TOP > インタビュー一覧 > お寺運営とスタートアップ経営はどっちが大変?? 〜1000年続く価値と1000日で創る価値〜 京都だからできる、歴史を味方につける唯一無二のビジネス
「KYOTO Innovation Studio 第8回【後編】」は、「お寺運営とスタートアップ経営はどっちが大変??」という壮大なテーマで話し合われた。
セッションのファシリテーターを務めるのは、京都市都市経営戦略アドバイザー 入山章栄氏だ。
登壇者は、マネックスグループ(株)代表執行役会長 松本大氏、 清水寺執事 森清顕氏、(株)ELternal代表取締役社長CEO 小久保隆泰氏である。
京都市長からの意見も聞かれた「第8回セッション【後編】」をレポートする。
このページの目次
京都市都市経営戦略アドバイザー入山 章栄氏
早稲田大学大学院経営管理研究科早稲田大学ビジ ネススクール(WBS)教授。慶應義塾大学院経済学研究科修士課程修了後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院より博士号を取得し、同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。
WBS准教授を経て、2019年に現職へ。「世界標準の経営理論」(ダイヤモンド社)等の著書のほか、メディアでも活発な情報発信を行っている。
入山 章栄氏
入山:今回は千年続いていることが最大の価値であるお寺の運営と、千日で価値をつくらないといけないスタートアップの経営を比較するセッションです。
ゲスト1人目はマネックスグループ(株)代表執行役会長 松本大さんです。
マネックスグループ(株)代表執行役会長 松本大氏
87年東京大学卒業以来、一貫して資本市場の仕事に従事。
94年ゴールドマンサックスのパートナーに30歳で就任。
アジアにおけるトレーディング、リスク管理等の責任者となる。
98年退任、99年マネックス創業。東証の社外取締役や政府審議会委員を歴任し、日本の資本市場の改革に積極的に取り組んで来た。
Human Rights Watch名誉理事、米国Mastercard社外取締役。
現在、マネックスグループ代表執行役会長。
松本大氏
松本:ゴールドマンサックスなどの外資系証券に12年勤め、その後マネックスをつくって25年が経ちました。
アメリカのマスターカードの社外取締役もしていて、2023年12月まではヒューマン・ライツ・ウォッチという国際的な人権NGOの副理事長も務めていました。
京都の大学生などが立ち上げたスタートアップを応援する活動もしています。
入山:次は、清水寺の執事である森清顕さんです。
清水寺執事 森清顕氏
昭和51年京都市清水生まれ。平成17年立正大学大学院修了。博士(文学)。
現在は、上記のほか、京都市社会教育委員会副議長、上智大学グリーフケア研究所客員所員・非常勤講師、立命館大学歴史都市防災研究所客員研究員など兼務。
共著に『清水寺に会いにこないか』ほか。自身が立ち上げパーソナリティーも務めるラジオ番組「西国三十三所トリップアラウンド33」でJFN賞2019企画部門地域賞を受賞。ラジオや執筆を通して、初めて観音信仰や仏教にふれる方に、より親しみやすく伝えることに奔走中。
森清顕氏
森:清水寺の中で生まれ育ち、ランドセルを背負って境内を歩くような子供時代でした。
京都市の社会教育委員会などでの活動や、グリーフケア研究所という悲しみに寄り添う方を育てる研究所で授業をしたり、防災関係の活動もしています。
入山:(株)ELternal代表取締役社長CEO 小久保隆泰さんは、お寺にもベンチャーにも関わっている方です。
(株)ELternal代表取締役社長CEO 小久保隆泰氏
早稲田大学大学院経営管理研究科卒業(MBA)。観光資源開発・神社仏閣コンサルタント。
早稲田大学大学院在学中、株式会社ELternalの事業を構想し、同大学でのビジネスプランコンテストにて優勝。
現場の知見を土台としたマーケティング戦略立案とクライアントの課題解決を強みとし、神社仏閣を軸とした観光資源開発において顕著な実績を残している。
中でも2018年に開始した埼玉厄除け開運大師 地方創生プロジェクトでは、古刹の初詣を復活させ、最寄駅から徒歩40分という難しい立地にありながら5年で初詣参拝客を500倍(1000人→50万人)に成長させた。
現在もなお、世界遺産寺院を含む神社仏閣の課題解決を自ら陣頭指揮する、日本を代表する神社仏閣コンサルタント。
