TOP > インタビュー一覧 > IPO支援の専門家に聞く、『IPOの最新事情と株式上場を目指す企業に必要な条件とは』~2021年以降のスタートアップのIPOトレンドを探りながら~【後編】
株式上場の専門家集団として、企業のIPOをサポートするのが監査法人だ。
多くのIPOを支援してきた彼らは、上場を果たす企業とたどり着けない企業の差も知り尽くしている。
本記事では、上場支援のリーディングファームであるEY新日本有限責任監査法人でIPOを統括する藤原選氏に、IPOの最新事情と上場を目指す企業が知っておきたい注意点について聞いた。
プロフィール
EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンター IPOグループ統括
シニアパートナー 公認会計士 藤原 選
※本記事は後編です。前編をご覧でない方はこちらからご覧ください。
―2021年以降、スタートアップのIPOにはどのような変化が生じていくでしょうか。
ここ数年、スタートアップを対象にした新規の大型ファンドが続々と組成されており、その投資枠も十分残されているので、リスクマネーの供給は引き続き高止まりで安定するでしょう。官民出資の投資ファンドである産業革新投資機構(JIC)をはじめ、年金資産を運用する機関投資家、海外投資家、PE(プライベート・エクイティ)ファンドからの資金供給は潤沢で、未上場のまま成長できる資金環境も整ってきています。いわゆるユニコーンを育む環境が構築されつつあるので、今後は大型IPOも出やすい環境になってきている状況です。
ただその一方で、コロナ禍で事業会社等のスタートアップに対する投資意欲が減退する傾向もみられます。投資対象の選別が厳しくなったり、割高な投資が抑制されたりすることも予想されます。
ビジネス領域としては、引き続きSaaS、AIやDXなどのデジタル関連が有望でしょう。これまで日本では、米国で新しく生まれたビジネスモデルが数年遅れて本格展開されてきたことを考えると、シェアリングビジネス、へルスケアや宇宙関連、自動運転などのMaaS領域などにも注目しています。
―上場の時点でどの程度の収益力が必要でしょうか。
近年は、申請期(申請した時点を含む決算期)ベースで、赤字企業の上場が目立ってきています。この傾向は2021年以降、加速していく可能性もありそうです。
というのも、2020年11月以降に上場申請する企業から適用されている新規上場基準では、マザーズ市場(新市場区分ではグロース市場)に申請する企業に、高い成長可能性を実現するための「事業計画及び成長可能性に関する事項」の適時・適切な開示が求められるようになっているからです。これは短期的な計画の達成や進捗確認よりも、中長期的に期待される成長可能性が十分考慮されるということです。
これは言い換えると、高い成長可能性を説得力を持って示せるのであれば、足元の収益性だけを問わないということになります。足元が赤字の企業であっても、上場のハードルは必ずしも高くはない時代に突入することになるでしょう。
ただし、マザーズから東証一部(新市場区分ではプライム市場)へのステップアップするための条件は厳しくなりました。直近2年間の経常利益の総額の基準が5億円から25億円以上に、時価総額の基準も40億円から250億円以上へと引き上げられています。実際、従前であればマザーズで100社程度がこの条件を満たしていたのに対し、改正基準では10社程度まで減少しています。このため、新興市場に上場したものの、多くの企業が昇格できずに滞留する事態が予想されます。
スムーズなステップアップを目指すなら、上場前からしっかりした成長戦略を描き、IPO前に十分な成長余力を蓄えておくことが重要になるでしょう。
公開価格ベースで100億円未満で上場した企業が将来的に時価総額1000億円を突破するのはハードルが高い傾向があります。自社の継続的な成長を目指すのであれば、公開価格ベースでの上場時時価総額の目標を300億円以上とするなど目線を上げて臨む方が、調達資金の規模の追い風も受けて事業成長を加速できるでしょう。
前述した通り赤字上場を許容する動きも顕在化しているうえ、資金調達環境も充実してきているので、短期的な成長やIPOそのものを急ぐより、中長期的な成長戦略をデザインしIPO時の時価総額を高くして株式市場にデビューしていくのもよいかもしれません。
ビジネスモデルや想定市場によっては海外投資家の方が理解が深いケースもあり、シリコンバレーのトップティアのベンチャーキャピタル(VC)や海外機関投資家から資金調達を受けるケースも増えてくると考えられます。海外にアピールできる力が益々問われる時代になってきています。投資家との共通言語である会計基準1つとっても日本基準ではなく、IFRS(国際会計基準)を採用する企業も増えてくるでしょう。
