「会社は始めるよりも終わらせるほうが難しい」 元起業家が選択したCTOとしての新たなキャリア

「会社は始めるよりも終わらせるほうが難しい」 元起業家が選択したCTOとしての新たなキャリア

池内 孝啓氏

記事更新日: 2025/03/26

執筆: 市岡光子

2015年からおよそ4年間にわたり、BtoB SaaSの分野で3つの事業に挑戦してきた池内孝啓さん。

カスタマーサポートSaaSからブロックチェーンまで、時代の先を行く製品開発に取り組みましたが、どの事業も開花には至りませんでした。

その経験を糧に、現在はAIメンタルパートナーアプリ「アウェアファイ」を手がけるスタートアップのCTOとして新たなキャリアを歩んでいます。

過去の起業経験から得た気づき、現職への転職経緯、スタートアップ環境の未来などについて、自身の体験を交えながら語っていただきました。

池内 孝啓

ITベンチャー数社を経て、2011年3月に株式会社ALBERTへ入社。2015年に執行役員として東証マザーズへのIPOを経験。同年、自ら創業したスタートアップのCEOに就任。廃業するまでの約4年間、B2B SaaS のプロダクトを開発・運営する。2019年より株式会社Awarefy(アウェアファイ)取締役CTOに就任。AI メンタルパートナー「アウェアファイ」の開発・事業責任者として、2020年5月にプロダクトをローンチ。インフラ、バックエンド、フロントエンド、UI デザインまで幅広くカバーするフルスタック・エンジニア。Go や Flutter、React、Python などを得意とし、オープンソース・ソフトウェア関係のコミュニティの立ち上げや運営にも関わる。著書に、『改訂版 Pythonユーザのための Jupyter[実践]入門 』、『これからはじめる SQL 入門』などがある。

日本発グローバルスタンダードのBtoB SaaS創出を目指して

——池内さんは2015年8月に起業し、アウェアファイに参画される直前の2019年5月に会社をたたまれたと伺いました。改めて、この約4年間にどのような事業を展開したのか教えていただけますか?

市場にリリースしたものとしては、大きく3つの事業を手がけてきました。

1つ目に発表したのが、カスタマーサポートSaaSです。この製品の開発は、僕自身の原体験に根ざしています。

前職のALBERTで情報システム部門を立ち上げた際、処理速度やUI/UXが快適で、手ごろな値段で利用できるヘルプデスクシステムが見つからないことに課題を感じていました。

この領域に良質なプロダクトを投入することで、市場のゲームチェンジを起こせるのではないか。そう考えたことで、独自システムの企画・開発を進めました。

2つ目は、Markdown スライド作成・公開 SaaS「slideship」です。これは僕がいちユーザーとして欲しいと思い、開発したものでした。

当時、エンジニアコミュニティなど様々な場所で講演をしていたのですが、スライド資料の作成には毎回大きなストレスを感じていました。僕自身がそうなのだから、多くの人にとってもコストになっているだろうと考え、Markdown方式でスムーズにスライド作成を実現できるサービスの開発に着手。

最初からグローバル市場に展開し、勝負を仕掛けたプロダクトでした。

そして、2018年に最後のチャレンジとして取り組んだのが、ブロックチェーンのモニタリングSaaS「catabira」です。

この事業を始めたのは、前2つの事業を成長させることが難しかったため、次にチャレンジをするなら、テクノロジーのトレンドを捉えつつ、自分自身の経歴もマーケットフィットするような市場に飛び込みたいと考えたことが大きなきっかけでした。

当時、仮想通貨やブロックチェーン技術が急速に注目を集めたタイミングで、僕としても大きな可能性を感じていました。そこで、金融やブロックチェーンの領域に詳しい2人のメンバーに取締役として加わってもらい、資金調達も見据えながら、およそ7カ月にわたって事業に打ち込みました。

僕が起業を志したのは、海外の多様なSaaS製品に触れる中で、世界でデファクトスタンダードとなるような日本発BtoBサービスを生み出したいという想いが芽生えたからです。

そのため、事業ドメインは様々ですが、どれもBtoB SaaSの領域で事業を開発してきました。 

スタートアップへの挑戦で、自分の得手不得手を実感した

——今振り返ると、3つの事業の課題や学びは何だったと思いますか?

