日本のHR市場がこれから目指すべき、TalentXが描く「タレント・アクイジション」の世界

日本のHR市場がこれから目指すべき、TalentXが描く「タレント・アクイジション」の世界

TalentX代表 鈴木貴史氏

記事更新日: 2023/02/03

執筆: Eriko Nonaka

日本企業は、年間 1,000 億円の採用コストを掛け捨てているー…

そう語るのは、日本ではまだ一般化していないリファラル採用を普及させ、日本の採用文化に変革をもたらそうとしているTalentX代表の鈴木貴史氏。

日本において採用というと、欠員補充などの短期的な採用ニーズを充足させる短期的な「リクルーティング」だ。

しかし、欧米では、中長期を見据えて会社を成長させるために転職潜在層から優秀なタレントを持続可能に獲得する「タレント・アクイジション」に方針を転換してきているという。

同社は、これを実現する HRX(Human Resource Transformat)構想を2月7日に打ち立て、新サービス「MyTalent」をリリースしたばかりだ。

鈴木氏は、インテリジェンス(現・パーソルキャリア)に入社後、TalentXをスピンアウトさせる形で起業している。日本の採用市場にかける想いについて伺った。

未来のインフラを作りたい

TalentXの創業は2015年、同年9月に第一弾プロダクトの、リファラル管理SaaS「MyRefer」をリリース。

儲かる事業かどうかより、未来において当たり前となる、インフラを生み出す起業家、すなわちゲームチェンジャーでありたいと思っていたと、鈴木氏は語る。

ー最初にインテリジェンスに就職された経緯を伺えますでしょうか。

僕が大学生であった頃はちょうど学生起業が徐々に増え始めていたのですが、インフラになりうる事業を興し、再現性をもってスケールさせるためにはまだ力不足だと感じ、最終的に、サイバーエージェントの藤田氏などを輩出しているインテリジェンスに入社を決めました。

業界での選択というよりも、起業家としての登竜門として入社を希望していて。

最終面接で、「2年で辞めると思いますが、それでもよければ内定を頂きたいです」という話をしたのです。それでも内定を下さった。良い会社だと思っています。

ーカルチャーフィットした、ということなのかもしれませんね。ご入社後はどのような業務を?

入社後の担当業務は、DODA等におけるIT領域の中途採用の支援を担当していました。(サイバーエージェントの)藤田さんも、在籍時に、驚異的な成績を1年で出したと聞いています。

僕の同期は300名くらいいて、新人賞が欲しい人はたくさんいましたが、自分も負けずと奮闘し、無事に新人賞をいただくことができました。

ですが、それはあくまで新人の中での賞に過ぎず、自身が興したいのはインフラとなる事業なので、より再現性のある実力をつけるために起業をしませんでした。

社会人2年目以降、コンサルティング・ファームや大手企業の支援をし、やがて社内MVPも取れたので、いよいよ起業しようと思いました。

採用市場の理想と現実

ー鈴木さんはパーソルご出身ということで人材業界の知見は深いかと存じますが、業界全体に対する課題感はあったのでしょうか。

はい、雇用の最適配置や流動化が行われていない、という点です。

自社の魅力を伝えきれず、大手企業に応募が集まってしまう。個人側も、学歴や社歴での足切りがあるため、ポテンシャルを履歴書だけだと発揮できにくい。

採用側にも限界があるため、効率化の観点から仕方がないところがあるのは分かっているのですが、本質的なマッチングが起こっていないと感じています。

一方、情報がリアルになってきた業界もあり、例えば飲食。Hotpepperや食べログ、Rettyといったレビューサイトの登場のように、紙からWEB、WEBの情報からリアルな声を集めるものに変わってきています。

HR市場もそう変わっていくと思い、今のアイデアに至ったという背景もあります。

ーそこからMyReferに着想し、起業に至られたのですね。

はい、創業が2015年になります。「欧米では当たり前のリファラル文化が、いよいよ日本上陸!」と掲げると、セミナーには人がきてくれるのですが、日本では、採用は人事がやるということがスタンダード。

現場からは採用は人事の仕事だという声、人事からは広めようと思っても社内の反応が恐いという声。まず文化の浸透が必要だと感じました。

ーなるほど。どのように普及を進められたのでしょうか。

まず、対象としては、大企業を見ていました。

スタートアップのサービスは、リテラシーの高いベンチャー企業から獲得して顧客の声とともにリーンスタートアップに開発を回すことが定石ですが、文化を変えるならば大手企業から変えていかないと、と考えたのです。