小久保隆泰氏
小久保:私はお寺の息子で、20歳の時に父が他界してお寺を継ぎました。
それからベンチャーを立ち上げて、お坊さん業とベンチャー経営の両方をしています。
ELternalは、神社仏閣のコンサルティングとして、京都の伝統や文化と新しいテクノロジーを新結合して新しい価値を創造する取り組みや、お寺のDXなどを行っているベンチャー企業です。
入山:スタートアップは時間が勝負で、数年のうちにIPOしなくてはいけません。
一方でお寺は千年以上も続いています。
この時間軸の違いが、寺運営やスタートアップ経営に与える影響について考えていきましょう。
森:お寺は会社と違って株主がいませんから、四半期決算がなく単年度の赤字か黒字かにもせかされません。例えば、うちのお寺では400年後に使える木をつくるために、30年前から山を買って植林を始めています。
こういった時間を味方につけた取り組みができます。
しかし、お寺は千年以上存続しているものの、1人の人間が運営に関われるのは、ほんの一瞬で僅か40〜50年の話しです。この一瞬の時間の積み重ねが歴史です
清水寺の1200年の歴史は、何人もの先人が苦労をして繋げられたもので、その中の1人でも欠けていたら今ここに清水寺はありません。
運営に関われる時間は、たかが50年されど50年なので、自分の時代を守り続けて、次の世代にバトンを渡さない限り、400年後の植林をしても意味がないんですよね。
となると、「今何をするべきか?」を必死に考えないといけません。
社会情勢をみても、まさに今が勝負だと思います。
小久保:スタートアップの良さは意思決定が早くできるところですが、スタートアップは潜在的な市場がターゲットで不確実なことが多いため失敗が多いです。
お寺は意思決定にすごく時間がかかるとはいえ、これまでの歴史や経験を活かせば失敗しにくいのではないでしょうか。
森:お寺も意思決定を早くすると共にDX化を進めなければいけません。
我々の世界は、老僧が多いので最新機器はファックスなんですよ(笑)。
用事がある時にファックスを送って、電話で「届きましたか?」と確認したり、ホームページがないお寺やパソコンがなくてメールが送れないお寺もあります。
意思決定においては、旧態依然の形やお作法があるので、決めるのに時間がかかり、行動に移すまでにさらに時間がかかります。
それで、行動タイミングを逃しやすいです。
松本:お寺の経営はすごく大変だと思います。
なぜならお寺は”守り”、スタートアップは”攻め”だからです。
スタートアップは隙間に入って行く産業なので工夫次第ですが、お寺は千年の歴史を守ってはいかなくてはならないのに人口減少で利用者数は減っていきますよね。
小久保:実は、今後20年で40%の寺院が消滅すると言われています。
お寺の数は7万7千、神社の数は8万1000です。
歯医者は6万9千、コンビニは5万5千なので、歯医者やコンビニより多いのですが、お寺の4割は年商300万円未満で経営が厳しい状況です。
松本:お寺ほど長く続いている企業はほとんどないので、お寺のビジネスモデルには素晴らしい要素があるのでしょう。
森:当山の場合、長く維持する上で、維持運営にかかる費用調達は大変です。創建以来、江戸時代までは、公家や幕府からの庇護があったので運営できていました。しかし現在は、庇護する大きな存在はいませんので、寺が自ら費用を調達しなければなりません。お寺は物を作って売るわけではないので、生産性という概念がありませんし、自らが努力しなければ、誰も助けてくれません。コロナ禍以前から、インバウンドで京都は大きく変わりました。当山の景色も様変わりしました。海外の方が、日本の仏教や文化に触れて頂く事はとてもいいことです。
けど、インバウンドには弱点が2つあります。
1つ目はコロナなどの疫病、2つ目は世界情勢の不安(戦争)です。
疫病はこの度のコロナ禍で経験した通りです。世情不安、即ち戦争が起こった瞬間、主に海外からの観光産業はすべてストップするので、インバウンドに頼り切る運営は不安要素があります。
この2つの弱点をカバーする運営方法を、寺のみならず京都全体で考えなければと思います。
小久保:お守り販売や拝観料など観光ビジネスで収益を上げているのが「観光寺院」で全体の5%ほどです。
95%は「檀家制度」で成り立っています。
家族が亡くなった時にお坊さんを呼び、お布施をお支払いするビジネスモデルです。
入山:檀家モデルからの脱却が課題なのでしょうか?
