TOP > インタビュー一覧 > IPO支援プロフェッショナルのEY藤原選パートナーに聞く、IPOの最新トレンドと、上場成功のポイントとは【前編】
EY新日本有限責任監査法人 IPOグループ統括 藤原選氏
東京証券取引所がグロース市場の上場維持基準引き上げを発表したことで、スタートアップを取り巻く環境が激変している。IPOを目指す企業は今、どう判断し、ふるまうべきなのか。
本記事では、2025年の国内IPO監査実施社数で首位(15社)、さらに過去5年累計(2021〜2025年)でも98社(シェア21%)でトップを走る上場支援のリーディングファーム、EY新日本有限責任監査法人のIPOグループ統括として、上場を目指すスタートアップを支えている藤原選氏に、IPOの最新トレンドと、上場を目指す企業が押さえておきたい注意点を聞いた。
目次
――2025年は日経平均株価が5万円の大台を突破し、活況を呈した1年となりました。藤原さんの目に株式市場はどう映りましたか?
日経平均株価は1年を通して約26%も上昇した一方で、東証グロース市場250指数の上昇は4.8%にとどまり、新興市場は厳しい局面が続いています。グロース250指数の算出が開始されて以降の最高値はいまだ回復できていませんが、2025年は下値は切り上げる動きもみられ、上昇へ転じる兆しが見えた1年だったともいえるでしょう。
長くIPO支援を手がけてきた私にとっての最大のニュースはやはり、東京証券取引所(東証)がグロース市場の上場維持基準を、上場から「10年経過後に時価総額40億円以上」から「5年経過後に100億円以上」と厳格化すると発表したことです。これを受けて、グロース上場企業に資本効率を求める流れが加速しました。
その局面を象徴するのが、上場廃止の増加です。2025年の上場廃止企業数は過去最多となる125社(前年は94社)に達し、2年連続で上場廃止が新規上場数を上回りました(TOKYO PRO Marketは除く)。
その結果、東証全体の上場企業数は60社減少しましたが、東証は上場企業数を重視しない姿勢を示しており、上場企業は「量から質」へ転換しようとしています。企業側も投資家側も、上場する意義や市場のあり方を問い直す転換点に来ているといえるでしょう。
――グロース市場の上場維持基準の見直しのニュースは、2025年のIPOに何らかの影響を及ぼしたでしょうか。
2025年のIPO社数は一般市場ベースで66社と、24年の86社から20社減少し、12年ぶりに70社を下回る低水準でした。特に、グロース市場では41社と、24年の64社から大幅に減少しています。
例年IPOラッシュとなる第4四半期の件数は変わっておらず、減ったのは第3四半期までです。これはアメリカの関税強化に端を発した「トランプ関税ショック」での株式市場相場の不透明感が増したことが影響していると考えられます。
2025年のIPO社数減少の背景に、上場維持基準の見直しがあると分析する見方は多いのですが、私は証券会社側でIPO案件の選別が進んだ影響のほうが大きいと見ています。具体的には、主幹事を務める証券会社がより大型のIPO案件を選別して受注する傾向が強まり、その結果、件数をさばけなくなっているのです。
もちろん、上場維持基準の見直しを受けて上場時期を遅らせる判断をした企業も一定あるでしょうが、この影響が本格化するのは2026年以降とみています。
市場関係者からは26年のIPO件数は前年並みと予想する声も聞かれており、私も多ければ前年並み程度と予想しています。しかし、規模の拡大や成長基盤の強化を図ってから上場しようとする傾向も強まってきているので、その水準に達しない可能性も十分あると考えます。
ちなみに、業種別では例年通り情報通信やサービスが中心となりましたが、DXやヘルスケア、AI時代を反映して半導体関連企業が登場したのは印象的でした。近年は珍しくなった繊維関連企業のIPOも複数ありました。

――一般市場でのIPO件数が落ち込む一方、TOKYO PRO Marketへの上場は高水準でした。これにはどういう背景があるのでしょうか?