実は会社をたたんで半年ほど経ったとき、「廃業エントリ」として、僕の4年間の経験をnoteに詳しくまとめました。各事業がたどった具体的な経緯についてはそちらを参照いただくとして、今回は、3つの事業から共通して得た学びをお話しします。

4年間にわたる挑戦の中で、どの事業も花を開かせることができなかった。

その要因は、ひとえに「自分が欲しい、良いと思うプロダクトを作ることと、事業を成長させるということの違いを十分に理解できていなかった」からです。

特に創業間もない頃は、良質なプロダクトがあれば事業は自動的に成長していくものと思い込んでいました。しかし、現実はそうではなかったんです。

自分にとって良いプロダクトを作ることと、成長する事業を作ることは完全に別物。

誰を顧客として、どんな風に対価をもらい、利益を出していくのか。その部分をしっかりと考え、構築することができなかったからこそ、3つの事業はどれも成果を出せずに終わってしまったのだと思います。

——スタートアップに挑戦した4年間で得られた学びについてもお聞かせください。

本当にいろいろな経験を得られましたが、その中でも特に「自分の得手不得手が分かった」という点は、現在のキャリアに活きているように思います。

自分で事業をやってみて、 自分が最も力を発揮できるのは技術面の課題解決だと気づくことができたんです。

例えば、営業の場面では、プロダクトに多少改善点があったとしても、その製品の意義や作りたい世界観なども含めて積極的に魅力をアピールして、お客様に買っていただかなくてはなりません。

しかし、当時の僕は「よければ使ってください」と、弱腰のコミュニケーションしかできなかった。

いくら良い製品を開発したとしても、そうした営業活動では事業が広がっていきません。

2019年以降、僕は自分の強みを活かせる領域に集中することを意識するようになり、再びCEOになる選択肢は考えませんでした。

会社は立ち上げるよりも終わらせるほうが難しい

——法人を解散することに決めたのも、自身のCEO適性への理解が進んだことが影響しているのでしょうか。

そうですね。そういう側面はあると思います。

あとは、3つの事業をゼロから立ち上げる中で、純粋に気力と体力が底をついていたことも、会社をたたむことに決めた理由です。

外部からの資金調達はしていませんでしたし、大きなトラブルはなく法人解散まで手続きを進めることができたように思います。

——最後に手がけたブロックチェーンのモニタリングSaaS。これは時代の先を行くサービスだったからこそ、事業がうまくいかなかった側面もあるかと思います。仲間とともに業務委託などで時機を待ち、再挑戦することも可能だったと思うのですが、その点は当時どのような判断をされたのですか?

同じような意見は、当時の社内でも出ていました。

しかし、資金がどんどん減っていく状況の中、僕自身が精神的に参ってしまっていたこと、優れた技術力を持つ仲間をただ「会社のキャッシュが尽きないようにする」ためだけに縛り付けたくはないと感じたことから、法人解散という決断を下しました。

僕を信じてついてきてくれたメンバーは、みんな本当に優秀な人たちだったんです。だからこそ、成功するかどうか分からないサービスの再チャレンジを待つのではなく、次なる挑戦に足を踏み出して、彼らの技術をもっと社会の中で、困っている人のために活かしてほしかった。

会社を閉じる選択は、あの当時僕にとりえた最良の選択だったと思います。

——先ほどご紹介いただいたnoteに、「会社は始めるよりも終わらせるほうが難しい」と書かれていたのも印象的でした。改めて、どうしてそのように思ったのかお聞かせいただけますか?

大きく2つの要素があります。1つは、会社をたたむということは、大志を持って始めたことが上手くいかなかったという証なので、自分の力不足を突きつけられる瞬間だからこそ経営者の気持ちとして難しさがあるという点です。

2つ目は、法人解散の意思を周囲に打ち明けるまでの心理的葛藤です。

会社を廃業するという決断は、一朝一夕にするものではありません。それなりの時間をかけて、意思を固めていくものです。しかし、その間にも事業はどんどん前に進んでいきます。

たとえ自分の中で「もう撤退しようかな」と迷いが生じていたとしても、お客様や投資家などの関係者の前では、前を向いて事業成長に向けて頑張っている姿を見せなければなりません。

外部から資金調達をしているのなら、なおのことです。そうした葛藤は、経営者として本当に孤独でつらいもの。

会社を始めるのは登記を出せば一瞬で完了しますが、会社を終えるのは一筋縄ではいきません。

自分の経験からそう強く実感したからこそ、今後どなたかの参考となるように、noteに「会社は始めるよりも終わらせるほうが難しい」と記しておいたのです。 

スタートアップCTOとして起業経験を活かす

——池内さんは現在、AIメンタルパートナー「アウェアファイ」を手がける株式会社Awarefy(アウェアファイ)で取締役CTOとして活躍されています。なぜ、アウェアファイに参画したのでしょうか。

アウェアファイCEOの小川に声をかけてもらったことが大きなきっかけです。

僕と小川はALBERT時代からの知人で、便利な業務ツールやおもしろいビジネスモデルについて情報交換をし合うような勉強仲間でした。

最初は業務委託としてアウェアファイに参画しましたが、スタートアップをやっていた頃に精神的な落ち込みを経験し、メンタルヘルスの重要性を実感していたことから、事業内容の社会的意義の大きさに深く共感し、経営メンバーとして本格的に参画することを決めました。

——現在、ご自身の起業経験は活かせていますか?

