TOP > インタビュー一覧 > IPO支援専門家のEY藤原選パートナーに聞く、2023年の最新IPO事情と上場成功のポイント(前編)
EY新日本有限責任監査法人 IPO統括 藤原選氏
IPOを目指すスタートアップを多方面からサポートし、上場後も伴走を続ける監査法人。
彼らはIPOの現場で多くの企業と接しながら、その課題や環境変化、そしてトレンドについても敏感に察知している。
本記事では、上場支援のリーディングファームであるEY新日本有限責任監査法人IPO統括の藤原選氏に、IPOの最新事情と上場を目指す企業が知っておきたい注意点について聞いた。
――2022年のIPOを振り返って、どのような感想をお持ちですか。
1年を通したIPO件数は、91社となりました。125社の前年と比べると、大きく減少した印象を持たれるかもしれませんが、この年は20年のオリンピックイヤーに上場を予定していた企業がコロナ禍で延期してIPOが集中した経緯があります。
前年には特別な事情があったことを考えれば、例年並みの水準に戻っただけといえるでしょう。
業種としては、情報・通信とサービスが多く、近年の傾向と大きな変化はありません。21年と比較して減少したのもこれらのセクターが中心です。
規模としては小規模な案件が多くなっており、グロース市場の公開価格ベースの時価総額では、中央値65億円と、前年の90億円よりも約3割も小さくなっている点が目立ちました。
オファリングサイズも小さく、グロース市場の調達額の中央値は13億円と前年の23億円から大きく下落し、10億円未満の案件が目立ちました。
――規模が小さくなったのはなぜでしょうか。
第一に、FRBの金融引き締めによる海外機関投資家の投資意欲の低下や地政学リスクなどによる市況低迷のあおりを受けて、ダウンラウンド(前回の資金調達時より低い株価で調達すること)となった案件が多かったことがあげられます。
2022年の年初からの株価の推移をみると、日経平均株価はおおむね1割の下落で済んでいますが、IPOの中心となる東証マザーズ指数は3割近い下落幅で推移しており、こうした厳しい環境下で3割近くのIPOがダウンラウンドする結果となりました。
公開価格に対する初値の上昇率も約5割と、過去10年で最低水準となっています。
第二の理由としては、大型案件の上場延期や申請後の取り下げが相次いだことです。上場承認を自ら取り消した企業は、9社と前年より4社増加しています。
公開価格の時価総額が300億円を超える上場は7社(昨年比8社減)にとどまり、100億円未満の小型IPOが約7割を占めています。
市況の低迷によるダウンラウンドの影響はアーリーよりもミドル、ミドルよりもレイターと、ステージが進むほど、そして規模が大きくなるほど強く受けることになるので、上場を見合わせる企業が相次ぐのはある程度仕方がないことです。
――近年は申請期が赤字の状態で上場する赤字上場が目立ちます。
22年の赤字上場は9社で、前年より4社減となりましたが、その前の20年は8社だったので、こちらも近年の水準に戻ったという印象です。
近年は赤字であっても中長期的な成長可能性を示すことができれば投資家に評価される傾向が続いていましたが、22年は低迷する市況が影響したのか、足元の収益性も重視する動きがみられました。
IPO企業のバリュエーションをみても、赤字企業や利益水準の低い企業に対する市場の評価が厳しかった一方で、ある程度の利益を生んでいる企業に対しては一定の評価がなされた印象があります。
私自身は赤字上場そのものの是非よりも、黒字化への蓋然性が高いかどうかが重要だと考えています。
問題なのは黒字化予想をしていた企業が上場後も黒字化できずに結果として市場の信頼を裏切ることであり、こうした企業があったことで市場も厳しい評価を下すようになったと感じています。
ただし、宇宙関連やDeepTech企業(科学的発見や革新的技術を駆使してインパクトのある世の中の課題の解決に取り組んでいる企業)のように、社会に与えるインパクトが大きいけれど短期的な黒字化が困難なセクターに対しては、東証の「IPOに関する上場制度等の見直しについて」(後述)でも触れられているとおり、将来性や成長性についての機関投資家等の評価を有効活用して上場できる道筋を描いていく支援も求められると考えています。
――2023年のIPOに何か変化の兆しはあるでしょうか。
22年の上場を見送った企業の中には、市況が大きく改善しなくても上場に踏み切るところが出てくるのではないかと予想しています。
