「山梨モデル」で日本の地域経済を変える 〜山梨中央銀行とスタートアップが描く地域金融の未来〜

「山梨モデル」で日本の地域経済を変える 〜山梨中央銀行とスタートアップが描く地域金融の未来〜

山梨中央銀行 スタートアップ統括室 室長代理 折居 雅也氏、スタートアップ統括室 桒原 椋氏

記事更新日: 2026/06/04

執筆: 編集部

「地方銀行はどうやって地域経済に貢献し続けるのか?」この問いに、2025年に「スタートアップ統括室」を新設した山梨中央銀行が答えを出そうとしている。ベンチャーキャピタルへの出向経験を持つ折居氏と、担当の桒原氏に、スタートアップ統括室誕生のきっかけから、実際のスタートアップ支援事例が生んだ「山梨モデル」の全貌までを余すことなく聞いた。

 

左:折居 雅也(Orii Masaya)/スタートアップ統括室 室長代理

2016年山梨中央銀行入行。昭和支店、八王子支店を経て、経営企画部DX・イノベーション推進室へ異動。VCの15th-RockおよびスタートアップスタジオSpireteへの出向を経て、現在はスタートアップ統括室 室長代理としてスタートアップ企業支援に取り組む。趣味はサウナ(熱波師資格保有)。

右:桒原 椋(Ryo Kuwabara)/スタートアップ統括室

2020年山梨中央銀行入行。都留支店、河口湖支店を経て、経営企画部DX・イノベーション推進室へ異動。しずおかフィナンシャルグループへの出向を経験し、現在はスタートアップ統括室にてスタートアップ支援に取り組む。趣味はマリンアクティビティ。

なぜ地方銀行がスタートアップに向き合うのか

スタートアップ統括室が設置される以前、山梨中央銀行ではスタートアップとの関わりはほとんどなかったのでしょうか?スタートアップ統括室を立ち上げるに至ったきっかけを教えてください。

きっかけは私のベンチャーキャピタルへの出向です。出向先で痛感したのは、「銀行は借入(デット)には詳しいけれど、出資(エクイティ)のことをほぼ知らないまま会社に融資している」という事実でした。エクイティの視点が加わると、お客様の会社の事業の見え方がまったく変わります。

もう一つは現場で感じたスタートアップ側のニーズです。出向中は「山梨に知り合いの会社を紹介してほしい」「融資について相談したい」という声が絶えませんでした。しかし当時の銀行には専門の窓口がなく、誰に相談すればいいかも分からない状態でした。出向の2年間でこうした課題を肌で感じ、帰任後にスタートアップ専門部署の設立を提案したのがスタートアップ統括室の始まりです。

提案から専門部署の設立にまで至ったということは、銀行全体としても大きな課題感があったのでしょうか?

そうですね、山梨は人口減少や事業承継難という問題を抱えています。貸出金の利息だけで稼ぎ続けるモデルには限界がある。スタートアップを誘致し、地場企業と連携させることで新しい産業や雇用を地域に生み出すという考え方が、銀行全体の危機感とも重なり、室の設立につながりました。

 「東京の隣の田舎」という最大の武器

スタートアップを誘致、支援する地域として、山梨にはどのような強みがあると考えていますか?

山梨の人口は約78万人。東京の八王子市より少ない規模ですが、東京に隣接しています。意外かもしれませんが当行は中央線沿線を中心に14店舗を構え、東京のお客様も地元のお客様と同じ感覚で長年付き合ってきました。

あまり知られていませんが山梨は県内GDPの4割超が製造業です。もともと水晶の産地でジュエリー加工が盛んだった地域で、その研磨・削り出し技術が半導体製造装置の分野に転換され、製造業が数多く集積しています。こうした製造業の強みとスタートアップの技術を掛け合わせれば、新しい商品や新分野への進出が生まれると見ています。

逆に、スタートアップ側から見たときに山梨と組むことの魅力はどこにあるのでしょうか?

スタートアップからは「山梨は東京から近くて動きやすい」と捉えてもらっています。さらに一度仲良くなれば、県庁・市役所・地元企業へと紹介が連鎖的に広がる。しかも銀行と県庁が目線を揃えて一緒に動いているので、資金調達も政策活用も一度の接点でカバーできます。大きな都市ではないからこそのコンパクトさが、山梨ならではの強みです。

スタートアップが「顧客に訪問する理由」を生み、営業の現場を変えた

スタートアップと地場企業のマッチングは、具体的にどのような仕組みで進めているのでしょうか? 