SaaSの導入だけではなく、まず従業員紹介制度の設計や、就業規則の変更アドバイスをしていきました。業種で見ると、IT系の導入は特に早かった気がします。

ー社内のどういった部署へアプローチしていったのでしょうか。

壁は高かったのですが、人事部が社員を巻き込んであげれば、文化が成立するだろうという確信があったため、人事部からアプローチしていきました。

実は、欧米でリファラルに関するアンケート結果があり、知人を会社に紹介する最も大きなモチベーションはリワードではなく、友人の力になりたい、というものだったのです。

飲み会で友人と会う時にも実は互いに自社の話はしていて、そこで、自社がリファラル採用をしていることを知っていれば、アクションは変わってくるはずなのです。

当時パーソル社内でもリファラル採用制度を試しに運用してアンケートを取ってみたのですが、欧米のアンケートと同じような結果が得られました。

成長のための調達

ー創業時の資金調達においてご苦労された点はありましたか。

僕が創業した頃は、ちょうどスタートアップ・バブルの時期だったので、シード調達自体はそれほど難しいものではありませんでした。

外部の資金調達回りもしていたのですが、当時、パーソル社内にチャレンジファンドという、通過すると1億円の支援金が出されるという制度がありまして、そこに応募する形で社内起業としてシードの調達を行いました。

ー外部調達と社内起業で比較されて、社内に決められた背景は何かあるのでしょうか?

外部調達をするかは迷ったのですが、世の中にインフラを創るスピードにこだわりたかったからです。

資金調達環境のハードルが下がっているとはいえ、シード期の資金調達は3000万円規模が限界です。また日本では人材紹介や求人広告が当たり前で、新しいプロダクトだけでは人事が使いたおすイメージがなく、地道な啓蒙が必要だと思っていました。

市場に新しい概念を啓蒙する上で、1億円の資金とパーソルの顧客網やブランドを活用してダイナミックに事業展開できるコーポレートベンチャーを選びました。

一方で、一定成長する中でイノベーションのジレンマを抱えており、最終的にはパーソルからの独立を支援してくれました。

ー競合はどのあたりになるのでしょうか。

採用でいうと、求人広告、人材紹介エージェント、ダイレクトリクルーティングサービスになると思います。

スタートアップでの競合は、資金調達の際も色々と考えたのですが、明確に出てくるものはなくて。狙っている市場は採用市場の”リプレイス”です。

僕たちのサービスは、SaaSと採用サービスのハイブリッドのモデルだと考えています。

前者は、恒常的に発生する業務フローをSaaSで置き換えるのでチャーンレートは低くなる一方で、アウトバウンドで売りづらく、リクルーティングサービスと比較してACV(年間契約額)が小さい傾向にあります。

後者は、募集が充足するとニーズがなくなり、解約される一方で、採用ニーズに対してアウトバウンドで売り込め、SaaSと比較してACVが大きくなります。

基本的に、採用ニーズに可変性の少ない大手企業をメインにターゲティングしているので、両方の特徴を併せ持つことが可能になっています。

ー今後の展開が楽しみです。調達については昨年シリーズBで調達をされていますね。

事業会社から初のスピンアウト事例を出すというシリーズAが特に大変だったと記憶しています。

社内起業ですと、パーソルからMBOする確約をもらうと同時にVCから出資の確約をもらうという国内にも事例が少ないディールになりますから。

1年間、死ぬ気でDealしましたが、最後は論理攻めというより情熱を支援いただいたのだと思います。

結果的にシリーズAではSTRIVEさんにリードインベスターとして入っていただき、インテリジェンス創業者(現U-NEXTホールディングス代表取締役社長CEO)の宇野 康秀さん、パーソルホールディングスにも出資いただきました。

シリーズBではグローバルブレインさんにリードインベスターとして入っていただき、博報堂DYベンチャーズさん含めて強力なパートナーにジョインいただきました。

ーお疲れ様でした!こういう投資家とご一緒したいという条件はなにかありますか。

各フェーズによって必要となるVCの条件は違うかと思いますが、前提としては、評論家のみではなく、起業家目線を持って一緒に事業を考えていただける方々だと嬉しいですね。

そういう意味では、今のVCの皆さんには日々感謝しています。

チームもユーザも”人”として向き合う

TalentXはどのような会社と言えそうですか。

テクノロジーとコンサルティングで企業のHRを変革する事業を展開しています。まず、プロダクトにおいてはゆくゆくのプラットフォーム構想を見据えてデータドリブンでやってきています。

僕は、この点において、ピュア・スタートアップではなくコーポレートベンチャーとして開始してよかったと思っていて。

パーソルを始め、コーポレートベンチャーでは、そもそもかなりのビッグピクチャーを描かないと企画が通らないのです。

ーなるほど、これはこれから起業しようとする人にとって大きな示唆になりそうですね。

スタートアップとして起業していたら、投資家向けに、リファラルSaaSとしてMRRを積み上げていく絵を描いていたと思います。

けれど、ビッグピクチャーありきなので、まさにパーパス経営と言いますか、初期段階から、かなり中長期的な未来像を描けているのですね。

ただの使いやすいSaaSにするということというより、HRの未来のインフラを実現するためにはどういうサービスであるべきかという設計になっていることが強みであると考えているので、プラットフォーム構想にも近づけやすい。

