歴史ある寺院以外にも、鎌倉野菜が使われた料理や、紫陽花や紅葉というような季節を楽しめるなど、平日でも観光客でにぎわいを見せている街「鎌倉」。そんな鎌倉に本社を構えているのは、自動野菜収穫ロボットを開発する「inaho株式会社」。
市街地から少し離れた閑静な住宅街の古民家を使ったオフィスには、庭先に畑もある。このような自然豊かな環境で手掛けられている、AIを用いた事業開発とはいったいどういうビジネスなのだろうか。
代表取締役の一人である大山宗哉(代表取締役COO)は、メディアアーティストや、芸大の講師を務めていたというユニークな経歴。大山は、自社が開発した自動野菜収穫ロボットについて、「最小のカスタマイズで、農家に対応するのがコンセプトなんです」と語る。
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ー自然豊かな鎌倉にオフィスを構えたのは理由があるのですか?
収穫ロボットを作ろうとした時、作ったものをすぐ試せる環境を探したんです。でも、都内に良い物件が見つからなかったんです。共同創業者である菱木(菱木豊:代表取締役CEO)の地元が、鎌倉だったんです。土地勘もあったので、鎌倉を選びました。
ー取材で伺っている部屋も和室です。ついオフィスということを忘れて、くつろいでしまいそうですね?
庭では、人を招いてバーベキューをしたり、海までも歩いて五分。都心からは少しありますが、(そういった環境は)プライスレスですね。
ーさきほど、庭先にも置いてありました『自動野菜収穫ロボット』ですが、どのような特徴があるのでしょうか?
白いラインに沿って自動走行しながら、画像認識で収穫できる野菜を見分けて収穫していきます。
画像認識で、まず「作物」と「作物以外」を見分けます。さらに「収穫すべき作物」と「まだ収穫すべきではない作物」を見分けます。
例えば、アスパラガスであれば、23cmとか25cmというような収穫適期が決まっています。その収穫基準に満たした長さのものだけを刈り取っていきます。ロボットアームで野菜を傷つけることなく、搭載されているカゴに収納していきます。
ーこのようなAI技術を用いた収穫ロボットはほかにもあるのでしょうか?
今のところ、国内では「選択収穫野菜」の収穫ロボットはおそらくないと思います。「選択収穫野菜」というのは、例えばトマトとか、苺のような人の目で収穫できるかどうかを判断する必要がある野菜です。
今すでにロボット化が進んでいるのは、米とかじゃがいもというような、大型のトラクターで一気に刈り取ることができる野菜だけなんです。
ー現在、ロボットで収穫できるのはアスパラガスだけですが、収穫できる野菜の種類は増えていくのでしょうか?
アスパラガスは9月末に実用化し、今後はトマト、なす、ピーマンなどに拡大をしていこうというフェーズになっています。
トマトは、「このトマトはまだ青いけど、こっちは赤い」というように、それぞれ個体によって収穫できるタイミングが変わってくるんです。個体差が大きいので、アームなどをカスタマイズして対応するつもりです。
アームは作物ごとに変えていきますが、ロボットの型は一つ。ベースとなる車体を変えようとは思っていません。「最小のカスタマイズで、農家に対応する」がコンセプトなんです。
野菜は収穫時期が決まっているので、アスパラガスが取れない10月末から2月のなかばまでロボットが空いてしまうことになります。
でも、苺やトマトというような冬野菜に対応できるアームを取り付けて、アスパラの次はトマトというように使ってもらうことで、年間で稼働ができるんです。
ー収穫作業は、国内以外でも事業展開ができそうですね?
来年、オランダに拠点を開始しようとしています。今後は国内と海外を視野に入れています。今年8月にはべンチャーキャピタルの伊藤忠テクノロジーベンチャーをはじめとする複数社から約1.7億の資金調達も行っています。
ー野菜収穫ロボットの事業を展開するに至って、菱木さんや大山さんは農業経験者だったのでしょうか?
実は、inahoには農業のバックボーンを持った人間がいなかったんです。もちろん、アグリコミュニケーター(注:ロボットの導入支援を行う)に関して言えば、農協の出身者などはいましたが…。基本的に、創業メンバーには農業のバックボーンはなかったんです。
ー知識やノウハウがゼロの状況から、どのようにして、事業を始めようとしましたか?
最初は、農家にニーズを聞いて回ったんです。業界的に閉ざされている世界なので、そこへのアプローチとしてやっていたのは、とにかく人に会いに行くことでした。
ー具体的には、どれくらいの人数の農家にリサーチに行きましたか?
