TOP > インタビュー一覧 > 組織に必要なのは多様性だけではない!? 発酵に学ぶ人的資本経営。 人と人の関係を「発酵」させる京都はビジネスの適地!
「KYOTO Innovation Studio 第8回【前編】」のテーマは、「『仕込んだ後は、信じて待つ!?』発酵に学ぶ人的資本経営」である。
セッションのファシリテーターを務めるのは、京都市都市経営戦略アドバイザー 入山章栄氏だ。
登壇者は、アサヒグループHD(株)特別顧問 泉谷直木氏、(株)発酵食堂カモシカ代表取締役社長 関恵氏、同志社大学大学院ビジネス研究科教授 井上福子氏という多様な顔ぶれだ。
微生物の働きによる発酵のメカニズムから、人材を活かす様々な経営のヒントが見つかった「第8回セッション【前編】」をレポートする。
このページの目次
京都市都市経営戦略アドバイザー 入山 章栄氏
早稲田大学大学院経営管理研究科早稲田大学ビジ ネススクール(WBS)教授。慶應義塾大学院経済学研究科修士課程修了後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院より博士号を取得し、同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。
WBS准教授を経て、2019年に現職へ。「世界標準の経営理論」(ダイヤモンド社)等の著書のほか、メディアでも活発な情報発信を行っている。
入山 章栄氏
入山:今回のセッションでは、発酵と人的資本経営の共通点を探っていきます。
まずゲストをご紹介しますが、アサヒグループHD(株)特別顧問の泉谷直木さんは、アサヒをスーパーグローバル企業に育て上げた日本屈指の経営者です。
アサヒグループHD(株)特別顧問 泉谷直木氏
1972年 アサヒビール株式会社 (現 アサヒグループホールディングス株式会社)に入社。広報部長、経営戦略部長、東京支社長等を経て、2010年に同社代表取締役社長。翌年にアサヒグループホールディングス株式会社の初代代表取締役社長となる。
グループの企業価値向上に向けて、国内ではアサヒビール株式会社、アサヒ飲料株式会社、アサヒグループ食品株式会社等の成長に加えて、カルピス株式会社等の買収を指揮。海外ではオセアニア、東南アジア地域に加え、欧州事業も拡大。取締役会長兼取締役会議長を経て、2021年より特別顧問。
参考:https://recruit-holdings.com/ja/about/leadership/izumiya/
泉谷直木氏
泉谷:私は生まれも育ちも京都で、大学を出た後に東京で50年間を過ごし、昨年京都に帰ってきて、マンションと築百年の町家を借りました。
マンションでは新しい京都の楽しみ、町家では古い京都の楽しみ、というデュアル生活(二拠点生活)をしています。
入山:(株)発酵食堂カモシカ代表取締役社長の関恵さんは、京都出身の発酵ビジネスのスペシャリストです。
(株)発酵食堂カモシカ代表取締役社長 関恵氏
北海道大学経済学部、スウェーデンのヨーテボリー大学政治経済学部に留学後、医療福祉大学にて修士課程を修める。
IBMビジネスコンサルティングサービスを経て、医療系コンサルティング会社へ。
2011年、株式会社発酵食堂カモシカを起業。
「命で命で元気になる。~発酵食を台所に取り戻す♪」を事業メッセージに、発酵食品の製造販売事業、飲食事業、ワークショップ事業を展開。
第3回京都女性起業家賞最優秀賞受賞(2015)、第12回文化ベンチャーコンピティションin Kyoto 最優秀賞受賞(2019年)第4回京都市「これからの1000年を紡ぐ企業」認定(2019年)知恵-1グランプリ受賞(2023年)京都府出身。
関恵氏
関:私は京都北部の生まれで、医療コンサルをしていましたが、健康の要を追いかけて食にたどり着き、食の要を追い求めたら発酵にたどり着きました。
入山:つづいて、同志社大学大学院ビジネス研究科教授の井上福子さんです。
同志社大学大学院ビジネス研究科教授 井上福子氏
