IPO支援プロフェッショナルのEY藤原選パートナーに聞く、IPOの最新トレンドと、上場成功のポイントとは【後編】

IPO支援プロフェッショナルのEY藤原選パートナーに聞く、IPOの最新トレンドと、上場成功のポイントとは【後編】

EY新日本有限責任監査法人 IPOグループ統括 藤原選氏

記事更新日: 2026/03/17

執筆: 編集部

東京証券取引所がグロース市場の上場維持基準引き上げを発表したことで、スタートアップを取り巻く環境が激変している。IPOを目指す企業は今、どう判断し、ふるまうべきなのか。

本記事では、2025年の国内IPO監査実施社数で首位(15社)、さらに過去5年累計(2021〜2025年)でも98社(シェア21%)でトップを走る上場支援のリーディングファーム、EY新日本有限責任監査法人のIPOグループ統括として、上場を目指すスタートアップを支えている藤原選氏に、IPOの最新トレンドと、上場を目指す企業が押さえておきたい注意点を聞いた。

■株式市場の主役はAIから新しいテーマへ移っていく

――これまでの株式市場やIPO市場は、DXやAI関連の企業がけん引してきた印象がありますが、2026年以降はどのようなテーマや技術を持つ企業が市場の主役になると見ていますか?

2026年以降の株式市場をけん引する存在は、まずは政府が提示した17の重点分野に関連する企業から生まれてくるのではないでしょうか。これら17分野は、地政学リスクの高まりやサプライチェーンの脆弱化、人口減少といった構造的な課題に対応し、日本の供給力を底上げしながら成長力を高めるために設定された国家的な重点領域です。 

これら17分野は、AI・半導体、造船、量子、合成生物学・バイオ、航空・宇宙、デジタル・サイバーセキュリティ、コンテンツ、フードテック、資源・エネルギー安全保障・GX、防災・国土強靱化、創薬・先端医療、フュージョンエネルギー、マテリアル(重要鉱物・部素材)、港湾ロジスティクス、防衛産業、情報通信、海洋です。

こうした17分野は、単なる成長政策ではなく、危機管理投資と成長投資を組み合わせた国家戦略そのものであり、これらの領域から次世代産業をけん引する企業が続々と登場してくることを期待しています。 

加えて、経済産業省イノベーション・環境局が「フロンティア領域の探索と育成について」で示した次の6領域は国際競争が激化する中で日本が次に育てるべき「未来産業の種」と位置づけられた注目すべき領域です。

  • 海洋ロボティクス
  • 海洋CDR
  • 天然水素
  • 量子センシング
  • フロンティアマテリアル
  • ブレーン・ニューロテック

いずれも、2040年頃の基幹産業化を見据えた「次の飯の種」となる重要技術領域で、フロンティア・チャレンジ予算やNEDOとの連携を通じ、実用化を後押しする政策方針が示されています。 

個人的には、防衛関連のディフェンステック、資源・エネルギーやロボティクスといったディープテック領域、 そして日本の強みであるアニメ・ゲーム・マンガなどのコンテンツ・エンタメ産業に大きな可能性を感じています。 

そしてもう一つ、シリコンバレーで急速に注目が高まっているテーマをご紹介しましょう。健康寿命を科学的に延ばしていこうとする Longevity (ロンジェビティ)です。AIやゲノム解析、再生医療といった技術革新が進む中で、Longevity は世界的なメガトレンドへと成長しており、日本にとっても大きな成長機会を秘めた領域です。世界の超富裕層やエンジェル投資家の中にも強い関心を寄せる人が多いといわれています。

■上場前後も成長できる企業の4つの共通点とは

――持続的な成長を続ける企業は、何を重視し、どのようにして長期的な競争優位を築いていると思われますか? ガバナンス、組織づくり、人的資本などの観点からお聞かせください。

私は長い間、持続的に成長する企業を観察してきました。こうした企業は適切な市場機会を捉えて戦略的に事業展開しているのはもちろんですが、それ以外にも以下の4つの共通点があると感じています。

持続的に成長する企業の共通点①企業カルチャーと、それを体現する人材の質が極めて高い

企業カルチャーは、企業経営における“OS(オペレーティングシステム)”ともいえる存在であり、経営の根幹を支える基盤です。経営危機に陥った企業が、短期的な戦略の見直しだけでなく、企業文化そのものの再構築に取り組むのは、カルチャーが組織の持続的な成長と再生を左右する中枢だからです。

