ユーザー数100万人を達成した習慣化アプリ『みんチャレ』 「世の中への価値」にこだわり続けるエーテンラボ 長坂氏の挑戦

ユーザー数100万人を達成した習慣化アプリ『みんチャレ』 「世の中への価値」にこだわり続けるエーテンラボ 長坂氏の挑戦

エーテンラボ株式会社 代表取締役 CEO 長坂 剛 氏

記事更新日: 2022/09/06

執筆: 市岡光子

2022年2月にユーザー数100万人を突破した、習慣化アプリ『みんチャレ』

一見シンプルな仕組みで成り立つサービスのようだが、このアプリにはエーテンラボ株式会社を創業した長坂 剛(ながさか・ごう)氏のゲーミフィケーションへの知見やUXへのこだわり、顧客への価値創造に対する惜しみない努力が細部に宿っている。

今回、長坂氏に『みんチャレ』の開発経緯や創業ストーリー、学生時代から持っている価値観、実現したい世界などについてお話を伺った。

ゲームの技術を現実世界で応用し、「人を幸せにするもの」をつくりたい

ー 事業について、概要を改めて教えてください。

弊社は行動の習慣化を助けるアプリ『みんチャレ』を開発・運営しています。

ダイエットや運動、勉強、健康管理など、人によってさまざまな「習慣化したいこと」があると思いますが、一歩行動に踏み出せたとしても、なかなか継続できないという悩みを抱える方も多くいらっしゃると思います。

『みんチャレ』は、行動経済学による「ナッジ理論」やピアサポート、ゲーミフィケーションなどを応用し、テクノロジーとかけ合わせることで習慣化を達成できるよう設計したアプリです。

同じ目標を持った匿名の5人でチームをつくり、チャットでその日の活動報告や励ましを行うことで、楽しく習慣づくりができるため、おかげさまで2022年2月にはユーザー数100万人を突破することができました。

最近では、生活習慣の改善を中心として医療・ヘルスケア用途の行動変容に力を入れており、自治体や企業・健康保険組合向けに、企業の従業員や市民を対象に生活習慣の改善をサポートする「みんチャレHealthcare」にも注力しています。

禁煙・食事・運動など生活習慣改善を続ける行動変容だけでなく、それらを始める行動変容プログラムも合わせて提供して効果を出しています。

ー 習慣化アプリを開発しようと考えたのは、なぜですか?

ゲームに使われている「人を熱中させる技術」を使って、現実世界の人をもっと幸せにしたいと考えたからです

私はゲームが大好きなのですが、ゲームをプレイしているときの幸福感が実生活では続かないことにモヤモヤしていました。

人を夢中にさせるゲームの技術を、もっと直接的に、さまざまな人の人生を幸せにできる形で活用できないかと思ったことで、『みんチャレ』の原案となるプロジェクトを開始しました。

開発するサービスを「習慣化アプリ」と定めたのは、さまざまな研究を調べる中で、「人は自ら行動を起こすと幸せを感じる」という心理学の研究に出会ったからです。

行動を習慣づけることができれば、自己効力感が上がり、また新しい行動に踏み出せるようになります。多くの人がつまずきやすい「習慣化」を助けるサービスを開発できれば、人が自ずと幸せになる仕組みをつくれるのではないかと思いました。

ー 『みんチャレ』は長坂さんの前職であるソニーの新規事業創出プログラム「Sony Seed Acceleration Program」で採択され、まずはソニーのアプリとして2015年11月にリリースされていますよね。

そうなんです。私はソニーで働いていましたが、もともとは個人のプロジェクトとして原案を考え、友人のデザイナーとエンジニアに協力してもらって、アプリの原型をつくっていました。

その途中で、ソニーの新規事業創出プログラムが実施されることになり、一度自分たちのアイデアをぶつけてみようと応募したところ、2度目の応募で採択されました。プログラム内では、事業化に向けてプロジェクトを育成してもらいました。

プロジェクトが軌道に乗った後は、社内の事業部や子会社という形で事業を展開することもできましたが、PDCAをいち早く回して事業の成功確率を高めたいと思い、ソニーを卒業して起業する道を選びました。

ー 大企業を辞めて起業することに対して、迷いや恐れはありませんでしたか?

