日本のアップルバレー弘前で生産性3倍革命に挑む、森山聡彦の“テキカ”戦略

日本のアップルバレー弘前で生産性3倍革命に挑む、森山聡彦の“テキカ”戦略

記事更新日: 2019/08/08

執筆: 編集部

提供:アサヒビール(株)

日本のりんご生産発祥地である青森県弘前市。面積の16%をりんご果樹園が占める、日本の「アップルバレー」である。そこで収穫までに間引かれるリンゴ=摘果を活用したシードルやジュースなど、従来捨てられていた資源を活用し、売上を伸ばし続ける創業5年目のスタートアップがある。「もりやま園株式会社」。

代表取締役の森山聡彦は弘前市の果樹園農家の4代目。彼の曽祖父は140年前この地でりんご園を開拓したパイオニアの1人だ。

だが低い収益性や高齢化などから離農していった同業者を知る森山は「弘前の基幹産業であるりんご果樹園の生産性を高めない限り、人口流出と地域の衰退は止められない」と危機感を強める。

「弘前の問題は全国の果樹園、一次産業としての農業の問題であり、全国の地方都市の問題でもあります。生産性の高い果樹園法人が全国に誕生すれば、地域は蘇るはずなんです」

森山が挑むのは、ICTを使った作業の見える化とその作業の「適化=オプティマイズ」による、生産性の劇的な向上だ。

ビジネスは空間を支配する者が勝負を制する

ー森山さんは代々りんご園農家ですが、2015年に「もりやま園」という会社を設立して、ICTを活用した生産管理や、摘果りんごを利用したシードル生産で売上を伸ばしています。

森山:起業直後はシードル工場など建設を中心に事業を進めていました。

ビジネスコンテストなどにいろいろ事業プランを応募したところ、どれも準優勝したこともあって、起業2年目で7つの補助金を得ることができました。

それをシードル工場の整備やブランディングに使って、3年目に完成。摘果を使った「TEKIKAKAシードル」の販売を開始したのが起業4年目の昨年2018年からです。

売上は1期目の3.5倍に伸び、今期は4500万円を見込んでいます。

社員も3名から8名に増えています。


◆もりやま園ブランドの商品群。シードルのほか、リンゴの品種別の干しりんごなども製造している。

◆シードル製造の様子。いずれ生産量が増えれば大量生産向けの設備に切り替える予定だ。

◆もりやま園株式会社の外観。1Fが工場で2F事務所となっている。

ー素晴らしいですね。摘果りんごの利用を考えたのはいつ頃からですか?

2008年からです。

前年まで大学時代からやっていたMTBのクロスカントリー競技にハマっていたんですが、それを引退してりんご畑の運営に専念しようと考えてからです。

うちのりんご畑には26種、1800本のりんごの木があるのですが、どの木がどのりんごなのかは父しかわからない。

繁忙期には私だけでなくアルバイトも頼むので、仮に父に何かあった時にはこのままだとまずいなと考えて、摘果りんごの利用を含めた生産計画が立てられる畑のデータベースの構築に取り組んだのです。

そういうデータベースシステムがないかなと探していた時に、九州のある飼料をつくっている農業法人の方の講演を東京で聞く機会がありました。

その農業法人では、作業記録をつけるアプリケーションを2500万円かけて自社開発して、実際にそれを使って年3億円を売り上げているというのです。

素晴らしいなと思いました。

とくに素晴らしいのはその社長の話なんです。

その社長は空手の名人で、いわく「勝負というのは、相手と対峙したときから決まっている」と。それを経営に活かしているから勝てるのだと。

◆摘果作業を実演する森山さん。1800本、すべて手作業で行われる。

◆摘果後のリンゴの実。6月上旬ではこのサイズだが、徐々に大きくなる。摘果は6月と7月の2度に渡って行われる。
 

ーどういうことですか?

強い相手というのは、はじめから空間を支配しているから、どうしたって勝てないのだと。

じゃあ、ビジネスで空間を支配するとはどういうことか。

それはデータを支配することだというんです。

何時何分から何時何分までどこで何をしたという作業データをどんどん溜めて、そのデータを使って同じように作業が再現できるようになれば、今年は人1人を投入してどれだけ成果物が採れて、いくらで売れ、いくら利益が出るという道筋が立つ。

それを今年はいくら、来年はいくらと、再現していけば、3年後には5億、5年後には10億と、予測できるというわけです。

そういうビジネスにしていかないといけないと思いました。

それで講演後、「いくらで開発をお願いできますか」と訊いたら「2000万円かかる」と言われたんですね。これはちょっと高いな(笑)と。

それで自分で開発しようと取り組んだのです。

ー自分でプログラムなどを書いて?