成長企業はミッション・ビジョン・バリューを掲げるだけではなく、それらを日常の意思決定や行動規範にまで徹底的に落とし込み、採用・評価・育成プロセスの一貫した基準として運用しています。 

そして、マネジメント層が自らそのカルチャーを体現する姿勢を示している企業ほど、組織としての一体感が強く、持続的な成長を実現できていると感じます。そして、その企業カルチャーに合う人材を慎重に選抜し、権限委譲と成長機会の提供を組み合わせた育成に力を入れ、継続的なフィードバック環境の整備を徹底しています。

人材育成を短期的なコストではなく、長期的な価値創造のための投資と捉える発想も、成長企業に共通する特徴です。こうした日々の積み上げが模倣困難な組織能力の形成と長期的な競争優位の源泉となり、それが組織全体の自律性と推進力、さらには環境変化に強い体制につながっているのです。

持続的に成長する企業の共通点②攻めのガバナンスを重視する

グロース市場改革以降、スタートアップにはこれまで以上に持続的な企業価値向上が求められるようになっています。その中でも特に重要性が増しているのが、経営の意思決定を高度化する“攻めのガバナンス”です。

攻めのガバナンスとは、「リスクがあるからやらない」という消極的判断から脱却し、企業価値の向上という目的に照らして、合理的に許容し得るリスク水準を判断する統治体制を指します。過度なリスク回避でも無制限な挑戦でもなく、企業価値を毀損しない臨界点を見定めることが、取締役会に求められる本質的な役割です。

スタートアップは常に大量の課題やタスクを抱えているものですが、それに追われてばかりでは目線が下がってしまいます。こうした中でも特に成長企業は例外なく、中長期の成長に向けて事業シーズを意図的に探索し、育てる仕組みを整えています。

たとえば、資本市場の作法に精通し、上場企業での経営経験を持つ社外取締役を迎え入れることで経営に短期と長期の両視点を組み込み、取締役会や経営会議で未来の成長源泉を議論する時間を確保するような仕組みです。

多くの企業は短期的な課題への対処に終始しがちですが、中長期視点の議論をする時間を確保する企業とそうでない企業では、明確な差が生じてしまいます。

持続的に成長する企業の共通点③BS思考を持っている

上場前から“BS思考”を組織に根付かせることも不可欠です。四半期ごとの評価にさらされているとPL重視の意思決定に偏りがちになりますが、こうした経営を続けていると成長局面において必ず限界が訪れます。

BS思考では、どれだけの資本を投じ、結果としてどれだけのリターンを創出したかという資本効率の視点が重要です。特に資金調達後はそれを検証する姿勢が重要なのに、実際は調達した資金を使っていない企業や、上場時に調達した資金を何年も残している企業もあります。いずれもリターンを重視する姿勢が欠けていると言わざるを得ません。

経費についても、費用対効果が高いと判断できれば、迷わず支出に踏み切ることができるのが成長企業の特徴です。残る利益の額にとらわれ過ぎず、どれだけ資本を投じて鍛えたか、という視点が必要なのです。

持続的に成長する企業の共通点④IPO後を見据えて、長期的な視点の経営ができる

資本市場の観点ではIPOはあくまでスタートラインであり、すぐれた企業は上場後も成長を続けて2~4年でプライム市場に市場変更しています。上場後の2~4年間は非常に重要な時期であり、上場準備の3~4年を加えた計5~8年間が将来の企業価値を決定づけるといっても過言ではありません。企業にとってこの期間は、企業価値向上に向けて全力疾走すべき期間なのです。

そのためには上場準備段階から上場後の成長ストーリーを描き切り、IR戦略やKPI設計を資本市場の評価軸から逆算して構築することが極めて重要です。IPOまでに力を使い果たして、上場した瞬間に燃え尽きてしまうようでは本末転倒で、上場を挟んだこの期間を最大限の努力をもって走り切る覚悟が求められます。

持続的に成長する企業は総じて、カルチャーと人材の質の向上を基盤としつつ、攻めのガバナンス、資本効率の徹底、IPO後を見据えた長期視点の経営を実現しています。これらを上場前から一貫して実践することこそが、企業価値を継続的に高めるための最も確かなアプローチであるというのが私の考えです。

もうひとつ付け加えると、スタートアップ企業は目標とするべき優良企業がどのようなプロセスを経て成長し、今に至っているかについてもっと研究すべきです。規模やフェーズや業界が異なっても、成長や企業価値向上の本質などエクセレントカンパニーから学ぶことが多くあるはずです。

