TOP > インタビュー一覧 > IPO支援専門家のEY藤原選パートナーに聞く、 IPOの最新トレンドと、上場成功のポイントとは【中編】
EY藤原選パートナーへのインタビュー記事中編です!
今回は、監査・証券難民問題、海外投資家へのオファリングの現状、そしてIPOファイナンスのトレンドについて伺いました。
まだ前編をご覧になっていない方は、まずは下記事からどうぞ。
このページの目次
――IPOを目指す企業が会計監査を受けられない“監査難民”問題に、解消の見込みはあるでしょうか。
最近はIPOの監査経験を持つ会計士が設立した中堅・中小の監査法人が、積極的にIPO監査契約を受嘱していることもあって、監査法人のリソース不足問題は以前よりは改善傾向にあると考えています。
当監査法人でも業務効率の改善を進め、1社でも多くの監査契約を受嘱できるよう努めております。
最近は監査法人だけでなく、証券会社のマンパワー不足も指摘されています。
その背景には、IPOに向けて準備を進める企業数が増えていることや、情報の非対称性の回避やフェアなプライシングを求めて主幹事証券を複数選定する「共同主幹事」を採用するスタートアップが増加傾向にあることが影響しています。
主幹事証券を決める際に、「ビューコン(ビューティーコンテスト)」と呼ばれるコンペ形式が採られることがありますが、一部の証券会社では案件によってはビューコンの参加そのものを辞退するケースも出てきています。
22年は監査法人に加えて、主幹事証券のリソース不足の問題も浮上してくるかもしれません。
さらにいえば、上場審査を行う取引所審査部のマンパワーの問題もあり、IPO件数が右肩上がりに増え続けるというのは難しい印象があります。
Q.IPOを狙うスタートアップが、必要なタイミングで監査法人と契約するにはどうしたらよいでしょうか。
まずは監査法人と接点を持つタイミングを工夫するやり方があるかと思います。
IPOの直前々期に入る間際にお声がけ頂くケースもよくありますが、監査法人が契約を受嘱するまでのプロセスは複数にわたり、特に監査チームのメンバーを確保するチーム組成にはある程度の時間を要するのも現実です。
したがって、スタートアップにとっては多少早いと思われる直前々期の前の期(N-3期)に入ったあたりで一度意中の監査法人に声をかけ、互いの現状認識やIPO準備に入る時期の考え方などを共有し、適切な時期に接点を持てるように進めるとよりスムーズに事が運ぶように思われます。
監査法人へのアプローチは遅いよりは早いほうがいいのですが、そもそも上場準備に入るタイミングが早すぎるスタートアップも見受けられます。
事業の立ち上げや資金調達に追われている段階で監査法人と契約しても、結局はどれにも手が回らないということになりかねません。
ある程度、事業基盤や財務基盤を固めた段階でIPO準備を始め、監査法人との契約締結もその段階を待って行う方が結果的にはIPO自体も早く実現するケースもあります。
必ずしも早ければよいというわけではないので、スタートアップと監査法人の両社で、ベストな時期を納得感を得ながら見極めることが重要です。
いずれにしても、IPOを決めて準備に入ったら、スケジュールや優先順位、担当者を決定し、CFOや経理に任せてしまうことなく経営層が主体的にコミットメントしていく姿勢が大切です。
――藤原さんが在籍するEY新日本有限責任監査法人では、どのような基準で引き受けを決めているのでしょうか。
当法人では4年連続IPO監査関与実績NO.1を記録しており、過去7年間で6回首位の監査関与実績があり、IPOの支援には力を入れてきています。
引き続き、1件でも多くの監査契約を受嘱できるよう努力していくつもりです。
そうは言ってもリソースには限りがあるので、すべてのご依頼に応じられるわけではありません。
どのスタートアップと契約させていただくかは、当法人のパーパス「Building a better working world」(より良い社会の構築)にフィットする事業を展開する企業で、社会に対するインパクトが大きい企業を優先して判断しています。
具体的には、社会への貢献度、新規性や成長性、想定時価総額の規模などを考慮して複眼的な検討をしています。
上記項目以外にも、IPOを目指す経営者にお伝えしたいのは、経営者の誠実性やコンプライアンスに対する姿勢は監査契約を締結する前提になるということです。
コンプラ意識が甘く、ビジネスばかりを優先させる経営者は、そもそも公の資本市場を利用するのは適切でないことは言うまでもありません。
歴史を振り返ると、リーマンショックなど、大きな金融危機や経済的な影響が大きい事象が起きた後は、会計不正が増える傾向にあります。
コロナ禍に見舞われ、多くの企業が影響を受ける今は、まさに不正リスクが生じる可能性が高い時期に入ってきています。
また、デジタル化やDXが遅れている企業はITシステムではなく、人によるマニュアル統制が多いので、コロナ禍におけるリモートワークにおいては内部統制が弱体化する可能性もあるので十分注意しておく必要があります。
――2021年は海外投資家向けのオファリングが増えました。この傾向は今後も続くでしょうか?
