株式会社NearMe 代表取締役 髙原幸一郎氏
「地域の”もったいない”をテクノロジーで解決する」
優しいまなざしで移動の問題に取り組む髙原幸一郎(たかはら・こういちろう)氏はこう語る。
2021年11月に国土交通省が発表したタクシー相乗り解禁もあり注目が加速しているMobility as a Service(以下MaaS)領域で勝負を仕掛ける、株式会社NearMe CEOの髙原幸一郎氏に話を伺った。
このページの目次
編集部:NearMe(以下 ニアミー)が展開されている相乗り事業について改めて教えてください。
髙原:ニアミーは、タクシーをシェアリングすることでドアツードアの移動の問題を解決するスタートアップです。
私たちは普段、交通インフラとしてバスや電車を利用していますが、新たにタクシーをシェアする移動サービスがあれば、全体の移動をより滑らかにできると考えています。
タクシーのシェアリングというシンプルなサービスですが、裏側ではテクノロジーが大事です。ある程度同じ方向へ向かうユーザー同士をマッチングさせて、ドライバーが運送する上で経路の最適化を行っています。
編集部:ニアミーは、2019年にnearMe.Airport(ニアミー エアポートⓇ)(自宅やホテルと空港をドアツードアでつなぐシャトルサービス)をローンチされていますよね。空港シャトルに注目したきっかけを教えてください。
髙原:ニアミーでは経路の最適化を行う上でAI技術を活用しています。
経路の最適化は、学術的には論文も多数発表されているテーマですが、スタートアップとしては社会実装することが何よりも大事だと考えています。
将来的にはあらゆる地域でニアミーのさまざまなサービスが浸透する世界をつくりたいと思っています。
しかし資金も限られており無名なスタートアップが最初からエベレストには登れませんよね。そこで、ニアミーにとって良い登り方となるユースケースとして空港を選びました。
空港なら全国にある程度の数がありユーザー同士のマッチングも比較的行いやすいと考えたからです。
編集部:その後、2022年2月に、空港に限らず街中の移動でタクシーをシェアリングできるnearMe.Town(ニアミー タウン)を発表されていますよね。このタイミングで発表したきっかけは何だったのでしょうか?
髙原:最初は成田空港と都内を結ぶ区間のみだったニアミー エアポートが2年間で順調に拡大し、手ごたえを感じています。
ユーザーの需要も事業の現実性も見えてきたので、空港に限らないニアミー タウンをリリースしました。
重ねて、昨年の11月に国土交通省がタクシーの相乗りについて見解を発表し、解釈が明確になりました。これを機に普段利用でも使用できるニアミー タウンをリリースした次第です。
【編集部メモ】
2021年11月1日に国土交通省が、相乗りタクシーについて以下の解釈を明文化しました。
「配車アプリ等を通じて、目的地の近い旅客同士を運送開始前にマッチングし、タクシーに相乗りさせて運送するサービスを認める新たな制度を導入します」
編集部:MaaSスタートアップも国内外で増えていますが、ベンチマークにしているサービスがあれば教えてください。
髙原:ビジネスの形態や規模は異なりますが、Uberが提供するサービスの一つであるUberX Shareは参考にしています。
こちらのサービスはUberの車両をユーザー同士でシェアリングして料金が安くなるのが特長です。自分の目的地と同じ方向に向かっている車両があれば、迂回しながら該当する人をピックアップします。
ただ、ニアミーが彼らと差別化している点は、UberX Shareは車両でマッチングしますが、ニアミー タウンは車両に依存せず、ユーザー同士をマッチングする点です。
移動における分散処理が可能なシステムが少ない点に私たちは注目しています。移動の問題を抱えるユーザーは特定の車両やプラットフォームはそこまで気にしませんからね。
編集部:北九州空港と市内を結ぶスマートシャトルⓇや、三浦市内でのAIオンデマンド相乗りシャトルなど、多くのPoC(実証実験)を発表されていますよね。
PoCで終わらせずにしっかり社会実装まで到達させる上で大切にしていることがあれば教えてください。
髙原:スタートアップにとってPoCはとても重要ですが、やみくもにPoCに取り組んでも社会実装まで到達できません。
社会実装を行う上でパートナーの存在は特に重要であるため、運行会社や行政といった地域のパートナーの方々に熱量と前向きさがあるかどうか、実装に向けてどのようなステップで進めるかなど、僭越ながら慎重に見極めさせていただいております。
テクノロジーを導入するだけでなく、実際にサービスを使用する地元の方への認知やUXが成功の鍵だと考えています。
編集部:髙原さんの過去のお話もお伺いしたいです。どのような学生でしたか?
