BtoB/SaaSベンチャー投資家 湊 雅之
今回はSaaSを中心としたIT全般,AI,IoT,Fintechなどを主要な投資先として活動するDNX Venturesの湊 雅之氏に取材をしました。
現在は英国・ロンドンから遠隔で投資業務に携わっていて、欧米と日本、両者を比べてSaaS業界がこれからどうなっていくのかについて語っていただいています。
SaaSについて数々のブログ記事を配信するなどSaaSマーケットに知見の深い湊さんにだからこそ聞けた内容も多く、SaaSで起業を考えている方や、これからSaaS業界で何が主流になるのかを知りたい方は必読です。
プロフィール
湊 雅之(Masayuki Minato)
このページの目次
日本と海外のSaaS業界では、大きく分けて2つの違いがあります。
ひとつ目は、日本のクラウドサービスの浸透は黎明期なのに対して、海外は拡大期であるという点です。
欧米で初めてクラウドの波がきたのは、2008~2009年ごろのことでした。
それに対して日本では、ここ数年でやっとクラウドの波が訪れたように感じています。
つまり欧米諸国に対して日本は、10年遅れくらいでクラウドサービスが流行しているということです。
約20年前の欧米では、SaaSの波はCRM(顧客管理システム)から始まりました。
日本でも同様に最初はCRMからSaaS導入の流れができましたが、最近ではANDPADやatama+などといったVertical SaaS(業界特化型SaaS)が成長しているなど、日本のSaaS業界全体が徐々に拡大期に入ってきていることを感じます。
ANDPADやatama+などといったSaaSが生まれているのは、全体として良い流れと言えますね。
そうですね。
それに対してアメリカではかなり前からこの流れがきていて、最もDXが遅れていた企業や業界もキャズムを超えてDXを終えつつあります。
むしろ次の段階として、いかにクラウドのコストを最適化するか、いかに早くクラウドを開発するかが主軸の考え方となっています。
この違いがよくわかる例として、Kubernetesの利用率が挙げられます。
Kubernetesは、Forbesが発表しているFortune 100(世界中の会社を対象とした総収益ランキング)の71%が利用しているツールです。
Kubernetesは元々Googleが開発したサービスで、コンテナオーケストレーションツール(コンピュータシステムなどにおける設定、管理、調整の自動化)です。
クラウドが浸透し、ソフトウェアの進化する中で開発スピードを上げなければいけませんし、クラウドのコストが企業側も上がってきていて、いかに最適化するかが問題になっているからです。クラウド化していることは既に前提で、そこをどう最適化するかが今一つのテーマになっていると思います。
それに対し、日本は、Kubernetesの前に、クラウドシフトを進めようという段階にいます。日本でもコンテナの導入自体、急速に進んできているものの、本番環境で導入している企業も10%前後といった状態です。
このことからわかる通り、日本と欧米ではクラウドの浸透率からして全く異なるのです。
SaaS業界としても同様で、欧米に対して大きな遅れを取っているという現状がありますね。
ふたつ目の違いは新型コロナウイルスによるインパクトです。
私が住んでいるイギリスと日本とでは、新型コロナウイルスの状況が全く違います。
例えばイギリスでは、小売店や飲食店は8時閉店などではなく、完全に締めなければいけない状況にあります。
そのため、それらの業界に関わる企業のほとんどがビジネスモデルごと変えなければいけないといった状況にいます。
つまり、コロナ禍の状況が違うが故に、SaaSの状況が変わる。むしろ、変革せざるを得ないといったイメージですね。
あとはそれに伴って、リモートワークツールの発展状況が違います。
ZoomやSlackは日本でもスタンダードになっていると思いますが、Zoomで追いきれないカンファレンスなどの部分で欧米と違いが出ています。
例えばイギリスのHopinはコロナ禍も相まって、創業から1年半でユニコーン企業になりました。最近だと、250億円ほどでスタートアップを買収するほどです。
これは日本のなんとなくまだ会えるという前提とは違い、完全にオンラインに振り切って展開されているからこその違いですね。
会えないからこそ、それぞれの状況に個別最適化されたサービスが注目を浴びています。
まず、欧米の大きなトレンドとしてSaaS×Fintechが挙げられます。