2025年のTOKYO PRO Market(TPM)への新規上場会社数は46社で、初めてグロース市場の上場数を超えました。50社が上場した2024年に比べると微減ではありますが、一般市場へのIPO件数が減少する中で高水準が続いているといえます。
これは上場前の適格性確認から上場後の開示・維持基準のチェックまでを担う J-Adviser が、2025年に2社増えたことが追い風になっています。これまで十分にアプローチできていなかった未上場企業にもリーチできるようになり、すそ野が広がったといえるでしょう。
近年のTPMには、不動産デベロッパーなどを中心とした地方企業が、社会的な信用力アップを目指して上場してくるケースが多くなっています。特に金融機関からの融資や人材の採用で有利になることが多いようで、事業承継の手段として上場を選択する例も見られます。
ただ、上場維持基準見直しでグロース市場への上場を断念した企業が、TPMに流れてくるかといえば、それはあまりないと考えます。こうした企業はTPMより、スタンダード市場や名古屋証券取引所を目指す傾向が現状では強いように思われます。
もっとも、東証の「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」では、TPMが非上場と一般市場の間に生じるギャップを埋める“橋渡し”としての役割を期待する意見が多く挙がっています。
今後、TPMがどのような方向性を目指し、その実現に向けてどのような施策を講じていくかについて検討が進められることになっており、新たな役割を担う可能性には注目しておきたいところです。
――IPOの規模については、変化はありましたか。
IPOの公開価格ベースの時価総額の中央値は、前年である2024年は64億円だったのに対し、25年は91億円と大型化しました。グロース市場に絞ると、前年は58億円だったのが102億円へと約8割も増加しています。ユニコーン級の大型案件こそ見送られましたが、中型化・準大型化が進んだと捉えています。
そうはいっても、小型のIPOができなくなったというわけではありません。50億円未満の企業が約3割、30億円未満でも2割を占めており、規模は小さくても将来性や成長ストーリーを重視した上場は引き続き一定割合を占めています。
一方、オファリングサイズでは、一般市場全体の資金調達額は約1.3兆円と、前年の約9,700億円から約3割増加しました。市場別の中央値を見ると、プライムとスタンダード市場では前年からやや減少した一方で、グロース市場は31億円と前年の約2倍に拡大しています。
機関投資家が参入するには一定規模のオファリングサイズが求められることから、上場時のオファリングサイズが大きめに設計されるトレンドが生じていると考えられます。
ただし、グロース市場での500億円を超えるような超大型案件はゼロで、グローバルオファリングを伴う案件もありませんでした。2025年のIPO規模の傾向をまとめると、「超大型案件は不在だが、中型〜準大型の案件が増えた年」といえるでしょう。

――藤原さんは以前から、“スモールIPO”に対して警鐘を鳴らしていらっしゃいました。この点について、2025年に改善はみられたのでしょうか。
私はスモールIPO自体を問題視しているわけではありませんが、小規模でIPOした企業の株価は伸び悩むパターンが大半であることは事実です。
上場時価総額が小さいと調達額が少ないだけでは済まず、流動性が低く機関投資家との接点が弱まってしまいます。そうなるとせっかく上場しても資本市場を活用した成長戦略が取りにくく、結果として上場後の成長が鈍化しやすいという構造が問題なのです。
2025年時点でスモールIPOの低成長問題に劇的な改善が見られたとはいえないものの、時価総額やオファリングサイズが全体として大型化してきていることを踏まえると、改善に向けた動きが少しずつ現れていると考えられます。
公開価格ベースの時価総額が500億円未満でかつてのマザーズや現在のグロース市場に上場した会社が、その後500億円を超える確率は5%にも届きません。ただ、小粒のIPOがすべて低成長に陥るわけではないことも示されています。Speeda調査レポート『時価総額100億円超え 企業の実態調査からみるスタートアップへの示唆』によると、時価総額100億円未満で上場した会社でも、上場後に100億円の大台を突破した企業は売上高、営業利益ともに会社予想を達成する傾向が強く、投資家からの信頼を得て株価上昇につながる正のサイクルを回しやすくなっています。
