無茶で大きな課題にも高い志で向き合って 薬局から日本の医療を改善していくカケハシが体現する理想の世界

無茶で大きな課題にも高い志で向き合って 薬局から日本の医療を改善していくカケハシが体現する理想の世界

株式会社カケハシ 代表取締役社長 中尾 豊氏

記事更新日: 2022/05/31

執筆: Eriko Nonaka

長い列。憂鬱な待ち時間。 体調が悪くなると心配になって行くのが病院だが、病院や薬局の長い待ち時間は体調の悪い自分に追い打ちをかけるようだ。 

日本の医療プロセスを、もっと抜本的に変えることはできないのだろうか。

そんな考えから立ち上がった医療スタートアップが、株式会社カケハシだ。

薬局の働き方改革と患者満足を支援する薬局体験アシスタント「Musubi(ムスビ)」などの独自のプロダクトで、全国約6万店ある調剤薬局のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する。 

カケハシは文字通り、人を結び、医療業界のプレイヤーや患者のカケハシになることを目指す。

代表取締役社長の中尾 豊(なかお・ゆたか)氏は、日本の医療という大きな課題に、どういうプロセスを経て取り組むことを決意したのか。

本当の価値に向き合ったらインフラ構築に行きついた

ー これまでのキャリアと、起業のきっかけを教えてください。

医療従事者の家系で生まれ育ち、武田薬品工業株式会社に入社しました。

元から起業願望があったわけではなく、当時は日本一のMRになろうと思って働いていました。

そんな中、親族から薬局を継いで欲しいという話が出てきたこともあり、まずは経営について知りたいと考えて、働きながらMBAを取得しました。

この時にビジネスを面白いと思うようになり、医療業界というものの伸びしろを考えるようになりました。

日本の医療は世界でもトップクラスで、実際に長寿国です。

ですが、伸びしろがないかというとそうではありません。

日本における医療のフローは、発症、通院、処方という形で定型化されています

患者というエンドユーザーに対し、医師、看護師、薬剤師といったステークホルダーが存在して、そこに製薬会社や医療機器メーカーがそれぞれ開発した薬や機器を提供する。

今のステークホルダーのそれぞれのクオリティは素晴らしく、高い医療レベルを維持していますが、それだけでは患者さんへの提供価値を大きく向上することはできない。

そんな状況があることは頭ではわかっていましたが、医療現場での患者体験の向上を自分のミッションと認識できたのは、大学病院担当としての勤務経験が大きかったかもしれません。

体調が悪かったり、病気に対する不安があったりする中で来院した患者さんが、長時間の滞在の末に疲弊して帰宅していくという現場を見て、医療現場の導線に改善余地があると感じました。

医療業界にこだわってはいませんでしたが、就職の前後から、自分の後世にも残るような事業を作れたらという気持ち自体は持ち続けていました。

自分の出自を踏まえても、患者さんにとっての医療体験の向上は私自身のミッションにも感じられ、実現する意味があるのではと思うようになっていきました。

一方、私は事業立ち上げ経験がなかったこともあり、どこかの企業に就職してプレイヤーになる道も検討しました。

代表であるということより、どのポジションでもいいので大義が達成されることが大事であると考えていました。

やりたいことを伝え、それができる部署があったら入社したいという形で面接を受けましたが、すでに取り組んでいる会社やそういった部署がある会社はまだ存在しませんでした。

入社しようにも行ける場所がまだなかったのです。

自分が目指すことをやっている人がまだいないのなら自分で立ち上げよう、そう決めて、まずは仲間集めに時間を使いました。

勉強会に参加したり、ビジネスマッチングサービスを利用して、多くの人に出会う中、当時マッキンゼー・アンド・カンパニーで働いていた現CEOの中川と共同創業する形で、2016年3月に株式会社カケハシを創業しました。

