中村薫
「VR」という言葉を目にしたことがありますでしょうか。VRとは、virtual reality(バーチャル・リアリティ)の略で、日本語では「実質現実」とも訳される。身近な例でいうと、映画やアニメなどで、登場人物たちが専用のレンズを装着することで、実際には目の前に存在しないものが、立体的に目の前に登場するようなシーンが思い浮かぶ人もいるかもしれないです。
そんなVRを含めつつ、「現実との作用」を採り入れたのが「MR」と呼ばれるMixed Reality(ミックスドリアリティ)の世界。マイクロソフト社が開発した「HoloLens(ホロレンズ)」は、まさに次世代デバイスともいえます。このMRデバイスを使ったアプリ開発をメインとしているのが、「株式会社ホロラボ」。
代表取締役の中村薫がその事業について語りました。
このページの目次
ーまだ一般的には馴染みがないMRデバイス向けのアプリ開発事業ですが、どのようなきっかけで起業したのでしょうか。
弊社の設立が2017年1月18日って、ホロレンズが日本で発売された日なんです。「ホロレンズが仕事になりそうだ」って、個人的に直感で感じたんです。その時に、会社という箱を作った方がやりやすそうだなって思ったのが起業のきっかけです。
元々はテクノロジーコミュニティをやっていた5人のメンバーの中に、栗島さん(注:プロトスター株式会社・CCO 栗島祐介)がいたんです。彼に「起業するにはどうすればいいんですか? 」って聞きました。ホロラボの資金調達は、今回二回目なのですが、プロトスターに全面的に協力していただきました。
ー日本における、MRデバイス市場はどのような状況なのでしょうか。
ホロレンズのアプリ開発自体の供給が多くないというのが実情です。当初の感覚通り、ホロレンズを使った事業をやりたいと考えるお客さんはいたんです。需要はあるけれど、供給できる側が少なかったのでいろいろなところから、依頼を受けることができたんです。
当社のユーザー様は、通信業界や、建築業界とも相性がよくて、複数のゼネコン様などからも依頼を受けています。このほかにも、NHK様などのメディア業界や、トヨタ自動車様などの製造業、インフラ事業のJR東日本様など多岐にわたっています。
今のホロレンズの事業は投資フェーズなので大手企業の取り組みが多いのかもしれません。
―ホロラボは、ホロレンズを販売しているマイクロソフト社の『Microsoft Mixed Reality パートナー』に認定されてるそうですが、こちらについてどのような概要なのか教えていただけますか?
世界にはパートナー企業が150前後くらいあるのですが、北米と、ヨーロッパと、日本と中国が中心です。
『Microsoft Mixed Reality パートナー』の認定を受けているのは、日本では26社ほどです。この認定を取るには、マイクロソフト社が開発した「ホロレンズ」で、お客様にどのようなアプリを提供するのかという審査があって、いろいろなレギュレーションもあり、認定取得で苦労しました。
ただ、現状は市場が立ち上る前の状態でもあり、大手企業が新規事業案件の1材料として取り組んでいることが多く、当社のようにMRに特化して取り組んでいるところは珍しいのかもしれません。
―ではホロレンズは、どういうような分野で使われているのでしょうか?
2016年リリース当時のホロレンズのPVを見ると、エンターテイメントや、クリエイティブとかそういう使われ方を想定していたように思われますが、リリース後1年ほど経ったあたりで、当社のプロジェクトは製造業や建設業などのB2Bが大半となりました。
去年、マイクロソフトの開発者向けイベント「de:code 2018」の基調講演で、マイクロソフト社ホロレンズチームのロレイン氏が登壇した際に発表したホロレンズの普及戦略の中で注力する分野は製造業だったり、アーキテクチュア・エンジニアリング・コンストラクション(注・AEC:Architecture, Engineering & Construction)と呼ばれる建設業だったり、ヘルスケアと呼ばれる分野でした。
またこれらの業界での使い方は、遠隔支援だったり、空間プランニングだったり、コラボレーションで、その先では空間データやIoT(注:Internet of Things・身の回りのあらゆるものがインターネットに繋がる仕組み)データなどの環境データへアクセスして活用するものになるという講演内容だったんです。
マイクロソフトが今までWindowsでターゲットにしていたのは、11億人の事務作業などをする人たちで、「インフォメーション・ワーカー」と言います。一方でホロレンズがターゲットにしようとしているのは、「ファーストラインワーカー」と呼ばれる工事現場だったりとか、工場などの「現場」で働く人たちです。「ファーストラインワーカー」が、世界で17億人いるとされています。
11億人のインフォメーションワーカーに加えて、ファーストラインワーカー17億人を加えた、28億人がミックスドリアリティのターゲットです。
―世界規模で見ると、ホロレンズは非常に大きなマーケットに思えます。具体的に、講演内容を聞いてどのように事業に生かそうと思いましたか?
