加藤耀介氏
学生時代に家庭教師派遣事業とEC事業を立ち上げた加藤さん。
卒業時の選択は、そのまま起業家の道を歩むのではなく、M&Aプラットフォーム企業への「就職」でした。
「組織づくりの経験が不足している」と自己分析し、成長企業での経験を優先。
3年半の修行を経て独立し、M&A領域で新会社を設立します。
学生起業の経験と前職での学びを活かし、2周目の起業に挑む若き経営者の軌跡を追いました。
加藤耀介
1995年生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。在学中に大学附属校の生徒に特化した家庭教師派遣事業とEC事業を立ち上げ、学生起業を経験。卒業後は株式会社M&Aクラウドに入社。カスタマーサクセスなど多様な業務を3年半経験した後、2024年に株式会社Cravalを創業。M&Aイグジットを見据えた起業家の伴走支援を行う『M&Aスタジオ』の運営や、M&Aの推進を考えている買い手企業のM&Aプロセスを支援する『B-MPO』を手がけている。
このページの目次
――加藤さんが起業家を目指すようになったきっかけを教えてください。
実は、最初は政治家になりたいと考えていました。心の根底には、常に日本をより良い国にしたいという思いがあったからです。しかし、政治家への道を現実的に考えたとき、政治家系の家庭に生まれていない自分にとって、資金面や人脈など非常に大きな壁が立ちはだかることに気づきました。
そんな中、経団連のような経済界が国政に大きな影響力を持っていることを目の当たりにし、むしろ起業家としての道を選ぶことで、日本により大きなインパクトを与えられるのではないか、と思うようになったのです。
――「日本を良くしたい」という思いは、どこから生まれたのでしょうか。
1995年生まれの私は、いわゆる「失われた30年」の始まりの時期に生まれました。子どもの頃から、景気が良かったという話を耳にした記憶はほとんどなく、代わりに、「景気が悪い」「日本経済は低迷している」といった言葉ばかりを聞いて育ちました。
そうした状況への違和感、あるいは何とかしたいという思いが、自然と心の中に芽生えていったのだと思います。
実は、起業という手段自体は、中学3年生の頃から漠然と興味を持つようになっていました。起業を通じて日本に貢献しようと考えるようになった決定的なきっかけは、高校時代、リブセンス創業者の村上太一さんの講義に参加してからです。
村上さんの講義を聞き、改めて起業家のすごさ、かっこよさに感銘を受け、自分も人生の中で必ず起業をするのだと心に決めたのをよく覚えています。
――早稲田大学在学中に最初の起業をされています。その経緯を詳しく教えていただけますか?
2年次に進学する春に、家庭教師の派遣事業を始めました。きっかけは、自分自身の経験です。
私は早稲田大学高等学院の出身で、大学進学がほぼ100%保証されている環境にいました。しかし、その環境が逆に勉強へのモチベーションを奪ってしまったんです。
「どうせ大学に行けるのに、なぜ毎日勉強しなければならないんだろう」という気持ちが強く、校内順位も低空飛行でした。
ところが、大学に入ってみて意外な事実に気づきました。同じ附属校出身の学生の中には、家庭教師をつけてもらっていたり、塾に通っていたりした人が意外と多かったんです。
塾は不要だと思われている附属校の生徒たちですが、実際には学習支援のニーズがある。
これは私だけが知る市場の歪みかもしれない、と感じました。そこで、大学附属校に通う生徒に特化した家庭教師サービスを立ち上げることにしたんです。
――その後、EC事業も並行して始められたそうですね。
そうなんです。家庭教師事業の利益を原資に始めたのが、EC事業です。
当時、Amazonでの物販ビジネスが注目を集めており、在庫を持って物を売るという、ある意味ではシンプルかつ原始的なビジネスに私も挑戦してみたくなりました。そこで、中国からOEM商品を仕入れ、日本のAmazonで販売する事業を始めました。
――新卒で株式会社M&Aクラウドに入社されましたが、なぜ就職という道を選んだのでしょうか。
実は、就職するか自分の事業を続けるかはかなり悩みました。
起業家をめざすきっかけに立ち返ると、社会に大きなインパクトを与えられる会社をつくる必要があると思っていたのですが、そのまま事業を続けていても当時の自分の実力では難しいと感じていて結局は事業を閉じる決断をしました。
新卒でM&Aという分野を選んだ理由は、次の起業のための種を見つけたいという思いもあったからです。
M&Aクラウドは、M&Aのプラットフォームを提供しており、さまざまな事業や経営者と関わる機会があります。この経験が必ず次につながると考え、入社を決めました。
また、組織づくりの経験が自分にはまだ不足していると実感していたこともあり、成長中の組織に身を置き、組織が拡大していく過程を実際に体験できるのではという期待もありました。
――M&Aクラウドではどのような業務を担当されていたのですか?