欧米も含め、世界中で中央銀行がお金の供給量を増やしています。しかし、小売や飲食のような業界、特に中小事業者まではなかなかお金が回っていないという現状があります。
これによって欧米では、「バーニーズ・ニューヨークといった有名な小売企業が破産申請をした」などのショッキングな出来事が起きています。中小企業であれば、なおさら深刻な状況です。
こういった流れや先ほどのSaaSが変わらざるを得ないという状況から、SaaS企業がFintechサービスプロバイダ―として大きな役割を果たす例が出ています。
具体的にはShopifyがShopify Capitalを通してEC事業者を助けるために、短期融資を行っていたりします。これはShopifyだけが持っている事業者に関するデータを元に、銀行よりも正確で早い融資を行うサービスです。
ShopifyからすればEC事業者は顧客であるため、倒産してしまうことは自社の不利益にも繋がるためにこのような活動をしています。
これと同様にPOSレジ(売上分析をはじめ、顧客管理や在庫管理ができるシステムおよびハードウェア)を提供しているToastは、自社の顧客である飲食店を救うため、独自の顧客データを元にしてToast Capitalから飲食店に短期融資を行っています。
こういった例が出てきたのは、緊急時には銀行よりもSaaS企業から短期融資を受ける方が良いと判断されたためです。
例えば今まで通りに銀行から融資を受けようとすると、実績などを元に審査する時間が必要になり、融資が実際に降りるまでに長い時間が必要になっていました。
コロナ禍では早く融資をもらわないと倒産してしまうので、ゆっくりと融資を待つ余裕なんてありません。
このように、SaaS×Fintechの流れは今後さらに加速すると考えます。
SaaS×Fintechを実現させるための鍵は、顧客接点のデジタル化ですね。
顧客接点のデジタル化は、グローバルなトレンドでもあります。
例えばアメリカでは、EC化率が2倍くらいに跳ね上がっているんです。
それに応じて、飲食店が自社デリバリーをするためのサイト構築ができるSaaS企業なども出てきています。
このEC化が進めば、顧客接点をデジタル化(クラウドにデータを蓄積)できるようになるはずです。
また蓄積したデータを活かすことも非常に重要で、クラウド拡大期である欧米ではそういった技術も次々生まれています。
例えば、2020年にはDWH(データウェアハウス)を提供するSnowflakeのIPOが欧米で大きな話題を呼びました。
DWHとはクラウドデータをどう扱うか、どう貯めて分析するかを統合するサービスですが、クラウド黎明期である日本ではあまり聞き馴染みがないと思います。
しかし顧客接点をデジタル化し、それを利用していく上では非常に重要なサービスです。
これが欧米の企業では、AIにも繋がる文脈で一般的なエンタープライズまで広がってます。
このようにまず顧客接点をデジタル化し、得られた顧客データを活かすまでのサイクルさえ作れれば、日本でもSaaS×Fintechを実現することは1つの方法として十分可能だと思います。
私が注目しているSaaSは、ビックデータの分析と新型コロナウイルスという2つの観点から選出しています。
これから紹介するSaaSは、日本SaaS業界のこれからや世界でSaaSがどうなっていくかを把握する上で、非常に重要なものになると考えます。
私がDatabricksをオススメするポイントは2つあります。
ひとつ目はAIに繋がる接点に非常に近いことです。
まずSaaS業界でAIが注目される理由のひとつに、システム・オブ・インテリジェンスが挙げられます。
今日本で来ているような第一世代のSaaSがもたらした恩恵は、オンプレミス型をクラウド型に移行させたことにあります。
これによってソフトウェアを早く安く運用することができるようになりましたが、ソフトウェア市場の規模が大きく拡大したというより、クラウドへのシフトです。
それに対し第二世代のSaaSの誕生によって、従来のような人間ができることを自動化して生産性を上げるだけでなく、人間ができないことまでSaaSやシステムが自動化してくれます。
例えばDatabricksを活用すれば、アマゾンが提供しているような、レコメンデーション機能を、自社サービスに実装することができます。
つまりソフトウェアができることを増やし、ソフトウェア市場自体を拡大させたんです。
Databricksは顧客接点をデジタル化した上で、そのビッグデータを扱うためのデータ基盤になるサービスで、今後の日本に来る流れにもマッチしているものと言えるでしょう。
