TOP > インタビュー一覧 > IPO支援専門家のEY藤原選パートナーに聞く、IPOの最新トレンドと、上場成功のポイントとは【前編】
EY新日本有限責任監査法人IPO統括の藤原選氏
IPOの専門家として、上場を目指すスタートアップをサポートしているのが、監査法人だ。
多くの企業や経営者と接する彼らだからこそ、IPOのトレンドや成功のポイントに精通している。
本記事では、過去5年累計の国内IPO実績でトップ、グローバルベースでも10年連続で首位を走る上場支援のリーディングファーム、EY新日本有限責任監査法人でIPOを統括する藤原選氏に、IPOの最新事情と上場を目指す企業が知っておきたい注意点について聞いた。
―2024年の株式市場を振り返って、どのような印象を持たれましたか。
先日、東京証券取引所の執行役員の方と対談をした際、「2024年は記録と記憶に残る年だった」と振り返っておられ、まさにこの年の株式市場を言い表すのにぴったりの表現だと感じました。
なにしろ日経平均株価は34年ぶりに最高値を更新し、ついに4万円の大台も突破しました。
IPOをみても東京地下鉄(9023)が3,486億円 というオファリングサイズで新規上場を果たしており、これは2018年の大手電機通信事業者以来の大規模上場となりました。
しかしその一方で、新興市場では海外機関投資家が1年を通じて売り越したことが影響し、東証グロース250指数は23年末から8.8%も下落しました。
同じ日本の株式市場でありながら、大型株で構成される日経平均株価と新興企業のグロース市場が明暗を分けたことも印象に残りました。
―日経平均とグロース市場の株価パフォーマンスが大きく異なったことで、IPOにもなんらかの影響がありましたか。
IPOの株価パフォーマンスでみると、2024年で86社あったIPO(一般市場)のうち、初値が公開価格を割ったのは19社です。
全体の2割を占めてはいるものの、前年は3割弱だったのでほぼ同水準といえます。
これに対し、初値の平均上昇率には大きな変化がみられました。23年が約6割の上昇率だったのに対し、24年は約3割となっています。
これは株価のパフォーマンスが悪化したわけではなく、初値と公開価格の乖離率が縮小したためと考えるべきです。
その背景には、東証が23年10月以降のIPOから、公開価格の決定プロセスを見直したことがあります。その取り組みが効果を発揮し、より市場の評価に近い適切な公開価格を設定できるようになったと評価すべきでしょう。
―24年のIPOの件数や規模はいかがでしたか。
2024年のIPOは86社で、23年の96社から10社減少しました。90社を下回るのは2019年以来5年ぶりとなります。IPOの過半を占めるグロース市場の件数は64社と、23年の66社から2社減少しました。
業種別にみると、情報・通信業とサービス業が中心で、この傾向は例年通りといえます。
そのほかの業種では、AI・DX関連、人材支援関連、そして半導体関連も目立ちました。宇宙ベンチャーも昨年に続き、2社のIPOが実現しました。
資金調達総額では、公募・売出し・OA(オーバーアロットメント)含めて約9,700億円と、23年の約6,300億円から1.5倍増加しています。
これは全体としての水準が上がったのではなく、1,000億円を超えるような大型オファリングサイズの案件が3件もあったため、調達総額が押し上げられたものです。
実際、資金調達額100億円以上の件数は12件と、23年の13件と同水準です。資金調達額50億円未満では全体の8割弱、10億円未満も全体の3割弱で、いずれも前年と大きな変化はみられません。
一方、中央値ベースのオファリングサイズでいうと、東京地下鉄などの3社が1,000億円超えしたプライム市場では1,248億円、スタンダード市場が35億円で、いずれも前年を上回りました。
ただ、グロース市場は23年に続き500億円を超える案件はあったものの、中央値は15億円と前年比9億円のかなりの減少がみられています。
時価総額でいうと、公開価格ベースの時価総額の中央値は64億円で、23年の68億円から微減しました。
50億円未満は34社で全体の4割を占めており、30億円未満も20社で2割となっています。ここ数年は時価総額が50億円に満たないスモールIPOが多い状況が続いていますが、24年もこの傾向は継続していることがわかります。
総じて、オファリングサイズでは大規模案件があったものの、時価総額的にはユニコーンクラスの大型銘柄の上場は見送られ、IPOの主戦場であるグロース市場では引き続き小規模案件が中心となった1年だったといえるでしょう。
※件数はすべて東証一般市場ベース
―近年のトレンドになっている「スモールIPO」については、どう評価していますか。
スモールIPO自体はIPOの裾野を広げる役割を果たしており、それ自体は悪いことではありません。
しかし、現状のスモールIPOは上場後も低成長に陥りやすい傾向があり、機関投資家から評価される水準の収益性や成長率を達成する企業が多くはない点が問題です。
実際、小規模なIPOを経由してユニコーン水準の規模に達する企業は少数派で、IPO時の時価総額が少なくとも200億円、できれば300億円以上はないとそのレベルには到達するのは難しい現状があります。
