TOP > インタビュー一覧 > IPO支援専門家のEY藤原選パートナーに聞く、2023年の最新IPO事情と上場成功のポイント(後編)
EY新日本有限責任監査法人 IPO統括 藤原選氏
IPOを目指すスタートアップを多方面からサポートし、上場後も伴走を続ける監査法人。
彼らはIPOの現場で多くの企業と接しながら、その課題や環境変化、そしてトレンドについても敏感に察知している。
前編記事に続き、上場支援のリーディングファームであるEY新日本有限責任監査法人IPO統括の藤原選氏に、IPOの最新事情と上場を目指す企業が知っておきたい注意点について聞いた。
――2022年の記事ではグローバルオファリングの増加を指摘されていましたが、IPO時のファイナンスで変化を感じることはありますか。
デットファイナンス(借入による資金調達)の活用が進んできていると感じています。
政府がスタートアップ支援を強化していることから、大手金融機関でも融資を積極化する動きもみられ、無担保で数十億円といったこれまででは考えられなかった融資が実行される例も出てきました。
さらに、DeepTechベンチャー向けの債務保証制度もスタートするなど、公的なバックアップ体制も充実してきています。
こうした背景から、今後はエクイティだけでなく、デットファイナンスの活用も有力な選択肢となります。
ただし、両者は資金の性質もコストも異なるので、いかにうまく組み合わせていくか、その巧拙が問われるようになるでしょう。
――マーケット環境はいまだ厳しい状況にありますが、IPOを目指すスタートアップはどのような点に注意するべきでしょうか。
成長速度が速いスタートアップほどその成長に管理体制が追い付かない例が頻発しますが、経営管理は企業活動の基盤です。
これをおろそかにすれば成長に綻びが生じ、ビジネスの足を引っ張ることになります。
上場に向けての課題を整理し可視化するショートレビューでは、200から300程度の課題が一覧として示されるのが一般的で、まずはこれを一つひとつクリアしていくことが求められます。
その後も膨大なタスクが積み上がるIPOはまさにプロジェクトマネジメントであり、ショートレビューで抽出された課題解決もままならないようでは、とても上場にはたどりつけません。
多くの場合、販売プロセスの構築や収益認識会計基準に沿った売上計上といった、適切な決算開示に不可欠なプロセスでつまずいており、決算財務書類で数百のミスを指摘されることも珍しくありません。
値引きや返品の事務処理が漏れていたり、滞留債権管理の不備で回収の状況が把握できておらず、与信に問題がある取引先との関係を続けているなど、販売管理の問題も山のように浮上します。
また、契約書の不備や、契約そのものに問題があるケースも多くあります。
最終的に納める製品やサービスは同じでも、契約内容によって売上の会計処理が異なることもあるので、有利かつ適切な契約を結ぶためには、法務、会計、税務などそれぞれの観点から多面的に検討する必要があります。
詳細については専門家と検討することになりますが、こうした問題に気づかないまま、自分たちの想定した会計処理を採用できなかったケースも見受けられます。
上場までのプロセスで浮上するこうした問題を一つひとつつぶしていき、適切な管理体制を構築するには、CEOが本気で経営管理体制を固めていこうとする強い姿勢が不可欠です。
一刻も早くCFO等のポジションに適切な人材を採用して対応していくべきです。
そして、なぜIPOするのか、なぜ管理体制を固める必要があるのかという本質的なことをCEO自身の言葉で説明し、理解してもらえてはじめて、全社プロジェクトとして取り組むことができるようになります。
特に近年は、予算達成のモニタリングの関係から、上場日が上場申請事業年度の翌事業年度にずれこむ「期越え上場」がIPO件数全体の4割を超えてきています。
株価算定の際に翌期の財務数値が使えるメリットもあるわけですが、これを実現するにも管理部門の拡充が不可欠です。
期越え上場の場合には本決算と監査対応、IPOの作業を並行させる必要があるため、管理部門のリソースに不安があるようでは対応が難しくなります。
――近年はガバナンスやコンプライアンスに対する姿勢も重視されますが、スタートアップが注意すべき点を教えてください。
景品表示法や個人情報保護法、資金決済法などに違反する状態になってしまっていたり、未払い残業代の問題を抱えるケースがみられます。
