TOP > インタビュー一覧 > 2024年のIPO最新事情と上場成功のポイント!IPO支援専門家のEY藤原選パートナーに聞く【前編】
スタートアップにとって、IPOは重要な通過点のひとつであり、成長を加速させる強力なエンジンでもある。IPOを目指すスタートアップを支援し、伴走者としての役割を果たしているのが監査法人だ。
IPOの現場で日々、多くの企業や経営者と接する彼らは、IPOの最新事情や成功の条件を知り尽くしている。
本記事では、上場支援のリーディングファームであるEY新日本有限責任監査法人IPO統括の藤原選氏に、IPOの最新事情と上場を目指す企業が知っておきたい注意点について聞いた。
――2023年のIPOを振り返って、どのような感想をお持ちになりましたか。
相場が伸び悩んだ2022年とは異なり、23年の日経平均株価は1年で7369円、28%も上昇し、1年の上げ幅としてはバブル期の史上最高値を付けた1989年以来の水準となりました。IPO件数は96件と、前年よりも5件増加しています。
しかし、活況なプライム市場とは対照的に、新規上場先の大半を占めるグロース市場は1年で約3%の下落となり、上昇相場の恩恵をまったく受けられないまま終わりました。IPOの件数もグロース市場に限ると、66社と22年の70社から減少しています。グロース市場に対する機関投資家のセンチメントは低空飛行が続き、IPO銘柄に対してもプライマリーとセカンダリー双方のマーケットで取引が低迷しました。
近年目立っていた赤字上場は、23年は9社で前年と同じではありますが、こうした赤字上場案件や利益水準の低い企業に対しての市場の評価は伸び悩みました。成長性があれば足元の収益性に目をつむるといった扱いはすでになく、機関投資家の業績を見る目は非常に厳しくなっています。
その一方で、23年は成長性と収益性を両立する企業の上場も目立ち、安定した利益を生む企業に対しては一定のバリュエーションがついています。23年のIPO銘柄の売上高の中央値は約35億円と、前年の22億円と比較して59%も増えており、これは2016年の水準です。経常利益についても、23年の中央値約3億円と前年の2億円から47%増と、こちらも2017年以来の水準に回復し、IPO銘柄の業績は底上げされている印象です。
――22年はダウンラウンドによるIPOの小規模化が特に目立った年でした。23年の資金調達総額やオファリングサイズ・時価総額(公開価格ベース)といったIPOの規模について、回復の兆候は見られているでしょうか。
23年は公開価格ベースの時価総額で1000億円超(公募・売出し・オーバーアロットメント含む)の大型案件が4件と、前期比で2件増えており、300億円を超える案件も14社と前期の7社から倍増しています。
グロース市場に絞っても300億円を超える案件は9件と、22年の4件から倍増しており、一定の規模まで足元を固めたうえで上場してくる企業が増加傾向にあることがうかがえます。こうした点が奏功したのか、初値の公開価格に対する平均上昇率は65%と、22年の52%より改善しました。
その一方で、初値が公開価格を割ってしまった例は96社中26社と、前年の18社から大きく増加しており、やはり評価の明暗が大きく分かれた年だったともいえます。
23年はIPO市場全体での資金調達総額が大きかったことも特徴的でした。公募・売出し・OA含めて約6400億円となり、前年の22年の3400億円の2倍近い伸びを示しています。グロース市場に限っても、500億円を超える大型案件があったこともあり、約2900億円と前年の約1800億円から大幅に増加しました。
大型のオファリング案件としては、プライム市場で1000億円超えのKOKUSAI ELECTRIC、グロースでも500億円を超えたトライトの存在が際立ちました。
100億円以上のオファリングサイズの案件数は13社(内グロース8社)と、22年の3社(内グロース1社)から10社(内グロース7社)と大幅に増えています。大型案件で選択されることの多いグローバルオファリングも7社と前年の4社を上回り、国内規制に基づいて海外投資家へ販売する旧臨報方式でも26社と、22年の15社と比較して大幅に増加しました。
一方で、調達金額50億円未満の小型案件は75社と全体の8割弱を占め、10億円未満も24社と全体の約3割弱と、小型案件が主流である状況は継続しています。
オファリングサイズの中央値は約20億円で、22年の約13億円から約7億円と58%増加しました。公開価格ベースの時価総額の中央値は約70億円で22年の約60億円に比べて17%ほど大きくなっています。
IPOの規模を示すこれらのデータを総括すると、小規模案件は依然として多いものの大型案件も目立ってきており、全体としても底上げされていることがわかります。23年はコロナ禍の苦難を乗り越えて大型案件の出現が再び見られた年といえるでしょう。
――規模以外の面では、新しい傾向はみられましたか。
プロ向けの市場であるTOKYO PRO Marketの存在感が大きくなっています。TOKYO PRO Marketへの新規上場会社数は32社と、前年の21社を大きく上回り過去最高を更新しました。これは東証や証券会社に代わって上場準備のサポートや上場審査、上場後のモニタリングといった業務を担うJ-adviserの資格を持つ企業が増加したことも寄与したと考えられます。