神戸大学博士(経営学)、インディアナ大学MBA(アントレプレナーシップ専攻)、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス・アンド・ポリティカル・サイエンスMSc(比較労使関係および人事管理)日本企業に勤務の後、留学を経て、複数の国際機関および大手外資系企業に勤務。外資系企業では、部長職、人事本部長職等、要職を歴任。
国際原子力機関(ウィーン本部)の人材計画課長、上級人事担当官を経て現職。人的資源管理と組織開発およびリーダーシップ育成を専門としている。
井上福子氏
井上:私は文化に大変興味があって博物館の学芸員になりたかったのですが、配属先は人事部でした(笑)。
それから、人事という職域の中でジョブ型で働いてきました。
非常にたくさんの企業で働いた経験があるので、日本では珍しいキャリアと言われますが、海外ではこれが普通です。
入山:カモシカは、第3回京都女性起業家賞最優秀賞受賞(2015)、第12回文化ベンチャーコンピティションin Kyoto 最優秀賞受賞(2019年)第4回京都市「これからの1000年を紡ぐ企業」認定(2019年)などを受賞した企業です。
関:私が発酵に興味をもったきっかけは2つあります。
1つ目は薪割りで体力をつけるなど、医療介入を最小限に抑えた自然分娩をしている「吉村医院(愛知県岡崎市)」で娘を出産したことです。
そこで発酵にはまり、ヘルスケアの本質は台所にあり、食が健康の要だと気づきました。
病気になってから行える治療は非常に限られていて、予防が本質、そして予防は台所からです。
カモシカが伝えたいことは「命は命で元気になる。発酵食を台所に取り戻す」で、プロデューサーとコンシューマを合わせた「プロシューマー(生産消費者)」を増やすことを意識しています。
たくさんの人に発酵食品を作ってもらうのが、私たちの目標です。
食堂で発酵食品を提供するだけでなく、ラボでぬか床を作りマルシェに卸して販売したり、ワークショップで作り方を伝えるなど、発酵食品のSPA(企画・生産・販売を結合したビジネスモデル)を行っています。
関:発酵とは微生物が起こすものです。
代表的な微生物は3つあります。
1つ目はビール酵母などの「酵母」、2つ目は納豆菌などの「細菌」、3つ目は麹などの「カビ」です。
これらの微生物がつくりあげる美味しい食品を、私たちは発酵食品と呼んでいます。
微生物は有機物を分解してエネルギーをつくるという「生命活動」をしていて、彼らの作ったモノの恩恵にあずかっているのが発酵です。
入山:われわれ人間は有機物を食べて排泄したり活動したりしていますが、微生物が同じことを行うと発酵になるんですね。
泉谷:発酵の起源は約8000年前といわれていて、メソポタミアでワインができ、その次にビール、約6000年前には中央アジアで発酵乳というカルピスのようなものができました。
発酵とは、自然の恵み、自然の営みです。
発酵は人類と共に歩んできて、人を育て守ってくれるという重要な役割を果たしました。
ビールはビール酵母で発酵させた飲料ですが、酵母の機嫌が悪いときれいなビールができません。
発酵の逆は腐敗なので、腐敗に進むと大損害が発生します。
そして、発酵はなぜ起きたかわからない。
猿が木の穴に置いておいた果実が自然発酵してお酒になった「猿酒」が発酵の始まりなのでは?など、いろいろな説がありますが、ハッキリとはわかっていなくて、そこが魅力です。
入山:アサヒは発酵をコントロールして、たくさんの商品を作っているんですよね。
泉谷:いえ、コントロールはできません。発酵の神様が発酵させてくれるのを待っているだけです。
ビールは発酵などの行程に時間がかかるため、約1ヶ月かけて作っています。
「3日や10日でできるだろう」と言う人がいますが、発酵は変な手を加えると機嫌を悪くして腐ったり濁ったりするので扱いが非常に難しいです。
発酵をコントロールしようとしてはダメで、自然な発酵をいかに保護するか、守っていくかが大事です。
現在は機械で行っているとはいえ、原理原則は5000年、6000年前の人がやっていることと同じことをしています。
