TOP > インタビュー一覧 > これからのイノベーションは”文化”で起きる。 「過去」の価値の高まりから見出す、京都の強みとは?
京都大学 経営管理大学院 教授 山内 裕氏 × 京都市都市経営戦略アドバイザー入山 章栄氏
京都クリエイティブ・アッサンブラージュとは、これからの時代を切り開く社会人を育成するための取り組みだ。
トレンド最前線で活躍中のデザイナーやアーティスト、起業家などによる、文部科学省「大学等における価値創造人材育成拠点の形成事業」として京都大学等で行われている。
京都クリエイティブ・アッサンブラージュで講師を務めているのが、山内 裕氏である。
山内氏は京都大学工学部を卒業後、サービス現場の観察&分析、サービスについての理論構築、サービスデザインの方法論開発を行なっている研究者だ。
今回は山内氏と経営学者 入山 章栄氏による「京都の価値の生かし方」についての対談をレポートする。
京都市都市経営戦略アドバイザー入山 章栄氏
早稲田大学大学院経営管理研究科早稲田大学ビジ ネススクール(WBS)教授。慶應義塾大学院経済学研究科修士課程修了後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院より博士号を取得し、同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。WBS准教授を経て、2019年に現職へ。「世界標準の経営理論」(ダイヤモンド社)等の著書のほか、メディアでも活発な情報発信を行っている。
京都大学 経営管理大学院 教授 山内 裕氏
京都大学経営管理大学院教授。1998年京都大学工学部情報工学卒業、2000年京都大学情報学修士、2006年UCLA Anderson Schoolにて経営学博士。Xerox Palo Alto Research Center研究員を経て、2010年4月より京都大学。「サービスの文化」を研究し、『「闘争」としてのサービスー顧客インタラクションの研究』等の著書を出版。経営管理大学院では組織論、サービスデザインなどを教えている。
このページの目次
入山 章栄氏
入山:まずは京都クリエイティブ・アッサンブラージュについてご説明してもらえますか?
山内:社会人のための創造性人材育成プログラムです。京都大学、京都市立芸術大学、京都工芸繊維大学が共同で実施しています。社会人を対象にしたリカレント教育で、毎年25名の定員で、主に30代〜40代のプロフェッショナルを受入れています。受講者のバックグラウンドはグローバル企業、IT系、地域の企業、クリエイティブエージェンシーなどですが、自費で参加されている京都市の職員の方もおられます。大々的には宣伝しなかったものの100名以上の応募がありました。
京都クリエイティブ・アッサンブラージュとは?
社会をよく見て表現する人文社会学的視点、別の現実を作って体験することで日常を捉え直すスペキュラティブなデザイン、そして既存の枠組みを宙吊りにし安易な結論づけを妨げるようなアートの実践にそれぞれ触れることで、新しい世界観をつくる力を導きます。
~京都クリエイティブ・アッサンブラージュ公式HPより引用~
画像出典元:京都クリエイティブ・アッサンブラージュ公式HP
詳しくはこちら
https://assemblage.kyoto/
山内 裕氏
山内:京都クリエイティブ・アッサンブラージュでは、創造性とは個人の内面から湧き上がってくる力ではなく、社会をよく見ることだと提案しています。社会で様々な動きが出ている中で、その背景にどのようなイデオロギーがあるのかを読み解いていきます。
入山:その読み解く方法はどういったスタイルですか?
山内:新しい世界観を表現している事象があるとき、それを他の事象と結びつけて、星座を作ります。事象が星で、それらがある程度関係づけられて、星座を浮び上がらせます。ひとつの事象は取るに足りないように見えるのですが、星座を作っていくことで、それが社会の中に位置付けられます。そして、社会がどちらの方向に向かっているのかが見えてきます。
取り上げるテーマは、受講生それぞれが興味のある分野です。企業の方だと、ご自身の事業領域に関するものを想定して取り組んでいる方が多いですね。
入山:たとえば、ヘルスケア系だと、血圧計をテーマにしたりとかですか?
山内:そうですね。実は商品の機能より、商品の世界観が大事なんです。血圧計で例えると、血圧計を使う人が50代だと仮定して、50代の人が好む映画やドラマなど関心を持っているものを深掘りします。なぜ50代の人が、そのドラマに関心を持つのかを理解することが大切だからです。
そのドラマと同じような世界観を持つものを横に置いて線で結びます。題材には、Youtube動画、漫画、映画、ドラマがよく登場します。
入山:いろいろな事象を紐づけするようなイメージでしょうか?