名目上はカスタマーサクセス担当でしたが、実際にはそれ以外の業務も多く任せてもらいました。スタートアップならではの環境の中で、本当にさまざまな経験を積むことができたと思います。
会社の成長過程を間近で見ながら、自分で事業をやっていた時には得られなかった組織づくりの実践的なノウハウを学ぶ貴重な機会になりました。
――3年半の勤務を経て起業されたそうですが、現在の事業について具体的に教えていただけますか。
M&Aを専門に、買い手側の支援と事業創出支援の2軸でサービスを展開しています。日本では、M&Aに関するノウハウやリテラシーがまだ十分に浸透していないと感じていました。
その結果、M&Aが失敗するケースが多く、それが国内のビジネスシーンにおいて「M&Aは難しい」というネガティブなイメージを助長し、負のスパイラルを生んでいる現状があります。
そこで、M&Aの経験者を企業に派遣し、実務面でのサポートを提供する事業を始めました。初めてM&Aを行う企業や、これから積極的に取り組もうとする企業が、全体のプロセスをスムーズに進められるよう支援しています。
具体的には、M&Aの戦略立案から実務まで、経験者の知見を活かしたコンサルティングとBPOを組み合わせたハイブリッドな支援を行っています。
――そのビジネスモデルを思いつかれたのは、やはり前職での経験が大きいのでしょうか。
間違いなくそうです。前職での経験は2社目を起業するための修行としての側面も大きく、本当に多くのことを学ばせていただきました。M&A業界の特徴や課題、実務の進め方など、そのすべての経験が再起業に活きています。
特に重要だったのは、経営者の方々との対話の経験です。自分自身も学生時代の起業の経験があったため、経営者の悩みや課題に寄り添うことができました。
同じ目線で話ができることで、信頼関係を築きやすくなり、その時の経験が今の事業にもつながっていると感じます。
――学生時代の起業経験は、どのように現在の事業に活きていますか。
学生起業という経験自体は人材採用の場面で特に役立っていると感じています。例えば、インターンシップの採用面接では、自分の学生時代の経験を話すことで、起業や新規事業に興味を持つ学生と共通の話題を持ちやすくなります。
また、この経験のおかげで私自身の経歴にも興味を持っていただきやすく、今回のような取材の機会も少なくありません。
――貴社の今後の展望についてお聞かせください。
私の根本的な目標は、日本経済をより良くすることです。そのためには、国内市場だけに目を向けるのではなく、世界で戦える強い企業や起業家を増やしていく必要があると考えています。
特に注目しているのが『2周目起業家』、いわゆるシリアルアントレプレナーの存在です。
1回目の起業で得た失敗や成功の経験を活かし、より大きな成功を収めることができる彼らの存在は、日本の産業界の発展にとって不可欠です。当社は、M&Aを通じてそうした2周目の起業家の成長を支援し、その数を増やしていくことを目指しています。
――学生起業の経験者として、起業を考えている学生向けに何かアドバイスをいただけないでしょうか。
最近、インターンの学生と話す中で、「起業に興味はあるものの、なかなか行動に移せない」という人が多いと感じています。
その理由の多くは、準備不足や失敗への恐れです。しかし、私の経験から言えば、準備に時間をかけるよりも、実際に行動を起こすことで得られる学びの方が圧倒的に大きいと実感しています。
失敗を恐れる必要はありません。起業は人生の選択肢の一つに過ぎませんし、やってみてダメだったら別の道を選べばいいのです。