髙原:実は私はもともとプロ野球選手を目指していました。高校も地域で一番野球が強い高校に進学し甲子園を目指して野球に打ち込んでいました。
しかし高校在学中に肩を壊してしまい、煮え切らない期間を経て、ビジネスマンとして活躍できるよう努力の方向転換をしました。
編集部:アスリートを目指す学生だったのですね。キャラクターは今とあまり変わらないのでしょうか?
髙原:変わらないですね。私は学生時代から基本的にポジティブな性格で、大抵のことは自分は何でも出来ると今でも思っています。不確実なことに向き合うマインドセットは学生時代から持っていたと思います。
編集部:胆力がすごいですね。また、髙原さんは楽天出身の起業家と伺ってます。楽天の海外事業部でもお仕事をされていたそうですが、起業しようと思ったきっかけなどはありますか?
髙原:楽天を含めた会社員時代、「起業したい」とは全く思っていませんでした。
しかし楽天で事業立ち上げを経験し、楽天グループに参画したスタートアップの創業者と共に仕事をする機会がありました。彼ら彼女らにとって、自分が立ち上げたスタートアップは我が子のような存在です。
その事業に対する熱量を間近で感じて、ここまで一生懸命にサービスづくりに没頭できる生き方に感銘を受けました。
そこで初めて起業家としての人生が選択肢に浮かびました。楽天は今でも好きな企業ですが、自分なりにいろいろ考えた結果外に飛び出すことを決めて、ニアミーを創業しました。
編集部:素敵な出会いを前職で経験されたのですね。では、創業してから一番大変だった点を教えてください。
髙原:スタートアップは大変なことが毎日発生する世界ですから、予期せぬことに対応するのは当たり前。
そこに大変さを感じることはありません。しかし、創業して一定期間が経過した時、このまま行くとニアミーがキャッシュアウトするという時期がありました。会社員時代は事業部のP/L(損益計算書)を気にしていればよかったので、企業全体のお金について今まで考えたことがありませんでした。
あの時期のヒリヒリ感は今でも覚えています。
編集部:そのような時期も経て、ニアミーは資金調達を数回実施していますが、投資家からは具体的にどのような部分を評価もしくは期待されていますか?
髙原:大きくは三点あります。一番は、ニアミーのミッションである移動の問題解決に深く共感頂いている点です。
二番目は、ある程度実績もあるメンバーで構成されている盤石なチーム構成です。
三番目は、ビジネスモデルのユニークさとMaaSという成長しているマーケットに挑戦している点です。
編集部:ニアミーの採用は現在どのように行っていますか?