はい、難しそうだけどやっている人がいるんだからできるだろうと思ったんですね。

畑の木の1本ずつに番号を振って、バーコード付きの標識をつけていきました。

それをPDAで読み込んでいつ誰がどこで何をしたかという記録ができる、簡易的なデータベースシステムまではできましたが、自分の作業情報だけでなく、作業員全員のも集めるとなると、WEBアプリでなければなりませんでした。

WEBアプリのプログラミングに2年間噛り付いてみましたが、結局断念しました(笑)。

それで業者の方に開発を依頼し、当社だけでなく汎用的に使えるようにしたクラウドシステムがADAM=Apple Data Application Managerです。

社員全員に1台ずつスマートフォンフォンを持ってもらい、作業に入る前に木についているツリータグのバーコードを読み込んで作業開始の打刻をする。

作業が終わったら終了の打刻。

作業内容は予めアプリのなかで項目化されているので、書き込みは数秒、数十秒で終わります。

作業データは一旦端末に蓄積され、Wi-Fiの通じる事務所に戻った際に、ネットを通じてサーバーと同期される。

◆1本1本に下げられたツリータグ。品種に合わせてツリータグの色も変えている。

◆いつ誰がどんな作業を何分行ったかをスマートフォンの画面から入力する。項目はたとえば農薬散布の場合はそのときの機械のエンジン回転数や速度、ノズルの大きさなどこまかく設定している。

木の1本単位でデータを取るという発想はいままでなかった

ーなるほど。でも製造業などではIoTが進んでます。センサーを使ってデータが自動的に取り込まれるようになれば、もっと便利になりませんか?

端末をポケットに入れているだけで、自動で作業状況の記録を付けられるようになれば、すごくいいなと思いますが、現状はGPSの精度が問題です。

あと、開発コストも。なので、いまのところ手動で入力しています。それほど作業者の邪魔にはなっていないので。

ゆくゆくは自動化も考えたいですが、まずはどの作業にどのくらいの時間がかかっているかを集めることが重要です。

どこに無駄があるか知りたい。

だいたい世の中にある農業関係のアプリケーションというのは人の動きではなくて作物にスポットを当てているんですね。

その木にいまどういう病気が付いているのかとか、枝が何センチ伸びたのかなとか、ノウハウ的なところを蓄積する意図でつくられてます。

でも農業の現場では長年の経験でみなノウハウは持っているんですよ。

それをわざわざ面倒くさいシステムを作って記録することにあんまりメリットはないと思うんです。

仮にセンサー技術を使って水が不足しているとわかっても、広大すぎて水を撒くことはできません。

日照時間が足りないとからと光をあてられるわけではない。天候次第なんです。

コントロールできないものを測定しても手の打ちようがないんです。

1軒のリンゴ園が離農すると8人が流出する弘前経済

ーそもそも森山さんが取り組んでいるようなことは、全国の農業大学とか研究機関がやっていたりはしないんですか?

してなかったんだと思いますよ。

1本1本の木に番号を付けて管理するということ自体をやってないなかったと思います。

先日も某果樹試験場から見積依頼が来ていましたし(笑)。

普及させたい技術指導というのはあると思いますが、ただそれにどれくらいの負荷がかかるかということは検証されていません。

やったほうがいいんですが、それをやるといくら時間があっても足りないわけです。

どんどん悪いほうに行ってしまう。

◆スマートフォンから送られた作業データは、専用サーバに蓄積され、解析される。データ量が増えれば増えるほど適切な作業量が割り出せる。

ー少子高齢化で若手の担い手がいなくなってしまうということですか?

