「起業はあくまで問題解決の手段」  社会問題の解決を目指す若き起業家の再挑戦

「起業はあくまで問題解決の手段」 社会問題の解決を目指す若き起業家の再挑戦

常盤瑛祐氏

記事更新日: 2024/11/11

執筆: 市岡光子

貧困と虐待の経験から社会問題解決を志し、25歳で起業した常盤瑛祐さん。

新興国向けスマートフォン事業の経験を経て、現在は性格診断サービスの開発に取り組んでいます。

「起業はあくまでも問題解決のための手段」と語る常盤さんの言葉には、目的のために柔軟に戦略を変え、挑戦し続けることの大切さが込められていました。

その軌跡から、起業の本質と新たなチャレンジへの心得を探ります。

常盤瑛祐

1991年生まれ、千葉県出身。「悪者図鑑」著者。貧困に起因する虐待、ネグレクトのある家庭に育つ。幼少期から感じていた生きづらさや通学困難といった自身の原体験により、2010年頃から社会問題の解決を志すように。大学に通いながら、NGOや政策提言など、様々な角度からの活動を行う。2014年にアメリカのファンドレイジング大会へと参加したことをきっかけに、「ビジネスを通じた社会課題の解決」に大きな可能性を見出すようになる。その後、大学を中退し、ベンチャー企業に就職。2016年10月に株式会社アメグミを起業。新興国向けの格安スマートフォン事業を開発するも、新型コロナウイルス感染症等の影響を受けて2021年半ばに事業を撤退。現在は性格診断を軸としたサービス開発を行う。

社会課題の解決を目指して。25歳で立ち上げた格安スマートフォン事業

——常盤さんが最初に手がけた事業は、どのようなものだったのですか?

株式会社アメグミというスタートアップを2016年10月に立ち上げ、新興国向けの業務用格安スマートフォンの開発・販売を行っていました。

具体的には、海外のパートナー企業などとともに、ハードウェアとOSを独自に開発。量産体制を確保して、実際にインドやブラジル、アフリカ諸国で販売する目前まで事業を進めていました。

——なぜ、新興国向けの格安スマートフォンで事業化を?

1つのきっかけは、TED TalkでTalaという海外のスタートアップを知ったことでした。Tala は新興国の消費者や事業者向けにGPSや電話の履歴を与信として活用し、マイクロファイナンスを提供しています。その事業モデルについて理解を深めるうちに、自分自身でTalaのようなサービスを展開できないかと思ったのです。

そこで、2016年秋に会社を設立。12月にエンジェル投資を受け、その資金をもとに翌年1月よりインドで市場調査を行いました。その結果分かったのが、特に貧困層の多い郊外や農村では、スマートフォン普及率が低いということでした。

新興国に暮らす普通の消費者や労働者は、なぜスマートフォンを持とうとしないのか。細かく調査を進めてみると、新品のスマートフォンの価格が高く、手が出せないという原因はもちろんのこと、中古のスマートフォンではOSのバージョンが古いためにすぐに不具合を起こしてしまい、あまり使いものにならないということが分かりました。

加えて、新興国で暮らす人々の医療やファイナンス、教育などの課題の多くは、スマートフォンアプリで解決可能なことも発見。安くて動作が安定するスマートフォンがあれば、ニーズを一気に掘り起こして社会課題の解決が可能なビジネスとして成立させられるのではないかと、事業化を考えるに至りました。

——常盤さんにとって、「社会課題の解決」は、起業における重要なキーワードとなっているんですね。

そうですね。貧困に虐待、ネグレクト、それに起因する通学困難……と、幼少期からこの世の“地獄”だと思えるような経験をいろいろとしてきました。さまざまな方に助けていただいて、たくさんのことを教えていただく中で、昔の僕のような状況にある人を支援できたらと感じるようになったんです。そこで、NPOや政策提言、アート活動などに挑戦した結果、最終手段としてたどり着いたのが、もともと視野にすら入っていなかった「起業する」という選択肢でした。GAFAのような規模で、パブリックに影響が及び、人に行動変容をもたらすようなビジネスが展開できるようになれば、社会問題も一気に解決できる。そういう起業ならば、自分が取り組む意義があると考えたのです。


SUNBLAZE Phoneでオンライン学習を行うインドの貧困層の子どもたち

コロナ禍で事業を断念。複数回のピボットを経て新たな事業に挑戦

——この事業をクローズした理由を教えてください。

主な原因は、新型コロナウイルス感染症の拡大です。世界的なパンデミックが発生したことで、物や人の往来がストップ。それにともなって想定していたユーザー層の貧困化がさらに進み、半導体の価格も高騰してしまったことから、2021年の夏に事業の継続を断念しました。

——最初の起業を経て、得られたものは何だったと思いますか?