友達伝いで全国100軒くらい農家を回りました。
ー100軒(驚いて)! それは根気のいる作業ですね。
未経験の僕らにできることが「人の話を聞くこと」だったんです。創業前から、ずっと2年くらいかけて全国の農家に話を聞きに行っていました。農家の方にお会いして、そこからまた別の農家を紹介して頂いたのが、初めの起点です。
ー農家からリサーチを始めて、すぐに収穫ロボットの制作には取り掛かれたのですか?
僕も菱木もエンジニアではなかったので、ロボットを作りたいと思っても簡単には作れなかったんです。
―まったくの異業種からの挑戦だったんですね?
そうです。二人ともサラリーマンを経験した後に、独立して会社を経営していたんです。その時に菱木と出会って、二人とも普段は本業の仕事があるので忙しい中、空いている時間に「世の中に意味あることをやろう」というので会社を始めました。ちょうど2014年頃です。
―事業を展開するのに、不安はありませんでしたか?
菱木と二人で会社を始めているのですが、inahoの前に前進の会社があったんです。最初は、このロボット事業で稼ぐイメージはなかったですね。
鎌倉野菜を作っている農家の友人がいたんですが、彼が「雑草を取るのがとにかく大変だから、雑草を取るロボットを作ってほしい」と言ってきたんです。そこで、調べ出したのが2015年の夏くらいです。
いろんなところに行って、雑草を抜いて「ここの雑草は固いな」とか(笑)。素人なので、自分で実践しながら、やっていきました。気づいたら3年間で、赤字が何百万だったんですけど(苦笑)
―資金繰りは大丈夫だったんですか?
その時のマネタイズは、別に会社をやっていたので、この事業自体では、お金については考えていなかったんです。
ー未経験から、どのようにしてロボット開発までたどり着いたのでしょうか?
ロボットにも、テック(技術)にも強いわけではなかったので、まずはググるところから始めました。AIで判断して、野菜をアームで取るというのは初めから意識していました。「ロボットアーム 大学 研究室」で検索して、検索結果の上からメールを送っていきました。
ー怪しまれませんでしたか?
10通送ると、8件くらいは返信がなかったのですが、2件は「会ってみますか」っていう返信が来たんです。
実際にロボットを研究している人に会うと、向こうのほうが圧倒的に詳しいんです。すると、「この人にも会った方がいいよ」とどんどん紹介してもらえたんです。
ー大山さんや菱木さんの熱意が伝わったんではないでしょうか?
なんとなく「こういうものがあれば、ロボットが作れるかも…」という状況に近づいて行ったんです。
アメリカの企業で、Blue River Technologyという会社があるのですが、そこはトラクターの後ろに農機具をつけているんです。
これは、発育の良いレタスと、そうではないレタスの間引きをする判断を、トラクターの後ろに乗せられたAIが行っています。うまく育たないものにだけ、薬剤をかけます。
2013年頃に、このBlue River Technologyを知ったのと、早い時期に松尾さん(注・松尾豊:東京大学に研究室を持つ人工知能を専門とした工学者)にお会いすることができたのも大きかったです。
移動するロボットや、何かを掴むロボットは世の中にあるじゃないですか。
でも野菜を判断するロボットって、今までなかった。そこで、人間みたいに野菜を取れるロボットが開発できればよいのではないかと着想しました。
ーいろいろな分野の方のお話を聞いたのが、着想の原点になったのですね?
そうですね。曲がっているキュウリも、まっすぐなキュウリも同じキュウリとして取らなければならない。一番難しく、今までは取り組まれていない問題だったので、そこから開発を始めました。
―IT化が遅れているように感じる農業ですが、農家の方の平均年齢はどれくらいなのでしょうか?
すでに農家の平均年齢は67歳に達しています。それにもかかわらず、49歳以下は10パーセント以下しかいないんです。
―深刻な若手不足ですね?
今、全国にある農家が150万人くらい。あと10年で半分くらいになるといわれています。2030年、日本の人口は8パーセントしか試算上では減らないのに、農家の人口が半分になるというのは、高齢化がすでに進んでいるんです。
―このままの状況が続くと、将来の食糧供給にも影響が出てくるでしょうか?
簡単に言うと、一人の農家が倍くらい作れるようにならないと、現在と同じような食料の供給が間に合わなくなるんです。
テックによって、この20年くらいいろいろな生産性は向上したと思います。でも、ビニールハウスをやっている農家は、過去15年、面積が増えていないんです。このままだと、野菜の収穫数が減っていってしまいます。
―inahoでは、若年層の働き手不足という問題に、収穫ロボットがどのようにして役立つとお考えですか?