そもそもホロレンズを使う以前に、デジタルトランスフォーメーション(注:ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること)など、本当はもっと前にやっておかねばならないことがいっぱいあるんです。
たとえば、社内のネットワークのレギュレーションの関係でホロレンズを社内LANに入れられないとか、ウィルス対策ソフトがインストールされていないとダメだとか。ホロレンズを使う以前の課題があるケースに多数直面します。
「絶対にウィルス対策ソフトを入れなければならない」という話が出てきてしまったりするとホロレンズのようなウィルス対策ソフトが不要なデバイスは(会社には)採用出来ないというような事態になるんです。
iOS(注:アップルが開発・提供するオペレーティングシステム)も、ウィルス対策ソフトを入れられないという観点では同じことですが、導入が進んでいます。そもそも、OS自体が変わり、個別アプリがなにかウィルスソフトに感染すること自体がなくなっている状況です。OSが変わっているのに、過去に作った決まりだけが形骸化して新しい技術導入のハードルになっていたりします。
顧客企業のITリテラシー自体が、課題になることもあります。
―実際の現場では、どのようにホロレンズは使われているのでしょうか?
弊社ではmixpaceという製造業で使われるCADや建設業におけるBIMデータの可視化サービスを展開しています。
例えば、ビルの施工現場でダクト(注:空気を運ぶための管)や壁をジェスチャーで選択すると、材料や寸法などの属性情報を表示することが可能です。
また、2Dの図面だと表現することが難しかった構造や空間情報なども3Dで表示することで体験的に理解することが可能となります。
ちょうど今、建設業が2Dから3Dに移行し始めていて、設計ツールやデータが3Dになった際に3Dのままで表示できるものが必要となってきた結果、ホロレンズに注目が集まっています。
―ホロレンズの特徴を教えてください
ホロレンズには、SLAM(スラム)と言われる、空間における自分の位置がトラッキング出来る機能があります。このトラッキング機能の有無がスマートグラスと呼ばれる他のデバイスとの違いと言えます。
―ホロレンズの一般的な知名度はどのように感じていますか?
知る人ぞ知るという感じですかね。
―では、最終的には、家庭用コンシューマーにもという考えはありますか?
中国のnreal(エンリアル)社から、MRグラスの『nreal light』が発表されました。全てがヘッドセットにまとまったホロレンズとは異なりスマホに接続して使うタイプのデバイスなのですが、ホロレンズ同様にSLAMの機能を持っています。発色もすごくきれいで、こういう商品が発表されると、限定的なビジネスの場面だけでなく家庭でも広く使われるという話も出てくると思います。
ただ仕事以外でMRデバイスを着用して何が見たいかっていう話があると思っています(笑)。
―ホロレンズに関する事業を始めようと思ったきっかけについて教えてください。
ホロレンズに可能性を感じたというのは、僕自身が感じたというよりは、いろいろな人に見てもらって、そのリアクションを見て徐々に、という部分が強いです。ホロレンズが自分の手元に来る前には、まだ「これはすごい」という実感はありませんでした。
2016年5月ごろにホロレンズを手に入れたのですが、その時はまだホロレンズは日本で10台もなく、大変珍しいデバイスでした。いろんな人から「体験したい」と言われて、1カ月の間に50人くらいに被せにいったんです(笑)。体験した人はみんな「すごい、すごい」って言ってくれて。じゃあすごいんだって感じですね。
―最初からホロレンズで起業を考えていたわけではなかったんですね。
そうです。能動的に「これがすごいな」というわけではありませんでしたが、様々な人に体験してもらった結果として起業することになりました。もしもホロレンズに出会っていなかったら、絶対に起業はしていなかったですね。
元々個人事業主だったので、会社にする必要は感じていませんでした。
ただ、「ホロレンズのアプリを作ってほしい」という依頼が多くなってきたので、個人でやるよりも、会社でやった方がいいんじゃないかなって判断しました。
学生時代から起業などは全く考えていませんでした。
20代後半からぼんやり独立指向ではありましたが、「自分にできるかな」っていう思いもありました。キネクトやホロレンズが出てきて、(起業が)できそうというよりも、「自分がやらないといけないといけない」みたいな意識のほうが強かったですね。
―開発事業を手掛けていますが、いつ頃からプログラミングなどには興味を持たれていたんですか?
