2024年のIPO最新事情と上場成功のポイント!IPO支援専門家のEY藤原選パートナーに聞く【後編】

2024年のIPO最新事情と上場成功のポイント!IPO支援専門家のEY藤原選パートナーに聞く【後編】

記事更新日: 2024/04/12

執筆: 編集部

スタートアップにとって、IPOは重要な通過点のひとつであり、成長を加速させる強力なエンジンでもある。IPOを目指すスタートアップを支援し、伴走者としての役割を果たしているのが監査法人だ。

IPOの現場で日々、多くの企業や経営者と接する彼らは、IPOの最新事情や成功の条件を知り尽くしている。

本記事では、上場支援のリーディングファームであるEY新日本有限責任監査法人IPO統括の藤原選氏に、IPOの最新事情と上場を目指す企業が知っておきたい注意点について聞いた。

――2024年以降のIPOの動向について、どのように予想されていますか。

2024年のIPOは社数的には90-100社程度、23年と同水準と予想する市場関係者が多いようです。業種としてはこれまでの傾向と大きく変わることはないと見ていますが、国の重点施策でもある宇宙に加えて、新たな領域のDeepTech銘柄のIPOに期待したいところです。

24年の注目ポイントは、過去にダウンラウンドを嫌ってIPOを見送った大型案件が上場してくるか、という点です。特に大型上場に不可欠な海外機関投資家の投資意欲がどう動くかは極めて重要で、彼らの動向がグローバルオファリングや旧臨報の件数にも影響するでしょう。

そのためには市場環境の活況が継続していくことが必要で、実現するなら日米の金融政策や金利の見通しが落ち着いてくるであろう年後半が有力と言われています。まずはグロース市場のセカンダリーマーケットがある程度回復し、それに続いてIPOに資金が戻って来るというシナリオが実現するかどうかがポイントです。

近年は相場の低迷に苦しみダウンラウンドIPOが続出しましたが、24年はこうした流れから脱却できる可能性もあるでしょう。

IPOを考える企業は、23年10月以降のIPOプロセスの見直しに注目する必要があります。特に、以下の事項は影響が大きくなります。

  • 上場日程の期間短縮:S-1(上場承認前に届出書を提出して投資勧誘を行う方式)
  • 公募価格の仮条件の範囲の見直し(下限80%以上、上限120%以下)
  • 上場日程の柔軟化 

上場プロセスだけでなく、グロース市場の新規上場基準と上場維持基準を引き上げることも議論の俎上に上っています。言うまでもありませんがIPOはゴールではなく、企業価値のさらなる向上のために活用していく手段ですから、仮に基準が引き上げられても直ちに影響を受けるような状況にならないよう基盤を固めていく必要があります。

“難民問題”は監査法人から主幹事証券へと拡大

――前年の記事では“監査難民”の問題は解消に向かいつつあると指摘されていましたが、足元の状況を教えてください。

大手監査法人でIPOを経験したメンバーを中心に設立された新興の監査法人が新たな受け皿となっていることから、監査の“難民問題”は一時期に比べれば緩和しており、むしろ主幹事証券会社の問題が深刻化しつつあります。

というのも、近年はダウンラウンドを避けてIPOを先送りするなどして1社あたりのIPOまでの期間が長くなっており、証券会社が抱える案件数が増加しています。人手も限られる中で、証券会社は手数料収入が少ない小規模IPOや、市場の高評価を期待しにくい案件を避ける傾向が出てきています。収益性が見込めない案件だと判断すれば、ビューコン(ビューティーコンテスト、IPO準備会社が主幹事証券会社を選定する際のプレゼン)に参加しないこともあるようです。

また、主幹事証券の決定に難航する発行体の中には、事業基盤が安定しておらず、IPOは時期尚早と思われる企業も見受けられます。そもそも論にはなりますが、上場時期や証券会社に依頼する時期は、十分に検討する必要があるでしょう。

 

――“難民問題”は監査法人だけでなく主幹事証券まで広がっているのですね。

中には複数の証券会社を主幹事に選定しようとする企業も見受けられます。主幹事証券が複数あることで、発行体と証券会社間の情報の非対称性が緩和されたり、2社のパワーバランスを利用して有利に交渉を進められたりするメリットはありますが、デメリットがないわけではありません。

公開価格を決定する際、相場環境が良い時や発行体の評価が高い場合は2社の提案のうち高い方で決まる可能性がある一方で、そうでない場合は低い方にひっぱられてしまう可能性も多分にあります。