井上:人材育成と発酵はとても似ていますね。
人材育成にも長い時間がかかりますが、成長に必要な時間には個人差があり、同じやり方でやっても同じようには仕上がりません。
成長を温かく見守るしかないのが人の育成です。
泉谷:人を変えようとしても、人は変わりません。
その人が置かれている環境を変えて、自ら変わることを誘導することで人が育つ可能性が生まれます。
発酵と同じですね。
井上:過去にセンスメイキング理論やセンスギビングという枠組みで組織変革を考える研究をしていましたが、人を変えるのは難しいという結論に至りました。
買収した会社を自社色に染めようとしても難しいんですよね。
入山:発酵も同じで、ベストな環境を提供したら待つしかないのでしょうか。
関:待つこと以外にできるのは仮説を立てることです。
「こうなるのではないか?」という仮説を立ててPDCAを回すしかありません。
泉谷:ビールの製造工程だと、発酵の前に「仕込み」があります。
どんな仕込みをするかによって発酵が変わってきます。
人的資本経営の話で例えると、社長は将来の方向性と目標を実現するための戦略を立てることが仕事です。
その下にいる役員は人件費が”コスト”という考え方をやめて”資本”と考えることが大切です。
もう一段階下にいる部門長は現場社員に権限を下ろし、自由に発想できる環境をつくることが大事な仕事。
この3つの仕込みを事前に行うと、ビジネスの発酵が進みやすくなります。
入山:発酵と腐敗を分かつものはなんなのでしょう。
関:発酵と腐敗は紙一重で、現象としては同じだとも捉えられます。
たとえば、日本以外だと「納豆は腐敗している」と考える人がいるかもしれないし、日本人が韓国の発酵物を食べたら腐敗だと感じるかもしれません。
発酵なのか腐敗なのかを決めるのは、文化ではないでしょうか。
泉谷:発酵は自然の恵みなので、人間の感謝する気持ちや発酵を愛することが大事で、科学や技術ではなくハートが決め手になると思います。
入山:発酵と腐るは同じで、自然に感謝をせずに概念で捉えると腐っているように見えてしまうという意味ですね。
関:日本酒の話をすると、火落ち菌が入って酸味がでてきた日本酒は、昔は失敗だと言われていました。
今は酸がすごく注目される時代で、あえて酸味のある日本酒がつくられています。
これも、発酵と腐敗の捉え方の違いです。
井上:人的資本経営の話でも同じで、昔は劣っていると思われていた人が、今はスターになれる可能性があります。
入山:大手企業で全然使い物にならなかった人が、スタートアップへ行くと目の色を変えてキラキラして働きだすことがあるんですよね。
逆も然りで、だからやはり環境ですよね。
関:発酵のもう1つ面白い点が「拮抗作用」です。
ぬか床を毎日混ぜる理由は、空気が好きな菌と嫌いな菌のバランスをとるためです。
空気が好きな菌と嫌いな菌のバランスがとれている時においしいぬか漬けができる仕組みで、そこには拮抗作用が働いています。
関:おいしいぬか漬けを作るポイントは菌の多様性ではなく、拮抗作用です。
入山:今は多様性だけでなくエクイティ&インクルージョンと言われていて、様々な立場の人が平等に発言できることが理想だとされています。
これも拮抗作用ですね。
井上:昔はダイバーシティ&インクルージョンと言われていましたが、今はエクイティも重要視されています。
泉谷:既存事業の運営は同じことの繰り返しなので、イノベーティブな能力はさほど必要ありません。
しかし、スタートアップで求められる人材は、事業を立ち上げる時にゼロを1にするようなゼロ1型の能力です。
ある程度事業ができあがってきてマネジメントが必要になると、1を1.1にする能力のある人材が必要で、この人材を望み始めると、イノベーション能力が落ちてしまいます。
そして、特別な能力である、1をN倍にする人を雇わなければいけません。
これはまさに拮抗で、一般的な企業とイノベーティブなスタートアップ企業とでは、人材要件が違います。
入山:良い企業とは健全な対立をしている会社で、矛盾した2つのものを内包するから強い組織になります。
