IPO支援専門家のEY藤原選パートナーに聞く、IPOの最新トレンドと、上場成功のポイントとは【後編】

IPO支援専門家のEY藤原選パートナーに聞く、IPOの最新トレンドと、上場成功のポイントとは【後編】

EY新日本有限責任監査法人IPO統括の藤原選氏

記事更新日: 2025/02/26

執筆: 編集部

IPOの専門家として、上場を目指すスタートアップをサポートしているのが、監査法人だ。

多くの企業や経営者と接する彼らだからこそ、IPOのトレンドや成功のポイントに精通している。

本記事では、過去5年累計の国内IPO実績でトップ、グローバルベースでも10年連続で首位を走る上場支援のリーディングファーム、EY新日本有限責任監査法人でIPOを統括する藤原選氏に、IPOの最新事情と上場を目指す企業が知っておきたい注意点について聞いた。

■IPOで苦しむ企業の共通点とは

―IPOを目指しながらも、なかなかそのレベルに到達できずに苦しむ企業が多くあります。こうした企業にはどのような共通点があるでしょうか。


IPOできない企業の典型的なパターンとしては、収益性や成長性が低く、業績が伸び悩んでいることが挙げられます。

ビジネス基盤に十分な強固さがなく売上が数十億円に満たないにもかかわらず、CAGR(年平均成長率)が10%程度と成長性が低く、利益規模も小さい企業はなかなかIPOができません。

できればCAGR30%以上、最低でも20%以上は必要という声も証券関係者から聞かれますが、私個人としてはIPOを目指すなら、非連続な成長をしてほしいと思っています。

IPOを担う幹事証券はオファリングサイズから一定の手数料を取るビジネスモデルなので、低成長の小粒IPOではインセンティブも低下します。

そのためには攻めのガバナンスが不可欠になりますが、ビジネス基盤が弱く利益水準が低いと人材や経営管理体制にもコストをかける余裕がなく、上場企業にふさわしい攻めの体制を敷くことができません。

まずは利益水準を上げて組織・ガバナンス体制や経営管理体制をしっかり構築することで成長を加速させるサイクルを回し、上場コストの負担が重すぎる状況から脱却することが先決です。

―申請期に入っているのに、IPOできないケースもありますね。

おっしゃる通りで、その多くは実績が予算にミートできないことが原因です。

特にビジネス基盤が弱い企業は、受注が延期されたり失注したりした際にリカバリーができず、そのまま未達となるケースが頻発します。予想される売上を因数分解し、受注までのリードタイムや受注確度にリスク係数を織り込むといった予算編成時の工夫も必要ではありますが、最も重要なのは、事業において必要なときにリカバリーショットを打てるだけの実力をつけることです。

単一の製品・サービスから脱却し、マルチプロダクト・サービスを実現するなどして強固な事業基盤を構築したり、多様な属性に支えられた顧客基盤を獲得することは、そのまま上場後の継続的な成長につながります。

当たり前のことではありますが、世の中が求めているニーズを捉え、魅力あるミッションやパーパスを掲げ、その実現に向けて優秀な人材を集めて組織をつくり、成長性と収益性を向上させていくという王道の経営が、結局はIPOの近道となるのです。

■M&Aを成功させる企業にはそのためのしくみがある

―近年はスタートアップのM&Aがトレンドになっています。この傾向についてどう評価しますか。


上場後の非連続な成長には、M&Aが必要不可欠です。

株式市場では低成長の同業が多く上場する領域もあるので、同業企業を連続買収してシェアを高め、経営資源を統合していくロールアップ・コンソリデーション・アライアンスの合従連衡戦略も必須の時代を迎えています。

2024年には大企業によるM&Aを経て新規上場するスイングバイIPOも2社あり、成長戦略としても生き残り策としてもM&Aは重要な企業戦略となっています。

しかしその成功確率は、買収対象が国内企業の場合で3割、海外企業なら1割といわれるほど低く、買収時に計上したのれんが最終的に減損となってしまうケースが頻発しています。

その原因のほとんどは、ビジネスデューデリジェンスが甘く高値づかみをしてしまうことです。買収対象企業が出してくる事業計画を鵜呑みにしてしまうケースも多く、買収時の計画より実績が大幅に下方乖離してしまうのです。

こうしたことを防ぐためには、成功率を高めるための緻密なしくみづくりが必要です。

―M&Aの成功率を高めるしくみとは?

まず、M&Aがうまい企業はバリュエーションの算定の基礎となる事業計画策定の際に、リスク率を加味したディスカウント後の計画で評価します。

企業によっては買収後のシナジーを考慮しない事業計画を策定し、実際にシナジーが発揮された場合には結果として上振れになるような保守的な計画を立てることもあります。

また、小さなM&Aの件数を積み重ねて経験値を上げたり、M&A経験者を採用したりするなどして組織知を積み上げている企業の成功確率は、格段に高まっていく傾向にあります。