次に、Databricksの課金モデルも画期的でした。
従来のSaaSだと、既存顧客のアカウント数を増やすアップセルやクロスセルが、売上を増やすことが常識でした。
それに対しDatabricksは、1人のデータサイエンティストにより長い時間利用してもらうことでデータ量を増やし、それに応じての課金してもらうというトランザクション型の課金モデルでした。
この革新的な課金モデルによって、類似企業であるSnowflakeのNRR(既存顧客の売上を前年比で維持できているかを計る指標)は上場前の2019年で223%もあります。
つまり1年前に契約した際の課金額が年間1,000万円だとすると、1年後には課金額が2,230万円まで増加しているということです。
NRRが130%を超えていればSaaS界で素晴らしいと絶賛されることなので、223%という数値は本当に驚異的だと言えますね。
AirTableはノーコード・ローコードで、先駆者的な立ち位置にいるサービスです。
世の中の99.5%の人はコードを書くことができないので、エンジニアのリソース不足はグローバル間で大きな問題となっています。
そのエンジニアのリソースが足りない中で活躍するのが、ノーコード・ローコードサービスです。
まだDXがそこまで進んでいない日本では、ノーコード・ローコードの需要が大きいですし、マーケット的にも大きな可能性があると考えます。
Coupaはアメリカの上場企業です。
元々Coupaは、企業の経費管理(ベンダーへの発注・メーカーへの部品など)と支出管理をやっているサービスです。
コロナ禍ではほとんどの企業でウイルスの影響を避けてビジネスを行いつつ、コストを抑えてビジネスを永続的に行うために、サプライヤーの見直しが重要視されています。
例えば、コロナ禍では動いている工場とそうでない工場があったりしますので、その支出管理などに重宝されています。
これらの理由からサービスが急成長しているのに加え、coupaはFintechもやっていて、BtoB間の決済を握る最有力候補として上場市場で注目を浴びています。
アンドリーセン・ホロウィッツが、「すべての企業はソフトウェア化する」といっていますが、それを実現するSaaSの1つがStripeです。
決済や請求周り中心のSaaSでしたが、現在ではStripe Treasury(ストライプトレジャリー)というサービスをリリースして、大きな注目を浴びています。
Stripe Treasuryは金融機関とAPI連携することで、銀行以外の事業者も決済サービスなどを提供できるようにするサービスです。
これはBaaS(Banking as a Service)という概念に基づいており、これから全ての企業をフィンテック化していく可能性があります。
今後、金融版AWSといった存在になるかもしれません。
ToastやShopifyはコロナ禍で打撃を受けた産業をDXするSaaSとして、非常に注目しています。
新型コロナウイルスで打撃を受けた産業をDXし、お金まで工面するというのは顧客視点で見ても面白い進化だと感じます。
またインダストリークラウドは世界中で注目されている分野でもあり、Fintech化も非常に早い段階から行っている点も評価できます。
電子決済サービスが初めからSaaSにくっついているというイメージですね。
Hopinは創業から1年半ほどでユニコーン企業になった、大注目のオンラインイベントのプラットフォームです。
私はちょうど1年ほど前にHopinの代表と話したことがありましたが、当時は新型コロナウイルス流行前で注目度も低く、資金調達が大変だと嘆いていたのを覚えています。
それがたった1年ほどでユニコーン企業まで成長したのは、リモートワークでの顧客接点をうまく最適化させたからだと考えています。
日本でも欧米と同じように、これからさらにリモートワークに注目が集まると思いますので、こういったオンラインイベントのプラットフォームや顧客接点の最適化(デジタル化)には大きな成長可能性があると考えます。
まずSaaSとしての大前提は、カスタマーサクセスです。
例えば日本では「お客様は神様」という考えがありますよね。
でもそれではダメなんです。この考え方は、お客様が全て正しいという考えを元にしています。
しかしそうではなく、顧客の未来を考えたときにどうしたら幸せにできるのか、それに対して我々のサービスがどんな手助けをできるのか、というコンサルティングに近い考え方を持つべきです。
そしてこれを組織のカルチャーレベルに浸透できているかが、SaaSとして成功するかの分かれ目になると考えます。
