行政でもスタートアップを支援しようという動きが広まっている。
国はスタートアップを優遇した経済政策を発表し、東京都もオリンピック・パラリンピックの開催に向け、スタートアップのテクノロジーを活用しようとしている。
そんな中、いち早くスタートアップに注目したのが神戸市だ。
果たしてどのような取り組みを進めているのか、神戸市長、久元喜造氏に取材した。
プロフィール
久元喜造(ひさもときぞう)
―まずは神戸市がスタートアップ支援に取り組み始めた理由を教えてください。
5年前、サンフランシスコを訪れた際での出来事がきっかけです。
サンフランシスコでは、地域の課題に対して、市の職員とスタートアップ、そしてNPO法人が協力して取り組んでいました。
しかも、彼らはとても生き生きとした表情をしていたのです。
この姿を神戸でも実現したいと考えました。
またシリコンバレーを拠点としたシード投資ファンド、500 Startupsの方々ともお会いしました。
彼らはグローバルに活躍しているのですが、当時はまだ日本に進出したいができていないという状態でしたので、神戸でお招きすることになりました。
―確かに、日本ではあまり見られない姿ですね。どのように進めていったのでしょう?
カギを握るのは「外部人材の存在」です。
行政の主流の考え方は、行政でずっと働いてきた生え抜きの職員のみで地域課題の解決を担う、というものです。
たしかに、その地域について熟知している彼らの存在は必ず必要なのですが、一方で新しい発想を外部から取り入れることも重要です。
そこで神戸市では外部から市の職員を採用しています。
情報システムやデザイン、データサイエンスなど様々な面で活躍していますね。
またイギリス、中国、アメリカなどから外国人材も積極的に採用しています。
―すごく柔軟ですね。ここまでできる原動力は何なのでしょうか?
私たちのもっとも重要な目的は、この神戸市を成長させることです。
現在、世界各国で大都市がその国の成長を牽引していますが、それは都市同士で優れた人材を誘致、育成するために連携、競争しているからです。
優れた人材を誘致するには、行政のアプローチをオープンにし、神戸市自体が開かれた都市になる必要があると考えています。
―スタートアップへの支援というのはどのような内容なのでしょうか。
先ほどお話した500 Startupsの方々と共に、500 KOBE ACCELERATORを実施しています。
500 Startupsのメンバーがメンターとしてアドバイスやレクチャーを参加企業に行っています。
そのため日本だけでなく海外企業からの応募も多いです。
今期は応募者の3分の2が海外企業でした。
オープンなアプローチができているからこその数字だと考えています。
また、Urban Innovation Japanというスタートアップとの協働事業を行っています。
行政が抱えている課題をスタートアップとともに解決していく、というものです。
以前はUrban Innovation Kobeという名前だったのですが、神戸だけではなく全国の自治体とともに地域の課題解決に取り組みたいという思いから、名前を一新しました。
Urban Innovation Japanでは地域課題の解決に向けた事業をプラットフォーム上で公開し、募集をかけ、審査したうえで一緒に取り組んでくださる企業を決めています。
▲Urban Innovation Japanのホームページ。現在神戸が抱えている課題がずらりと並んでいる。
▲▼課題をクリックすると、要点(上)や募集要項(下)などが表示される。
これは行政課題を新しい発想で解決できるだけでなく、スタートアップ・職員双方にメリットがあります。
スタートアップはせっかくいいアイデアを持っていても、それを展開できる場所が十分ではない場合があります。
そのような状況下にある彼らに「神戸市」というフィールドを活用してもらえるようにしています。
また市の職員にとっては、スタートアップと仕事をすることで刺激を受け、新たな発想を持つことができます。
―まさにウィンウィンの関係を築くことができるのですね。実際にどのような事例があるのでしょうか。
3つほどご紹介します。
1つ目はイベント来場者数の増加です。
神戸市では子育て世代の方々向けにさまざまなイベントを開催しています。
以前はチラシで不特定多数の方々にお知らせしていたので、とても非効率的でした。
そこで地域情報掲示板WEBサイト「ためまっぷ」を運営する、ためま株式会社と協力してイベント参加サイトを開発し、しっかりとターゲットを絞って発信するようにしました。
その結果、来場者数は1.5倍に増加しました。