ー効率化ツールに留まらないサービスとして設計されているのですね。コンサルティング業務の方はいかがでしょうか。

こちらは、僕らが蓄積してきた採用マーケティングの知見が活きていると思います。

また、単純にSaaSを売るだけだと、新たな文化は浸透していかないため、コンサルティングは結構肝だなと。

マニュアルを渡すだけでは皆サービスを使い込めなくて、そうではなく、ここをしっかり伴走することがコンバージョンを深めることにつながってくると思っています。

内部には人材紹介業界出身者も多く、知見があるだけではなく、人の心の機微を見抜く力も高いので、相手のペインを見抜いてフォローするのがうまいというところが上手く噛み合っていると感じています。

ー社内の意識共有についても、ちょうどパーパス経営へシフトしていらっしゃるとか。

はい、まさに2022年3月2日にパーパスとビジョンのアップデートをしたところです。「未来のインフラを創出し、HRの歴史を塗り替える」が私たちのビジョンです。

人事だけが採用をするのではなく、全員で仲間集めをするリファラル採用など、採用市場に新たな概念を生み出してきましたが、今の採用市場のインフラは求人広告・人材紹介。

今後労働人口に拍車がかかり、未来の人材採用がより激化していくなかで、そのインフラ自体を私たちが創り、HRの歴史を塗り替えることが目標です。

その先には、より本質的なマッチング(最適配置)や、エンゲージメントの向上など、「人と組織のポテンシャルを解放する社会の創造」をパーパスに掲げています。

創業期から提供価値が広がっていく中で、社員のエンゲージメントを高めるといったところまできていると感じており、人と組織のポテンシャルを引き出していけるものを掲げたいと思っています。

全体感としては、企業が求人広告で、個人側が肩書きでPRする上辺の世界から、リアルで向き合う世界にシフトするような未来のインフラを僕らが創造して、HRの世界を塗り替える、という世界観を挙げています。

周囲から変えて行こう、というものと迷ったのですが、やはり自分の救える範囲の数人よりも、救われる人は多くあってほしいと思いました。

この世界観を実現する鍵が、タレント・アクイジションだと思っています。

日本における一人あたり名目GDPの転落は大手新聞の紙面を騒がしており、時価総額企業ランキングは大きく変わりました。

一方、日本企業は、高度経済成長期の「大量生産、大量消費」という概念を引きずり、新卒一括採用で似たような人を大量採用し続けていた形から変わっていません。

けれど、新型コロナウイルス感染をきっかけに、第4次産業革命とも言える波がきて、やっとDXの重要性に気づき始めています。

ジョブ型雇用という言葉も普及し始めていますが、根本的解決にはなってはいません。そもそも頭数採用をしている限りは、チャネルをどれほど変えても意味がないので、100人の普通より1人のタレントを獲得する概念へとアップデートする必要があります。

ーまさに有機的に人材業界を捉えてきた鈴木さんならではのお言葉ですね。自社の内部はどのような文化にされているのでしょうか。

HRTechの会社であるからこそ、こだわりを持ちたいと思っておりまして…。

創業時から一貫して変わらないのは「コロンブスである」こと。全員がゼロイチすることです。

新たな収益源となるような新規事業を立てるといった大きな目標でなくて良いので、業務管理用に新たにエクセルシートを作ってみただとか、そういうことでいい。

僕らが掲げているバリューの一つに”Bold Mistake”があります。失敗を恐れないよう、評価制度自体にも挑戦を入れており、「失敗していいよ!むしろ、なんでクレームもらってないんだよ!」と言ってくれるような会社であり続けたいと(笑)。

ー採用時にこんな方にきてほしいというものはありますか。

大切にしているのは、根っからの良いやつであること、かもしれません。

例えばサイバーエージェントやリクルートは、文化こそがCapabilityになっていますよね。

若手が突き上げ続け、社内競争があるのに、競争と協業が成立している。そういうことを脈々と続けて行けば、戦いながらも良きライバルでいられる、それが企業の競争力につながるのではないかと思っています。

きっとその先に、僕たちが目指す、インフラを生み出し続ける会社があるのではないかと。

ーエンジニア採用については何かございますでしょうか。

これからテック・ブランディングをより強化したいと思っています。

現在は、エンジニアのうち社員が10名、業務委託が10名くらい。今在籍しているエンジニアは技術もビジネスも好きなバランスの良い人たちばかりで、TalentXのカルチャーを作ってくれています。

次のフェーズとしては尖ったGeekな人にもほしいという話はしています。MyReferの開発でも言語の移行を進めながら、MyTalentの開発でも開発言語のGoを使ったりと、チャレンジはたくさんしてきています。

ーグローバル進出はお考えですか?

