株式会社TRUSTDOCK 代表取締役 千葉孝浩氏
新型コロナウイルス拡大の影響もあり、アプリの利用が加速する昨今。
金融系のサービスでは利用開始にあたって、犯罪収益移転防止法という法律に基づいた本人確認プロセスが必要だ。
以前は郵便物の受取が必須であったが、今では法改正に伴いオンラインでの本人確認ができるようになった。
運転免許証などの本人確認書類を写真に撮って、自分が偽物でないと証明するためにカメラの前で指示された動作をする、そんな体験をした人も増えているのではないだろうか。
今回は、そのオンライン本人確認、通称・eKYC(electronic Know Your Customer)のサービスを提供するTRUSTDOCK代表取締役、千葉孝浩氏にお話を伺う。
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ー これまでのキャリアと起業までの経緯をお伺いできますか。
私はいわゆる就職氷河期世代で、2000年に卒業をしました。
実は学生時代から個人事業主として仕事をし、中途採用で2004年にガイアックスに入社しています。
2018年にカーブアウトの形でTRUSTDOCKの代表となりました。
ガイアックスに入社した理由ですが、その時の面接担当が、今AppBank代表のマックスむらいさんだったんです。
まだ彼が一事業部の部長だった頃でしたが、彼の存在も面白いと感じ入社しました。
ガイアックス在籍中は、最初はゲームコミュニティのクリエイティブディレクターで、アバター等のデジタル空間のデザインディレクションなどです。
当時はいわゆる赤文字、青文字の女性誌をたくさん購入し、次に制作するファッションアイテムのトレンドリサーチなどもしていました。
口コミサイト全盛期には、そういったユーザー投稿型サイトのCGMやSNSサービスの受託開発プロジェクトマネージャーをしています。
やがて自社の新規事業の立ち上げに携わるようになりまして、その頃には会社に席もなく完全に別部隊として独立して動いていました。
あちこちのコワーキングで仕事したり、投資先に在籍したりという形です。
そういった新規事業のなかでも、プロダクトフィットの手触り感があったTRUSTDOCKを新規事業として事業部化し、その後、別法人としてカーブアウトしました。
事業部化する前は、できかけのMVPをクライアント側として営業される立場だったこともあって、クライアント側の気持ちもわかりました。
その視点から、その時のTRUSTDOCKがPMF的に何が足りないかということについても肌感があり、やってみようかと挑戦することにしたんです。
前職のガイアックスは、シェアリングエコノミーを事業ドメインにしているのですが、そういったCtoCサービスというのは、サービス黎明期は利用者からするとクオリティが見えず怖いもの。
たとえば、家事代行であれば知らない人が家に来て掃除をするわけです。
訪ねる側も怖いし、訪ねられる側も怖い。
この怖さをなくすために有効だったのが本人確認でした。
TRUSTDOCKが手がける本人確認というのは、実はシェアリングサービス拡大に向けたボトルネック解消のために、KYCを横断的に支援して事業者を楽にしようという発想で始まっているんですね。
CtoC事業者向けに出していたのですが、いざローンチしてみると、お問い合わせが多かったのはFintech企業。
話を聞いてみると、金融業界が最もKYC(Know Your Customer)で困っていることがわかったんです。
であれば、シェアリングエコノミーに限定せず、KYCで困っている業態を業法問わず助ける事業にしようということで、KYC特化型でカーブアウトしました。
クライアントは特に業界を絞っているわけではありませんが、KYCに対して業法規制のある業界が多いです。
ー 実際に事業を開始されてみて、いかがでしたか。
厳格化が進むKYC
当社は犯罪収益移転防止法が改正される前から、そして今のようにマイナンバーカード普及の話が本格化する前から、KYC事業を開始しています。
当時は法規制もどう変化するかわかりませんでしたから、柔軟に対応できる設計にしようと考えました。
今でも法改正はあるので、対応に追い付くのが大変です。
現在はeKYCの身元確認だけでなく、住民票や公共料金支払い明細書や口座情報の確認のための補助書類確認API、反社リスク確認API、謄本不要で法人確認ができる法人eKYCなどについてAPIの拡充も図っています。
ー 資金調達でご苦労されたことはありましたか。
