“ASEANの秘宝”に寄せられる期待 ~タイ発スタートアップ・エコシステムに学ぶ~

“ASEANの秘宝”に寄せられる期待 ~タイ発スタートアップ・エコシステムに学ぶ~

記事更新日: 2021/03/19

執筆: 編集部

アジアのスタートアップ企業についての情報を日々発信している香港発のJumpstartと起業ログが、定期的に共同でアジアのスタートアップ情報を発信していくこの企画。

第5弾は、今後確実に伸びていくであろうタイのスタートアップ市場

タイ人の温かさ、生活費用の安さや生活の質の高さ、さらに起業家を支援する政府の取り組みはどれも、外国人起業家をタイに惹きつける大きな魅力だ。

東南アジア市場ならではの可能性の大きさと、外国から起業家を惹きつける理由、そしてそれを推進するタイ政府の取り組みについてSteve Cervantes氏が解説する。

 

プロフィール

Jumpstart

香港で2014年にスタートし、アジア地域のスタートアップに関する情報をフリーペーパーやwebサイトで発信。現在では、起業家や投資家を繋げ、世の中にプラスな影響をもたらすイノベーティブなプロジェクトを共同するためのプラットフォームを提供している。 Jumpstart HP:https://www.jumpstartmag.com/

 

地域アイデンティティの有効活用が成功のカギ

タイのスタートアップ・エコシステムは、シンガポール、インドネシア、ベトナムのものより水面下で注目を集めながら、「ASEANの秘宝」へと戦略的に成長している。

シンガポール・インドネシア・ベトナムの「トロイカ」(注:3か国寡頭制)は、約540社のスタートアップ企業が存在するタイのエコシステムを見劣りさせるほどだ。例えば、シンガポールは東南アジアにおける10,000社のスタートアップ企業のうち80%を占め、インドネシアには4つのユニコーン企業がある。そしてベトナムのスタートアップコミュニティの数は全部で3,000にも上る (Enpact Data Lab)。

評論家とメディアはともに、タイのインターネット上の行動履歴によって得られるデータ資産や文化の内面化 (注:属している集団の価値観や習慣を受け入れること)、あるいはいつ文化的な影響が消費者行動を形成しているのかを認識していない。タイのソーシャルメディアの利用状況と外国人に対する並外れた寛容さは、世界のトップ10にランクインしている。また、B2BとB2C を通じたEコマースの活動は、同地域のどの国よりも高い順位に位置している(ResearchAndMarkets)。

タイ固有の強みは、必然的に東南アジアの革新的でスタイリッシュなEコマースのスタートアップ企業を成長させている。

例えばPricezaは、アリババとアマゾンによる世界的な優位性の確立と複占が進む中で、東南アジアにおける主要なEコマースの検索エンジンの一つになりつつある。新型コロナウイルスの経済と個人所得への影響の中で、Pricezaは主に価格比較に焦点を当てており、顧客が十分な情報を得た上で購買意思決定をする一助となっている。

ビジネスにおけるローカリゼーション(注:経営を現地の文化・地域性に対応させること)はしばしば苦戦を強いられるため、Pricezaの台頭は他の地域のスタートアップ企業にとって参考になるだろう。PricezaのCEOであるThanawat Malabuppha氏によると、2010年の設立以来、Pricezaは5つの東南アジア市場に進出し、タイとインドネシアのEコマース市場シェアのそれぞれ約75%と35%を占めているという。

彼は逆に、ASEANでの成功は地域のアイデンティティを活用したおかげだと考えている。

「ASEANは、言語や信念体系などを考慮すると、世界で最も(地域的に)多様な共同体として多くの人に認識されている。にも関わらず、サービスが拡大する際には、サービスの評判が良いと人々は皆喜んで受け入れる。ASEAN諸国はこの20年間で徐々に団結し、地域の友愛と透明性を生み出すことで、拡大を加速させローカリゼーションの問題を緩和してきた」

革新的なファストファッションのスタートアップ企業であるPomeloもまた、2019年9月のシリーズCラウンドで5200万ドルを調達し、地域での優位性を高めようとしている。2013年にタイとシンガポールで設立された同社は、インドネシアと香港、そして最終的には東南アジアの残りの地域への拡大を計画している。

ZaraやUNIQLOのような巨大企業との熾烈な競争を考えれば、Pomeloの驚異的な成長はほぼあり得ないことだった。それにも関わらず、同社の成功した要因は、同様に東南アジアのアイデンティティを活用しているところだ。例えば、タイ人とシンガポール人のミレニアル世代がアーリーアダプターであることや、東南アジアの独特な美的スタイル、そして利便性などが挙げられる。

Namkang氏は、40代前半の銀行員で、バンコクで最もシックなエリアの一つであるアリに住んでいる。彼女は、Pomeloを完璧なO2O (Online to Offline)のファストファッション小売業者だと考える。

「Pomeloは素晴らしい。幅広く手頃な価格の品揃えに、多くのサテライト試着室(注:遠方にある試着室)とピックアップポイント(執筆時は計100以上)があるから、試着して満足できなければ簡単に返金してもらえる。」

