PwC_Japanグループ(以下、PwC Japan)が、2018年から新規事業としてデジタル製品の企画・開発・販売を行い、新しいビジネスモデルの開発に挑んでいるという。
これまで“人”によるサービスを中心にビジネスを成長させてきた企業が、なぜモノづくりに挑んでいるのか。
Forbes JAPAN Web編集部 編集長の谷本有香氏が、PwC-コンサルティング 常務執行役 パートナーの野口功一氏に話を聞いた。
左:谷本有香氏 / 右:野口功一氏
ご存じの方も多いと思うが、PwCは世界155カ国に及ぶグローバルネットワークに28万人以上のスタッフを擁し、各国で企業監査、税務、経営コンサルティングなどを手掛けている。
PwC JapanはPwCコンサルティングを含む日本におけるメンバーファームの総称で、各メンバーファームはそれぞれの専門領域で、さまざまなプロフェッショナルサービスを提供している。野口氏によると、今回紹介する新規事業はこのPwC Japanで横断的に連携して取り組んでいるのだという。
その新規事業とは果たしてどういうものなのか。野口氏はまずその全体像を披露した。
野口氏は“人によるサービス”を長年手掛けてきたPwC Japanが、モノづくりを新規事業として展開することになった背景として次のように語っている。
「世の中がデジタル化、シームレス化するなかで、クオリティの高い“人によるサービス”だけでは顧客の課題を解決できないことがある。新たな製品・サービスを柱にビジネスを拡大したいと考えた。日本だけでなくグローバルでこの10年ほど、このようなソフトウェア、ITサービス、クラウドなどの領域で新規事業にチャレンジしている」(野口氏)。
野口氏によると、この新規事業には明確なパーパス(目的)が存在しているという。
それが「社会課題を解決し新たな価値を提供する」「新しいビジネスモデルを創出しポートフォリオに加える」という2点だ。
この2点を踏まえて、日本では既存サービスを補完・拡張する事業、社内起業家の支援、グローバルアセットの活用という3つのアプローチによって新規事業を生み出しているのだそうだ。
では実際にどのような新規事業が生まれているのか。野口氏は具体的な事例を紹介した。
例えば、空き家活用プラットフォーム「Virtual Vintage Residence Lab」は、全国に846万戸(空き家率13.55%)あると言われている日本の空き家問題に焦点を当てた新規事業。
具体的には、VRを活用して物件のリノベーションイメージを可視化することにより、「古くて価値がない」という空き家のイメージを改善し、中古住宅の流通促進に繋げるのが狙いだ。
社内公募のアイデアから生まれ、予算獲得のための数回のピッチ審査を経てローンチに向けて開発を進めているのだという。
一方、商品の真贋判定を支援するツール「Digital Traceability Service」は、年間34.6億米ドルと言われる日本企業の模造品被害(食品・飲料・タバコ)の実態に焦点を当てた新規事業だ。
具体的には、ナノテクを駆使して開発した商品タグをスマートフォンのアプリで読み取ると正規品の判定を行うことができるというもの。
このタグには食品に影響のない素材を活用しているのだという。元々PwCオーストラリアが開発し、それを日本に展開するのだそうだ。
こうした新規事業を展開する上で、どのような苦労があったのか。
野口氏は「私たちはこれまでモノづくりをしたことがなかった。これらの新規事業の背景にはいくつもの失敗例がある」と前提を話した上で、「モノづくりのプロフェッショナルであるスタートアップ企業と協業することで、自分たちの“弱い部分”を補ってもらうという考えが重要だ」と語った。
ちなみに、新規事業のなかには社員のアイデアから生まれたものがあるが、新規事業をドライブする社員、特にそのリーダーとなる者は本業を離れて新規事業の開発に専念するのだという。
「既存の仕事の傍らで新規事業を兼任するケースもみられるが、それで成功させるのは難しい。米国などでは最低4人は新規事業に専念させている」(野口氏)。
新規事業の開発体制に話が及んだところで、話題はこれからの「組織」について。新規事業とそれをリードする人材に求められること、大事にしていることについて聞いた。
野口氏は、PwC Japanの既存のサービスでは「失敗が許されないというカルチャーがある。それぞれのフェーズで完璧を求められる」と語り、デジタルの開発、新規事業開発とは対極にあったことを指摘。
その上で、全く新しい取り組みに対し「失敗を許容するカルチャーをどう生み出すか」「アジャイル開発など流動的な開発環境をどう生み出していくか」という点が大きなチャレンジだったという。
「新規事業開発では既存事業のカルチャーに影響を受けないように、スピンアウト、アウトオブボックスといった組織の物理的な分割も選択肢に入ってくる」(野口氏)
しかし、既存事業との差異はカルチャーだけでない。KPI、KGIの設定も既存事業とは大きく異なる。
野口氏によると、スタートアップのフェーズでは開発目標などをKPIに立てて、売上目標は中長期的なスパンで見ていったという。
「だからこそ、スピンアウト、アウトオブボックスが必要になる」と野口氏。
新規事業を新規事業ならではの価値観、スピード感で進められる組織、環境を作ることが重要だと指摘した。
「現在、コロナ禍によって社員もリモートワークが中心になっているが、そうした状況でもリーダーが熱意をもって“何ができるか”を一所懸命に考えることが重要。イノベーションは制約のなかでこそ鍛えられることもある。時間や場所を選ばずにコミュニケーションができるリモートの利点も活かして進めている」(野口氏)。
一方で、新規事業部門を立ち上げることで、既存事業にどのような影響を与えたのか。
野口氏が指摘したのは既存のクライアント企業とのシナジー創出だ。
PwC Japanがサービスを提供しているクライアントには、これからのビジネスを考えるなかでスタートアップ企業、シリコンバレーを中心とした海外のテクノロジー企業との協業に高い関心を示している企業もあるという。
そこで、PwCJapanとスタートアップ企業が既に協業していることで、さまざまな情報を提供できるのだそうだ。
ちなみに、新規事業の種は既存事業のなかにも埋まっている。既存事業の延長線上に新規事業が生まれるのも理想的な形のひとつだ。
この点についても野口氏は「既存事業のなかでどうやって新たなビジネスの創出をサポートするかも、新規事業部門の大きなテーマのひとつ」と語り、組織はアウトオブボックスの形を取りながらも、既存事業の支援は積極的に推進しているとした。
最後に、野口氏はPwC Japanが目指す既存事業、新規事業の将来像について語った。
「デジタルテクノロジーがビジネスにおいて重要なのは当たり前のこと。だから私たちは“デジタル変革(DX)”という言葉には強いこだわりを持っていない。
しかし今までとこれからの違いは“テクノロジーの進化のスピード"だ。
これからは既存業務、既存事業をデジタル化するだけでなく『このテクノロジーを活用して何ができるか』を考えなければならないのではないか。テクノロジーの進化が加速するにつれ、クライアントに対して結果を出すスピードも速まっている。そのためには、人とプロダクトを組み合わせてPwC Japanのビジネスをアクセラレートしていきたい」(野口氏)。
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