山内:そうです。ふたつの事象が同じような世界観だとすると紐づけます。しかし完全に一致することはないので、その違いを際立たせるために、別の側面を持つ事象をさらに並べていきます。
生徒には、1つ1つの事象を解釈するのではなく、結びつけていくことで、社会の中に埋め込んでほしいと思っています。
そして、その漫画やドラマが、どういったアンチテーゼに対して生まれたものかがわかってきます。そうすると、人々が前の時代に対して、どういう新しい自己表現を追求しているのかが見えてきます。
入山:商品そのものではなく、社会の中での商品の位置づけや全体像をみるための取り組みなんですね。
山内:はい。この作業によって、時代がどこに向かってるのかがみえます。通常は、そういうことを考えずに、とりあえず現場に行ってヒントを得たり、何か面白いアイデアがないかと考えます。しかし、社会の流れとは外れたところでいくらがんばっても、うまく行きません。まず社会をよく見ることが重要です。
我々が主張しているのは、「イノベーションは価値転換しないといけない」ということです。これまでの基準では邪道であったり、ありえないものであったり、取るに足りないように見えるものが、新しい時代ではカッコよくなるんですよね。このプロセスが大事で、99%の人はカッコ悪いと思っていることを、カッコよくみせていかないといけません。
過去の時代を画すイノベーションは、価値を転換してきたものばかりですが、このように既存の基準でははっきりと語り得なかったものを表現することでなされてきました。これは、ヴァルター・ベンヤミンという思想家の考えがベースになっています。ベンヤミンは、敗者と呼び、革命は敗者を救済することでなされると考えます。
ベンヤミンの思想とは?
☆イノベーションは「1個の星(敗者の価値観)を輝かせる」こと☆
・今の歴史は「勝者」がつくったもので、過去に否定された「敗者」がたくさんいる。
・その「敗者」が次の時代を担うことになるので、敗者に目を向けることが大切。
・敗者の価値基準を変えて世の中に示せば、次のトレンドになりうる。
山内:京都クリエイティブ・アッサンブラージュの講師の1人である佐藤可士和さんがおっしゃっていたのは「自分の内面からクリエイティブなアイデアがわいてくるわけではない。社会をよく見て、人々の声をよく聞いて、時代の流れや次のトレンドをみつけることが大事だ」ということです。
私もこの「時代を読み解くこと」が非常に重要だと思っています。
入山:イノベーションを起こすためには、観察することが大切なんですね。
山内:そうですね、常に社会の変化をみなくてはいけません。
入山:受講生の方にはどういったアドバイスをされますか?
山内:何かが流行っているとき、世の中の人々は「なんとなく面白いから流行ってるんだろう」という程度の感覚ですが、実はそれが次の時代の兆しだったりするんです。これらの兆しは、語り得ないものであるという意味で、既存の意味のシステムからはじき出されたもので、敗者なのです。常日頃からそういう敗者に注意を払って、読み解くように言っています。
たとえば、スターバックスがなぜ成功したのかは、よく誤解されます。教科書的には、サードプレイスを作ったからだということですが、それは違います。シュルツ氏が87年にスターバックスの経営を引き継いでから大きな成功をしたのですが、当時サードプレイスを提供したカフェは多く存在していました。
シュルツ氏が成功したのは、彼が他のカフェのオーナーには見えていないものが見えたからです。60年代のスペシャルティコーヒーの革命以降、カフェのオーナーはコーヒーの味にこだわるコーヒー通だったのです。ミルクをふんだんに入れて薄まったカフェラテや冷たくして甘くしたフラペチーノなどは、まさに邪道で、ありえない飲み物でした。シュルツ氏もそれらに反対します。しかし最終的にはそれらを取り入れていく決断をしました。それができた経営者は、彼だけだっと言えるでしょう。
シュルツ氏は時代の変化をよく見ていた可能性が高いです。80年代に新自由主義が浸透し、70年代までの重苦しい文化が否定され、軽いものがカッコいいという時代となりました。新自由主義は批判されるのですが、80年代には出自によって再生産される支配階層に対する異議申し立てでもあります。「欲は善だ」という考え方によって、何のしがらみもなく、自分の実力だけで成功することが可能となったのです。
濃く淹れたコーヒーにこだわって飲むコーヒー通の文化は、60年代にはカウンターカルチャーから生まれたものですが、80年代にはブルジョワ的な古臭さを醸し出していました。軽いものは、そういう重い古いものに対する批判だったのです。つまり、スターバックスはこの時代の変化をよく見て、捉えた唯一の企業だったのです。
入山:面白いですね!