というのは、現状の市場環境がいつ改善するかを見通すのは困難であり、現状の環境がニューノーマル化することも十分想定され、いっぽうでスタートアップの成長をけん引できる人材の不足感が深刻化しており、これ以上上場を先送りすれば人材流出のリスクも高まるからです。
市況次第では未上場企業の資金調達環境も優勝劣敗がより鮮明になる可能性もあり、人材確保と資金調達の観点から、決断するスタートアップが増えるのではないでしょうか。
ユニコーンほどの企業なら上場を急がなくても資金調達はできますし、人材市場としても肩を並べる競合が少ないので有利ですが、そうではない未上場企業にとってはいずれも死活問題です。
件数としては、22年と同水準の90から100社程度になると予測する声が多いようです。前年と比較して特に環境が悪化している印象はなく、上場を先送りした企業がどういう判断をしてくるかによっても左右されるでしょう。
特にグローバルオファリングを検討する企業にとっては、海外機関投資家の投資意欲に回復の兆しが見られない中で、厳しい判断を迫られることになりそうです。
――東証が22年8月に「IPO等に関する見直しの方針について」を、12月にはそれを具体化した「IPOに関する上場制度等の見直しについて」を公表しました。
これは新たな産業の担い手であるスタートアップに、多様な新規上場手段を提供するための見直しで、23年3月に改正規則が施行予定となっています。
23年はこの新基準でのIPOを実現する企業が登場することも考えられます。
具体的には、適切な企業価値の評価が難しいDeepTech企業に対応する上場審査基準や、上場日程などIPOプロセスの柔軟化、事務負担の効率化、現在のグロース市場では認められていないダイレクト・リスティング(上場時に新株を発行せず既存の株式だけを上場する手法)による上場などが考えられます。
個人的にはこうした制度変更を利用して、DeepTechや宇宙関連、Web3関連のIPOが登場してくれるといいなと期待しています。
――いわゆる“監査難民問題”は解消に向かっているとのお話でしたが、足元の状況はいかがでしょうか。
問題が解消されているわけではありませんが、事態は着実に改善している印象を持っています。
弊法人のような大手監査法人のリソース不足は継続してはいるものの、準大手や中堅、中小の監査法人での引き受けが増加傾向にあり、結果として受け皿が広がっているからです。
中には、大手でIPOの経験を積んだ会計士が立ち上げた法人もあります。
「監査の引き受け手がいない」という声の中には、おそらくIPOが可能と判断できる事業基盤が整っていないことから、引き受けを断られたケースが含まれるのではないでしょうか。
資金調達額が少なすぎると、調達した額の多くが監査報酬に消えてしまい、本来の資金調達目的を達成できません。
一定程度の資金調達や体制構築ができる見込みが低い場合には監査対応にも負担が生じることから、監査法人が引き受けづらいのはやむを得ないことです。
IPOが可能なだけの事業基盤があるスタートアップであれば、引き受け手が見つからないという事態は少なくなっていると思います。
そうはいっても、監査法人へのアクセスそのものは、早い方がいいでしょう。
IPOの直前前期の前の期であるN-3期の上期までには意中の監査法人にアプローチしておくと、監査法人側も人員の手配をしやすくなります。
もっと早い時期にアクセスして、最適なIPOのタイミングについて議論するのもいいでしょう。
――藤原さんが在籍するEY新日本有限責任監査法人では、どのような基準で引き受けを判断していますか。
弊法人のパーパス(存在意義)である「Building a better working world~より良い社会の構築を目指して」にフィットする事業を展開する企業で、社会に対するインパクトが大きい企業を優先しています。
このため、まずは事業の市場規模が大きい企業を優先していますが、ボリュームだけでなく質的なインパクトも考慮します。
たとえマーケットが小さくてもユニークな事業で社会に風穴を開けようとする企業や、若年層・女性の経営者が率いる企業を支援することは社会貢献につながると考えるからです。
また、当然ながら、経営者のコンプライアンスやガバナンスに対する意識も重視しています。
後編へ続く
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