ー 前職は大手企業ですが、中尾さんが起業に伴い退職すると聞かれた時の同僚の方の反応はいかがでしたか。

私が同社に入社したのは2011年。

今でもそうかと思いますが、特に医療系の大手は専門性の高い業界ですし、待遇も手厚いので、当時はわざわざ辞める人は少なかったです。

そのため、周囲からはとても驚かれました。

起業後は、様々なチャレンジをするなか、経済産業省主催のジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト(以下、JHeC)やB Dash Ventures主催のB Dash Campで優勝もしています。

JHeCでグランプリを取れたことは信頼の獲得に繋がりましたし、B Dash Campでは予選と本選の両方で審査員に満点をつけていただいたことが話題になり、一気に知名度が上がりました。

ー 2022年には東京薬科大薬学部の客員准教授にも就任されていますね。

はい、薬学部応用生化学教室で、地域医療の情報連携に関する研究という内容で、2022年12月までの就任となっています。

起業をすると、想像もしなかったような人と出会ったり、お声がけをいただいたりという事象が起こりますが、私自身も自分が客員准教授になる日が来るとは思ってもいませんでした。

この講義では、オンライン資格確認、電子処方箋、オンライン服薬指導、服用後のフォローアップ等、このテクノロジー時代に薬剤師がキャッチアップすべきことについてお話しています。

どんな業界においても言えることですが、ツールやモノが普及しても、大事なのは使う人の考え方。

それについてあちこちでお話していたら、現場からの共感があり、DX推進という世間の風潮も手伝って、Musubiを薬剤師向けコンテンツとして導入してはどうかとお声がけいただき、今のポジションに収まっています。

市場の課題に対しては、内閣府、厚生労働省も真剣に取り組んでいて、私は2016年創業ながら、2018年には内閣府主催の未来投資会議 産官協議会「次世代ヘルスケア」に有識者として招聘されました。

起業からまだ2年と、業界内でのポジショニングも固まっていないのに呼んでいただけることがありがたくもある一方、同じ課題に取り組む人がそれほど少ないのかという危機感も少しありました。

そこで、もっと学生時代から意識を強く持つプレイヤーを増やしたいと感じ、根本的な課題に向き合って勉学や実務をするにはどうしたらいいかという講演をしてきたという背景もあります。

薬学、理学といった学部では、従来のカリキュラムがそのままで、現場で生きるノウハウや知識を学ぶというよりも、単位を取ることに重点が置かれていることが多いです。

薬剤師とは人を助けるために存在していて、どうしたらそれを達成できるかを考えながら学生時代を過ごせる環境が理想であり、ただ卒業する為だけに授業に参加しなければいけない状態はもったいないです。

私は薬剤師ではありませんが、医療業界の未来を考えて現場を見てきた結果、色々なお話をしています。

自分が何をしたいのか、何が価値なのか、本質を原点から考えられる学生さんがもっと増えてくれたら嬉しいと思っています。

また、未来投資会議で有識者として招聘された時もそうでしたが、日本の医療をより良くするための提言をしていると、医療業界からの信頼も厚くなっていき、薬局ともお話をしやすくなります。