組織の人材はぬか床の菌のバランスと同じですね。
関:ぬか床には塩も必要不可欠です。
塩があるから浸透圧が働き野菜の旨み水分が出て、それがぬか床に移動して発酵が起ります。
塩はマネジメントでいうと何かと考えていましたが、塩がなければ菌が働かなくなるという意味では金銭や資本だと思いました。
泉谷:世の中が変わると、自分たちの持つスキルが役に立たなくなる、あるいは顕在している能力では働いていけるけど潜在能力は伸びているか?といった問題が起こります。
そういうトップの感覚が糠床の塩の役割ではないでしょうか。
関:ぬか床は水気が多すぎるとまずくなりますが、これは塩が多すぎて水がたくさん出てきたからです。
入山:塩が多すぎると水が出すぎるように、トップの力が強すぎると社員がトップの顔色を伺うダメな組織になるのかもしれないですね。
泉谷:トップがやる仕事は「見える化」で、業務を誰が見ても分かるように可視化することです。
現場の部長クラスがすべきことは「分かる化」で、トップの言っていることを自分たちに照らし合わせて、自分たちの言葉で話せるようにしっかり理解すること。
次が現場の社員の「できる化」で、部長クラスの人が仕事の具体的なプロセスを正しく説明できれば、現場の人は正しい働き方ができます。
関:私はいい塩梅の塩加減で水を出すのが上司の仕事だと思います。
1人1人をよく見て、部下の能力を引き出す上司の力が必要なのではないでしょうか。
参加者(1):発酵という観点で、東京の企業と京都の企業の違いはなんでしょうか。
泉谷:東京は圧倒的な情報量の多さ、圧倒的なビジネスネットワークの豊かさ、この2つが強いですね。
だけど、東京は何が使えるか、何が素材か、などの議論を早くからやるので、発酵する前に様々な人が手を突っ込んで途中で潰れることもあります。
発酵は神の思し召しだから手を突っ込んではいけないのに、東京の人は待てずに手を突っ込んでしまうのでしょう。
関:京都は関係性をとても重視しているので、あまり急がせない傾向があります。
たとえば、京都は作った味噌を交換してコミュニケーションするような田舎っぽいところがあり、人と人の関係を発酵させるのが京都の文化です。
泉谷:京都がこれからやるべきことは、誰のための事業なのかを明確にして、ニーズと京都が抱えている課題、京都の内部はもちろん外部の優秀な人たちとの協力を掛け合わせて相乗効果を出すことです。
そこで科学的な反応や知的な爆発(イノベーション)が起こるでしょう。
井上:私も東京はあくせくしていて、京都はゆったりしていると思います。
あくせくしていると発酵やイノベーションが起こりにくいので、京都は発酵に向いていますよね。
参加者(2):今スタートアップの立ち上げをしていますが、途中で辛くなる時があります。
泉谷:全員で足並みをそろえてスタートするやり方ではスピードが上がりません。
1割の社員でスタートして、正しいゴールは全員ですれば良いでしょう。
社員が挑戦をやめてしまうことが企業にとって大損害なので、若い人のチャレンジ精神を潰さない環境をつくることが大切です。
関:いかに拮抗作用を起こすかに尽きると思います。
拮抗作用が起こる環境とは、チームワークが面白い状態です。
入山:人材の拮抗とはライバルであると共に、チームメイトでもあるんですね。
それでは、そろそろセッションが終わる時間になりました。
泉谷:いろいろなお話しを伺って、やっぱり原理が大事だと実感しました。
原則を理解してないと、情報がいくらたくさんあっても勝負する材料になりません。
原理原則をきちんと押さえて、そこから発想すると新しい芽が出てくるのでしょう。
入山:みなさま、大変勉強になるお話をありがとうございました。
KYOTO Innovation StudioではSessionにて生まれたアイディアをプロジェクトとして実装していく取り組みを行なっています。さらに、京都市内外での繋がりを広げていくために交流会やコミュニケーションプラットフォームを運営しております。
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