大きな迷いや恐れはありませんでした。むしろ、自分のやりたいことを実現できないことのほうが怖いと思っていました。

今の日本では、起業もそこまで大きなリスクにはなりません。何かを絶たれる選択ではなかったからこそ、迷うことなく今日まで事業を続けてこれたのだと思います。

ー 「やりたいことをできないことの方が怖い」という考えは、ずっと持っていたものなのでしょうか。

この考え方を持つようになったのは、父の死を経験したことがきっかけです。

私がソニーに入社してすぐのころ、父が脳幹梗塞で亡くなりました。朝、父は普通に生活をしていたのに、出勤して職場で倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。

そのとき、人生は本当に何が起きるか分からないし、この人生は一度きりなのだと痛感しました。

自分が死んだあと、「やりたいことや素敵なアイデアはたくさん持っていたけれど、上司の許可が下りなかったから実現できなかった人」とお墓に書かれる人生は嫌です。

だからこそ、父の死以降、やりたいことに向かって行動する道をいつも選択しています。

フォーカスするのは「世の中にどれだけの価値を生み出せるか」

ー 今、『みんチャレ』は各所で評価され、貴社としても拡大を続けているかと思います。リリースされても消えていくアプリが多い中で、今日まで6年間続けてこれた理由と評価を受けている理由は、どういったところにあるとお考えでしょうか。

理由はいくつかあると思っています。

まずは、「世の中に価値をどれだけ生み出せるか」ということにフォーカスした体制をつくっている点は、今日まで継続できた理由の一つとして挙げられると思います。

やはり、世の中に新しい価値をつくりたいからこそ、私たちは起業したわけです。顧客にとっての価値を検証し続けてきたことは大きいと思います。

また、ユーザー体験を良くすることにもこだわってきました。ユーザーが楽しく続けられて、目標を達成できる仕組みづくりに注力し、これまで1,000回以上のアップデートを繰り返してきました。

そういうところにも、継続できた理由があるのではないかと考えています。

ー 創業から今日まで、最も印象に残っていることを教えてください。

一番印象に残っているのは、急激にユーザー数が増加して、何度かサービスが止まりそうになったときのことですね。

毎日の継続を支えるアプリにとって、その日の活動を記録できないのは死活問題です。このとき、本当にたくさんの方からお問い合わせをいただきましたし、復旧後にも「記録が途切れなくて良かった!」「本当に『みんチャレ』が動いていて良かった」といった声もたくさんいただきました。

私たちが手がけているサービスは絶対に止めてはいけないし、より良くし続けていかなければいけないと強く実感した出来事は、他にないように思います。

ー 『みんチャレ』は今、医療分野に力を入れていると思いますが、その理由についてもお聞かせいただけますか?

医療・ヘルスケア分野に力を入れるようになったのは、ユーザーの動向を分析した結果、ニーズの高い領域であることが判明したからです。

『みんチャレ』を長く使ってくださるユーザーの利用目的などを調べたところ、食事や運動の管理など、健康状態の維持・改善を目的として使ってくださる方が多いことに気づきました。

糖尿病の方など、病気の治療のための生活改善や健康管理は毎日継続することが必要ですが、どうしても孤独になりやすいものです。でも、『みんチャレ』ならピアサポートができるため、同じ悩みを持っている人と目標に向かって頑張ることができ、孤独の解消と習慣化に一役買うことができます。

そのため、今は体重や歩数計、睡眠時間の記録、肥満や高血糖など同じ健康の悩みを抱える人同士でチームを組む機能など、医療や健康管理の分野で便利な機能を実装することで、ヘルスケア領域での『みんチャレ』参入を強化しています。

ー なるほど。ヘルスケアの領域では自治体や企業との連携も鍵かと思いますが、そのあたりも強化されるのでしょうか?

そうですね。自治体や健康保険組合、企業との連携も強化していきます。

特にヘルスケアにおいては、私たちのサービスを本当に届けたい人たちは、病気の予防のために生活習慣の見直しが必要な方々。つまり、アプリを使用する一歩手前にいるはずなんです。

だからこそ、自治体や健保、企業と協力して、生活習慣を変えなければならない方々の力になれればと考えています。

今後はもう少し、実際のユーザーに近い状況で「市民や社員に健康になってもらいたい」と考えている自治体や健保、企業との連携を進めていきたいと思っています。

シニアの健康に力を入れる自治体に介護予防の一環として『みんチャレ』を活用していただいたり、社員の生産性向上に貢献する施策の一環として活用していただいたりすることを想定しています。

多くの人に影響を与えることが、「永遠に生きる」ことにつながる

ー 学生時代の話も伺いたいのですが、長坂さんは東京工科大学のご出身ですよね。大学を選んだ理由について、教えていただけますか?

