TOP > インタビュー一覧 > IPO支援の専門家に聞く、『IPOの最新事情と株式上場を目指す企業に必要な条件とは』~2021年以降のスタートアップのIPOトレンドを探りながら~【前編】
株式上場の専門家集団として、企業のIPOをサポートするのが監査法人だ。
多くのIPOを支援してきた彼らは、上場を果たす企業とたどり着けない企業の差も知り尽くしている。
本記事では、上場支援のリーディングファームであるEY新日本有限責任監査法人でIPOを統括する藤原選氏に、IPOの最新事情と上場を目指す企業が知っておきたい注意点について聞いた。
プロフィール
EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンター IPOグループ統括
シニアパートナー 公認会計士 藤原 選
ー2020年はコロナ禍で多くのビジネスが打撃を受けましたが、IPOにはどのような影響があったのでしょうか。
3~5月にIPOを予定していた企業の多くがコロナ禍で次々と上場を取りやめたことから、一時は2020年のIPOが例年の7割程度にとどまると危惧する声も聞かれました。
実際、春先になんとか上場を果たした企業も、IPOディスカウントの幅が通常時より大きく、公開価格が抑制された傾向がありました。また、公開価格が1000億円超かつ公募・売出のディールサイズが300億円超のような大型銘柄もみられませんでした。それでも、2020年後半に向けて株式市場が堅調に推移したこともあり、最終的なIPOの数は93社(プロマーケット除く。以下同様)と例年をやや上回る水準となりました(19年は86社、18年は90社)。
これは、もともと2020年は大規模スポーツイベントの年であり、数年前からこの年をターゲットに準備を進めてきた企業も多かったことが影響していると考えられます。
上場した企業のビジネスをみると、コロナ禍を追い風にできた企業のほか、一時的に悪影響を受けたものの回復し、業績計画達成のめどが立ちやすい企業が中心でした。具体的には、SaaS、AI、ウェブマーケティング、DX、ECといった領域が中心です。
デジタル関連以外にも、フィットネス・介護・障害福祉・保育などの分野も見られました。
―コロナ禍のような特殊な要因がなくても、IPOを目指しながらつまずく企業は少なくないと思います。こうした企業に共通する特徴はあるでしょうか。
最も深刻なのは、コンプライアンスの問題です。
まず、反社会勢力や反市場勢力と関わりを持ってしまうと、IPOの扉は閉ざされてしまうので十分な注意が求められます。
サービス残業をさせないといった基本的な労働問題をクリアしていることは当然に求められますし、さらに近年は社会の関心が高まっている景品表示法や個人情報保護法、資金決済法などの順守も必須となっています。
情報漏洩など、サイバーリスクに対しても万全の対策を取っておくことも重要です。
新規性の高いビジネスを手がける企業にとっては、法を守ろうにも事業を取り巻く法整備が追い付いていないことはよくあることです。この場合、規制がないから何をやってもよいということではなく、社会の要請に対する感受性を高めて、場合によっては適切なタイミングで規制当局に相談したり、確認していくことが求められます。
また、法的には問題がなくても、社会的に問題視されるビジネスモデルの企業は、パブリックな市場で資金調達するのにふさわしくないとみなされてしまいます。たとえば、低年齢層や情報弱者から利益を搾取するようなビジネスモデルを展開する企業は、上場できる可能性は極めて低いでしょう。
ガバナンス意識が弱い企業も、敬遠されます。特にCEOが誠実性や倫理観に乏しい場合には深刻な問題になります。こうしたCEOの下では健全な企業風土が育ちませんし、経営管理体制も甘くなりがちです。経営者が意識改革すれば済むと思うかもしれませんが、これが一筋縄ではいかないのです。
実現性の高い事業計画を立てられない企業も、上場は厳しいでしょう。予実管理が甘く、上場直後に下方修正を出しかねない危うさがある状態では、市場に対する説明責任を果たせません。また、展開する市場がニッチ過ぎて成長に限界が見えているようなビジネスモデルも、同様に上場が困難です。
こうした問題を抱える企業は、上場申請以前に、外部監査を行う監査法人や主幹事となる証券会社が敬遠するので、スタートラインにも立てないことになりかねません。
―IPOを目指すスタートアップの事業面で感じている最近の課題はあるでしょうか?