カーブアウトモデルはやはり珍しいので、参照できるものが少ないうえ、スキームに決まった型がない分、大変なところがありました。
投資家側も、カーブアウトする企業への投資経験のある方は少ないです。
ご判断いただくにも難しい部分がありましたが、最初に500 Startups Japan(現:Coral Capital)、次にSTRIVEのリードにてエクイティ調達を行いました。
直近では2021年にグロービス・キャピタル・パートナーズ、STRIVE、Sony Innovation Fund by IGV、三菱UFJキャピタル、みずほキャピタル、SMBCベンチャーキャピタルを引受先とした、総額13億円の第三者割当増資を実施しました。
まだCFOがおりませんので、私がメインで資金調達の対応もしています。
ー 組織作り、採用で留意されていることはありますか。
実はミッション、ビジョン、バリューなどはまだありません。
作っても形骸化してはならないな、と思っています。
事業も組織も変化しているフェーズにおいて、何かを立てつけて柔軟性が失われるのもよくないとも考えています。
カーブアウトしてすぐのころはガイアックスの人間が多かったんです。
組織の方向性を明文化しても、おそらくはTRUSTDOCKとしてではなく、ガイアックスとしての文化を継承してしまう可能性があった、というのもあります。
組織作りや採用については、自走できる人、謝罪ができる人、誠実な人、この3つを求めています。
仲間とは「背中を預ける相手」だからこそ、「自分で考えられる人」「謝罪ができる素直な人」「何歳になっても成長できる人」の特徴は、いくつになってもごめんなさいができる人だと思っています。
年齢や経験を積むとわかったふりをしてしまいがちですが、それをしないことが大事で、一次情報にきちんと向き合わないといけません。
最後の誠実さについては、私たちの業態が大きく関わっています。
法令がこれからどう変わるかもわからないなかで、本人確認も今後大きく変動する可能性があります。
そういったことに誠実にきちんと向き合えないと、対応は難しいと思っています。
最後は、ID(アイデンティティ)という人権に近しいものを触る事業であるからこそ、コンプライアンス意識や平等意識、公益的な視点を忘れない人に参画いただきたいと考えているからこその条件です。
「企業から求められるけど作らない」「技術でできるけどやらない」がある領域で、これがすごく難しくて、無意識に誰かを弾いてしまわない設計にすることが求められます。
だからこそ、クライアントが誰であろうと、どんなに大きな企業が相手で売上になるとしても、ユーザーへの公共性という設計ポリシーから歪んではならない。
一方で我々は株式会社である以上、やっていることはビジネス。
売上は伸ばさないといけないので、誠実さと利益追求のバランスが求められます。
ー グローバル展開の方針についてお聞かせ願えますか。
海外展開については、東南アジアですでに実施しており、タイとシンガポールに現地法人があります。
コロナ禍のためここ数年、渡航ができないのがつらいですが、オンラインで事業を進めているんです。
コロナ禍の影響で、世界中でさまざまなサービスのオンライン化が進められており、eKYCは世界市場でニーズが高まっています。
このタイミングで積極的にグローバル展開を進めたいと思っているんです。
実は、法人化して1人目に採用したのもアメリカの方です。
海外マーケットのために、そのゼロイチを開拓していく担当者が必要だったのですが、根本的に思想はグローバルですね。
APIドキュメントも最初から英語版と日本語版を完備して、全世界のエンジニアがAPIを組み込む想定でプロダクトを開発しています。
一方で、個人情報を扱う本人確認という分野は国によって法規制が大きく分かれるものです。
参入していく国については、各国の文化や情勢をよく見て慎重に検討を進めています。
ー 学生時代はどんな過ごし方をされていましたか。
建築学科専攻だったのですが、学生の傍ら、建築事務所でのアルバイトと個人事業主として、デザインの仕事をしていました。
建築学科の人間というのは器用貧乏で、CADなどの3D設計ソフトウェアが扱えて、紙媒体のデザインもできて、クリエイティブスキルがあるため、個人での仕事をとりやすかったのです。
実は私、子どもの頃から漫画家になりたかったんです。
大学を卒業後、編集部に持ち込みをするために就職はせず、個人事業主として働きながら漫画家を目指していました。