マーケットサイズでいうと、今150万人の農家が75万人になる。つまり、75万人分の労働力が今後必要なんです。仮に農家の年収が500万円だとしたら、「75万人」×「年収500万」が究極的には僕らのマーケット。減った農家の人件費が僕らのマーケットです。
―農作業において、収穫は全体のどれくらいの作業割合になるのでしょうか?
例えば、ピーマンでいうと、全作業の中の7割くらいが「収穫作業」をしているという調査結果があります。このように農家にとって収穫は、自動化できないと時間がかかるんです。
最初に考えていた草刈りロボットだと、雑草を取るのにかかる時間は、農家にとって10パーセントくらいしかない。でも、収穫は半数以上かかるので割合が大きいんです。
農家の基本は肉体労働。腰が痛くなったり、体力的な問題も出てきます。そこで、ロボットに収穫を変わってもらえると、時間の捻出が可能になります。
品種改良などを考えたり、営業しに行って販路開拓もできるんです。
農業の世界では、農機具は基本高いんです。トラクターで一千万円くらいするものもあります。農家は、農協でお金を借りて買って、それを何年間か使って、元を返していくビジネス。
生産性を高めるには、機械化は必要なんですが、今のプレイヤーはあと何年やるかわからない。お金を借りてまでやろうとは思わない。
「使った分だけ払えば、ロボット代は無料」、「ロボットが取った野菜の分だけ払えば良い」というinahoのビジネスなら、あと3年でリタイヤしようとしている人でも導入できると考えました。
―レンタルだと、導入のハードルは下がります。買取ではないビジネスモデルでは、費用が回収できないというリスクはないのでしょうか?
例えば、スマホだと毎年新しいモデルが出るじゃないですか。ロボットに使っている技術は、スマホに使っている技術と近く、動きが速いんです。どんどん良いものが出てきて、コストが下がる産業なんです。
「売り切りにします。5年間はサポートします」とした時、例えば、5年前のスマホをずっと保守し続けるのってちょっと嫌じゃないですか(笑)。
農機具でいうと会計上、7年で償却されるんです。7年前の携帯を、7年縛りで使うってスマートではないと思うんです。良い部品が安く手に入る環境なら、どんどんアップデートをしていかないと競争力が持てないと思っているんです。
あと、ロボットは収穫しながらデータも取得しているんです。
―レンタルしながら、データ収集も同時に行っているのですね?
例えば、ビニールハウスの場合、入り口や奥の方で野菜の収穫量が違ったりするんです。フィードバックを農家にすることで、肥料をまいたり、取れる量が増えるんです。すると、僕らの売り上げも上がっていく。
このように、ロボットが収集したデータを活用して、農家へのコンサルティングやアドバイスも行っています。
確かに、こちら側の初期投資は大きいですが、使い続けられるように多機能にすることで、(投資額を)早く回収する。ロボット代(原価)を回収してから、利益になっていくビジネスモデルです。
―元々、起業意識は高かったのですか?
20歳の頃から、大学に行きながら個人事業主をしていました。事業内容は、インタラクションデザインを、個人の作品としてやっていました。ほかにも、芸大で講師もやっていました。インタラクションデザインの文脈で、それで起業は考えていなかったです。
―そこから、実際に起業するまではどのような準備をされたんですか?
大学では経営学をやっていました。でもさらに、テクノロジーの勉強をしたくなったので、大学院の入試で理系の大学院に入りました。チームラボに入社したのは2010年。そこから3年半くらいは会社員として働いていました。そのあとはずっと起業しています。
―起業するには、社会人経験はあった方がよいとお考えですか?
作るものによるかな。例えば、ゲームを作ろうという方は、大学 在学中や、若いうちにやっておいた方がいいと思います。
製造業の仕組みを変えたいとか、そういう目的がきちんとしているのなら、業界の構造をわかっていないといけないので、会社員をやった方がいいかもしれないです。僕は、会社員をやってよかったって思っています。
―仕事で、影響を受けた人っていますか?
猪子さん(注:猪子寿之・アーティスト集団チームラボ代表)ですね。彼は発想が自由なタイプ。会った人の中で、ダントツで頭がよかったです。
―学生時代からの起業経験と、社会人経験がある大山さんですが、これから起業がしたいという人がいたら、起業を勧めますか?
とりあえず、起業してみたらいいのではないでしょうか。僕も菱木も、inahoは3社目の起業なんです。起業は、誰とやるかというのが大事なのではないでしょうか。僕は、起業で失敗経験もあるので、それもよかったと思っています。失敗も、次に活かすことができると思います。
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