多くのスタートアップを見てきた中で、クリエイティビティにあふれ、発想やアイデアが豊かなCEOでも、なかなか腰を据えた経営ができない例が見受けられます。様々な新規事業に手を出すけれど、何一つマネタイズできず、挙句の果てに幹部社員が会社を離れてしまい、人材面でも不安定になるケースもありがちです。
柱となる事業で収益化できているなら別ですが、それが十分に育っていない段階で多角化しようとしても、なかなかうまくいきません。
あれこれ手を出すよりも、まずは柱となる事業をしっかり育てていく姿勢が必要だと感じます。
―いったんはIPOが難しいとされた企業でも、企業努力で上場できることはあるのでしょうか。
決算財務の報告プロセスが脆弱だった企業であれば、体制を強化すればいいので解決策はシンプルです。
CFOや経験豊富な経理マネージャーを置くなどして、適切な決算や適時開示ができる体制が整う例は見られます。リアルな数字を正確に把握して精緻な事業計画をもとに事業進捗をしっかり管理していけば上場確度も向上します。
業種やビジネスモデルの或る一側面で社会問題化した場合でも、当該問題の箇所に対して真摯に対応し対策を打ち出すことでクリアできることもあります。たとえば、同業他社にも呼び掛けて業界団体を設立し、自主規制のガイドラインをつくったり、規制当局とやりとりして問題の解決を図っていくやりかたも考えられます。
この場合、業界トップを含めた主だった企業をすべて巻き込んで実行力が伴うしくみをつくることと、旗振り役となる企業だけがいいとこ取りするのではなく、業界全体を盛り上げ健全化させていく姿勢が重要になります。また、ガイドラインや業界の方向性は、企業側が考える経済合理性ではなく、一般の人々が納得できる社会の要請に応えたものであることが必要です。
―IPOを検討する企業で、N-3期(直前々々期)とN-2期(直前々期)の段階で気をつけておくべきポイントがあれば教えてください。
上述のとおり、新規性の高いビジネスで法整備が追い付いていない場合、コンプライアンスの判断を身近な弁護士の意見で法的に問題ない旨を決めてしまう例がみられます。よほど専門性の高い弁護士でもない限り、これだけでは心もとなく、十分とはいえません。監督官庁や東証に事前に相談することも検討する必要があります。
また、将来のIPOを目指すなら、資金調達の際に安い株価で議決権を手放しすぎないよう注意を払う必要があります。資本政策は後戻りがきかないので、いざ上場を考えた時に経営陣の持ち分が少なすぎて後悔するケースはよく見られます。
順調に成長していくスタートアップなら創業時から上場までの株価は100倍になってもおかしくありません。例えば、設立時の1千万円は100倍成長ならば将来的には10億円の価値になるので、仮に10%の持分割合を放出する場合には将来の1億円との交換に値する価値があるかをよく考えて出資を受け入れるか否かの決定をすべきです。資本政策は、上場時及びその後のオファリングも見据えた未来の資本構成から、現在どうあるべきかを逆算思考することがポイントとなります。
創業メンバーが複数いる場合には後々のトラブルを避けるため、早めに創業者間契約(創業メンバーが退職する際は株式を残る創業者たちに売却する旨の契約)を交わしておくと安心です。
更に、資金調達の際には法的にグレーの可能性がある特殊なスキームを活用するのは避けるべきです。
N-2期の段階では、なるべく早めに法務・会計・税務・労務などの多面的な面での検討が出来る体制を構築することが、強固な経営基盤づくりとスムーズなIPOへのカギになります。優秀なCFOをジョインさせることは理想ですが、管理体制が脆弱な段階で資金調達を優先してファイナンス専門のCFOを投資銀行から引き抜くようなケースもみられます。こうした場合は、まずはマネージャークラスのポジションに、管理体制に精通しているアカウンティングの実務経験豊富な人材を採用するなどして、バランスを取って管理体制の弱点を補うこともありえます。
そもそも、スタートアップがIPOを目指すには、事業だけでなく管理部門でも仕組みをゼロから構築できる人材が鍵となります。
この場合、大企業出身者を採用しても、すでに仕組みができている環境下での経験しかなく、仕組みを作れず、経営管理体制がいつまで経っても構築できないケースもままあるので注意が必要です。
事業面のみならず管理面でも人材の目利きが重要と言えます。
ー前編はここまで、1月公開予定の後編に続きます。
聞き手
プロトスター株式会社 CCO 栗島祐介
画像出典元:Unsplash
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