次に社会の大きな変化点を見極めることです。
社会の大きな変化点では、小さかった市場が急に大きくなったりします。
最近では、決済や宇宙の商業利用が挙げられますね。
これらの市場が急成長したのは、法規制が緩くなったからです。
それによって、今までできなかったことができるようになった時がチャンスです。
逆に欧州のGDPRや、米カリフォルニア州のCCPAで、個人情報規制が厳しくなった際には、Onetrustのようなプライバシー情報を管理するSaaSが急成長を遂げたりしています。
このように、法規制の変化・パンデミック/リセッション・災害など、人のマインドセット・行動を変えるレベルのきっかけは大きな変化点で、トレンドになりそうなものがきっと出てくるはずです。
具体的に今で言えば、コロナ禍で市場に出回るお金が増えているのに全体に回っていない状況があります。
こういったお金周りの不整合もチャンスです。
ShopifyやToastであった例のように、SaaS×Fintechは間違いなく大きな流れですし、日本でもどんどん進んでいくはずです。
あとは、ノーコードも大きなトレンドになると考えます。
コードを書きたくても人材がいませんし、エンジニアリソースをサービス開発に割きたいという観点で、社内業務の効率化をビジネスサイドの人でも進めていけるサービスをどう増やしていくかは注目ポイントになって来ます。
私が実際に投資しているANDPADは日本にとって大事な企業だと思いますし、非常に注目しています。
ANDPADのようなインダストリークラウドは、地域性が非常に高いことが特徴です。
世界中で利用されているSlackが参入しているコミュニケーションツールなどとは違い、ジョブの形が多種多様であるため、それぞれに最適化することが難しいのがインダストリークラウドの特徴です。
つまり、海外のサービスもなかなか参入が難しいのが特徴ですね。
また、商習慣によって特性が全く異なるためDXが遅れがちで、まだまだ参入の余地があります。
例えば建設、金融、保険などは産業ごとにDXを推進する旗振り役が必要ですし、それをアジャイルにできるインダストリークラウドは、必ず伸びる領域ですし、とても価値のある事業だと考えます。
あとは、実はCRMも狙い目だと考えています。
SaaSで時代に合わせて変化する領域の一つにCRMが挙げられます。
CRMは顧客のどうこうで最適な提案や最適なリテンションが変化します。
それは、時代が変われば価値観なども変容するからです。
そういった観点で見れば、Revcommが提供しているMiiTelも顧客接点をDX化したCRMと言えますし、可能性があるSaaSだと見ています。
そもそも、世界のソフトウェア産業をリードしている国がアメリカであるため、影響力が日本とは全く違いますね。
そのため世界を代表するようなSaaS企業を、日本から輩出するのはハードルが高いのが現実です。ソフトウェアの開発者向けツールやデータサイエンス、AIに関しては、特に厳しいと思います。
他にも人種が多様でない点、共通言語が英語でない点も日本に不利な影響を与えています。
コロナ禍が起きるまでの流れとして、イギリスのEU離脱やアメリカの政治姿勢を含めると、個別最適化に向かっている傾向がありました。
しかしコロナ禍でリモートが中心となり、世界中に多様性が広がっていくことになりました。そうなると、ひっ迫するエンジニアリソースは海外からリモートで雇えば良くなりました。日本だと言語や働き方のカルチャーの違いもあり、グローバルで見ると出遅れている印象です。
日本から、というより日本人からは十分ありえると考えています。
アメリカのスタートアップに投資していると、世界で活躍する日本人は少なからずいらっしゃいます。
例えばGoogleにも、トップクラスの日本人エンジニアはいますし、そういった方々が独立してグローバルレベルのSaaSを作り出す可能性は十分に考えられます。
もしグローバル市場を前提に考えるならば、わざわざ日本からという考えではなく、初めからグローバル市場の取りやすいアメリカでスタートする方が良いと思います。
それ以外の可能性としては、日本からアジアへの進出は可能性がありますね。
東南アジアや韓国などの国々は比較的文化も近いですし、マーケット的にも可能性はあると思います。
もし海外展開を目指すなら、日本が世界に優位性のある製造業や金融マーケ、ヘルスケアといった領域が狙い目だと考えます。
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