2つ目は通勤経路・手当の自動化です。
以前は人の手によって職員一人一人に最適な経路、そしてそれに伴う手当を設定していましたが、それには膨大な時間と手間がかかっていました。
しかし、RPAツール「RAX EDITOR」を開発した株式会社モンスター・ラボとの協力のもと、RPAを導入して自動化を進めることができました。
これにより、年間で1900時間もの業務時間を削減しました。
これは職員一人分の勤務時間に相当します。
3つ目は受付業務の効率化です。
神戸市の東灘区役所には26の窓口があり、来庁者に適切な窓口まで案内する区役所案内係が存在しています。
これまではマニュアルを作るなどして対処していたのですが、なかなか求める答えまでたどり着けず、一人案内するのに平均して46秒かかっていました。
そこでIoTやアプリによってスマートオフィスの実現を目指すACALL株式会社と共に、新しく案内ツールを開発すると案内時間は24秒に半減しました。
1日に500人の方々が訪れるので、これだけで約3時間分削減できるわけです。
―これほど数字として効果が表れているなら、職員もスタートアップもやりがいをもって課題解決に挑戦できますね。
Urban Innovation Japanを進めるにあたって、神戸市を「実験都市」と設定しています。
実験なのでうまくいかなくても構わない、うまくいったものを実装していこう、という考え方です。
例えば、市役所の隣には芝生が広がっていますが、これを10以上の区画に分け、芝の種類や芝生保護剤、土壌改良剤などを組み合わせ、どの方法だと芝生が最も美しい状態を維持できるのか2016年から検証しています。
様々な方法を試すことで、結果的に成功につなげることができるのです。
またそういった取り組みに私は介入していません。
彼らの柔軟な発想に任せて、結果だけを聞くようにしています。
―職員もスタートアップも挑戦しやすい環境になっているのですね。ただ、このような新しい挑戦をするにあたって、課題にぶつかることはなかったのでしょうか。
もちろんありました。
市が正式にシステムやアプリを導入するには仕様書を作って公開し、競争入札をかけて落札価格が一番大きいところにお願いします。
しかし、これでは資金力に乏しいスタートアップは不利な立場となってしまいます。
スタートアップの努力も報われませんし、行政としても共同開発したものとは違うものを導入するため、求めていたものとかけ離れている可能性が高いです。
入札ではなく随意契約で導入する方法もあるのですが、それは費用が100万円以下のものに限られていました。
そのためスタートアップと共同開発したものを速やかに実装・導入できるよう、新たな制度をつくりました。
この新たな制度により、有識者のチェックを通過すれば、随意契約できるようになったのです。
―このような取り組みに対して、最終的な展望はありますか。
実のところ、まだ描き切れていません。
ただ令和は間違いなくテクノロジーの時代になります。
予期せぬリスクも発生するでしょう。
一方でこのリスクにもテクノロジーを活用し、被害を最小限に抑えていきます。
例えば、神戸では25年前に阪神淡路大震災の被害にあいました。
そこから震災に強い都市づくりを進めていく中で、テクノロジーを活用しています。
消防団員に対して現場からは見えない危険をLINEで発信したり、津波に襲われる危険性の高い防潮鉄扉の開閉には遠隔操作を取り入れるようにしています。
しかしテクノロジーが人間を支配する危険性ももちろんあるわけです。
スマホによるゲーム依存というのは、まさにその最たる例だといえるでしょう。
重要なのは「人間しかできない判断をどうテクノロジーで補っていくか」ということだと考えています。
テクノロジーを取り入れながら、できる限り情報を行政、そして市民へと共有していき、変化に強い体制づくりを行っていきたいですね。
―最後にスタートアップ支援にかける思いをお聞かせください。
私は神戸市の取り組みで誘致された企業が、そのまま神戸市に留まってほしいとは思っていません。
またこのような取り組みを神戸市のみで行っていくつもりもありません。
すでに姫路市など一部の市とは連携し、さらに他の政令指定都市とも交渉を進めている最中です。
神戸や日本の都市から世界に羽ばたき、グローバルに活躍していく。
そういう人材や企業をどんどん輩出していきたいのです。
そのような都市にこそ優秀な人材が集まり、イノベーションが起きていくのだと思います。
山口出身。一橋大学商学部に所属。記者・インタビュアーを目指している。
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