■スタートアップエコシステムは進化を求められている

――グロース市場の上場維持基準引き上げは、これまでのVC主導のスタートアップエコシステムやVCのビジネスモデルそのものにも少なからず影響を与えていくと考えられます。スタートアップ業界のエコシステムやVCの役割は、今後どうなっていくとお考えでしょうか。

おっしゃる通り、これまでは事実上VCがエコシステムを主導して自らのエグジットを選択してきましたが、こうした構図が大きく変わる転換点が近づいていると感じています。

私の個人的な考えではありますが、IPOを最大化するというVCの目的それ自体は、顧客の資金を預かっている以上、今後も重要なことであり続けるでしょう。

ただ、それを重視しすぎると、上場後の成長が低迷する可能性があります。理想はIPOで最大化したうえで、上場後も引き続き企業価値を高めていくことであり、そのためにはVCにも上場後の企業価値を考慮した意思決定ができる環境が必要だと考えています。

そのためにはクロスオーバー投資のような、上場前と上場後を連結していく発想や仕組みが求められます。今後は上場前に資金を提供するVCと、上場後にその役割を担う機関投資家をいかにスムーズに接続していけるかも重要になってくるでしょう。

現状のVC中心のエコシステムが悪いわけではありませんが、今後は資本市場全体をカバーするよりスムーズなエコシステムへ進化させていく必要があるといえます。

――最後に、厳しい市場環境を勝ち抜こうとする起業家たちに、エールとメッセージをお願いします。 

上場を目指すスタートアップにとって、約3,800社もの上場企業がライバルとなり、時価総額3,000億円を超えるような国際優良銘柄と同じ土俵で評価される資本市場は、極めて厳しい競争環境にあります。その中で投資家に選ばれる存在になるためには、自社ならではのオリジナリティと競争優位性を明確に示すことが欠かせません。 

資本市場が注目するのは、短期的な業績成長だけではありません。私は最近、大手の機関投資家と議論する機会がありましたが、彼らは投資候補となる企業に対して10年後も社会に必要とされる企業か、めまぐるしい環境変化に耐え成長し続けられる経営陣がいるか、そして世界の優良企業と伍していける事業かといった本質を評価していました。その問いに対する答えは、企業の姿勢や戦略、カルチャーに明確に表れます。上場は単なる資金調達手段ではなく、自社の使命と未来への意思を社会に示すことでもあるのです。

現在は地政学リスクなどのマクロ環境やプライム上場の大型企業などを中心とした時代にシフトしており、かつてのスタートアップブームのようなものは一服し、現在はむしろ逆風が吹いているといっても過言ではないでしょう。たとえば、大手経済新聞にはかつて「スタートアップ面」がありましたが、2024年にその面はなくなりました。

本記事の前編では、主幹事証券会社が大型案件に絞り込んでいることが、IPOの件数減につながっていることについて触れました。案件を選別するのは、証券会社にとってIPO支援で得られる収益が限定されていることも影響しています。

かつては、マザーズ市場に上場したあと、東証一部へ市場変更する際に二度目のファイナンスができたので、幹事証券にとってIPOは二度の収益機会がありました。しかし近年は小粒IPOを手がけても人手がとられるばかりのうえ、その多くで上場が最後の資金調達となっている現状があり、手がける理由に乏しいのです。要するに、“スタートアップ村“という狭い世界で評価をされていてもマクロでは通用せず、厳しい戦いを強いられるわけです。

それでも歴史を振り返れば、厳しい市場環境を生き抜いたスタートアップほど、筋肉質で強靭な企業へと成長してきました。逆風の中で磨かれた意思決定力や資本効率へのこだわり、顧客価値への執念は、環境が好転した瞬間に大きな飛躍を生み出すからです。

現在の不確実性の高い事業環境は必ずしも逆風ばかりではなく、企業を強くしなやかに鍛える絶好の機会でもあります。厳しい環境に耐え、変化を恐れず、未来を切り拓いていくスタートアップが増えれば、日本の資本市場はもちろん社会全体にとっても大きな力となるはずです。 

私たちEY新日本有限責任監査法人は、「Building a better working world ~より良い社会の構築を目指して」というパーパスのもと、皆さんの挑戦が健全に、そして力強く前へ進むよう、今後も高い専門性を武器に支援を続けていきます。スタートアップが生み出す新しい価値が、社会を確実に前進させる力になると信じています。

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