加えて、TOKYO PRO Marketに既に上場していた企業の4社が、23年に一般市場へのIPOを達成しており、一般市場を目指す企業がそのステップとしてTOKYO PRO Marketを経由するという新たなトレンドが生まれつつあります。
さらに、東京以外の地域に本店を置く企業のIPOが目立ったのも特徴的だったと思います。TOKYO PRO Marketを含めると、上場した128社中、東京以外の地域の企業は50社と全体の4割弱を占めました。大阪、京都、愛知、福岡といった主要都市だけでなく、東北エリアに渡って全国的な広がりが見られており、「地方」は23年のキーワードのひとつだったといえるでしょう。
証券会社が株券を発行者の指定する販売先へ売付ける「親引け」が12社も見られたのも特徴のひとつです。親引けそのものは例年みられますが、実施企業が2ケタに上った年は近年なかった印象があります。推測ではありますが、グロース市場のセンチメントが弱かったことが理由と考えられます。
また、恒例だった年末のIPOラッシュが緩和する傾向もみられました。前年は12月に25件と全体の3割近くが年末に集中していましたが、23年は15社にとどまり分散できていました。はっきりした理由は特定できていませんが、集中が緩和されているのは良い傾向です。
――グロース市場へのIPOは66社(前年より5社増)と全体の約7割を占めており、スタートアップのエグジットとして定着した様子がみられます。同市場に上場した業種に共通した傾向はみられましたか。
業種別にみると、情報・通信業とサービス業が多く、SaaSやAIなどIT系テック企業やDX推進企業が中心である点は近年の傾向と変わりません。ただ、日本が抱える大きな社会課題の1つである少子高齢化への対応に資する医療・介護関連のヘルスケア企業のIPOが複数見られた点は時代を反映するものと言えます。
また、DeepTech企業の宇宙ベンチャー2社が、IPOを実現したのも大きなトピックだったと思います。
また、23年は国際的な企業認証制度であるBcorp認証を取得している企業から、初のIPOが出ました。Bcorp認証は利益を追求するだけでなく、社会や環境に配慮し公共利益を重視する姿勢をさまざまな観点から評価し基準を満たした企業に与えられる認証で、食品ロスの削減に取り組むクラダシが日本のIPOで第一号となっています。
また、高齢者ホームの入居希望者と施設をマッチングする笑美面、一次産品のCtoCプラットフォームの雨風太陽といったインパクトIPOも登場しています。
――2023年は大手企業がスタートアップをM&Aする例が多くみられたことに加え、上場まもないスタートアップが戦略的にM&Aを実施する事例も目立ちました。
大手企業はもちろんですが、スタートアップにとってもM&Aは企業の成長戦略に不可欠な手段となっています。税制改正でオープンイノベーション促進税制の対象にもなり、税制面からの支援も受けられるようになりました。近年は人材不足を補うため、ITエンジニア人材を確保する目的で企業ごと買収するアクハイヤー(Acquire+Hireの造語)もよく活用されています。
IPOは年間100社程度しかないので、VCファンドの組成金額から考えても、IPOだけではエグジットの道が十分ではありません。特に日本ではセカンダリー市場が海外ほど育っておらず、投資の回収という視点でもM&Aは拡大の余地があります。
何より、将来的なIPOを目指す企業にとって、上場時に一定の企業規模に達することは上場メリットを大きくするため不可欠なので、成長を加速させる企業買収は有力な選択肢のひとつとなります。実際、上場後に大きく成長する企業の多くはM&Aをうまく活用しており、上場前は国内市場での再編に注力して地盤を固め、上場後は海外M&Aで拡大するというモデルもみられます。上場後も企業買収を進めてホールディングス化するような方法が定着することも考えられます。
また、スタートアップに対するVCからの選別の目は年々厳しくなっており、優良なスタートアップには投資が集中する一方で、そうでないスタートアップは生き残りをかけて、あるいは業界再編の荒波にのまれる形で買収される道を選ばざるをえない状況に陥ることもあり得ます。
こうしたことを考え合わせると、M&Aは将来さらに増えることが見込まれ、エグジットとしての存在感も米国に更に近づいていくと予想されます。
しかし、M&Aの成功確率はわずか3割程度とも言われており、会計監査の現場では「のれん」の減損の論点が日常的に生じています。減損が発生する原因のほとんどは、ビジネスデューデリジェンスが不十分なために、高値づかみしてしまうことです。
M&Aの成功は買収価格にかかっていると言っても過言ではなく、M&A巧者は総じて解像度が高いデューデリをしています。優秀なM&A経験者を採用することも重要ではありますが、M&Aを成功させるには経験や慣れも必要なので、まずは小規模な案件から始めてできるだけ多くの打席に立ち、経験やノウハウを培うことも重要です。
ただし、M&Aは買収する側の内部管理体制や基盤が固まっていることが大前提であることは強調したいところです。こうした体制が不十分なうちに拡大しようとしても、PMIでつまずいてその目的を達成できない可能性が高いでしょう。
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