「山梨東京コネクト」という社内のシステムが核になっています。営業担当者が「販路を広げたい会社を探している」「こういう部材が必要」と書き込むと、他の担当者や東京のメンバーが「うちの取引先がぴったり」とリアクションができる仕組みです。

この仕組みが営業担当者にとっても大きな変化をもたらしています。多額の預金をしてくださっているお客さまであっても、これまでは訪問しようとすると「借入の相談ですか?必要ないです」で会話が終わってしまっていました。でも「貴社に合ったこんなサービスがあります」とスタートアップのプロダクトを持って行くと会ってくれるんです。業務効率化のお手伝いができれば信頼関係ができ、設備投資が必要になったとき、最初に相談してもらえるような関係が自然と生まれてきています。

実際にスタートアップのプロダクトを起点にお客様との関係が深まった印象に残っている事例はありますか?

例えば、トラック一台ごとの燃料費、メンテナンス費、ドライバーの運転の質等を数値で見える化するスタートアップを顧客の運送会社に紹介した事例があります。「そんなものを銀行が持ってきてくれるの?」という驚きが入口になり、社長が「実はこういうことで悩んでいた」と話してくれたんです。スタートアップのプロダクトがあることで、銀行員がはじめてお客様の本当の課題にたどり着けるようになる。この変化が、私たちが目指している「事業性融資の本質」だと思っています。

スタートアップ支援のフェーズという観点では、創業直後のシードから上場前のレイターまで段階があると思います。山梨中央銀行はどのフェーズの企業と関わることが多いのでしょうか?

ビジネスマッチングの文脈では、プロダクトがある程度できているミドルからレイターが中心になりますが、ベンチャーデットはアーリー後半からが多いです。やはりシードの資金調達はVCが主役で、事業の作り方すら定まっていない時期に銀行が単独で深く関わるのは難しいと感じています。ただ当行はシードからアーリーに投資するVCにも出資しているので、もちろん情報は入ってきます。どのフェーズの会社もVCや他行のCVCと情報を共有し合いながらみんなでスクラムを組んでスタートアップを大きくしていく感覚です。有望なスタートアップを各社が持ち寄って一緒に育てていくという発想がスタートアップ支援の文化として広まってきていると感じています。

「山梨モデル」の誕生、遠隔操作のスタートアップと歩んだ2年間

既に様々なスタートアップと連携を進めているかと思いますが、具体的な事例について教えていただけますでしょうか? 

ジザイエ社というスタートアップなのですが、会社設立の前から相談を受けたのが始まりでした。東大の研究技術を使った遠隔操作の会社で社長1人に従業員2〜3人という、本当に初期の段階から関わってきました。

ジザイエ社のプロダクトが現場で本当に使えるのかという課題があったので、山梨の企業や自治体を集めた壁打ちイベントを開催しました。約40人規模で、ピッチだけでなくグループワーク形式にして「あなたの会社の課題はこれで解決できませんか?」と話し合う場にしました。

壁打ちイベントというのはユニークな取り組みですね。イベントが実際にビジネスにつながるきっかけにもなったのでしょうか?

はい、壁打ちイベントで県庁の担当者が話してくれた内容が転機になりました。「山梨に地雷除去機を作っている会社がある。ウクライナに地雷除去の機械を送っているけれど、現場の映像がまったく見えないので困っている」というのです。リアルタイムで遠隔地の映像を届けられるジザイエ社の技術と完全に合致しました。

この会社とは当行の取引先でもあったので、すぐにジザイエ社にお繋ぎして連携がスタートしました。その後タワークレーンなど建築現場での実証実験も進み、経営者交流会でのピッチを通じて複数の建築会社ともつながりました。一つのイベントを起点にして県内の様々な活用場所を連鎖的に広げていくことができるのがコンパクトな山梨の強みですね。

イベントでの出会いをきっかけに、その後の支援はどのように広がっていったのでしょうか?

支援の幅が段階的に広がっていきました。まずは当行のグループ会社が出資し、その後山梨県自体からの出資も決まり、当行としてベンチャーデットも実行しました。ジザイエ社も甲府に支店を開設し、名刺に山梨の住所が入るようになると、担当者が持参したとき「こんなスタートアップが山梨に根を張っているの?」と話題になり、さらに紹介が広がる好循環が生まれました。

出資から融資まで銀行、グループ会社、県が一体になって支援する構造ができあがってきたということですね。

そうですね、その後プロダクトが量産フェーズに入ると山梨工場を持つ八王子の企業をOEM先として紹介したり、山梨のスタートアップ支援拠点「CINOVA(チノバ)」に大手企業も来てくださるようになり実証実験を重ねています。

ジザイエ社の中川社長自身が「山梨モデル」と呼ぶように、山梨で研究開発し、山梨の企業がOEM製造し、山梨の企業が使うという循環によって地域に雇用が生まれ、サステナブルに回り続ける仕組みが出来上がりつつあると感じています。銀行、グループ会社、県、地場企業、スタートアップが一体となって動いた結果です。