山内:今回の話のポイントは、言語化だと思います。
普通の人は時代の流れを言語化しませんが、クリエイティブ・アッサンブラージュでは言語化する体験をする。
それが、トレンドを先取りするトレーニングになり、イノベーションを生む人材育成につながります。
言語ありきではなく感じ取ることが大切ですが、説明できることも必要なんです。
企画を通すためには、「これいいんですよ!」だけでは説得できませんからね。
イノベーションのアイデアをカタチにするためには、たくさんの人々を説得する必要があり、その際に言語化する能力が必要になります。これがいいアイデアだと言っても、誰もそれを選択する判断ができません。そうではなく、社会がその方向に動き始めていること、その背景にある社会の変化を説明できると、単にアイデアに賭けるのではなく、地に足のついた判断ができるようになります。
入山:そうですよね。
山内:いくら素晴らしいイノベーションでも時代に合ってなかったら、価値があるものだと認められません。
一歩先をみることは非常に大切だと思いました。
入山:京都のイノベーションの可能性についてはいかがですか?
山内:ヨーロッパでは、「文化でビジネスしよう」という方向にシフトしています。今さら技術で世界をリードしようというような非現実的な夢を持っているわけではありません。EUはニューヨーロピアンバウハウスというプログラムを推進し、ものすごい額のお金を投資しています。
ヨーロッパが勢いがある企業は、文化を作っています。フランスのハイブランドのコングロマリットもそうですし、デンマークの食文化ニューノルディックもそうです。
つまり、文化(過去)が価値になるということです。例えば、未来志向で新しい技術を作り出してイノベーションを起こそうというのではなく、「過去こそが価値の源泉だ」という考え方です。
そういう意味では、京都は文化があるので、かなり可能性を秘めているでしょう。
しかし、京都はほっといても人が来てくれるから甘えてる部分があるし、古いやり方をそのまま継続したほうが良いという文化もあるんですよね。
ヨーロッパのハイブランドは、ストリートカルチャーを盛り込だりして、自己破壊しながら頑張っている時代なので、見習うべき部分があると思います。もちろん、ハイブランドは広がる富の格差を利用して儲けているので、肯定することはできませんが、価値の源泉がどこにあるのかという意味では示唆に富んでいると思います。
入山:「世の中はこういう流れになっている」ということを言語化できると、新しいテクノロジーがなくても既存のものだけでイノベーションが起こせるんですね。
大切なのは、京都がもつ歴史の価値を時代の流れに合わせること。
そうすれば、ビジネスとしても面白いものができて成功しやすいでしょう。
「トレンドは先読みできないもの」といった考え方もありますが、抗えない部分はあるにしても、先読みすることは不可能ではないんですよね。
なぜなら、世の中は思想で動いていて、人々の思想や価値観は変わるからです。
時代を先読みできれば、最先端技術と同等、もしくはそれ以上の強みになるし、新しい価値を生み出せます。
京都クリエイティブ・アッサンブラージュは、スティーブ・ジョブズのような人物を育てようという取り組みですね。
山内:今は文化が価値の最先端になっている時代なので、京都に移転した文化庁が活動の中心になってほしいですね。
入山:僕は、京都にはこれだけの価値があるから、世界中にもっと情報発信したり、世界中の人が京都を訪れる機会をつくったほうが良いと思っています。
それで、京都でシティテック東京のようなイベントをやりたいと思っていますが、どんなイベントにするかも時代の流れに沿って先読みして決めればいいんですね。
山内:例えば、京都には世界的にみても最先端をいく料理人がいますが、料理の世界に閉じていてはダメなんです。
料理人とはいえ世の中の動きや世界の動向を見ないといけない、今はそういう時代になってきました。
入山:技術があるだけでは生き残れない時代になったので、社会全体を見ていかないといけませんね。
大変興味深いお話を、どうもありがとうございました。
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