重要なのは、自分が本当に好きなことや、どのような形で社会に貢献したいのかをしっかり見つめ直すことです。私の場合、「ビジネスを通じて日本を良くしたい」という思いが原点となり、それが現在の事業へとつながりました。
たとえ起業に失敗したとしても、そこから得られる学びは必ず次に活かせます。最初の起業で少し損をしたとしても、それを貴重な投資と捉えればいい。その経験は、次のステップで必ず大きな価値を生むはずです。
――加藤さんのように就職後に再度起業しようとしている学生起業家に対して、特に就職先の選び方についてアドバイスがあればお願いします。
大手企業に入るか、ベンチャー企業に入るかで悩む方は多いと思います。それぞれにメリット・デメリットがあるので、自分の目指す方向性や価値観に合った選択をすることが重要です。
大手企業では、同期など横のつながりが多く、将来の起業仲間を見つけやすいというメリットがあります。一方で、ベンチャー企業では組織づくりの実践的なノウハウを学べる環境が整っています。
私の場合はベンチャー企業を選びましたが、同年代の仲間が少ない環境だったため、今の会社の起業時には仲間集めに苦労した経験があります。
最終的には、自分が将来やりたい事業に近い業界であるか、あるいは仲間づくりができる環境であるか、といった観点で選ぶのがおすすめです。
ただし、大学生の時点で将来の起業分野を確定することは難しいので、幅広い可能性を視野に入れて、一つひとつの選択肢をしっかりと検討するのが良いと思います。
――最後に、加藤さんにとって「起業」の価値とは。
起業自体は、それほど大それたことだとは思っていません。私が今自分の会社を手がけているのは、「ビジネスをやること」そのものに興味と情熱があるからです。
この情熱は個人的な経験が元になっています。意外に思われるかもしれませんが、私の父は仕事があまり好きな人ではなく、いつも「社会は厳しいぞ」と言いながら働いていました。
その姿を見て育った私は、逆説的に「仕事が好きならいつもハッピーな人間になれるのではないか」と考えるようになったのです。人生の大半を仕事に費やすわけですから、仕事そのものを趣味のように楽しめれば、充実した人生が送れるはずだと。
そうした考え方のもと、仕事を最も楽しめる形を探っていった結果たどり着いたのが、起業という答えでした。自分で意思決定し、リスクを取って挑戦する。
そのプロセス自体を楽しめる私にとって、起業は最も相性の良い選択肢だったと言えます。ただし、これはあくまで私の場合であって、誰もが起業すべきだとは思いません。
起業に関してマクロの話をすると、起業の数を増やすことよりも、世界で戦える強い企業を育てることの方が重要だと考えています。
例えば、時価総額100億円の会社が1万社あるより、それらが統合されてより強い企業になる方が、日本の経済的なプレゼンスを高める上では効果的でしょう。
強い企業づくりのためには、1回目の起業から、2回目、3回目の起業に再挑戦する人材を増やすことも必要です。その促進をめざす弊社の事業が、日本の産業界を強くする近道だと信じて、これからも自社事業に心血を注いでいきたいと思います。
フリーのライター・編集。広報として大学職員、PR会社、スタートアップ創出ベンチャーを経験後、ライターとして独立。書籍や企業のオウンドメディア、大手メディアで執筆。スタートアップの広報にも従事中。
サイト:https://terukoichioka128.com/
Twitter:https://twitter.com/ichika674128
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