実は、2浪の末に入学したのが東京工科大学でした。

もともとは、絵を描くことや映像制作、CG、漫画といった表現やデザインの世界に興味があり、芸術分野の最高峰である東京藝術大学を受験していました。

でも、2度の受験で失敗してしまって。結果として、4年間の学費が免除になるスカラシップ生として合格した東京工科大学のメディア学部に進学しました。

当時はできて間もない学部でしたが、「日本のコンピューターグラフィックスの父」とも称されている金子満先生が教鞭を執っていらっしゃったこともあり、金子先生に師事したいとの想いも、入学の決め手になりましたね。

ー 大学時代は、将来の進路についてどのように考えていたのでしょうか。

CGなどに興味があったので、将来は映像制作の道に進もうと考えていました。

大学の施設を使ってモーションキャプチャーでアクション3DCG映像をつくったり、映像制作を請け負うアルバイトをADから始めて、編集などを経て業務委託で制作全般を任される仕事をしていたこともあります。

仕事を通じて映像制作の知識とスキルが身についたことで、大学のカリキュラムに疑問を持つようになり、大学に提案して講義を持たせてもらったこともあるんですよ。

ー 学生でありながら、大学の授業を受け持っていたのですか?

そうなんです。当時、メディア学部のカリキュラムは、大学3年生のときに初めて映像制作を学ぶような流れになっていました。

でも、実際に現場の仕事を経験してみると、それでは遅いと感じました。

大学3年生のときには進路の方向性をある程度決めておかなければいけないのに、映像制作について何も知らなければ、そもそも進路を選べないと思ったんです。

それで、大学1年生のときに何かしら映像制作について学べる授業があったほうが良いと考え、自分でシラバスや講義資料を作成して、大学の教務課に講座を持たせてほしいと提案しました。

大学側も最初は「何を言っているんだ」という反応でしたが、私の作成した資料を見るうちに、具体的に検討してくれるようになりました。

新しい学部だったので、タブーがそこまでなかったのも、大きかったかもしれません。メディア学部の教授が提案を引き上げてくださって、私が講師を務める授業が実現しました。

ー なるほど、それはすごいですね。大学生にして、自分の持てるスキルを誰かに還元したいと行動するのは珍しいように思うのですが、当時の行動理由はどこにあったのでしょうか。

私がデザインや映像の分野に興味を持ったきっかけともつながるのですが、自分の生きる意味を考えたとき、自分の持てるものを他の人に影響を与える形でアウトプットしたいと考えていたからだと思います。

実は小さいころに、「永遠の命が欲しい」と思ったことがあるんですね。

実際に永遠に生きるのは無理ですが、他の人の人生が豊かになる形で影響を与えることにより、自分が永遠に生きることにつながるのではないか、自分の生きている意味が広がるのではないかと考えたことがありました。

その考えが私の根底にあったからこそ、100名ほどの同級生や後輩に濃い影響を与えられるのなら、仕事で得た知識やスキルを自己完結せずに伝えていこうと判断したのだと思います。

また、行動量を増やすことを大切にしてきたのも、大学で講義を持つことにつながったかもしれません。

学生時代から好奇心は旺盛なほうでしたから、気になったら何か体験してみるとか、やりたいことに向けて動いてみるようにしていました。

今日の私や『みんチャレ』は、さまざまな偶然がいくつも重なり合ってできているなと感じることがあるのですが、偶然を呼び寄せられたのも、やはり「行動量を増やす」ことを自分の中の行動指針としていたからだと考えています。

メンバーが納得感を持って働ける、「心理的安全性」の高い組織づくりを

ー 貴社の体制についてもお伺いしたいのですが、創業にあたって、現在の取締役の2名はどのように参画されたのでしょうか? 社内起業でスピンアウトした場合、役員の中でも事業への想いに温度差があるケースもよく見かけますが、貴社の場合は異なっているように感じます。

アートディレクター、CDO(Chief Design Officer)を務める取締役の木下は、私が以前参加していた孫正義さんが主催する「ソフトバンクアカデミア」で出会った友人でした。

