「大学退学」=「成功」⁈ 海外での挫折経験を通して気付いた「VRで人を紡ぐ」という夢。

「大学退学」=「成功」⁈ 海外での挫折経験を通して気付いた「VRで人を紡ぐ」という夢。

株式会社エドガ 米本大河氏

記事更新日: 2018/09/25

執筆: 狐塚真子

株式会社エドガ 米本大河 氏

株式会社エドガ CEO。大学を中退し、インドネシアで1度目の起業。その後、アルバイトや派遣社員を経てアクセンチュアでビッグデータ分析に従事。現在は専門学校でVR講師も務める。

「ジョブズもビルゲイツもみんな大学退学してたから、自分もビッグになれそうだ…」という理由で勢いのままインドネシアへ。
現地で経営していた会社は、まさかの株の保有率0% …。

今回のインタビューは、そんな耳を疑うような起業を経験した 株式会社edoga CEOの米本氏に話を伺いました!
Startup List(スタートアップリスト)を運営する弊社栗島が 2度の起業までの道のり、そして資金調達の実態について深堀りしていきます。

「大学の退学=成功」だと思っていた

栗島

そもそも米本さんが起業するきっかけは何でしたか?

米本

お恥ずかしい話なんですが、とにかく「ビッグになりたい」って思っていて。大学を勢い余って中退してですね。

栗島

そうなんですね?

米本

4年生の前期くらいです。残り単位は多分10単位切ってたと思います。

ビルゲイツとかジョブズとか、みんな大学を退学した人が成功してるという勝手な妄想にかられていたんです。

栗島

結構そういう人いますね。

米本

そう、大学の退学=成功だと思ってたんですよ。退学して、その足ですぐインドネシアに移り住んでですね。現地でお世話になった方々のサポートを受けながら起業しました。

 

半分「ノリ」でインドネシアへ

栗島

起業するにあたって、準備はされていたんですか?

米本

それが全く。事業計画もなければ、名刺の渡し方も分からない。「起業してます」と言い張って、お仕事をもらいながらのスタートでした。

栗島

なるほど。そもそも なぜインドネシアだったんですか?

米本

当時、超円高時代で。東南アジアに色々な方が投資をしてたんですよね。「円高で今買いだから、M&Aしとけ」とか、「現地法人建てとけ」みたいな時代だったんですけど。

栗島

今から7年前くらいかな。

米本

そうですね。香港大学に1年間交換留学をした際も、香港のお金持ちの方が「これからは東南アジアの時代だ」とおっしゃっていました。

栗島

現地ではどんなビジネスをしていたんですか?

米本

石炭やバイオマス燃料の取引や投資ですね。

インドネシアにて一度目の起業

栗島

その業種を選んだ決め手って何ですか?

米本

それもまた単純な理由で。金融かエネルギーかITか、この3種類の業種だけでほとんど『フォーブス』のトップ30が埋まってたんですよね。この中で選ぶとしたら「じゃ、資源かな」くらいのノリですね。

栗島

そうなのか。
現地へ渡る際には、ある程度心当たりのある人を目掛けて飛んでいった感じですか?

米本

半分半分ですね。現地には知り合いがいて、面白そうなことをやっていたんです。居ても立ってもいられなくなりました。

栗島

「とりあえず行ってみた」ということですかね?

米本

はい。
当時僕は23歳だったんですが、サイバーエージェントの藤田さんが26歳で上場していてカッコいいなと思いました。だから僕も「26、7で上場する」とか、「一番若く海外市場で上場する」みたいなことを言ってたんですよね。

栗島

なんか脊髄反射で生きてた感じ?(笑)

米本

そうです。「なんかビッグになれそうだ」っていう自分の基準のなかで、軸もなく飛び回ってたんですよ。

 

事業が一瞬にして破綻

米本

インドネシアに移って2年目の25歳くらいの時かな?形になり始めた事業に ある個人投資家から出資してもらったんですけど、僕、株1%も与えられなくて

栗島

え?どういうことですか?

米本

保有率0パーセントだったんですよね。その投資家が代表になって、僕は取締役で。あと正直、株式の重要性を知らなくて…

栗島

会社はどうしたんですか?

米本

僕が運営していた会社は日本法人でした。「本格的にインドネシアでやるなら現地法人でやろう」と言われたので、新たに許認可付きのある法人を買い取って始動したんです(インドネシアは当時、外国人オーナーが法人を新設する際に数か月から半年以上を要する場合があり、事業を開始しにくかった)。その際、株を1パーももらえなかったんですよ。

栗島

ブラックだ…
その話は誰かに相談しなかったんですか?