会社の立ち上げと経営に関する様々な知見がたまりました。特に起業2年目の2018年、『起業の科学』を出版された田所雅之さんにメンタリングをしていただいたのは、本当に貴重な時間だったと思います。いかにリスクを抑えて事業検証を進めるか、どんな風に顧客ニーズの解像度を高めるべきか、資金調達や採用をどのように進めるべきなのか、経営の一連の流れを学べたのは、現在の活動にも大いに役立っていますね。


2018年2月スペイン・バルセロナでの展示会参加時の写真
一番右が田所雅之氏、その隣が常盤瑛祐氏

——現在は、どのような活動を?

世界で流行している「MBTI性格診断テスト(16personalities)」を参考にして、学術的に信頼のある性格診断アプリとそれに紐づくWebメディアを開発・運営しています。(参考、HEXACO-JP性格診断

——現在の事業アイデアには、すんなりとたどり着いたのでしょうか?

いえ、僕の場合は複数回のピボットを繰り返しました。「GAFAクラスのビジネスをつくる」ということを軸に据え、多くの人が触れる不動産、金融、教育、出版など様々な分野で事業の可能性を検証してきました。そのうちの教育と出版については、学校向けSaaSを作ったり、出版業界向けの生成AI事業を作ったりと、実際に仮説検証のサイクルを回したことがあります。

——そこからなぜ、性格診断に勝機を見出したのでしょうか?

大前提として、僕は「人の行動変容があってこそ社会問題が解決する」と考えているのですが、性格心理学の知見を用いれば、実際に人の行動を変えられるという事例を目撃したことが大きなきっかけです。

「ケンブリッ ジ・アナリティカ事件(CA事件)」というものをご存知でしょうか。これは、ケンブリッジ・アナリティカというアメリカの会社が、Facebookで性格診断ツールを展開し、それに答えた人のデータをもとに、2016年秋の大統領選挙における有権者の投票行動を変容させたという事件で、個人情報保護の観点からも世界的に大きな話題となりました。

この事件の全体像を知ったとき、CA事件では性格診断が悪い方向に使われてしまったものの、逆に性格心理学による行動変容を良い方向にも使えるのではないかと感じたのです。実はこれはスマホ事業を始めるときもすでに構想にありました。

——現在の事業は、どのようなフェーズにあるのですか?

現在はまだユーザー数を取りに行っている段階で、メディアもアプリもマネタイズはしていません。いずれはAIとの掛け合わせで行動変容のコンサルティングが可能な機能をアプリに実装したり、性格以外の情報も集めながら、企業の人事部門で活用可能なサービス開発につなげたりと、有料のサービス展開も構想として描いています。


現在、常盤さんが運営する性格診断のタイプ分類

——サービスを無料で展開中とのことですが、現在の事業は副業として行っている形なのでしょうか?

そうですね。現在の本業はITフリーランスです。委託でいただく仕事で日々の収入を得ながら、サイドビジネスとしてプロトタイプを作り、仮説検証を回しています。

再挑戦に踏み出すために必要なものとは?

——ここまでお話を伺ってきて、常盤さんは社会問題の解決を見据えて、何度失敗しても諦めずにチャレンジし続けているのが純粋にすごいなと思いました。

やはり「貧困・虐待家庭に育った」という原体験は大きいですよね。残念ながら現在の日本社会では、僕のような原体験を持つ人は人生の中で大きな躓きを経験し、その後の生活が上手くいかなくなってしまうケースも多いわけです。でも、僕はたまたま、ものすごく良い運を手にできた。そのおかげでこうして今、普通に生活して、目標に向かって自分の力でチャレンジできる環境があります。

そういう僕だからこそ、社会問題に立ち向かっていかなければならないと思うんです。僕がやらなければ、ほかにやる人がいない。貧困と暴力がもたらすものの深刻さを身をもって理解していなければ、社会問題の解決を志向した取り組みは、目指すゴールが遠すぎて途中で諦めてしまう人もかなり多いと思います。

——1度目に立ち上げた事業をクローズさせた後、比較的すぐに次の挑戦に踏み出せたのは、「起業は社会問題解決の手段」と捉えている部分があるからなのですか?

そうですね。僕の中では「起業はあくまでも問題解決のための手段の1つでしかない」という認識です。仮に失敗したとしても、そこから学んで、次のアイデアの仮説検証に活かしていけばいいと思います。

——とはいえ、やはり会社や事業を畳んだ直後は、大きく落ち込んでしまう方も多いのではないでしょうか?