ゲームをやるのが好きで、高校3年の4月で専門学校に行くと決めました。ゲーム自体への興味は薄れていったのですが、プログラムは楽しかったんです。
―2020年から小学校の授業でプログラミング学習が必修となりますが、早期プログラミング教育についてはどのようにお考えですか?
プログラミング教育って、プログラムすることが目的なんですよね。覚えることが目的になっちゃってて、その思想はあまり好きではなくて。プログラムって道具でしかないと思うので、どちらかというと、教育という場面においては何かの教科に紐づける方が絶対にいいと思います。
中学生くらいの時に、三角関数ってやりましたよね。「サインコサイン」ってやっている時って、「これって何に使うんだろう」って思うじゃないですか。大半の人って、数式とかって「こんなの何に使うんだ」っていうところで終わると思うんです。
プログラミング学習でよく利用されるScratch(スクラッチ:プログラミング学習ソフト)でも画面に表示した猫を回転させる際には、「サインコサイン」を使います。
また、ホロレンズがデジタルコンテンツを現実の3D空間に配置して活用する関係から、ホロレンズ用に開発するプログラム自体も3Dです。
ホロレンズのような3Dでデジタルコンテンツが現実世界に表示出来るものって今までなかったので、現実世界にそのままプログラミングを紐づけることが可能です。プログラミングという道具が「なんのために使えるものなのか」が先に把握できれば、いろんな理解が早まるんじゃないかなって思うんです。
―これから起業を考えている人に向けて、なにかアドバイスはありますか?
これから起業する人には「起業しない方がいいよ」って伝えたいですね。グミの国光さん(注:株式会社gumi代表取締役/国光宏尚)もtwitterで「安易に起業を促す風潮があるけど、止めた方が良いと思う。起業した後のプレッシャーやストレスは想像を遥かに上回る」と発言されていて、すごく共感出来ました。
VC(ベンチャー・キャピタル)の世界では10件投資して、1件ホームランが出ればいいといった考え方を良く耳にします。逆に考えると、9件は上手くいかないと言えます。
―なかなか含蓄があるアドバイスだと思います。
起業に関して言えば、やめた方がいいと思うけれど、本人がやりたいと思うならやればいいと思う。人に止められて「止めたほうがいい」って思うなら、やらない方がいいって思うんです。
―貴重なお話を、ありがとうございました。
“裸眼のVR”で新しいバーチャル表現で池袋のカルチャーとコラボレーションするkiwamiの取り組みとは
日本のHR市場がこれから目指すべき、TalentXが描く「タレント・アクイジション」の世界
TalentX代表 鈴木貴史氏
「上場=目的達成のための手段」Kaizen Platformの創業者が語る“上場”とは
ビジネス書大賞『売上最小化、利益最大化の法則』の作家に聞く 「利益率29%の⾼収益企業を作る方法」
資金調達に新しい選択肢を。ブリッジファイナンスとしてのファクタリングを「PAY TODAY」が解説
【令和の渋沢栄一になる】エンジェル投資で日本にイノベーションを
米国新興市場上場を経て10億円を調達 「代替肉」で社会課題に取り組むネクストミーツの歩み
海外で活躍する女性起業家の実態 〜2児のママがシンガポールで起業した理由とは?株式会社ハニーベアーズ〜
湊 雅之が見る欧米と日本のSaaS業界の違い | 注目海外SaaS 6選
BtoB/SaaSベンチャー投資家 湊 雅之
広告事業だったのにコロナ禍で売り上げ上昇! 〜売り上げ90%減からの巻き返し〜
代表取締役 羅 悠鴻