小久保:観光や檀家に頼り切っているなど、ビジネスモデルが一本足なのが問題です。
新規事業やスタービジネスを作ったほうが良いと思いますが、意思決定が遅いので進みにくいのでしょう。
それに、人口減少で亡くなる方も減っているうえに、お寺離れも起きています。
「お寺に高額なお金は払いたくない」と考える人が増えたり、ここ10年、20年はお坊さんが銀座で飲み歩いていたりしてイメージが良くありませんでした。
松本:次の世代がどうなるのかが不安です。
子供がお墓をみてくれなかったら無縁仏になる可能性がありますよね。
小久保:これまでは誰かしらがお墓の面倒をみていましたが、少子化で難しくなり、同時に意識が変わって、昔は親の面倒を子供が見るのが当然だったのが、今は子供に迷惑をかけたくないという親心が出てきています。
そうすると、お墓は継がなくていいと考えたり、お墓を継がせたくない人もいるでしょう。
松本:スマホの中にお墓が入っていて、お墓参りするとポイントがたまったり、課金して般若心経を読んでもらったりするサービスをマネックスで企画しました。
絶対ニーズがあって、ユーザーは良いことができて満足できるし、「お墓行くのは大変だけど、スマホでできるならやろう!」になると思ったからです。
でも、若い社員にあっさり却下されました(笑)。
小久保:それがまさに価値観の変容ですが、同じような試みは過去にもありました。
パソコンでお墓参りができたり、コロナ中にデジタル初詣という、スマホで初詣ができるサービスがありましたが流行らなかったんですよね。
なぜかと言うと、お寺や神社に行くことに価値があるからです。
わざわざお墓に行って手を合わせるという時間と手間をかけて初めて自分自身が満足できます。
入山:宗教の本質は「無駄なことをする」で、無駄に意味があるんですよね。
礼拝やイスラム教の断食のような科学的な根拠や合理性とは関係ないことをみんなで一緒にすることで共有体験が生まれ、人々の繋がりが深くなるのが宗教です。
森:宗教で絶対にデジタル化できないのは「体感」です。
五感を使ったなにかが宗教には必ずあって、そこはデジタルで代替できません。
小久保:賽銭も「チャリン」という音が大事なんですよね。
入山:松井孝治京都市長がいらしているので、ぜひ参加していただきましょう。
松井:電子マネーの賽銭でも「チャリン」という音が必要だと聞いたことありますが、せっかく観光客が訪問してくれたのに現金オンリーで電子マネーが使えないのはもったいないなと思います。
また、京都では電話などのアナログな通信手段が一般的ですが、海外はSNSが主流なので、電話ではなくSNS対応ができないといけません。
工夫すればもっと可能性が広がります。
松本:教会に寄付をするとメールアドレスを書かなくてはならず、後から「今度こういう寄付をしませんか?」と営業連絡がくるので、お寺もそういった仕組みで良いのではないでしょうか。
松井孝治京都市長
京都市長について:京都市長のページ
森:お寺業界で議論されているのは、キャッシュレス時の情報問題です。
信仰の自由が憲法で保障されていて、「自分が信仰してる宗教を他人に知られたくない」という権利、秘匿の自由も守られないといけません。
お寺と個人の契約なら秘密が守られるが、キャッシュレスの業者が入ることで個人情報が漏れてしまいます。
もし仮に、決済会社に裁判所からの開示命令が出た時、参拝した人の情報を出す可能性があるからです。
松井:日本の役所でDXを進める場合、基準(個人情報なら個人情報保護指針)に沿って各事業者ごとにガイドラインをつくって実行します。
しかし、宗教法人法は他の事業法と全く違います。
そもそも事業ではなく、宗教は精神文化そのものです。
宗教法人は行政が触ってはいけない領域で、DX推進に関する方針を決められないのが現状です。
入山:これからの時代がすごく厳しい点について、お寺の運営に関わっている方同士で危機感の共有はされていますか?