2つの観点から、活かせていると思います。

1つは、小川とのコミュニケーションの観点です。資金調達等は小川に任せているのですが、過去の自分の経験からその大変さも理解できるので、悩みに寄り添える面があると思います。

もし起業未経験のまま現職に就いていたら、僕はきっと正論を振りかざして長く築いてきた小川との関係値を壊してしまっていたと思います。

もう1つは、前職で事業の開発からリリースまで、すべてのプロセスを自分で担っていたからこそ、アウェアファイでも同様に事業責任者を務めてこられたという観点です。

ただ、これはメリット、デメリットの両方があって、事業の初期フェーズを着実に育てていける一方で、事業成果が自分自身に依存してしまいます。

今はチームメンバーに課題解決を任せながら、徐々に自分のCTOとしての役割への集中を模索しているところです。

——CTOに転職して、現在のキャリアに対する満足度はいかがですか?

適材適所の意味で言うと、CEOとしての役割よりも、CTOとして技術と事業開発に集中する今のポジションの方が、自分のスキルと経験を最大限活かせていると感じています。この道を選んで間違いではなかったと思いますね。

——アウェアファイでの今後の目標をお聞かせください。

昨年末に資金調達を行い、事業としては順調に前に進むことができています。

アウェアファイとしては今後、一人ひとりがメンタルヘルスやヘルスケアを意識して行動する意義を社会の中に広め、浸透させていきたいと考えているので、僕としてもその部分に何か貢献ができればと思っています。

また、技術に関しては、アプリにAIを搭載したことで大きく伸びているという側面もあるため、今後も引き続き社会の大きなトレンドを踏まえながら、事業や組織体制の中でAI活用を推進していきたいと考えています。

例えば、採用を強化して組織を拡大するということはもちろん選択肢の一つとして取り組んでいくのですが、一方でAIを用いての作業効率化・人員の適正化も行えるはず。AIと共存することで、これまでにない解を出していきたいと思います。

「大きな成功」だけでなく、無数の小さな失敗も評価する社会が理想

——再チャレンジがしやすくなる社会を作るためには、どのような仕組みが必要だと思いますか?

大小問わず様々な挑戦を支援し、たとえそれが失敗しても適切に評価する仕組みが必要だと感じます。

昨今、国内ではスタートアップ環境の整備が進んでいますが、それは成功を前提としたものであり、ユニコーンやデカコーンの創出にフォーカスが当たったものだと思います。

一昔前と比べれば状況は良くなっているとはいえ、やはり未だに失敗した起業家には「敗北者」のようなレッテルが貼られてしまうのも事実です。

手堅く成功することが求められる社会では、大きく化ける事業も生まれづらいのではないでしょうか。

多くの方が「今波に乗っているスタートアップ」ばかりに着目し、支援の手や資金の一極集中が起きているのは、あまり健全な環境とは言えないと思います。

そもそも、ユニコーンやデカコーンの誕生の裏側には、何千、何万もの小さな失敗の積み重ねがあるわけです。

そうした小さな挑戦と失敗にも光を当てて、今まさに挑戦に向けて動き出している起業家や、失敗から再起をかけようとしている起業家たちへ、資金や情報、キャリア形成などの支援をもっと充実させることが必要だと思います。 

——最後に、池内さんにとっての「起業の価値」とは?

理想の社会を描き、その実現を共に目指す仲間が集う共同体を作れること。それが起業の価値だと思います。

会社は、創業者の理念に共感した人が集まり、その実現に向けて事業を動かしていく場所。

それを自分の意志で立ち上げ、カルチャーなどの在り方をデザインできるのは、非常にエキサイティングでおもしろい、起業することでしか得られない経験だと感じています。

スタートアップにもさまざまな形があると思います。事業や組織のありかた、何を最大化するかといったそれぞれのカルチャーがあります。共通しているのは、事業や社会、プロダクトやチームと熱量高く真剣に向き合う人たちがいる、ということなのではないかと思っています。

どこで誰と働くかは人生の一部です。より多くの熱意ある人々が、スタートアップの世界に飛び込んでくれることを期待しています。

最後に「アウェアファイ」についてお伝えすると、AIの進化が著しいなか「AIメンタルパートナー」というAI領域ど真ん中のプロダクトを開発しています。

プロダクト開発だけではなく、会社全体の自分たちの働き方もAIにより変化していっています。これから先も人が生きるうえでは心の問題はついて回るため、自分たちも進化しながら、社会に必要なサービスを届けていきたいと思っています。

市岡光子

この記事を書いたライター

市岡光子

フリーのライター・編集。広報として大学職員、PR会社、スタートアップ創出ベンチャーを経験後、ライターとして独立。書籍や企業のオウンドメディア、大手メディアで執筆。スタートアップの広報にも従事中。

サイト:https://terukoichioka128.com/
Twitter:https://twitter.com/ichika674128

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