その意味で言うと、人それぞれ人生のペースがあるので、何も起業に失敗してすぐに別の挑戦を始める必要はないと思います。僕自身、今日までずっと起業していたわけではありません。ITフリーランスをやりながら、読書に勤しんでいた期間が1年ほどありました。

もしも気持ちが落ち込んでしまっているのなら、休息の時間をしっかりとってほしいです。よく寝て、しっかり食事をとる。基本的なことですが、気持ちの余裕をつくる上で本当に大切なことです。自分が満足していなければ、人を満足させることなどできません。次のチャレンジで良いサービスを生み出すためにも、自分に「充実した休みの時間を与える」ということは意識してほしいなと思います。

——再起業でも就職でも、次の一歩を踏み出す際、失敗経験が尾を引いてしまうこともあるかと思います。そうしたマインド面のブロックを外すためには、何が必要だと思いますか?

マインドがブロックされてしまう状況には、いくつかの要因があると思います。もしもその原因が単純に行動力や資金が足りないという部分にあるのなら、お金をかけずにプロトタイプを作り、仮説検証を進めるという方法でクリアできるのではないでしょうか。営業資料も含めてプロトタイプがいけそうか確認するだけならハードルはかなり下がります。

ほかに原因がある場合は、今感じている「怖さ」と向き合いながら、逆にそれを利用するくらいの気持ちでいればいいと思います。個人的に、起業家とネガティブ思考は相性が良いと感じているんです。経営にはリスクがついて回るもの。人を信用しすぎず、契約やお金まわりのことも石橋を人より多く叩いて渡るくらいでちょうど良いはずです。怖いという感情を突き詰めていくと、リスク要因が見えてくる。それを潰せるように対策を考えてみると、次の挑戦にも向かいやすくなると思います。

起業は特別なものではない。自分の使命を問い直して次の挑戦と向き合ってほしい

——起業経験を活かして再チャレンジがしやすくなる社会を作るためには、どのような仕組みが必要だと思いますか?

プロトタイプ開発の考え方や手法を教えるスクールのようなものがあると良いかもしれません。僕は大学でデザインを学び、プログラムもある程度は分かるので、プロトタイプ開発の工数や費用を適切に見積もって進めていくことができますが、これから起業する、あるいは一度事業を断念された方は、そうではないケースも多いと思うんです。すると、ニーズや課題を捉えられていても、適切なプロトタイプが開発できないから再チャレンジにつながらないということも多いのかなと。

これまで様々なコンテストやアントレプレナー教育を見てきましたが、アイデアのおもしろさを褒め合うコンテスト形式ではなく、「それは本当に生活者が求めていることなのか」と顧客から直接、本気のフィードバックがもらえる場が必要だと感じます。それがあると、すべての時間が課題発見の時間になると思います。日常生活で触れる全てのものからビジネスのヒントを得られますから、事業アイデアも得やすくなりますし、起業・再起業へのハードルが一気に下がるように思います。

——最後に、常盤さんにとっての「起業の価値」とは?

少し斜に構えた答え方になるのですが、「起業の価値」と言われると、起業すること自体が高尚な代物になってしまう気がします。

日本では、起業を神聖視しすぎるきらいがあります。起業は困りごとを解決するための方法でしかありませんし、そもそも一昔前は個人商店がたくさんあって、自分で商売をすることは何も珍しいことではなかったわけですよね。僕が今やっていることも、個人商店の皆さんがやっていることと大して変わりません。誰かのニーズを発見して、市場の風を読んでビジネスを組み立てていく。もちろん、企業として規模が大きくなっていけば、競争の波にもまれることになります。

でもそれも、地球や宇宙の規模で考えてみれば、ある意味動物的。アマゾンのジャングルにおける弱肉強食、環境適応の世界と一緒です。起業家も自然界の命の営みと同じことをやっているのだ、僕らはただ生き物として行動しているのだと考えると、起業を神聖視せずに「やりたい人が、やりたいことをやればいい」と思います。

これから起業、再起業を考えている人は特に、目の前の事業を特別なものだと思わず、本当にそれをやりたいのかを改めて問い直してみてほしいです。

市岡光子

この記事を書いたライター

市岡光子

フリーのライター・編集。広報として大学職員、PR会社、スタートアップ創出ベンチャーを経験後、ライターとして独立。書籍や企業のオウンドメディア、大手メディアで執筆。スタートアップの広報にも従事中。

サイト:https://terukoichioka128.com/
Twitter:https://twitter.com/ichika674128

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