自分がどう見られているかを意識し、信頼を獲得していく活動をしていくことは、スタートアップとしても大事であると感じています。

医療に向き合うことは日本という国に向き合うこと

ー 起業して特に大変だったことを伺えますか。

いくつもありますが、振り返ってみると、実現したい世界観からすると些細なことだったのかもしれないとも思います。

大変なことは起きるという前提でいないと起業家はもちません。

起こってしまったら、みんなで解決すればいい。

ここで気持ちがめげてしまうと、もっと大きなビジョンに向けて、チームを引っ張っていくことができなくなります。

だから、途中できついなと思うことが起こったとしても、大きなことだと捉えないようにすることも大切かなと。

例えば、新型コロナウイルスの蔓延。我々も薬局への営業訪問ができなくなり悩む事態となりました。しかし、薬局は薬局で、患者さんが来店しなくなり困っている。

クライアントが困っているならば、彼らの悩みを解決する方法や情報を配信しつづけるだけでも力になれるのではないか。

そう考え、毎月ウェビナーをやり始めたら、参加者数が一度に100名を超える規模になりました。

代表者には、人を引っ張っていく灯(ともしび)を持ってほしいと思うのです。

もちろん、大変なことは起こるし孤独を感じることはあります。

その時、自分を責めすぎるのではなく、こんなこともあるのだと捉え、ある程度の楽観主義を以て乗り切っていく。自分を責めても生産性はありません。

自分の責任だと言ったところで何かが前に進まなければ意味がないですし、当然ミッションの達成にも繋がりません。

中尾 豊という個人の判断ではなく、代表取締役社長という別人格として考えた時に最適な判断をする、という癖がつくようになっていきました。

ー 資金調達は順調のようですが、苦労されたことはありましたか。

2020年に18億円、2022年2月にはデットで13億円の調達をさせていただきました

ラウンドによって課題は異なり、シードとプレシリーズAは市場環境、シリーズA以降はトップラインを伸ばすこととサービスの実現性、とそれぞれありましたが、いずれもチームが素晴らしく、課題を突破してくれたと思っています。

特に、共同創業者で同じく代表取締役をしているCEOの中川の力は大きいです。彼は東京大学法学部を卒業後、マッキンゼーに所属していました。

経歴もそうですが、とにかく頭の回転も、学ぶ速度も、アウトプットする速度も早くて、仲間集めのために参加した勉強会で出会った次の日にはランチに誘っていました。

シード調達では、実は医療という社会的意義の高い事業は否定されにくいので投資家の印象は良いのですが、中川のような強力なメンバーがいることも大きなプラスとなりました。

ー 組織風土、採用について伺えますか。

ミッションは「日本の医療体験を、しなやかに。」で、バリューは、高潔、価値貢献、カタチにする、無知の知、変幻自在、情報対称性の六つです。

結果論ではありますが、社内には社会貢献や、事業を通して大きなインパクトを生み出したいという意識の強い人が多い気がしています。

日本での医療には、マクロな課題とミクロな課題があります。マクロな課題は国庫予算。日本は税収に対し支出が多い。

2021年時点で約6兆円の国防費に対し、社会保障給付費が120兆円超という予算になっており、その内訳は年金、医療、介護。そして赤字国債の発行による全体補填。そして予算を削ろうにも高齢化社会という現実。

日本の医療に向き合うということは、まさに日本という国に向き合うということなのだと思います。ミクロな課題は、患者の通院や服薬データが統一されていないこと。

これを薬局から攻めて変革しようとしているのが我々のサービスです。このマクロ、ミクロ両方の視点から医療業界を眺められる人が向いているかもしれません。

バリューでは、高潔といった高そうな目標も掲げていますが、ハードルが高いと臆さずにカジュアルに面談に来ていただければと思います。

我々は上記のような中長期的で大きな課題に取り組もうという人が集まっているので、子世代、孫世代のことを考えながら仕事に取り組むということに共感いただければ、馴染んでいただけるはずです。

また、薬剤師の方にも多くジョインいただいており、現場の意見をきちんと社内に取り入れていけるのも良い環境かもしれません。

ー グローバル展開についてはどうお考えですか。

将来的には見据えています。とはいえ現在は、日本における医療体験に向き合っています。

医療は国によって大きく仕組みが異なるため、そもそもエンドユーザーのペインポイントもプロセスも違い、取り組むべき課題もフィットするソリューションも異なります。

「ローカライズ」の範疇に収まるほど簡単ではないと想定しています。

現在のサービスは導入をものすごく丁寧にやっています。

医療業界で何かを導入する際には集合研修で一斉に使い方を学ぶ形式が一般的なのですが、私たちは、エンドユーザーとなる薬剤師に12回に及ぶ1on1を実施する「オンボーディング」を導入しています。