銀行がショートドラマ?スタートアップが塗り替える銀行のイメージ

ショートドラマアプリ「BUMP」の企画・運営を手がけるスタートアップも支援していると伺いましたが、銀行が支援するイメージとはかなりかけ離れているように感じます。どのようなきっかけで取り組むことになったのでしょうか?

emole社へのご支援のきっかけは他の地方銀行のCVCさんからのご紹介でした。地銀同士でこうした情報を自然に共有し合える関係ができているのもスタートアップ支援の広がりがあってこそですね。

emole社は感情に訴えかけるショートドラマを制作する会社です。「emotion(感情)」と「puzzle(パズル)」を掛け合わせた社名とのことで、社名の通りの作風で、ドラマ制作を行なっています。emole社に強く惹かれたのは銀行のイメージを変えられると考えたからでした。山梨の企業を回っていると、地元に希望を感じられていない方がいらっしゃるのも事実。「山梨中央銀行がショートドラマの会社にお金を出すの?」という驚きこそが、お客様との関係を新しくするきっかけになると思いました。

「驚き」を起点にお客様との関係を変えていくという発想は新鮮ですが、銀行というお堅い組織の中で、emole社への支援は社内でスムーズに受け入れられたのでしょうか?

もちろん行内では、賛否もありました。エンタメ領域への融資経験がほぼなく「ショートドラマって本当にビジネスになるの?」という声です。競合との比較や視聴者数のデータ、法人向け(B2B)展開の可能性を丁寧に説明して、最終的に承認を得ました。前例のない審査を通すためのロジックを積み上げることも、私たちの重要な仕事の一つです。

実際に連携が進む中で、emole社のプロダクトは既存のお客様への提案にも活かされているそうですね。

emole社との連携が非常にうまくいったのは当行のグループ会社「やまなし地域デザイン株式会社」が立ち上げたエンディング動画事業との連携でした。お客様が亡くなった際に遺族へ渡す「遺言動画」を銀行が窓口として提案するという新事業で、感情に訴えかける動画をどう紹介するかが課題でした。emole社に制作を依頼した動画が今年3月にリリースされ、営業担当者が持参すると会話が自然に弾む。「銀行からこんな提案が来るとは」という驚きが、また次の話題にもつながっています。

emole社にとっても、私たちが法人向けの最初のクライアントになりました。「山梨中央銀行と組んでいる」と打ち出すことで事業としての信頼感が増し、次の法人案件につながっています。銀行側は「面白さ」、スタートアップ側は「信頼感」というお互いに持っていないイメージを補い合える理想的なスタートアップとの協業の形だと感じています。

山梨モデルを起点に目指す「地域金融の未来」

中期経営計画にもスタートアップ支援の目標が盛り込まれていると聞きましたが、その先に描いている長期的なビジョンを教えてください。

中期経営計画における3年間の目標はスタートアップ支援件数500件の達成ですが、開始からまだ1年も経たないうちに約300件にまで達しています。ただ件数よりも大切にしているのは質と最終ゴールです。最終的なゴールは「山梨からIPO企業を出す」こと。スタートアップが山梨で上場するだけでなく、地場の中堅企業がスタートアップと組んで大きくなり、最終的に上場するケースも想定しています。

IPOというゴールを掲げながら、地場企業を巻き込んだルートを描いているのが印象的です。スタートアップとの取り組みは、既存のお取引先との関係性にも変化をもたらしているのでしょうか?

スタートアップとの取り組みは、既存のお客様への向き合い方も変えてくれています。スタートアップと面談するたびに「このプロダクト、あの取引先に紹介したら喜ばれそう」という気づきが生まれる。スタートアップも嬉しい、取引先も助かる、銀行も役に立てる。この三方よしの循環を太く、大きくしていくことが私たちのゴールです。

「地域金融機関はもう古い」と言われることもありますが、まったくそうは思いません。地域のことを深く知り、自治体とも連携できる。そんな銀行だからこそできることが、まだたくさんある。スタートアップとの掛け算で、地域金融の可能性はこれからも広がり続けると確信しています。

どんなに小さなアイデアでもぜひ相談してもらいたい

山梨は距離だけでなく、気持ちの面でも東京と近い場所です。「本当に銀行に相談していいのかな」と思うような小さなアイデアでも、ぜひ持ってきてください。私たちはまだ型が固まっていないからこそ、一緒に新しい形を作れます。最初の資金調達の前からの相談も大歓迎です。(折居氏)

山梨を起点にもっとワクワクすることがしたいですね。山梨との接点がどれだけ薄くても、興味を持ってくださったスタートアップはまず声をかけてください。(桒原氏)

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