米本

しなかったですね。現地に渡ってから2年間くらいずっと資金繰りの苦しい生活をしてたので「役職と報酬」に目がくらんだっていうのも結構大きいんですけど。

栗島

そういうことか!

米本

だから、周りの経営者のアドバイスよりも…

栗島

目の前の金と地位。

米本

そう。「数千万円から最大数億円を投資するよ」って言われて。その出資金と立派なオフィスに目がくらんだんです。

栗島

なるほどなあ…

米本

でも半年ぐらいした頃かな?その事業の流れが急に悪くなって。利害関係者みんなが”個人プレー”をし始めてですね。

栗島

”個人プレー”?

米本

投資家含めて役員5人で会社を作ったんですけど、仲が悪くなって2つのグループに分かれてしまって。最後はビジネスモデルや人脈ごと持って外で起業しちゃったメンバーがいたり。

栗島

なるほど。それぞれ裏切ってたんだ?

米本

はい。僕はその2つのグループにおいてどっちつかずだったので、なんとかしようと最前線で走り回って。パーム農園やバイオマス廃棄場に行きました。でも結局その会社も案件もみんなに持っていかれるんですけどね。

栗島

なるほど。

米本

無知で何も知らないが故に2、3年ジタバタやっていました。でも最後は株を持ってないから簡単にスパっとお役御免。

栗島

2~3年かけて作ったものが一瞬で無くなってしまったんですね。

米本

これ本当に恥ずかしい話なんですけど。貰うはずだった数か月分の報酬を回収できず、お金が無くなってしまったんです。それで 母親とおばさんに一度インドネシアまで来てもらってお金を借りる羽目になりました。

栗島

マジか?!

米本

はい。それくらい底をついて。日本と通貨価値が違うとはいえ、残り数万円くらいだったかな?

栗島

おお、ギリギリ。

米本

本当にギリギリで助けてもらいましたね。その後、複数の友人の家にしばらく居候させてもらいながら再起業のチャンスをうかがいましたが、結局、心が折れて日本に戻ることにしました。

 

もう一度「起業したい」と思えた

栗島

帰国後は何をされていましたか?

米本

ズタボロになって帰ってきて、人間不信みたいになってしまいました。
全て失ってしまったので、日雇いで港の荷揚げや大工の手伝い、引っ越し屋、コンビニアルバイト、携帯ショップの店員を複数掛け持ちしました。

25歳頃。荷揚げの日雇い労働をしていた。

米本

しかし、働いているうちに お金だけを追い求めるのではなく「(社会性の高い)きれいな起業がしたい」という思いになりました。
それでETICと孫泰蔵さんがやっているSUSANOO(日本初のソーシャルスタートアップアクセラレータープログラム)に足を踏み入れたら、2期に選ばれたんです。

栗島

SUSANOO、今もありますよね。

米本

選ばれたんですが、やっぱりもう見せかけの情熱でジタバタしてるだけで。
こうしてはいられないと思って、26歳で初めて正社員として就職しました。1回目の白旗を振ったのがあの時期ですね。

栗島

なるほど。

米本

それで就職するにあたって引越し先を探していたら栗島さんの起業家シェアハウスに迷い込んだ、という訳です。

栗島

そうでしたね~。

米本

あのときの僕って、結構「根なし草」というか。きっと言ってることすぐ変わってましたよね。

栗島

まだ迷ってたんですよね。

米本

何をしていいか分からないけど、やっぱり「起業していた」っていうプライドみたいなのがなかなか抜けなくて。「あいつは起業に失敗した」と思われるのが嫌で「外資コンサルでキャリアアップする」っていう体裁がないと恥ずかしくて… 自分のプライドを保てなかったんですよね。

栗島

だけど結局は起業するに至ったと。

米本

シェアハウスに住む人がみんな起業家だったからですね。みんな次々と起業していくから「なんかやらなきゃ」って思ったんですよね。

 

裏切られた経験も全て、今に生きている

栗島

資源の分野から、VRの分野に行こうと思った理由って何ですか?

米本

「一つ軸を決めなきゃいけない」と思っていたからですね。

栗島

どういう意味でしょうか?