今々ではありませんが、海外展開も視野には入れています。

リファラル採用は、流動性が高いほうが親和性あるので、おそらく海外の方が文化にアジャストしやすいだろうと思います。

特に東南アジアには日系企業が多く進出していますから、海外展開している日本企業から派生的に導入いただくのが良いかと思っています。

創業者のプライベート

ー週末は何をしていますか?

犬の散歩!1年前から飼っているトイプードルです。名前はそらまめ。かわいいんですよ!癒される。

言葉を話さない分、お腹が空いたとか、眠いだとか、欲求をストレートにぶつけてくる様が好きです。あと、僕は家事など得意な方ではありませんが、僕より出来ない子がいる!と思えます(笑)

ーご趣味は何ですか?

経営者のテンプレのようですが、銭湯、サウナ、ランニング!(笑)どれも週に一度のペースで実施しています。僕は今33歳なのですが、20代までは出来た無茶が効かなくなり、ストレスと疲労が溜まるようになってきたと感じています。

管理アプリとしては、『Adidas Running』を使っています。昨日の自分を越えられたと感じられるのが気持ちがいい。そして、自分を追い込みまくると、仕事の方がもはや楽に思えてくるところも良いです。

インテリジェンスの小野さんが同じことをおっしゃっており、「トライアスロンをやっているが仕事より全然きつい」と。若い起業家におすすめします(笑)。

ー学生時代はどんな人でしたか。

元々サッカーをやっており、高校からはバンドもしていました。中心になって仲間を集めて何かすることが、昔から好きだったんです。大学では農学部で、糖度16度のみかんの開発などをしていました(笑)。

僕の実家はお寺なのですが、歴史やルールに厳しい文化。だからこそ、自分も歴史を、インフラを作りたいと、幼少期からなんとなく思っていたのかもしれません。自分が死んだ後も残るような何か。

大学の1年生の時にニューヨークへ留学したのですが、その時にルームメイトがみんなFacebookを使っていて。当時日本にはまだ上陸しておらず、僕は使っていなかったので調べてみたら、(Facebook創業者の)マーク・ザッカーバーグはまだ歳若く、サービスもすぐ広まっていたことに感銘を受けました。

バンドをしていたのでその道も考えましたが(笑)アーティストではなく、ビジネスでインフラを作りたいと思ったのはそれがきっかけだったのかもしれません。

ーお金のない時代はありましたか?

実家は前述の通りお寺の家系で、親の職業は公務員でした。そういう環境もあり、お金に困ることはそれほどなかったのですが、仕送りが尽きる頃にやるパチンコや麻雀、というスリルにハマっていた時期がありまして(笑)

バナナとパンを買いこんでおけば、あとは水道水でなんとかなるんですよ。あの追い詰められた状況での心理は、ビジネスと同じものを感じます。最近の学生さんはすごいですよね、在学中からインターンとか業務委託とかして、えらいなぁと(笑)。

ー最後に、背中を追うスタートアップ創業期の後輩たちに向けて一言お願いいたします。

失敗や壁に当たることが多々あるかと思います。僕が言いたいのは、それをいかに楽しむか、質の高い失敗をするかということ。

実は、大きな失敗をした方が学びがあると思っていて。

MyRefer自体も最初から順調だったかというと、初期にフリーミアムで開始するも100社導入で利用率20社といった厳しい局面もあったのです。

いや、これ、サービスを出す前にリファラル文化のロビイングをすべきだったな、とか。ユーザー企業の従業員の方々にきちんとインプリしなきゃいけなかったな、とか。ああ、こうやって、先回りして課題収集をしないといけないんだ、という学びを、初期から肌で感じられたのは、よかったと思っています。

アーリーステージって色んな人が色んなことを言うんです。全てに真摯に向き合っていくと、混乱して疲弊してしまう。誰から、どんな情報をもらって、どう成長していきたいのかは、意識しておくのがいいと思います。

僕ら自身、旅半ば。ぜひスタートアップ界隈を一緒に盛り上げてほしいと思います。連合軍加盟、お待ちしています(笑)。

株式会社TalentX

住所:〒162-0825 東京都新宿区神楽坂4-8 神楽坂プラザビルG階
代表者名:鈴木貴史
会社URL:https://talentx.co.jp/
採用関連:https://talentx.co.jp/recruit
Eriko Nonaka

この記事を書いたライター

Eriko Nonaka

銀行、通信企業での新規事業担当を経て独立。スタートアップのファイナンスやコミュニティの運営に長く携わる。自身でメディア運営をしていることがきっかけでライター活動も行なっている。

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