髙原:リファラル採用とエージェントの活用を並行して行っています。今後は採用も加速させていきたいと思っています。
編集部:具体的に工夫している点を教えてください。
髙原:採用で大事にしているのは以下の三点です。
①事業への共感
②自身のマインドセット
③スキルセット
重要な点は、①、②、③の順番で優先度をつけていることです。スタートアップなので日々の業務の中でやはり苦しいことの方が多いです。
そのような時、仮にスキルが不足していてもマインドセットやカルチャーが合致していれば踏ん張ることができると考えています。
編集部:カルチャーフィットの重要性は多くのスタートアップの方から耳にします。
髙原:まさにカルチャーフィットの重要性を強く感じています、ビジネス人材の場合はニアミーのミッションやビジョンにどの程度の深さで共感しているか。
エンジニア人材の場合は、ニアミーが手掛けるテクノロジーへの共感の深さが重要です。
具体的には、自分が経験したことのない役割を任されたり、隣の部署が困っている時に「ニアミーのミッション達成のために何とかしよう」の気持ちで行動が出来るかどうかです。
事業の成長に応じて多様な役割を経験できる点がスタートアップの醍醐味です。
自分の領域を少しだけ飛び越えてサポートすることに喜びを感じることが出来る人は、ニアミーの文化にマッチすると考えているため、採用ではこの観点を大切にしています。
編集部:ニアミーとして、特に恩恵を受けたイベントやプログラムがあれば教えてください。
髙原:ニアミーがシード期に参加した、ニッセイ・キャピタルのアクセラレータプログラム50Mには非常にお世話になりました。
本プログラムに参加したことを機に、シード期に出資いただくことができました。また、このプログラムのご縁が今でも続いており、シリーズAの資金調達時にもニッセイ・キャピタルさんにはリードインベスターとして参画いただいています。
編集部:日本のスタートアップエコシステムをより良くするために思っていることがあれば教えてください。
髙原:スタートアップの経営者として日々事業に向き合っている中で、ファイナンスのハードルを感じています。
投資家からお金を預かり自ら事業を成長させるスタートアップの世界の中で、より潤沢な資金が日本のスタートアップに流れてくると、きっとより良い未来が待っているはずです。新たな起業家をより輩出するためにも、リスクマネーがより増える点に期待しています。
編集部:ニアミーとして10年後20年後に描きたいビジョンを教えてください。
髙原:ドアツードアの移動の問題を起点にしながら、最終的には「地域のもったいない」を解決したいと考えています。その中でニアミーのサービスが目指しているのは、移動×〇〇の拡張です。
編集部:具体的に、どのように移動を拡張させていくのでしょうか。
髙原:ある地点からある地点への移動は、それ自体が目的ではありません。当然ですが、何かの体験をするためにユーザーは移動します。
ニアミーとして移動の課題を解決する延長で、ユーザーが移動したあとの体験を最大化させたいと考えています。
具体例として、海外旅行をあげさせていただきます。海外に旅行した際に、現地での体験を知るために「地球の歩き方」を購入するとします。しかしそれだけだと地球の歩き方に掲載してない体験を知ることは出来ません。
現地の人は当たり前に知っているけど観光情報として掲載されてない情報はまだまだ沢山あります。
そこを地域視点からニアミーで補えるようにすることができれば非常に旅が豊かになると思っております。
あくまで一例ですが、このように移動を起点にしてユーザー体験を最大化させたいです。
編集部:移動×〇〇、具体的にはどのようなものを想定していますか?
髙原:特定の地域の情報やサービスとのマッチングには可能性を感じています。移動は街の中の一つの機能だと考えています。
移動という行為をより滑らかに「面倒くさい」と人々に思われない「負」にならない状態にしていきたいです。ヒトの移動とモノの移動を明確に分ける必要もなく、世の中の需要に応じて物流とヒトの移動が有機的につながる未来を想像しています。
観光客の移動や、免許を返納した地域在住の高齢者の移動、ラストワンマイルの移動など、街全体に移動という機能が滑らかに浸透する世界を描いていきたいです。
ニアミーとしてこのようなビジョン達成を目指し、目の前のことに愚直に取り組んでいきたいと思います。
編集部:ありがとうございました!
株式会社NearMe
学生時代に宇宙工学を専攻。ビジネスコンテストやアクセラレータプログラムの企画運営に関わりながら、ライフワークとして宇宙ビジネスメディアにライターとして参画。趣味はロードバイクとラグビー観戦。
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インタビューを通じて、編集部が印象的だったのは、日々のハードワークを感じさせない髙原氏の余裕だった。 肩に力を入れすぎず、力強いメッセージを優しい声で語る彼の目には、街が有する一つの機能である移動がアップデートされる世界はもう見えているのかもしれない。 世界中で引き続き注目を集めているMaaS。日本発のモビリティサービスが世界中のユーザーの移動を滑らかにする未来が楽しみだ。