米本

ビッグになれそうなことばかり考えて、何の一貫性もないことばかりやってきてたので、次の3年、5年とやれるテーマを探そうと思っていました。そんな時、DVERSE(建築土木業界向けVR制作ソフトウェアのスタートアップ)の沼倉さんを通じてVRと出会って。HTC Viveをかぶらせてもらったときに、世界観とかクオリティに驚きました。それと同時に「このテーマだったら多分自分は辞めずに頑張れるかな」と直感的に思ったんです。

栗島

エネルギーを一つにぶっ込めそうだったんですね。

米本

そうですね。インドネシアにいた頃は売れそうなものだったら何でも手を出そうとしていたので、自分でも何をしているのか分からなかった。だから今のエドガではVR1本に事業を絞っているんです。

栗島

なるほど。VRでの起業のきっかけはそこら辺だったんだな、インドネシアでの経営のお陰で。

米本

そうですね。今も「大きな事をしたい」みたいな考え方を持ってはいるけど、人に支えられないとやっていけないっていうことがよく分かったんで。周囲の人への感謝を忘れず、VRっていうテーマをもとに人をつむぐ方が僕には合っているかなと思います。

 

採用は能力ではなく人間性で決める

栗島

エドガのメンバーはどうやって集まったんですか?たしか弟さんも一緒に働いていましたね。

米本

はい。実はうちの最初のメンバーたちは一人も社会人経験が無かったんですよね。うちの弟も1回も就職したことなくて。大学4年生のとき内定はもらっていたんですが、その仕事は絶対向いてないし、スケールしないと思ったんですよね。当時僕は東京で就職していたので「俺が金と住むところは面倒みるから、その内定は辞退して、ちょっとTech Camp(プログラミングスクール)行け」と。

栗島

なるほど。

米本

当時は起業までは意識していなくて。とにかく弟に、フィットしないものをやってほしくなかっただけなんです。もともとDJやってたりとか、クリエイティブがすごい好きで、こだわりの職人肌なんですよね。「IT業界でクリエイティブなことをしてくれたらいいな」と思っていたんですけど、すごいハマって。

栗島

それで一人目のメンバーを確保できたと。

米本

そうです。インドネシアでは、「金」という目標に向かって集まった人たちと一緒にいたから、事業が軌道にのらなくなってきたときにみんな一目散にいなくなったんですよね。人は心で繋がらないと多分「縁」ってもたないと気付いたんです。だから会社で採用するときには割とスキルや能力は無視しています。

栗島

そうなんだ。

米本

はい、一番は人間性で決めることにしていて。「うちにインターンから入ってみない?」「プログラミングをやってみない?」と声をかけて集まったのが今のメンバーですね。

栗島

じゃあ、いいメンバーですね。

米本

いいメンバーですね。色々な方に手伝ってもらっています。ただただ感謝です。

 

「VR×研修」という分野で一番になる

栗島

今回エドガはシード調達を行いましたが、提供していたのはどんなサービスだったんでしょうか?

米本

実は、調達時はまだサービス内容が100%決まっていなかったんですよ。

栗島

あ、そうなんですか?

米本

まさに今回1,500万円を調達したのは、それを決めるための意味付けで。一つ決まっていたのは「VR×研修領域でサービスを生み出す」っていうところ。

栗島

ではなぜこのタイミングだったんですか?

米本

この会社を再登記(大学中退後に運営していた法人を社名変更)して弟を中心に始動したのが、2016年9月なんですけど。そこから僕が会社を辞めて正式ジョインしてから2018年6月に至るまでは、何でもVRに関連したものを売ってきました。コンサルもしたし、体験サポートサービスもやったし、他社のソフトを紹介することもしたし。

栗島

「VR」っていうキーワードに引っかかるものであれば、とにかく売上に変えてきたと。

米本

はい。それに今までは「メンバーを育てること」を重視してたんです。エンジニアの開発スキルであったりとか。あとはみんな社会人経験がないから、見積書や請求書など、基礎の基礎を1年半かけてみんなに覚えてもらったんです。やっと客先に出しても恥ずかしくないとこまで持ってこれたかなと。

栗島

ここからはスタートアップとして、どうグロースしていくかっていうことに資金を使いたかったわけですね。

米本

はい。
「VR×研修」というテーマに関していうと、国内において「VR×○○」っていう事業はすでに沢山あるし、諸先輩方もやってらっしゃる。
そのマーケットの中でエドガが一番になると決めたのがBtoB向けの研修領域というわけです。まだマーケットに穴があって、「研修とVRはきっと合うだろう」という、ある意味仮説をもとにプレスリリースを沢山出してきました。

栗島

それで引っかかるところから取ってくる?

米本

そういう感じですね。SEOはもう既に「VR 研修」っていうキーワードで事業会社ではナンバー1だし。主要なキーワードは先に押さえてて、そこから戦略を練った感じですね。

栗島

おお、すごい。
では事業自体の育成はこれから、という感じですかね?