それもありますが、そもそもりんご農家の生産性が低すぎるんです。

日本労働生産性本部が2017年に発表した1時間あたりの産業別の生産性は、農林水産業が1486円で1番低いんです。

平均が4603円でその3分の1以下。

青森の最低賃金はいま780円くらいですが、いずれ1000円になる。

人件費を払って、農薬や機械の燃料費や光熱費などを払っていくと、残りません。

少なくとも今の労働生産性を一般企業並みの3倍以上に上げていかないと、りんご農家に就農する人はどんどんいなくなる。

親だって子どもに継がせたいと思わないでしょうから、若者はどんどん東京や都会へ出て行ってしまう。

弘前大学の小磯重隆准教授は、弘前市の場合、りんご農家が1軒離農すると8人の人口流出につながると言っています。

りんご農家を守ることは弘前市を守ることなんです。

農家には他の製造業のような価格決定権がない

ー一気に8人は厳しい現実です。美味しい品種をつくっていけば、収益が上がっていくというものではないのですか? 高値がついた果物の話題がニュースになることもあります。

そういった商品が市場全体を一瞬引き上げることはありますが、均すと上がっていないんです。

ほかの農業もそうでしょうけれど、手間や時間が反映されにくい価格設定になっているからです。

日本のリンゴというのはみんな真っ赤でムラなく色が着いているイメージですが、それは着色管理といって農家が1つ1つりんごを回して、太陽の光を当てているからなんです。

光が当たらないところは基本的に色がつかない。

でもこれをしているのは日本だけです。

海外ではムラがあって当たり前。

じゃあ、味はどうかというとほとんど変わらない。

見た目だけの問題なんですよ。

農家はこの着色管理に年間だいたい農作業時間の30%を割いているんです。

むちゃくちゃ手間がかかっている。

リンゴの場合、いまお話した着色管理のほか、しなければならない作業がたくさんあります。

りんごは出荷するまで90%の実を間引いて落とさないといけなんです。

それを放って置くと枝が折れてしまうので。

1本に約3時間。

6月に半分をやって7月に半分をやる。

まともに1800本全部やっていると黒字にはなりません。

それでも3000時間はかかります。

その上に害虫防除のための農薬散布があるんです。

◆摘果、枝打ちが集中する5〜7月、収穫期の9月〜11月に作業時間が跳ね上がっているのがわかる。

ーものすごい手間ですね。そういった手間や時間がコストが反映されない価格設定になっていると?

製造業などでは材料費や人件費などを計算した上で価格を決めていますが、我々農家の場合はそういったコストは反映されない。

せりでは、見た目が良ければ高い値段がつくという仕組みです。

すべてバイヤーさん次第。

価格決定権がないのです。

その価格も売れ残って何割かを捨てることを前提に決定されている。

リンゴ農家はだいたい家族経営でやっているところが多いのですが、忙しい時は、家族総出でこれをカバーする。

家族は基本無給で、残業代などはつけていません。

そういう仕組みだから労働生産性が悪い方に悪い方に行く。

弘前のリンゴ園20%で売上100億円、56億の付加価値創出

ーそれがそもそもの起業のきっかけですか?

そうです。

このままでは農家は幸せにならない。

一次産業がしっかりしないと、二次産業、三次産業もダメになると思うんです。

農業を残していくためには生産性を上げなければならない。

根本的にいまの栽培方法を変える必要がある。

根本的に変えるためには6次化は必要で、そのために会社を起こす必要があるなと考えたんです。

ー膨大な手間をいかに“テキカ”して、コストを反映した価格設定ができる産業にしていく……。

しなくてもいい作業は極力減らして、付加価値を高めるところに注力をする。

摘果を利用したシードルやジュースの開発はその1つです。

もともと捨てられていたものだから今まで流通していた生果資源を持ち出しません。

なので、必ず付加価値を生みます。

そういう未利用資源がまだまだ眠っています。

例えば弘前市内のリンゴ園果樹園を20%巻き込めば、テキカカシードルで100億になるんですよ。

付加価値にして56億ぐらい。

一方で農作業ももっと効率化できると思っています。

ADAMの各作業の適切な作業時間がわかってきたので、作業時間は従来の半分まで減っています。

ADAMをもっといろいろな農家で使ってもらってデータを集めることができれば、もっと精緻な作業管理ができる。

生産性が高まれば、機械化が進んで、さらに生産性が上がっていく。

いま海外では機械で収穫が当たり前です。

はしごを使って収穫しているなんてないんです。

ADAMに加えてこの6月には、新たに農家が消費者からネット注文を受け、直接代金回収ができる「Agrion果樹」も共同開発しました。

そういう形で農業の無駄をなくして、新しい付加価値を生み出していきたい。

もっと農業を変えたいと思っている人を増やして、日本の第一産業と地域を守っていきたいのです。


◆摘果を使ったTEKIKAKAシードルのほか、ジュースも製造している。もりやま園のシードルは県外でも人気が高まっている。

◆「一番守りたいのは弘前なんです」と語る森山さん。

編集部

この記事を書いたライター

編集部

この記事に関連するラベル

ページトップへ