといった例はよくみられます。

子会社の決算日と連結決算日との差異が3か月を超えない場合には、連結財務諸表上は3か月ずれの連結会社間の取引等の重要な不一致の調整を行った上で、子会社決算数値をそのまま使うことが許容されています。

ただし、経営管理上の必要性等から両社の決算日を一致させている場合は子会社の決算を親会社と同じスピードで締める必要があるので、決算早期化の対策が必須となります。

実際、子会社決算が遅れて連結決算が間に合わずに、IPO準備を進められないというケースはよくあるのです。

また、IPOの前に積極的な成長戦略としてM&Aを実施する事例もみられますが、通常の企業買収では純資産額より多くの金額を支出するので、会計上の「のれん」が生じることになります。

最近は買収される側にもVCがついていて、シビアな交渉になることも多く、高値づかみをさせられて後から減損計上を余儀なくされるケースも見られます。

M&Aを検討する際はビジネス・財務・法務・労務それぞれのデューデリジェンス(買収調査)を厳密に行い、将来ののれんの減損が生じないようにするためにも、買収価格の妥当性を多面的に検証することが不可欠です。

――投資家に自社の魅力を伝えていくにはどういった点も気を付けるべきでしょうか。

上場申請時に提出が求められる「事業計画及び成長可能性に関する事項」は、早めの検討をお勧めします。

これは幅広い投資家に、ビジネスモデルやエクイティストーリーを正しく理解してもらうための重要な資料だからです。

どのようなKPIを設定するかを検討し、第三者にもできるだけわかりやすい納得感のある事業計画を示しましょう。

その際には、パーパスやミッション・ビジョン・バリューとの一貫性も非常に重要です。

2021年は申請期に赤字の状態で上場する企業が13社(20年は8社)と増加しており、期越え上場も多くなっています。

こうした企業では特に、上場時に開示された「事業計画及び成長可能性に関する事項」をもとに投資家からシビアに事業計画をモニタリングされ、翌期や翌々期を評価されるので、ますますこの資料で示す事業計画の精度が問われるようになります。

この資料は、マザーズに上場する企業に対しても毎年の開示が求められており、2021年に上場した他社事例が数多く公開されはじめています。

非常に参考になるので目を通しておきましょう。

また、監査の上でも繰延税金資産の回収可能性や固定資産の減損、継続企業の前提に関する注記(GC注記)などを判断する際に、事業計画は非常に重要です。

不確実性の高い時代だからこそ、こうした将来の見積りに関する精度の重要性は高まっており、企業側の不確実性に対するマネジメント能力が問われています。

――近年はガバナンスやコンプライアンスなどの管理体制も重視されますが、具体的にどういった点に注意すべきでしょうか。

昔からの典型論点である、職務分掌・権限を踏まえた稟議決裁手続のみならず、最近は各社でDXが進んでいることから、たとえば、どの担当者にどこまでの閲覧や操作を許可するかというITシステムのアクセス管理やプログラム変更管理といった統制が適切にできているかなど、ITシステムに関わるコントロールである「IT全般統制(ITGC)」は、重要性を増しています。

コロナ禍で電子契約も進んでいるので、従来の印章管理規程だけでなく、電子サイン・署名等の管理規程も本人性や権限性に留意して設定することも肝要になってきています。

また、会社のレピュテーションリスクに直結する情報管理体制、そしてサイバーセキュリティ対策も不可欠です。

中には、コンシューマー向けビジネスを展開しているにもかかわらず、個人情報管理体制が甘い企業や、IT企業であっても内部統制やセキュリティに関する認識に乏しい企業が依然としてあるのですが、こうした企業が個人情報を流出させたり、サイバー攻撃に遭って情報が取り出せなくなって決算ができなくなったり、顧客にそっぽを向かれてしまうケースは実際にみられます。

上場を目指す以上は、一刻も早く認識を改めて適切な対策を取る必要があります。

その他のコンプラ問題として、サービス残業をさせないといった基本的な労務管理ができているか、景品表示法や下請法など各種法令の遵守ができているかという点は、IPOを目指すスタートアップが特に注意すべき問題の典型例です。

近年は未上場の段階で機関投資家から資金調達を実施している場合に、新プライム市場で求められる水準のガバナンスやESG・SDGs関連の対応について尋ねられることもあるようです。

また、数は多くないものの、マザーズ市場でも役員報酬委員会を設置する企業も増えてきており、上場する際に同様の対応が求められる時代もいずれ来るでしょう。

マザーズ上場時の従業員の平均給与が過去5年近くで約1百万円上昇していることを踏まえると、役員だけでなく従業員の報酬体系も適切に設計していくことも視野に入れるべきです。

――2022年4月に東証の市場再編が実施されます。

IPOを目指す企業は、それぞれの新市場の特性を踏まえて市場を選択するのが理想的です。

これまでは、マザーズで上場した企業が比較的短期間で東証1部にステップアップする例は多くありましたが、新しいグロース市場からプライム市場にいくには厳格な要件が求められるようになります。

最終的にプライム上場を目指すなら、どのようなスケジュールで目指していくのか、中長期的な成長戦略と資本政策やガバナンス体制強化を十分検討し、対応していく必要があります。

再編後のプライム市場に上場する企業は、コーポレート・ガバナンス報告書でTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言に沿った情報開示が求められることになりました。

対象はプライム上場の企業だけとはいえ、未上場の段階で既に機関投資家が出資しているようなスタートアップでは、すでに同様の検討をスタートさせている企業も出はじめています。

IPOを目指す企業でも、サステナビリティ領域での取り組みに目配りが必要な時代に入ってきたといえるでしょう。

――最後に2022年以降のIPOを目指すスタートアップに、アドバイスをお願いします。

ここまでは国内のIPO事情についてお話してきましたが、世界のIPOはすでに評価額が10億ドル超のユニコーンを超えて、その10倍の評価額となる“デカコーン”の水準に突入しています。

日本の企業がユニコーンやデカコーンになるまでIPOを待つのは現実的ではないと考えますが、IPO時の公開価格ベースでの時価総額が100億円未満で上場する企業から、将来的に1000億円を超える時価総額に成長していく企業が多くないのも実情です。

理想的には、公開価格ベースでの時価総額で300~500億円程度以上の規模を目指すほうが、調達できる金額ははるかに大きく、成長を加速させられます。

早いIPOが必ずしも有利とはいえない面もあることは、しっかり認識すべきです。

スタートアップは社会をよりよい方向へ変革し、経済を活性化する原動力となります。

世界を変えるスタートアップが1社でも多く日本から輩出される支援を弊法人としても積極的に行っていくとともに、その実現を切に期待しております。

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