また、主幹事証券が複数あることで責任が分散されやすく、最後までやり切る姿勢が希薄になるとは言いませんが、途中で主幹事を降りるケースは実際にみられます。もう1社残っているとはいえ、一方が途中で降りたとなると機関投資家から信用リスクを疑われることもあります。

また、複数社で主幹事を務めるとなると、事前に2社間でのフォーマットを定めておく必要があります。1社であれば柔軟に対応できることでも、2社で協力していることで逆に融通が利かなくなることもありえます。

そもそも、発行体企業側に2社の主幹事をハンドリングできるようなスキルに乏しいこともあり、そうなるとデメリットがメリットを上回ることも多くなります。

ベンチャーデットは特性をよく理解して活用を

――足元ではIPOを狙うスタートアップと監査法人が、より早期からコミュニケーションを取り始めている印象もあります。スタートアップが難民化することなく監査法人と契約するにはどうしたらよいでしょうか。

早い段階から監査法人にコンタクトするのは信頼関係を構築する意味で悪いことではありませんが、早ければいいというわけではありません。N-3上期の終わりごろか下期が始まるころに意中の法人にコンタクトすると、法人側もショートレビューを実施しながら人繰りをする猶予ができ、N-2期首の監査に間に合うチーム体制が構築できると思います。

とはいえ監査法人の人手不足が解消されたわけではないので、すべての依頼を引き受ける余裕はありません。引き受けの基準としては、ガバナンスやコンプライアンス、経営管理体制や経理体制が将来的に適時に改善していく姿勢があることは当然として、ビジネスが将来的にスケールする余地が十分あるかを重要視しています。

過去のデータを見ても、IPO後に順調に成長できる企業は一握りで、規模の小さいIPOほど成長性が低く、上場後に追加のファイナンスの機会も必要もないというケースが多くなります。監査法人はVCと異なり、上場後の付き合いが長いため成長性を重視するのはある意味当然で、そのためにはIPO時の規模感も求められます。

結局、一定規模以上のオファリングをしてそれなりの時価総額でのIPOを果たし、上場後も継続して成長が見込めるというのは、監査法人はもちろん、主幹事証券や機関投資家から求められるポイントとして共通しているのです。

――前年の記事では、デットファイナンス(借入)が増加していると指摘されていましたが、資金調達に新しい傾向はみられますか。

前年に引き続きデットファイナンスが増えており、特にベンチャーデット(新株予約権付きの借入)の活用が多くなっている印象があります。特にDeepTech系スタートアップへの融資は活発で、未上場でも100億円を超える大型デット調達も見られます。

その背景には、国の支援策に加えて金融機関の姿勢の変化もあるでしょう。新たな収益源のひとつとして、ベンチャーデットの提供を拡大する金融機関が登場しています。

ただし当然ながら、デットファイナンスでは必ず返済時期がやって来るので、運転資金と成長資金を区別して調達し、資金繰りには慎重になる必要があります。また、エクイティの投資家との関係はそれほど長くならないこともありますが、銀行との付き合いは企業が存続する限り続くものなので、銀行側の期待値を裏切らないことも重要です。

また、あまり知られていないのですが、新株予約権付きのデットは、新株予約権の行使価格をたとえ時価で設定していたとしても、調達した資金を、新株予約権部分と借入金部分に時価等を基準として配分して、当該配分した金額によりそれぞれ計上して会計処理する必要があることに注意が必要です。未上場企業の「ストックオプション」の場合、新株予約権の行使価格を時価以上に設定すると費用化の必要がなく、結果として新株予約権が計上されなくなる本源的価値の見積りによる特例がありますが、デットファイナンスには金融商品会計基準が適用されるためこの特例がないからです。

具体的には、新株予約権価値の相当部分だけ借入金の簿価が少なくなるので、借入金の帳簿金額と借入返済総額の差額を利息法で支払利息を計上し、これに対応する金額を借入金に加算していく会計処理が必要になります。新株予約権の評価をする場合には評価会社を使い、それなりの費用がかかってくる場合もあります。メリットばかりに気を取られて、こうした点の理解が浅いケースが見られるので監査法人と十分相談しながら慎重に対応してほしいと思います。

なお、新株予約権付きデット以外の会計処理でも、「ストックオプション」の税務上の税制適格要件の改正、いわゆるセーフハーバールール改正で、新株予約権の行使価額を会計上の時価未満で設定した場合には、本源的価値処理でも会計上は「費用」計上が必要になることにも留意が必要です。