これに対し、100億円を超えられない企業は業績予想に未達となる割合が高く、上場後の期間の経過とともに業績予想の達成率が下がって市場(投資家)の信頼を失い、流動性も時価総額も停滞するという「負のスパイラル」に陥る傾向があります。
これは事業規模が小さいほど売上や利益の絶対値が小さいことから、個別の案件や施策の影響が相対的に大きく出て業績のブレが大きくなりやすいからだと考えられます。
例えば、何らかのコーポレートアクションを起こして1億円の影響が出た場合、利益予想が2億円しかない会社では50%にあたるので、大幅な未達となる可能性が高くなってしまうのに対し、利益予想が10億円であれば影響は1割で済むので大きなダメージにはなりにくい。規模が大きいほど、数値のブレが相対的に小さくなるのです。
いずれにしても重要なのは、IPO時の時価総額そのものではなく、上場後に持続的に成長して企業価値を高められるかどうかにあります。株式の流動性や機関投資家の参入、業績予想に対するコーポレートアクションの影響を総合的に考えると、やはり一定規模、できれば300億円から500億円程度の時価総額と2ケタ億円に達する利益水準を確保したうえでIPOすることが、結果的には上場後の持続的な成長や業績予想の達成への近道になるといえるでしょう。
――“赤字上場”について、変化は見られましたか。
2024年の赤字上場が12社だったのに対し、2025年は4社にとどまり、大幅に減少しています。背景としては、バリュエーションに対する機関投資家の姿勢が厳格化し、成長性が曖昧なままの赤字上場は許容されにくくなっていることが挙げられ、特にIPOの過半を占めるITやサービスなどの業種では一定の利益水準が求められるようになりました。
また、グロース市場改革を見据えて証券会社・企業側がより慎重に動いたことも、背景として挙げられます。
結果的に、成長性が明確なディープテックやハードウェア企業中心に、赤字上場が行われたという印象です。ここでも、質的な選別が進んでいる傾向がみられます。
――足元では上場企業の不正会計が相次いでいますが、監査法人の監査実務に影響は出ていますか?
2026年1月に、日本公認会計士協会の自主規制本部が「新規上場会社等の会計不正事例を踏まえた監査上の対応について(通知)」を公表しました。これは近年の新規上場企業における会計不正事例を踏まえ、監査人が既存の監査基準を実務の中で確実に適用するための対応について整理した注意喚起だと理解しています。
重要なのは、監査基準に新たな要求事項が加わったとか、厳格性が強化されたということではなく、むしろ監査人が原点に立ち返り、既存の監査基準を実務の中で慎重かつ確実に監査を実施することの重要性が再確認されたという点です。
近年の新規上場企業における会計不正の事例を振り返るにつけ、監査人が何を重視すべきかという点が一段と明確になってきたと感じています。結局のところ、基本をどれだけ愚直に、確実に積み上げられるかが、今後の監査品質のカギになると考えています。
通知の中で強調されているのは、企業のビジネスモデルを深く理解し、そのモデル固有の収益認識リスクを適切に識別・評価することと、その評価に基づいた監査手続を丁寧に実施することです。
また、経営者の誠実性に関する職業的懐疑心を維持し続ける姿勢も、以前から求められてきた基本ではありますが、その重要性がより一層明確になったと感じています。
単に証憑などのエビデンスや入出金を確認するだけでは整合性が取れてしまうことがあるので、売上・費用いずれについても現実に取引や役務提供の実態が本当に存在するのかの検証を徹底する必要があります。
たとえばテレビCMであれば、テレビで実際に放映されているのを確認したり、制作物が企業のウェブサイトや動画サイトにアップロードされていることも多いので当該動画を確認したりすることも考えられます。また、広告企画・実施・効果測定などの広告業務プロセスのなかでの広告代理店とのやりとりや社内での検討状況も確認できるはずです。
スタートアップ企業においては、バーター取引や循環取引といった、実態を伴わない収益認識のリスクに十分な注意が必要です。このようなリスクを防ぐためにも、内部統制や会計リテラシーの強化は企業自身にとっても極めて重要です。こうした実務的な対応については、下記の提言でも詳しく触れているので、改めてガバナンスの徹底に役立てていただきたいと思います。

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