森:40代50代の我々は危機感がありますが、もう少し上の世代だと右肩上がりを経験しているので、まだ大丈夫だと思っている方もみえます。
我々世代は早く動きたいし、次の世代の種まきをしておかないと、自分たちが責任を取る立場になったときに身動きが取れません。
小久保:40代50代のお寺の方は危機感を感じていても、意思決定をするのはご住職で70代、80代の方です。
ただし、お寺など歴史あるものは、ビジネスの参入障壁の高さがメリットなので、京都のスタートアップはお寺をいかに有効活用するかについて考えないといけません。
世界一の歴史がある京都のお寺を味方につければ、参入障壁が高く収益性も高いビジネスができるでしょう。
歴史だけは他の国や地域が真似できないので、最大の強みです。
森:お寺の仕事の中心は「布教」です。
主軸たる布教活動ができないと、清水寺でイベントをしてもただの場所貸しになってしまいます。
入山:それはルールで決まってるのではなく、自分たちで「こうあるべきだ」になっているのではないでしょうか。
森:そこは各お寺の判断ですね。
下手なことをすると、お寺のブランドをすり減らすことになります。
清水寺が場所貸しをしてイベントを行った場合、布教活動になっていないと清水寺で行う意味がなくなり、イメージ低下につながります。
入山:東京など京都以外の人間には分からない「変化しすぎてはいけない」という懸念があるんですね。
松井:宗教施設に国会や役所は介入すべきではないというのが基本原則です。
しかし、神社仏閣の何割かの存続が難しく、「宗教法人が破綻した時に宗教法人を維持しながら買収されてしまうのではないか?」という危機感を持っています。
松本:単立のお寺はファミリーオフィスにするのに最適なので、悪用目的で買収されるリスクがありますよね。
入山:そうした課題も京都ならではですね。
参加者:お寺の存在意義をひと言でいうとなんなのでしょうか?
入山:それぐらい我々のお寺の価値が揺らいでいるということですよね。
森:我々業界の努力不足で、存在意義を伝え切れていません。
仏さまに手を合わせることも大事ですが、その前提として、観音さまの浄土を再現して創られた清水寺の景色を楽しんだり、建築物を見て、ふと日常生活から離れ心休めて頂くことが知らず知らずのうち、既に仏さまの世界にいるということです。
仏教には、教えが沢山あります。けど、知っているだけでは知識です。ダイエットの方法を知っていても、実行しなければ痩せないのと同じです。教えがあっても、本当に仏さまの言葉を知りたい、実感したいと思わなければ本当の教えは機能しません。だからこそ、布教が大切なのです。
人々の中で仏様にすがることや手を合わせたい欲求が目覚めた時に、神社やお寺の価値基準が動き出すでしょう。
松井:お寺を存続させるためには、なんらかの社会的な役割を付与する方法もあります。
たとえば、寺子屋、駆け込み寺、医療・福祉を提供する場、瞑想をして自分と向き合う場(海外の有名人が日本のお寺を利用する理由)などです。
人々が実際に関わる機会が増えれば「お寺や神社はやっぱり必要だよね」と思ってもらえます。
入山:それでは最後になりますが、今回の感想をお聞かせください。
小久保:京都が東京に負けない価値を提供できる方法の1つが、お寺とスタートアップの掛け合わせだと改めて思いました。
松本:京都でお寺の話ができて幸せでした。
日本は一神教ではなく八百万の神がいて、独特の文化や歴史があるのでビジネスに活かせれば唯一無二の価値を生み出せるでしょう。
森:「主人公」という言葉は仏教用語で、人生は自分が主人公です。自分の足で歩まなければなりません。決断も、全て自分の責任です。
これはだれにおいても同じです。スタートアップ経営でも同様で、様々な決断や苦労があると思います。
そんなときには、京都には、神社仏閣がたくさんあるので、自分を見つめたり、考えたり、宗教者などに話ができたりする格好の環境なので、そう言う意味においてもぜひ寺社を活用してほしいです。
今、清水寺でもスタートアップを目指す方や学生、研究者になる方など若い世代が横につながれる機会をつくる計画を立てています。
松井:若い人たちが集って語らえる場、子育てを応援する場、医療支援する場など、それぞれのお寺や宗教法人が判断してプラスアルファの社会的な役割をもたせてほしいと思います。
お寺が自発的にいろいろな機能をもたせることが、京都全体の幸せにつながるでしょう。
入山:みなさま、今日はありがとうございました。
KYOTO Innovation StudioではSessionにて生まれたアイディアをプロジェクトとして実装していく取り組みを行なっています。さらに、京都市内外での繋がりを広げていくために交流会やコミュニケーションプラットフォームを運営しております。
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