青年誌で賞を取ったり、少年誌のプレゼントコーナーの挿絵を描かせてもらったこともあります。
当時はまだWeb漫画経由で新人がデビューするという文化もありませんでしたし、漫画家になるのはなかなか高い壁でした。
個人事業主を4年続け、プロになる道も険しいと感じてきて、そろそろどこかに就職しようかと考えてIT企業を複数受け、内定をいただいた1つがガイアックスだったんです。
学生時代は、ソフトボール、サッカー、バスケなどの球技、中高は柔道(二段)と、色々とやってきました。
身体を動かすのが好きだけど絵も好きで、という感じでインドアとアウトドアの両刀です。
建築も、技術と芸術のハイブリッドですしね。
私の実家は町工場なのですが、それもあって子どもの頃からモノづくり自体や機能美が好きなのです。
建築にDTP、Webや動画、ほかにもアパレル系のコンペでは、デニムのネクタイの実用新案を申請したこともありますし、本当にいろいろな領域のデザイン・設計をしてきました。
今は事業や組織デザイン、そしてデジタル社会のデザイン・設計に携わっている感覚です。
ー 週末など空き時間は何をされていますか。
子どもが2人いますので、基本的には週末はお父さん業ですね。
子どもたちは絵をかいたり、Human Beat Boxをやったりと自由に色々やっています。
子どもには好きなことをやってほしいですね。
最近の子どもたちは、楽器も料理も何もかもYouTubeを見て学んでいますから、すごいですよね。
教室などに通わなくてもいろいろなことを吸収でき、全ての若者にポテンシャルがあると思います。
ー これから起業しよう、あるいは起業してすぐの方々にアドバイスを。
そもそも会社をつくる起業というのは、大層な意味ではなくて、法人設立の話です。
私は実家が自営業だったからわかりますが、起業をカッコつけて特別視しているのはIT業界の特徴かなと思います。
法人自体は、もっとみんな気軽に作ったらいいですよ。
法人を作るのを趣味と考えた時、ただ保有するだけだったら年間7万円プラス数万円程度のコストで済む趣味です。
設立、運営、決算までをこんなに簡単に学べるのなら作ってみてもいいと思いますよ。
MBAで座学から入るよりよっぽど骨身になります。
たとえ事業アイデアがまだなくても、勉強のためにやってみてもいいんじゃないでしょうか。
ビジネスするだけなら個人事業主でもいいですし、起業をしようと意気込み過ぎないこと。
まずは法人設立をしてみる、事業をしてみる、結果として会社が成長する、それくらいの意気込みでも最初は良いのです。
ビジネスは入口と出口の手触りが重要です。
作って(仕入れて)、売って、請求して、着金する、売上が立つ。
最終的に外注するとしても、まずは自分で全サイクルを回してみるのはすごく大切。
そういった経験を通して、サラリーマンでなくビジネスマンになり、やがてほかの人に任せるようになった時に、採用や取り組み方の精度も上がるのでうまくいきやすいです。
ー 最後に、今後に向けた意気込みをお願いいたします。
まだまだコロナ禍が続いていて、非対面取引は時代の波もあるので不可逆的に増加していくものだと考えています。
この流れに対応し、さらに後押ししたいです。
手法を問わず、法律や社会情勢のアップデートにあわせた最適なソリューションを提供していきたいので、まだまだ山の一合目です。
直近では、ウクライナ情勢を見ていると、国を越境した本人確認の重要性を感じています。
途上国にUnbanked層(銀行口座を持たない国民のこと)が少なくないのは、身元証明ができないのも一因です。
eKYC等の本人確認が普及すれば、銀行口座の開設もハードルが下がり、与信や付帯する金融サービスも受けやすくなっていきます。
そういった世界的な課題にも今後向き合っていきたいですね。
先日、今年も(東日本大震災のあった)3月11日を迎えましたが、災害大国の日本においては今後も災害が起こると考えられます。
TRUSTDOCKがあれば、地震や火災、津波などで、身分証や通帳、はんこ等をなくしたとしても、生活に必要な手続の際にさまざまな自己証明ができる、といったバックアップサービスにもしていきたいと思っています。
我々が作ろうとしているのは、まさに生活インフラです。
地味で裏方の仕事ですが、未来の子どもたちのために、社会を前進させる重要な取り組みです。
公共性や社会貢献性が高い事業に携わりたい方のご参加を、ぜひお待ちしています。
株式会社TRUSTDOCK
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