上場時に、海外機関投資家に向けて株式を募集・売出しをする場合、主にグローバルオファリング(GO)と旧臨時報告書方式(旧臨報方式)の2つの方法があります。
2021年のIPOを振り返ると、GOが5社(2020年は3件)、主に米国以外の欧州・アジア市場が対象になる旧臨報方式が27社(昨年13社)と、海外投資家へ向けたオファリング社数は2倍になっている計算です。
上場前の資金調達の額が大型化し、なおかつ海外調達が増えている現状を考えると、今後も海外投資家に向けたオファリングは増えることが予想されます。
GOはTech業界や新産業に精通して正当な価値を評価できる米国機関投資家にアクセスでき、リーチできる投資家層が米国を入れた投資家に広がるというメリットがあり、オファリングサイズは300億円程度以上が目安とも言われています。
一方、旧臨報方式では100~300億円程度が一般的とされており、かつては調達額が大きければGO、小型なら旧臨報方式といったシンプルなすみ分けがされていました。
しかし近年は、旧臨報方式で調達可能な金額や海外比率が増えており、単純には選択できなくなっています。
ただ、コストや手間だけを考えると、旧臨報方式が圧倒的に優位です。
GOは財務諸表や目論見書などを英文でも用意して監査も受ける必要があります。
これらは単純に和文を英訳すれば済む問題ではなく、米国基準の開示水準に合わせる必要があるので難易度が格段にアップします。
たとえば、和文でよく使われる「等」といったあいまいな表現は英文では避けられる傾向があります。
すなわち、「等」が一体何を意味するのかを一つひとつ明確にする必要があり、結局は英文の修正を受けて和文の財務諸表等も修正することになります。
さらに、上場後の海外投資家に向けたIR体制を構築し、グローバルレベルの開示体制を整える必要があるので、IPO準備のレベルがまったく異なるのです。
――コスト的に、GOと旧臨報方式ではどの程度の違いがあるのでしょうか。
例えば、一般的なIPOのキックオフミーティングでは、企業、証券、会計士などが出席して10名から多くても20名程度が一般的ですが、GOになると日米弁護士事務所も参加し、企業、証券、監査法人でも日米で対応できるメンバーが必要になることもあり、出席者数が50名を超えたりします。
出席しないスタッフも含めると100人態勢になり、これだけの人数をマネジメントするだけでも大変です。
さらに、GOでは監査の対象期間が原則として直近の3期必要とされていることもあり、企業の状況によっての違いはあるものの、外部コストだけでも少なくとも3~4億円程度が必要になるとも言われています。
このため、50億円程度の調達では割に合わず、少なくとも300億円ぐらいの調達を見込まないと割が合わないことになります。
一方、旧臨報方式のコストはざっくりの肌感覚ですが、GOの1/3程度以下が目安です。
従来はオファリングサイズや海外投資家への販売比率が限定されていた旧臨報方式も、最近は調達額が大きくなっていますし、海外比率も上がっています。旧臨報方式で対応できるサイズが大きくなっていることで、GOとのボーダーラインがあいまいになっており、企業もギリギリまで判断を先送りして迷う傾向もみられます。
今後はGOの代替として、旧臨報方式がカバー出来るオファリングサイズや海外オファリング比率が、どこまで進化していくか注視していく必要があるでしょう。
海外機関投資家へのオファリングはブーム化している印象もありますが、必ずしもメリットばかりではないことは覚えておく必要があるでしょう。
彼らは日本以外の海外スタートアップ株式にも投資することもでき、また、パフォーマンスが高いと見込まれる他の上場株に投資をシフトする可能性もあります。
また、株価パフォーマンスや流動性が低くなりそうであれば、あっという間に資金を引き揚げていくことも厭いません。
自社のビジネスとの相性や、機関投資家のスタンスなどを十分検討し、受け入れの是非を見極める必要があるでしょう。
――この他に、IPO時のファイナンスで何らかのトレンドはありますか?
これまでは制度はあったものの、慣習的にしか使われてこなかった資金調達のスキームが進化してきています。
具体的には、証券会社が発行者の指定する先へ株式を販売する「親引け」は、これまでは従業員持株会や特定の取引先が主な販売先でしたが、近年は国内外の機関投資家向けに販売される例もみられるようになりました。
親引けそのものは、公正な配分に反しないよう、かつ届出前勧誘に抵触しないよう慎重に対応する必要はあるものの、取引関係の維持強化目的や企業価値向上目的で活用され始めています。
また、Indication of interest(IOI)、すなわち、機関投資家から購入意向株数又は金額を開示してもらう手法でGOを行った事例が2社あったことも注目すべきトレンドかと考えます。
また、前編でも述べましたが、公開価格を決めるプロセスの見直し、いわゆる「アンダープライシング」問題や、日本版SPAC導入の議論については、その行方を十分注視しておく必要があるでしょう。
ー中編はここまで、後編に続きます。
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