米本

はい。

栗島

ちなみに、投資家さんの評価ポイントってどこだったんですかね?
模索するところも含めて「投資してほしい」って言ったのか、ある程度事業計画があってそれを話したのか。

米本

今回4社出資してもらって、トレノケートは研修会社なんですが、僕が『PR TIMES』で「“VRラーニング”という概念を提唱します」という記事を書いたらお問い合わせをもらって。

栗島

で、「一緒に研修コンテンツ作ろう」みたいな?

米本

そうですね。しかも会ってその日に「出資したい」って言われました。経営陣のスピード感に心動かされましたね。これからIT人材や労働人材が不足していくなかで、VRを使って研修を行ったら深い市場としてのニーズがあるんじゃないかと思ったんです。

栗島

他の会社はどうやって出会いましたか?

米本

Psychic VR Labに関してはシェアハウス仲間からの紹介で繋がったご縁ですね。Tokyo XR Startups(TXS)は、大学時代の学生団体の後輩が組織にいるからです。

栗島

「(投資)どうですか?」みたいな?

米本

はい。でも本当はうちは会社の売上もあったので投資はもう要らないと思ってたんですよね。

栗島

そうですよね。

米本

僕、投資怖かったんですよ。一回ボロボロになっているし。でもTXSのその子が何度も連絡してくるから、「じゃ、1回会ってみます」って言って。結局、國光さん(Gumi代表取締役会長)の人間性にやられました。

栗島

ああ、なるほど。人間力ですね。

 

今はあえてエンジンをふかさない

栗島

資金調達後のことについてなんですが、これらの会社とどんな関係性を作っていきたいですか?

米本

トレノケートは二人三脚でやっていこうと思っています。

栗島

一緒に共同事業とか?

米本

はい。うちは研修の専門性や営業能力がないし、トレノケートはVRの技術がないのでお互いを補完し合う感じで。

栗島

ほかの3社は?

米本

TXSはVR市場でのグロースをすごく望む会社。ビジネスモデルの面やモチベーションの面でもいい意味でお尻を叩いて頂いているっていう感じですかね。

栗島

Psychicは?

米本

サポーターですかね。VR時代の幕開けから苦楽をともにし、とても助けてもらったので、双方わがまま言い合える関係ですね。

栗島

その上で。調達した資金を今後どういう内訳で使っていく予定ですか?

米本

「VR×ヒューマンリソース・研修・教育」の領域で、プロトタイプをバンバン作るための余剰キャッシュとして使っていきたいなと思っています。1500万円っていうお金は、僕のなかではあまり手を付けないようにするお金。おじいちゃんからもらったお年玉みたいな感じで。

栗島

なるほど。もうギリギリまで使わない?

米本

使わない。なるべく1500万円を切るか切らないかっていうのがバロメータでやっていきたいなと思ってます。

目の前で見てきたけど、資源会社時代に出資金を手に入れた人間ってみんな金銭感覚がバグったんですよね。個人的には、意味もなくすべて調達頼りの経営ってかっこ悪いと思うんですよね。

栗島

安全運転系経営者を目指すのですね。

米本

はい。なぜなら、1回事故ってるから。

栗島

その経験があるから、今の安定感があるのですね。

米本

あとは、マーケットのタイミングを読み間違えちゃいけないなと思います。僕がインドネシア時代に仕込んでいたことって、今やっと花開いてるんですよ。当時、全力疾走して金を目掛けて消えてった人たちと、今VR業界で金を集めて消えていく人たちは僕のなかですごいリンクしていて。

栗島

似ているんですね、すごく。

米本

はい。VRっていうのはそんなすぐにはこない。2025年くらいのマーケットフィットのときに最後生き残ってた人間が勝ちだと思っています。戦国時代でいえば、毛利家とか、伊達家とかっていうぐらいのサイズで泰平の世を迎えたら、僕はそこが会社にとっての一区切りかなと思っています。関ケ原は今じゃない

栗島

それ結構、当たる可能性が。

米本

うん。VRは今ふかしちゃ駄目です。すぐ死ぬ。

栗島

それはいいメッセージですね。

 

取材者プロフィール

栗島祐介

プロトスター株式会社代表取締役CCO (Chief Community Officer) 早稲田大学商学部卒。アジア・ヨーロッパにおいて教育領域特化型のシード投資を行う株式会社VilingベンチャーパートーナーズCEOを経て、当社を設立。HardTech領域の起業家支援コミュニティ「StarBurst」の運営総括、起業家・投資家の情報検索サービス「StartupList」の運営を行う。
狐塚真子

この記事を書いたライター

狐塚真子

津田塾大学英文学科に在学。趣味は映画鑑賞、ダンス、旅行、ライブに行くこと。

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