―近年はIPOを目指す企業が会計監査を受けられない”監査難民”の問題があります。
監査のニーズに応えきれていないことは、率直に申し訳なく思います。
ただ、監査法人のリソースが不足しているのは現実なので、とにかく早めにコンタクトすることをおすすめしています。理想的にはN-3期の前半に希望の監査法人に打診をして、その期の第3四半期頃までに正式にご依頼いただければ、スムーズにN-2期の期首残高監査が可能になり、お互いにメリットがあります。
個人的な思いではありますが、契約前の面談の際にはCFOだけではなくCEOにも出席してほしいですね。IPOを成功させるにはトップ自身がプロアクティブにかかわることが不可欠で、その姿勢は社内外に必ず伝わります。監査法人は目標を共有するパートナーですから、ご自身の言葉で自社が上場することの意義をお話いただきたいと思います。
―藤原さんが所属するEY新日本有限責任監査法人は、IPO支援には特に力を入れていますね。
2020年は、93社の新規上場のうち、弊法人が監査を担当した企業は27社に達しており、これで監査法人別IPO関与実績件数が3年連続No.1となり、過去6年間でも5回目の首位達成となっております。支援させていただく企業には監査品質を何より重視しています。IPO監査体制を強化するため、「IPO認定者制度」の運用も7月から開始しております。
EYグループ全体のPurpose(理念)として「Building a better working world(より良い社会の構築を目指して)」を掲げて、弊法人では世の中に役立つ社会変革を促すベンチャー支援にも注力しています。
IPOにとどまらず、シード期からの支援に力を入れているのもEYの特徴です。資金調達はもちろん、資本政策や事業計画の策定、大企業とのマッチング、起業家同士や投資家とのネットワーキング、各種セミナーなど、スタートアップが必要とする支援を一気通貫で提供することで、企業のイノベーションを後押ししています。11月からは「EY Startup innovation」を設置して、支援体制を大幅に強化しています。
2020年はコロナ禍で延期となりましたが、毎年「EY新日本企業成長サミット」というスタートアップ成長のためのプラットフォームとなるイベントも開催しています。21年3月開催を予定しており、詳細は弊法人のウェブサイトに掲載予定なので、多くの起業家の皆さんのご参加をお待ちしています。
―スタートアップに対して届けたいメッセージがあればお願いします。
公認会計士としての立場から、少しシビアなアドバイスをさせていただきます。
歴史を振り返ると、ITバブル崩壊やリーマンショック、東日本大震災など経済や企業経営に大きな悪影響を及ぼした危機の2~3年後に、会計不正や不祥事の発覚が増える傾向があります。危機やショックの渦中で行われた不正が、数年後に明るみになることが多いからです。
多くの企業が打撃を受けたコロナ禍でも、同様の可能性はあります。
架空循環取引などの不正が起きないよう、与信・受注管理をはじめとした販売管理体制を改めて徹底し、幹部や従業員が数字を操作できない内部統制を構築する必要があります。
特に近年のスタートアップは多額の資金を調達する例も増えているので、厳密なキャッシュ管理も求められます。
ファームバンキング(FB)やネットバンキングを利用する際には、出金データを作成・申請する担当者とそれを承認する担当者を分けることは必須で、できれば別に申請・承認のシステム権限設定者を置くのが理想です。定期的にネットバンキングの画面と帳簿を直接照合することも重要です。
不正は「機会」「動機」「正当化」のトライアングルがそろえばそろうほど、発生可能性が高まります。「動機」は不正を働く本人の問題が大きくなりますが、「機会」であれば内部統制を構築することで、「正当化」は健全な組織風土を作ることで経営者が排除することが可能です。企業トップには、社内から絶対に犯罪者を出さないという断固たる姿勢を持っていただきたいと思います。
最後になりますが、より良い社会を構築していく主役はスタートアップ企業であると信じて止まないので、これからもスタートアップの皆様の活躍を大いに期待しております!
聞き手
プロトスター株式会社 CCO 栗島祐介
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