業界からすると「そこまでやるんだ」と思われるくらい、過去の慣習に囚われずに対応しています。海外に展開することになったとしても、同じように丁寧に定着をフォローしていきたいですね。

自分の志がどこにあるかを見つけよ

ー 学生時代はどのように過ごされましたか。

祖父が医師、母が薬剤師と、医療従事者が多い家に生まれました。

とはいえ、幼少期から医療に関心があったわけではなく、小学校3年生から高校3年生まではバスケットボールをしていました。

どちらかというとリーダータイプなのか、学級委員や部長などを任されることが多かったです。

スタートアップの代表をしている現在にも通じるものがありますが、チームで何かを達成するということ自体が好きであるように感じています。

今でも訓示として持っているのですが「自分一人で頑張ってもチームは勝てない」という言葉を意識するようにしています。

ドリブル、シュート、それぞれが得意なだけでは試合には勝てない。当時の自分のリーダーシップ像とは、周囲をよく見て、メンバーの良さを伸ばして、チームを勝利に導くというもの。

各領域に長けている人をアサインしたほうがチームを強くできる、そんなことを小学3年生の頃から考えていました。

バスケットボールは社会人になっても続けています。

実は、学生時代に勉強を楽しいと思ったことはほとんどなくて。内容が面白いというよりも、勉強をすると点数や偏差値に反映されるということ自体にやりがいを感じていました。

部活で学ぶ人間模様のほうが楽しかったですね。勉強が楽しいと思ったのはビジネススクールで経営を学んだ時が初めてです。

武田薬品工業に入社をしたころは、私の意識はまだ自分個人に向いていました。業界トップの企業に入社をしたとか、バスケットボールでチームリーダーをしているとか、そういうことですね。

それが、社内で賞をもらったことがきっかけで、多くの人に影響を及ぼすことはなんだろうと考えるようになりました。

そこからビジネススクールに通ってみると、自分の知らないことを知っている、自分より優秀な人がたくさんいて、従業員や社会に大きな影響を及ぼす時の経営判断を迫られるケーススタディが毎週宿題で出てくる。

そのどれもが刺激的で、面白いと感じるようになりました。

ー プレシード期からシード期のスタートアップへメッセージをいただけますか。

「本気でやりたいならやればいい」と思います。自分に本気の志があるかは、自問してわかるはずです。

自分自身に「誰かに否定されようとやり切るか」聞いてみてください。

周囲からは色んな意見が出ると思いますが、そこで折れるかどうかは自分の問題。そして、課題につまづこうとも、目的が決まっているのならば手段を選ばずに目指し続けるだけなのです。

そこが明確化できていさえすれば、仲間はついてきます。こんなことをしたい、こうなればいい、そういうことを言い続ければ良いのです。

ー 最後に、これから作りたい世界観と、読者へ一言お願いいたします。

私たちが提供しているサービスはバーティカルSaaSと呼ばれていますが、最終的には、医療全体に価値を出せるものにしていきたいと考えています。

医師とはなにか。薬剤師とはなにか。患者にはどうやって薬を届けるのか。

業界をディスラプトするのではなく、すでに役割のある医者や薬剤師というステークホルダーに向けて、私たちが価値貢献していく。

患者さんが喜んでいました、カケハシさんに救われていますという言葉が、私は何よりも嬉しいです。

カケハシという存在が医療を支えていく、そのために自分たちのできることをこれからも模索していきたいと思います。

株式会社カケハシ

・住所 東京都中央区築地4丁目1-17 銀座大野ビル9F
・代表者名 中尾 豊、中川 貴史
・会社URL https://www.kakehashi.life/
・採用ページURL https://recruit.kakehashi.life/
Eriko Nonaka

この記事を書いたライター

Eriko Nonaka

銀行、通信企業での新規事業担当を経て独立。スタートアップのファイナンスやコミュニティの運営に長く携わる。自身でメディア運営をしていることがきっかけでライター活動も行なっている。

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