スモールIPOが低成長に陥りやすい理由には、上場時の資金調達額が少なく調達資金を潤沢に活用できないことに加えて、時価総額が小さいと機関投資家が参入しにくく、株主が個人投資家中心になりやすいこともあり得そうです。
機関投資家が入らない企業では、ステークホルダーガバナンスが効きにくくなるうえ、短期的な経営志向に傾きやすくなるからです。
こうした状況では長期的な成長サイクルに入りづらく、むしろ負のスパイラルに陥りやすいという構造上の問題があります。
プライム市場に上場する企業であれば、東証からガバナンス改革や資本効率の向上を通した企業価値向上を求められており、一定の成果を上げています。
その一方で、グロース市場に上場する企業の改革は道半ばで、東証グロース市場250指数が低迷を続けているのは前述した通りです。
―IPOの規模が小さいほど、上場後の持続的成長が求められるわけですね。
実はスモールIPOをした企業の大半が、IPOが最後の資金調達となってしまうLPO(Last Public Offering)になっています。
IPO後にセカンドファイナンスを実施した企業は全体の約1割にとどまっているというデータもあり、上場メリットを生かしたスケールができていないという現状があるのです。
本来は上場後も一定サイズの資金調達をして、上場前のP/L至上主義から、ROIC(投下資本利益率)やROE(自己資本利益率)やROI(投資利益率) などの資本収益性を意識したB/S志向の経営に移行していくのが理想です。
本来はIPOで調達した資金を活用して資本コストと資本収益性の観点を踏まえた経営に移行するべき局面なのに、スモールIPOではそもそも活用すべき資本が小さく、P/Lしか見えない近視眼的な経営から脱却しにくい傾向があります。
現在東証では、グロース市場の「上場10年経過後の時価総額40億円以上」という上場維持基準の引き上げも検討しています。
上場前はVC (ベンチャーキャピタル)から選別され、上場時に証券会社から選別されるスタートアップは、上場後も投資家はもちろん市場からもさらに厳しく選別される可能性が浮上しているわけです。
スモールIPO自体に問題があるわけではありませんが、規模が小さいならなおさら、上場後も持続的に成長し選ばれる企業であり続けるための事業基盤と成長戦略は不可欠です。
そのためには、M&Aを活用した成長戦略に加え、非連続な成長の視野を持たせてくれる社外取締役を配置し、守りはもちろん攻めの機能を有するガバナンス体制などを備えることがカギになるでしょう。
加えて、優秀な人材を集め、そのモチベーションを維持していくことも重要です。
あるプライム上場企業では、中長期的なグループ業績拡大と企業価値の向上を目指して、有償ストック・オプションを取締役と執行役員に発行し、5年間にわたる業績目標条件と10年間の株価条件の権利行使条件を付けたインセンティブ報酬プランを発表しています。
プライム上場企業の事例ではありますが、上場前後の企業にも大変参考になる取り組みだと思います。
―近年は赤字上場が多い印象がありますが、その傾向は続いているでしょうか。
2024年に申請期の予想ベースの経常損益が赤字で上場した企業の社数は12社で、23年の10社と同程度となっています。
赤字上場は制度上可能ではありますが、ここにもスモールIPOと同様の課題があります。
赤字や利益水準が低い状態で上場した企業は、IPO時のオファリングサイズや時価総額が低いことが多く、上場後の投資家の評価が低迷し株価パフォーマンスも芳しくない傾向があります。
上場時点の利益水準が低いならなおのこと、上場後に早期に黒字化し、持続的な成長を達成できるだけの事業基盤を構築していく必要があります。
―近年は東証による上場プロセス見直しの動きも加速していますが、その影響は見られましたか。
2023年3月の規則改正で、グロース市場で上場時に時価総額250億円以上になると見込まれる場合には、上場時の公募が必須ではなくなりました。24年はこの改正を活用し、公募せずに上場した事例がありました。
改正以前はIPO時に一定の公募が必須だったために、上場を予定している企業は事業成長に必要な調達の先送りを余儀なくされるケースもありました。
この規則改正によって上場前でも必要なタイミングで柔軟に資金調達ができるうえ、IPO時に無理にファイナンスする必要もなくなったので、より柔軟な資本政策を取れるようになりました。
また、これまでは1か月程度必要だった上場承認日から上場日までの期間を、21日程度に短縮するS-1方式(承認前提出方式)を、半導体メモリー大手企業が初めて活用しました。
この新方式では、上場承認前に有価証券届出書を提出し、機関投資家に需要調査を実施できることから、仮条件や公開価格に市場の評価が反映されやすくなるメリットがあります。
加えて、上場までの期間が短縮されることで市場環境の変動リスクを抑えられることから、半導体のように市況のボラティリティの激しいセクターには特にメリットが大きくなります。
機関投資家向けレポートの準備が早まるなど事務負担が増すデメリットもありますが、今後も大型銘柄を中心に活用が期待されます。
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