判断を下すときには、どれだけ広い選択肢を持てているかということが、判断の質に直結します。そしてそれは当然、事業承継にも当てはまります。
事業承継において最大の課題は「誰に」引き継ぐか。よって、事業承継では「誰に」という選択肢を広く持つことが肝要になります。
もっとも見落としやすい選択肢がM&Aです。M&Aによる事業承継とはどういうものなのか、なぜ選択肢として考慮すべきなのかを解説します。
このページの目次
事業承継とは、会社の経営を後継者に引き継ぐことです。
事業承継の失敗はすなわち会社の消滅を意味しますから、事業承継はすべての会社に起こりうる重大な経営課題であるといえます。
出典元:中小企業庁「事業承継5ヶ年計画」
上のグラフが示すように中小企業経営者の高齢化が進み、今後多くの中小企業で事業承継のタイミングがやってくることは明らかです。
しかし政府が行ったアンケートによると、60代、70代の経営者でも過半数が事業承継の準備が完了しておらず、多くの企業にとって事業承継が経営課題となっていることが分かります。
このように事業承継が課題になる最大の原因は後継者不足です。事業を引き継ぐ相手は大きく3つに分けられます。
下にいくほどハードルが高いといえるでしょう。息子や娘といった親族への継承が一番手軽ですが、もちろんそれぞれ個人の人生があるため、後継をお願いするのが難しい場合がほとんどでしょう。
親族に無理やり継がせることは、経済的なトラブルにもつながりますし、それをきっかけに関係が破綻する例も後を絶ちません。
このような背景もあり、近年ではM&Aによる事業承継が着実に増えています。
事業承継の方法として増加傾向にあるM&Aによる売却。良くないイメージを持つ人も少なくないでしょう。しかしそれはきちんと本質を知ったうえでのイメージですか?
優秀な後継者候補を見つけやすい
親族や従業員に、後継者として完璧な人材がいることは稀です。後継者には会社経営を行う資質が求められると同時に、進んでやろうという意欲も必要です。このどちらかが欠けている時点で、その後継者が率いる会社の未来は明るくないでしょう。
しかし、そのような人材は少ないです。ましてや親族や従業員の中から見つけ出すのは至難の業です。今記事を読んでくださっている経営者の方が、頭に浮かぶ後継者候補はいても、即決には至れないのはこのような事情があるからでしょう。
そこで浮上するのが、M&Aによる事業承継という選択肢です。
M&Aを選択肢に入れるだけで、後継者候補は大きく広がります。またM&Aで買い手にまわる方々は、すでに会社経営を経験をしているため、経営の資質が備わっている場合がほとんどです。あとは意欲を持っているか、信頼に足る人物かが問題になってくるわけです。
事業承継相手の選び方は記事後半で紹介するとして、このように後継者の選択肢を大きく広げることができるのがM&Aの最大のメリットです。それだけ良い経営者に巡り会える確率は上がります。
イメージだけで最初からM&Aの可能性を切ってしまうのは、はっきり言ってもったいないです。
創業者利益を得られる
またM&Aのイメージが悪いゆえんでもありますが、M&Aでは売却の利益を創業者が享受できるのも見逃せないメリットです。
あくまで正当な権利で得た利益なので、後ろめたい気持ちになる必要はまったくありません。
一方で、世の中には正当な利益であってもそれをひがむ人間がいることは覚えておきましょう。ですので、無理に隠す必要はありませんが、自慢げに触れ回るのも得策とは言えません。
M&Aによる事業承継を行うことがまず難しいというのが、最大のデメリットです。
これはどういうことかというと、希望の条件で買ってくれる相手が見つからないということです。折り合わない条件としては、売却後の従業員の給与や、売却額が多いです。
また気をつけなければいけないのが、交渉中の情報漏れ。これは最大のリスクです。金融機関や取引先に情報が漏れると、取引停止になる可能性があります。
しかしこれだけではありません。情報は従業員に漏れる場合も考えられます。
まだM&Aがうまくいくかまったくわからない段階で従業員に知られてしまうことは、悲劇です。「社長は自分達が必死に働くこの会社を売って、社長だけ大金を得ようとしている」と飲みの場で散々言われるでしょう。
文句を言われてもM&Aがうまくまとまって無事に事業承継ができれば、まだましです。しかしM&Aはうまくいくとは限りません!
うまくいかなかったら、社員と一緒にこれまで通り働いていかないといけないのです。一度失った社員の信頼はなかなか取り戻せないですよね。M&Aの動きをしたことで組織はボロボロになってしまうのです。
このような悲劇を避けるためには、M&Aについて不用意に関係者に相談するのは控えましょう。知っている人間は最小限に。情報の取扱いについては、慎重すぎるくらい慎重になりましょう。
このようにメリットもデメリットもあるM&Aによる事業承継ですが、事業承継を検討しているのであれば、M&Aはできるだけ早く視野に入れるべきです。
親族に後継者がいない、自分が経営を続けるのが厳しいと分かってから動き始めるのでは遅いのです。
なぜM&Aを早く検討すべきなのでしょうか?