取締役CTOの山口は、ソニー時代の同僚ですが、もともとソニーの社内プロジェクトで面識はあって、将来やりたいことなどについても話をしていました。

山口は能力が高いことはもちろん、「人の能力を高めるサービスを手がけたい」という将来ビジョンを持っていて、私と考えていることが似ていたんですね。

それで、この二人ならと考えて、起業を前提にサービス開発を行いたいと声をかけて参画してもらいました。

ー シリーズAの資金調達を終えたばかりの企業で、「アートディレクター」がいるのも珍しいですよね。

アートディレクターがいるのは、当初から「ユーザー体験を重視したい」と考えていたためです。

『みんチャレ』の強みは、一見簡単な仕組みのサービスでありながら、デザイナーが入って細部まで緻密にユーザー体験をつくり込んでいるところにあります。

ユーザーにとって最適なUXをつくるためにも、デザイナーは欠かせない存在だと考えています。

ー 貴社の社風について、教えてください。

弊社は心理的安全性のある空間で、メンバー同士が納得感を持って働くことを重視しています。誰でも意見を言いやすく、その意見に対してフィードバックもしやすい。

そんな環境をつくれるよう、社内制度も意識して設計していますね。

例えば、現在は新型コロナウイルスの影響で実施できていないものの、以前は朝のあいさつの際にハイタッチするという文化をつくっていました。

ハイタッチをするときは、顔が上を向くため、幸せな気分になる効果がありますし、身体的接触がある間柄の人とは心理的安全性が増すという研究もあるんです。

また、「同じ行動をする」というのも心理的安全性をつくるのに効果があるため、15時のストレッチと17時の筋トレも全社員で実施するようにしたり、社内コミュニケーションも相手を尊重する「アサーティブコミュニケーション」を取り入れたりしています。

心理的安全性は誰かが与えてくれるものではありません。安心して意見を言えて、行動できる組織づくりを、全メンバーで日頃から心がけています。

ー どのような軸で採用を行っていますか?

弊社のバリューをどれだけ実現できるかという点が、採用の軸ですね

弊社のバリューは三つあります。

自分とユーザー、チームメンバーの間に勇気づけの循環をつくることを大切にした「Encourage」、自分からどんどん積極的に行動することを大切にした「Proactive」、多くの選択肢の中から自分が正しいと思う選択肢を深く考えつつ、素早く選ぶことを大切にした「Smart & Wild」です。

この三つを体現できる人に、ぜひ来ていただきたいなと思います。

ー 先日、シリーズAの資金調達を完了されました。資金調達で苦労したことはありますか?

弊社のビジョンと事業に共感してくださる投資家を見つけることに、とても苦労しました。

医療やヘルスケアの文脈で持続可能な社会をつくっていきたいからこそ、私たちはデジタルピアサポートに取り組んでいるのですが、その可能性を正しく理解してくださる投資家が少なくて。

ほかのヘルスケアアプリと同一視されてしまったり、そもそも医療系サービスはポートフォリオから外しているからと、門前払いになってしまったりすることもありました。

幸運にも、医療やヘルスケアの領域に特化しているVC(ベンチャーキャピタル)と出会うことができ、資金調達を無事に終えることができました。

アプリの改善を重ね、より一層の社会実装を進めたい

ー 今後の展望について、実現したい世界観とともに教えていただけますか?

今後はアプリをさらにより良いものにして、社会実装を一層進めていきたいと考えています。

アプリの認知度を向上させ、習慣化したいことがあるときは『みんチャレ』を想起していただけるような世界の実現と、自治体や健康保険組合、企業などで『みんチャレ』を一つの仕組みとして導入していただけるような世界をつくっていくのが、今後の目標です。

ー シード期のスタートアップにアドバイスをするとしたら、どんなことを伝えたいですか?

シード期のスタートアップには、「自分の信じるプロダクトの価値を顧客に信じてもらえるのか」という検証に集中できる環境をつくっていただきたいです。

私自身はソニーの新規事業創出プログラムに採択されたことで、そのような環境をつくれましたが、実際に起業してからは膨大なタスクに忙殺されて、プロダクトについて考える時間をつくる難しさを実感したことがあります。

任せられるタスクは人に任せて、自分はプロダクトの検証に集中する。その意味では、マネタイズの検証を早めに実行することは大切です。

本当に価値を感じてもらえていれば、有料でもお客様がついてくるはず。価値検証の手段として、有料プランを早期実装することも視野に入れておくといいと思います。

ー 最後に、読者へのメッセージをお願いします。

人生は「どんな能力を持っているか」ではなく、「どういう選択をしたか」で決まってくるもので、意思決定した数で人は成長していきます。

人生は一度きりだからこそ、ぜひ読者の皆様にはやりたいことをやってほしいなと思います。

エーテンラボ株式会社

・住所 東京都中央区日本橋2‐1‐17 丹生ビル2階
・代表者名 長坂 剛
・会社URL https://a10lab.com/
・採用関連 https://a10lab.com/recruit/
市岡光子

この記事を書いたライター

市岡光子

フリーのライター・編集。広報として大学職員、PR会社、スタートアップ創出ベンチャーを経験後、ライターとして独立。書籍や企業のオウンドメディア、大手メディアで執筆。スタートアップの広報にも従事中。

サイト:https://terukoichioka128.com/
Twitter:https://twitter.com/ichika674128

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