レピュテーションに傷がついてからリカバリーするのは困難ですし、そもそもガバナンスやコンプライアンスに対する意識が低い企業は監査法人も引き受けません。
ガバナンスは守りという意識を持つ経営者も多いのですが、攻めの経営がどこまで許容されるかを判断し実行していくためにも、ガバナンスは重要です。
コストであるという考えは捨て、近視眼的になりやすいスタートアップ経営に将来の目線を取り込み、経営層全体の視座を引き上げられる人物を戦略的に社外取締役に迎えることは将来の成長に非常に有益な考え方です。
また、コロナ禍で社内コミュニケーションが希薄になったことによる新たな問題も生じています。
最近の不祥事では、経営者が指示をしていなくても、トップに対する忖度から生じる従業員不正が目立ちます。
風通しが良く、バッドニュースファーストを実現できる社風ができていないと、問題が起きてもある程度解決の道筋が見えてからでないと報告されず、トップの耳に入るころには問題が手を付けられないレベルに肥大化するという事態に陥ってしまう事例も出てきています。
――自社の魅力を投資家に伝えていくためには、どういったことが重要になりますか。
IRは上場前から始まっています。
まずは自分たちのビジネスの本質は何なのか、改めて問い直す作業が必要です。
今さら、と思うかもしれませんが、自社が何のために存在するのか、その本質を明確化し、パーパスやミッションに落とし込めているでしょうか。
それがあいまいなうちは、上場するべきではありません。
そのうえで、投資家を納得させられるエクイティストーリーをつくります。
IPO前のロードショーでは30~40社ほどの機関投資家を訪問することになるので、1時間程度で成長性を理解してもらい、コミュニケーションを深めるための工夫が求められます。
IPOの前後で一貫した事業戦略とKPIを設定することも重要です。
KPIを設定する際には、本当にそれが自社の成長の本質をとらえているか、持続可能な指標であるかを慎重に検証してください。
上場前に提示していたKPIを上場後に開示しなくなるケースが散見されますが、これは投資家の印象を非常に悪くします。
成長性を前面に押し出す場合でも、収益性が求められることは強く意識したいものです。
近年、赤字上場の企業に対する投資家の評価が厳しくなっている背景のひとつには、過去に赤字上場した企業がなかなか黒字転換できていない現状があります。
コミットしたことに対しては、必ず実現するという気概を持っていただきたいと思います。
―-最後に、2023年以降のIPOを目指すスタートアップに、アドバイスをお願いします。
未上場でも多額の資金調達をできる時代になってきていますが、その資金を活用して、いかに優秀な人材を獲得できるかが企業の成長を左右する、言い換えれば、ユニコーンになるような企業とそうでない企業との差が何かと言えば、TAM(Total Addressable Market、獲得できる可能性のある全体の市場規模)など市場の大きさだけでなく、やはり人材であると感じています。
近年の採用環境は厳しさを増しており、スタートアップの多くは幹部やマネジメント層の採用に苦戦し、優秀なCFOやCOOを配置できない企業も増えています。
採用に重要なのは、一貫したパーパス・ミッションと、人を軸にしたサステナビリティの達成です。
聞こえが良いだけのパーパスを掲げても、従業員や採用候補者は敏感に感じ取るものです。
23年3月期以降の有価証券報告書では、人的資本関係の開示が義務付けられます。
具体的な項目としては、人材育成方針、社内環境整備の方針や当該方針に関する指標の内容などになりますが、この開示の本質は、良い人材を採用し活用していく力を企業がどの程度持っているか、言い換えると、従業員にいかに優良なキャリア体験をしてもらいながら企業価値の向上につなげられるかが問われていると考えます。
今はカネ(資金)ではなく、ヒトが一番の競争優位の源泉になってきていることを多くの企業との接点を通じて最近はひしひしと感じています。
最後に、ここまで厳しい指摘も申し上げてきましたが、社会の変革をリードするのはスタートアップであり、私たちはそのサポートができることに誇りと喜びを感じています。スタートアップの皆様の今後の活躍を大いに期待しています。
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