投資家、主幹事証券、監査法人の期待値を裏切るのはご法度だ

――マーケット環境が回復基調にあることで、上場を検討するスタートアップも増えることが予想されます。押さえておくべき上場準備の注意点と社内体制作りのポイントを教えてください。

IPOの実現までには数多くの課題を克服する必要があり、プロジェクトマネジメント力とエグゼキューション能力が問われます。各業務プロセスにおいて間違いが起きない、仮に起きてもすぐに発見できる「運用」の仕組みをN-1までに本気で構築してほしいと思います。各業務プロセスを支える職務分掌や職務権限、稟議決裁制度の構築、財務諸表を正しく作成して適時開示できる体制を、N-2にはすべて「整備」できている状態が求められます。離職でノウハウが失われない、業務を属人化させない社内体制づくりも重要です。

特に稟議書の決裁項目は、一般的に考えられている以上に重要だと考えます。経営は意思決定の連続であり、20年以上成長を続けるエクセレントカンパニーといわれる超優良企業は、精度の高い意思決定がその成長を支えています。

こうした企業の稟議書はとても洗練されており、費用対効果や投資効率など自社の意思決定に必要な項目がもれやダブりなく網羅されて、絶えずアップデートが繰り返されています。まさに、日々の意思決定の精度を上げるための絶え間ない努力が稟議書に表れており、これが競争優位の源泉かと思わされるほどです。

スタッフに長く働いてもらえる環境づくりも重要です。トップが前線のビジネスに集中するあまり、組織づくりが後手に回るケースは多いのですが、管理部門に対して関心を持たないトップの元では人材が流出してしまいます。現場の声に耳を傾け、やりがいを持って働ける組織づくりを怠ってはいけません。

言うまでもありませんが、パブリックな市場を活用する以上、労基法や業種ごとの基本的な事業要件を定めた業法など、コンプライアンスは改めて徹底してください。

――機関投資家とのコミュニケーションはどういった点に気を付けるべきでしょうか。

IPOを目指すには高い経理能力、特に正確な適時開示ができる体制が不可欠なのですが、上場に必要な水準に達していない企業も少なくありません。

特に予実をしっかりミートさせる力は不可欠で、申請期に大幅な予実の乖離や修正が発生し、上場延期を余儀なくされることもあります。上場後に投資家の期待に応えていくには、計画の精度を上げて正確に予算をつくる能力を養うことが必要です。人材を採用する際は、監査法人出身の会計士だと安心してしまいがちですが、監査の経験しかない人も多く経理ができるとは限らないので能力をよく見極める必要があります。

IPO直後に業績計画を下方修正するようなことは、あってはならない裏切り行為です。IPO企業に対する機関投資家の評価が厳しくなっている背景には、過去に業績予想にコミットしない企業があったことが多分に影響しています。投資家にとって、IPO銘柄は日本の株式市場に上場する約4000銘柄のひとつでしかありません。投資家の期待値を裏切れば、二度と選ばれなくなってしまうことは肝に銘じる必要があります。

また、近年増加している非財務のインパクトKPIを重視する企業の場合、それをどのように財務数値の伸びにつなげていくかの説明が弱いと、どうしても機関投資家に評価されにくくなります。非財務面のインパクト自体は長い期間をかけて育てていくものではありますが、機関投資家は数年で結果を出さなければならないことも多いので、こうした時間軸の違いを理解したうえで財務面での成長シナリオを描き、発信していく必要があります。

機関投資家は経営戦略とビジネスモデルを重視するといわれますが、一番大事なのはそれを実行する力と実績です。上場前のVCはどちらかというと仲間という感覚があったかもしれませんが、機関投資家は敵ではないにしろ仲間とも言えません。その関係性を踏まえて、IPO前からの適切に彼らの期待値をコントロールしていくことが重要です。

――最後に2024年以降のIPOを目指すスタートアップに向けて、アドバイスをお願いします。

IPOを目指す企業はVCだけでなく、証券会社、監査法人、さらには投資家から選別される時代に突入しています。企業として継続的に成長し、将来の成長性に確信をもってもらうことが、投資家はもちろん、主幹事証券や監査法人そして企業の成長を支える優秀な人材から選ばれる決め手となり、それが好循環を生むことになります。

選ばれるスタートアップになるための条件はさまざまなことがありますが、最も重要なのは時代の変化を捉え、大勢の人々や企業を熱狂させるプロダクトやサービスを提供することです。財務戦略や経営戦略も重要な要素ではありますが、プロダクトやサービスの力は企業の本質的な価値であり生命線です。グローバルで支持される強力なパワーを持ったスタートアップが登場することを期待しています。

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