また、M&A巧者はバリエーションの上限を事前に固めて高値づかみを回避しますが、ただ安く買い叩いているわけではありません。

入札価格では下位にランクされても、被買収会社に買収後のメリットを提示して価格勝負を回避するQuality Buyer戦略を取っているのです。

1円でも高く売れればそれで良いという被買収企業がないとはいいませんが、大半のオーナー経営者は買収された後の事業展開や成長、従業員の待遇や満足を重視するものです。

オーナーの信頼を獲得できる条件を提示し、価格競争の土俵に乗らないことがM&Aの成功と将来の減損リスク低減につながります。

ちなみに、仲介会社がたまたま個別に提案してくる案件に飛びつくのは、典型的な失敗パターンです。

M&Aは人材採用と同じく、多くの候補を集めることで質の高いターゲットと出会う確率が上がり、適正な価格設定もしやすくなります。

M&Aのうまい企業は複数の仲介業者を集めて買収対象の要件やニーズ、買収後のメリットなどを伝える説明会を開くなど、ターゲット候補をより多く集め、多くの買収対象企業を比較検討できるしくみを構築しています。

―経験のないスタートアップはどのようにM&Aを進めていくべきでしょうか。

いきなり大型案件に手を出すと失敗リスクが高まるので、まずは小規模な案件に限定して対象の発掘からPMIに至るまでのノウハウを蓄積することが重要です。

また、買収自体にリソースを使い果たしてしまわないよう注意しましょう。M&A 巧者は買収のクロージングまでに使う工数は2~3割程度に抑え、買収後のPMIにより多くのリソースを注いでいます。

M&A に本腰を入れるなら、M&A  経験者や投資銀行・法律・会計事務所出身のプロフェッショナル集団を配置することも必要です。その場合の報酬体系は、M&A領域の人材マーケットに合わせたインセンティブを設計する戦略も求められるでしょう。

■ミドルステージ以降の「商いの壁」を乗り越えよう

―2025年のIPOの傾向はどうなっていくと予想されますか。


2024年のIPO件数は前年に比べて減少しましたが、25年もこの傾向が続く可能性は否定できないでしょう。

実際、グロース市場の回復が見通せない中で、上場申請そのものを見送っているスタートアップも多くあります。

ユニコーン系の有力スタートアップは未上場でも資金調達が容易なため、市況が回復するまでIPOを延期できる体力がある一方で、未上場での調達が限界を迎えた小規模スタートアップが先にIPOしていく構図ができあがっています。

それが近年のIPO小規模化の要因のひとつにもなっています。

件数としては前年の86社から大きく変わらない水準になる可能性が高いと見ていますが、グロース市場の低迷が続けばさらに減少することも考えられます。

市況の回復は一企業ではコントロールできない問題ですが、IPOを目指す企業はこうした外部環境に頼ることなく売上成長の実現と利益の創出に注力していくことが重要です

また、24年にはTOKYO PRO Marketへの新規上場会社数が50社(23年32社)と過去最多を更新しました。

この背景には、TOKYO PRO Marketを支えるJ-Adviserの増加に加え、地方企業の上場が進んでいることがあります。

地方企業が上場企業という看板を掲げることで、人材獲得を有利に進めようとする動きが活発化している事例もあるようです。労働力不足は地方ほど深刻なので、この傾向が継続する可能性も考えられます。

―スタートアップに対して届けたいメッセージがあればお願いします。


優れたビジネスアイデアが評価され、シードやアーリーステージで順調に資金調達してきたスタートアップが、以降のステージでマネタイズの壁、すなわち業績成長につなげられない「商いの壁」にぶつかる例を多くみるようになってきました。

販売力に課題があったり、そもそもプロダクトやサービスのブラッシュアップができていないケースも散見され、売上を年10%程度しか伸ばせないどころか前年比割れしている低成長のスタートアップも増えている印象があります。

この「商いの壁」を越えられる企業とそうでない企業の違いは、経営者の戦略構想力やコミットメント力もありますが、役員レイヤーを含めた人材の強さに起因していることも多そうです。

要するに、優れたプロダクトと魅力あるパーパス・MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を掲げて役員や経営幹部を含めて優秀な人材を集め、攻めのガバナンス体制を構築した企業が、非連続な成長をもたらす強固な経営基盤を構築し、次のステージへと歩みを進めているのです。

IPO後を見据えるなら、P/L思考からB/S志向への発想の転換も重要です。

売上や利益を伸ばすことも重要ではありますが、機関投資家はROIC(投下資本利益率)やROE(自己資本利益率)やROI(投資利益率)などの資本収益性を意識した経営を求めています。

具体的には、東証が2024年11月に公表した「資本コストや株価を意識した経営」に関する「投資者の目線とギャップのある事例」という資料が参考になるでしょう。

株式市場の常識や機関投資家の考え方を理解したうえで、持続的な企業価値向上を実現する事業基盤を構築してほしいと思います。

私はEY新日本有限責任監査法人の企業成長サポートセンターで、ショートレビューをはじめとしたIPO準備の支援に加え、上場に向けた会計監査、表彰制度や各種イベントの開催などを通じてスタートアップの支援に取り組んでいます。

企業成長サポートセンターはこの2年で規模を2倍に拡大し、支援体制を強化しています。

私はこれまでの経験を通して、スタートアップ経営は生半可な覚悟では到底乗り越えられないと痛切に感じており、果敢に挑戦を続ける起業家や経営者のみなさんには大いなる尊敬の念を抱いています。

弊法人はこれからもスタートアップのチャレンジに寄り添い、充実した支援を提供できるよう、研鑽と組織強化を図ってまいります。

 

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