M&Aは会社の売り買いです。ほかのものの売買と同じように、売りを急がないといけない場合、売り手の立場は弱くなり、足元をみられます。例えば経営者の健康上の理由で急遽M&Aの必要がでたときに、細かい条件まで交渉する余裕はないでしょう。
必ずしも今売る必要はない、余裕のある状態でM&Aに望むのが理想なのです。
M&A仲介会社に支払う報酬はほとんど成功報酬です。つまりM&Aが成立しない限りは、基本的に費用がかからないのです。
着手金がかかるM&A仲介会社もありますが、手始めに着手金無料の仲介会社に相談してみるのは一つの選択肢です。
M&A仲介会社は一つに絞る必要はありません。むしろ可能性を広げるためにも、複数の仲介会社に相談するのが理想です。
M&Aを行うにあたって、より良い条件を買い手から引き出すためには、買い手から魅力的に思ってもらえる企業であることが必要です。
しかしどのようなことがM&Aで重視されるのか、今の自分の会社がM&A市場でどのように評価されているのか、というのは日々普通に経営をしているだけでは分からないものです。
一度M&A仲介会社に相談するなどして、買い手のニーズを知ることができ、また自社に何が足りないかも知ることできます。将来のM&Aに向けて準備することができるのです。
ここで当然ながら、会社に足りないものを補うのは一朝一夕で為せることではありません。だからこそ、M&Aを本格的に考えはじめたころに仲介会社に相談するようでは遅いのです。
早いうちからM&Aを視野にいれて動き始めるメリットとして、十分な引き継ぎ期間を設けられるという点も挙げられます。
M&Aの成否を決めるのは、M&Aが終わってからの統一作業だと言われています。そういった意味でも、前の経営者がしっかりと引き継ぎ作業に加われるかは非常に重要です。
突如M&Aが決まり翌日から急に経営者が来なくなるようでは、ただでさえ不安な従業員の心理的負担は増しますし、経営者に対して裏切られた気持ちが芽生えても仕方がありません。
M&Aが完了したあとでもじっくり引き継ぎ期間を設けられるように、早めにM&Aに向けて動き出すことが非常に重要なのです。
ここまで、M&Aによる事業承継を視野に入れて早めに動き出すことがいかに重要かを紹介してきましたが、そうはいっても複雑なのが経営者の心情です。
今まで必死に育ててきた会社がまだ会ったこともない人間のものになるのは、イメージし難いことです。また自分が経営できなくなる将来を考えるのは、けっして楽しいものではありません。
しかし会社の引き継ぎ、すなわち事業承継についてきちんと考えるのは経営者の責任です。考えていなかったばかりに、突然の事態に対応できず会社が存続できなくなれば、それは従業員の不幸・顧客の不幸につながります。
あなたの会社は、あなたがいなくなっても存続できる会社ですか?
人はいつ死ぬか分かりません。不測の事態に備えて、後継者に問題に今からできることをやっていくのは、会社を支える多くの人に対する経営者の責務ともいえるのです。
事業承継を行うにあたってやるべきことは、現状の把握と、課題の認識、そして今後の方針です。これを他人に対してきちんと説明できるレベルで噛み砕けていないと、事業承継を成功させることはできません。
しかしこれらを自分でやるのはなかなか難しいことでもあります。ですので、M&A仲介会社に相談し、彼らと一緒に進めていくことをおすすめします。
M&Aによる事業承継で整理すべき事項も、もちろん現状の把握から始まります。仲介会社の担当者が、考えるべき事項をヒアリングしてくれるので、自分で考えるよりはるかに効率が良いでしょう。また客観的な意見を得ることもできます。
優良な中小企業が事業承継の失敗によってなくなってしまうのは、国の経済にとっても損失です。そのため税制上の優遇や補助金が用意されています。
実際に事業承継を行う際にはこれらの活用で、後継者の負担を抑えることができます。詳しい活用方法を今から把握しておく必要はありませんが、このような制度があることを抑えておきましょう。
事業承継税制では、株式贈与や相続によって事業承継を行う場合の贈与税や相続税の納付が猶予されたり、免除されたりします。
補助金は経営者交代やM&Aを行った会社で受けられます。補助額は場合によって変動しますが、100〜1,000万円程度です。
事業承継はすべての会社に起こりうる重大な経営課題です。
そして、実際に行うかどうかに関わらず、M&Aによる事業承継を必ず視野に入れるべき、ということを押さえておきましょう。選択肢を広げることで、よりフラットに会社の将来を考えることができます。
会社の将来に向き合うことは経営者の責務ですし、それができるのはどうしても経営陣に限られます。判断を一時の勢いに任せず、広い視野を持った上で判断を下したいものです。
監修者プロフィール
前川英麿
画像出典元:Pexels
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