主に発展途上国で大量に生産されて、そして売れ残ることで大量に廃棄されている「衣服」。
その環境負荷は非常に大きく、衣類の生産プロセスはSDGsにおける全ての目標に関係し、改善を迫られているのが実態だ。
こうしたなか、次世代通信規格「5G」と3Dモデリング技術を連携させることによって、商品を生産をせずに販売を可能とする「情報統合生産」に挑んできる企業がFMBだ。
このセッションでは、FMB代表の市川雄司氏、KDDI パーソナル事業本部の下桐希氏、デジタルハリウッド大学院客員教授の小畑 正好氏が、ファッション業界の未来と「5G」を活用した次世代のファッションビジネスについて語り合った。
市川雄司氏
このトークセッションでは、まず現在のファッション業界を取り巻く課題について市川氏がまとめた。
市川氏によると、ファッション産業は環境負荷が非常に高いと言われており、またデジタル技術活用の遅れによって生じる商品ロスが生産量の半数以上になっているのだという。
では、この課題に対して3Dモデリング活用はどのような課題解決になるのか。市川氏が続けた。
「課題に対して、ファッション業界が“モノを余らせない産業になるにはどうすればいいのか”に着目している。モノが余ってしまう要因のひとつが、店舗でニーズの推測が難しい半年先の商品を発注・生産しなければならないというファッション業界特有の商習慣。ファッションのトレンドは目まぐるしく変わり、また過去の人気商品だから売れ続けるということもない。そうした課題を解決したのが3Dモデリングだ」(市川氏)。
具体的にはどういうことなのか。
3Dモデリングとは、実物を生産する前に半年先に発売する予定の新商品を3Dグラフィックスで制作し、あらかじめ消費者に提案する。それによって消費者のニーズを探り、生産・流通させる在庫量を最適化しようという試みなのだ。
「あらかじめ消費者にニーズを探ることによって、発注する量の精度を高めることができる」(市川氏)。
小畑 正好氏
しかし、消費者の中には商品の実物を手に取らないと購買を決断できないという意識も残っているのではないか。
この点について小畑氏は「いまのCG技術だと本物と同等の質感で商品イメージを仕上げることができる。お店に行かなくても商品のイメージを見て購入を決断するという習慣が定着すればいいのではないか。もちろん商品によっては通販が適さないものもあるため100%EC化することは難しいが、ロスを減らすことには繋がるのではないか」とコメント。
またこうしたユーザー体験の技術面について、下桐氏は眼鏡型デバイスを紹介しながら
「スマートデバイスを活用することで、目の前に商品が陳列されているような世界観をバーチャルに生み出すことができる。3Dモデリングと高速大容量の5Gを活用すれば3Dモデリングを活用してリッチなショッピング体験を生み出すことが可能になるのではないか」とまとめた。
なお下桐氏によると、ファッション、ビューティといった業界は5Gに注目し始めており、コロナ禍によって来店接客が難しい状況でいかにしてリッチな顧客体験を生み出せるかが大きなテーマになっているという。
では、こうした3Dモデリングの活用はファッション産業の製造面において在庫の最適化以外にどのようなメリットがあるのか。
市川氏は例えばバーチャル空間で自分自身のアバター洋服を着せてバーチャル試着ができたりといったサービスのリッチ化を3Dモデリングの可能性として示した。
ただ、3Dモデリングによる生産の最適化は一方でファッション業界から仕事を奪ってしまうことにもなりかねない。
この点について小畑氏は「むしろ仕事は増えるのではないか」とした上で、これまで専門性の高い知識を深く掘り下げるのではなく、幅広い知識を網羅的に活用していく仕事が増えていくと指摘した。
「3Dモデリングのなかには形や色のデータだけでなく、商品の素材、生産過程、納期などといったメタデータも含まれる。商品に関する様々なデータを一括で取り扱うので、それぞれ個別の知識だけではなくあらゆる知識を横断的に活用できるスキルが求められるのでは」(小畑氏)。
この点について市川氏は「従来のデザイナー、パターンナーといった職種の領域が広がる。デジタル技術を活用する職域が新たに設定されるのではないか。新たな職域が生まれてそこに挑戦していくというのがこれからのファッション業界になっていくのではないか」と小畑氏の意見に賛同した。
「これからは先に情報=CGが流通し、それを追う形でフィジカルなモノづくりが続くという構造にファッション業界が変革していくのではないか」(市川氏)。
下桐希氏
一方で、通信環境の進化=5G化はファッションの開発・生産現場にどのような変化をもたらすのか。
下桐氏はスマートグラスとVRやMR(Mixed Reality)による作業効率化のイメージなどを挙げて、アパレルデザインの効率化が進む大きく前進する点などを挙げた。
そしてテーマの最後に、小畑氏は3Dモデリングがもたらした最も大きな変化として
「実物を作らなくても完成品が見られるというのが一番大きい。消費者に対するリテールの効率化だけでなく、これまで企画から販売まで一方通行だったサプライチェーン全体に影響を与えるものだ。サプライチェーンの中で非効率的だった部分を改善することで、工程・コストの無駄をなくして利益率を高めることができる。まず3Dモデリングという完成形データを作ってマーケティングを行い、そこに向けてサプライチェーンを組んでいくという構造になるのではないか」とまとめた。
3Dモデリングを中心とした生産プロセスによって作業効率が上がると、それによって時間のマネジメントが変わってくるという別の課題も生まれる。
この点について小畑氏は「より“売れる商品”を高い精度で生み出すことができるようになるのでは」と語り、市川氏は「消費者の新たな購買体験を検討・開発できるのではないか」と期待を寄せた。
また下桐氏は「リードタイムが少なくなればそれだけ多くのアイデアを試せるということ。5Gでは大量に情報を処理できるので、今まで時間がなくて考え及ばなかった領域にまでチャレンジできる環境になるのではないか」と語った。
市川氏によると、実物に匹敵するほどの高精細な3Dモデリングデータはデータ量が非常に大きく、従来の4G環境では十分な形でデータ送受信ができないのだという。
そこで鍵を握るのが、次世代通信規格「5G」の活用だ。
現在世界的に「5G」の活用が始まっているが、小畑氏は「どうやって使いこなしていくかが今後の世界的なテーマになる」と語る。
小畑氏自身もデザインから設計までをデジタルで融合的に進める「デザインエンジニアリング」を研究しているのだという。
日本では今まさに5Gの商用化がスタートし、通信環境の整備が急速に進められている。
下桐氏は「通信環境の整備が進む一方で、この5Gを何に使うのかというユースケースについては、日本のみならず世界的に明確な答えが打ち出せていないのではないか」と課題を提起した上で、国境を越えたコラボレーションや流通が盛んに行われているファッション業界が5Gを活用する上で最適な業界のひとつであるという認識を示した。
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