タイ人は平均して「年間100米ドルをオンラインで消費しているが、オンラインショッピングは依然として地域全体の小売売上高の10%未満である」ことにPomeloは注目し、O2Oサービスを提供する上で画期的な工夫を行った(Datareportal)。

また、Pomeloはタイの急速な高齢化も意識している。年齢的にも、また予算が比較的少ないX世代とベビーブーマー世代は、購入前に試着することを好む傾向がある。そのため、PomeloのO2Oプラットフォームはタイのほとんどの市場の顧客層を網羅しているのだ。

外国発のスタートアップを惹きつける「微笑みの国」

タイは、世界で9番目に人気のある観光地として(新型コロナ発生以前)、世界中の有望な外国人起業家を惹きつけている (World Economic Forum)。

「タイに行けば、帰ることなど考えられなくなる。ここに外国人起業家が根を下ろす理由は、タイの温かさと親しみやすさだけでなく、そのようなタイの人々と同じように考え行動する外国人材の多さだ」と、バンコクを拠点とするアクセラレーション・コンサルタント会社Proseedの共同創設者であるAnthony Pash氏は述べる。

彼は、「生活の質の高さと生活費の安さこそが、タイがアジアで最も多様で定着した外国人労働者を持つ根本的な要因だ」と付け加える。シンガポールを除けば、タイは外国人材を惹きつけるための最も確立された市場の一つだと彼は言う。

ほとんどのアジア市場と同様に、外国発のスタートアップ企業がタイ企業に対抗することは事実上不可能だ。しかし外国発のスタートアップ企業は、ニッチや市場への自社製品の適合性、ニーズを見つけるため、そしてタイの企業や外資系子会社と共生しつつ協力していくためのノウハウを活用している。

2010年にVirode Imtarnasan氏とMike Darnell氏によって設立されたB2Bのデジタルエージェンシー(注:webサイトやアプリ、動画の制作からプロモーションまでを手がける会社)、Vimi.coもその一例だ。同社の顧客には、サイアム商業銀行やトップス・マーケットなど、タイのブランドが名を連ねている。

Darnell氏は、タイを「モバイルファースト、かつソーシャルファーストなデジタル経済の顕著な例」と称賛している。さらに彼は、タイはいくつかの独特な工夫を加えながら、東南アジア全体を体現するものの大部分を示してきたと言う。

この独特なアイデンティティは、タイ国民のメッセンジャーアプリの利用に見られる。

LINEは「一般的に好まれるアプリ」であり、WeChatと同様にアプリを中心としたLINE経済が発展してきた。そのLINEプラットフォームが、フードデリバリー(Line Man)、クラウドストレージ(Line Keep)、メディア(Line TV)、デジタルウォレット(RabbitやLine Pay)などの、着実に増えている経済活動領域を支えているのだ。

また数年前のバンコクには、タイムズスクエアを超える、地球上で最も「インスタグラムに載った」場所があった。これはタイの人々が携帯電話をどれほど使い、愛しているのかという点を改めて示している。」

スタートアップを支えるタイ政府の取り組み

携帯電話の普及に加え、イノベーションを促進するための政府の取り組みは、設立者を有利な立場に立たせている。

シリアルアントレプレナー(注:連続起業家)の Yannick Zoccola氏は、2017年に廃棄物リサイクルのスタートアップWheig Asiaを共同で設立した。 そのビジネスモデルは、東南アジアの主要都市周辺に構築された大きすぎないサイズのリサイクル工場のネットワークに基づく。Yannick氏は、同社の成功はタイ固有の強みによるものだと信じている。 

タイで起業してビジネスを行うことは、欧米の過剰な規制を受けている国々に比べて、非常に躍動的で容易だ。ごく僅かなコストと借金で、試しに実行したアイデアが成功しているかどうかを即座に知ることができるのだ。そしてそれがうまくいけば (...)、ただ成長させていけばいい。うまくいかなければ、店を閉めて次のステップに移ればいいのだ」と彼は言う。

また、「タイ政府は、対象となるスタートアップ企業や業界の起業家精神を奨励している」とも述べている。

タイ政府は、東南アジア各国の政府に負けず劣らず、インセンティブを与えている。例えば、歳入庁は10業種のターゲット産業について、スタートアップ企業の5年間の法人所得税免除を提供している。ターゲット産業は、スマートエレクトロニクス、富裕・医療・健康ツーリズム、農業・バイオテクノロジー、食品、産業用ロボット、物流・航空、バイオ燃料・生化学、デジタル、医療サービス、防衛を含む次世代の「S字カーブ産業」(注:タイ政府が定める重点産業)である。

最大の課題は、言語の壁

シンガポールや香港以外にも、特にディープテック (注:最先端の研究結果で世界に大きな影響を与えたり、大きな社会課題を解決する技術のこと)に関して言えば、アジアの教育システムとグローバルなスタートアップ企業の拡大には未だに大きな格差がある。

タイの英語教育は、依然として機械的な暗記型システムであり、これは悪循環を生み出している。限られた英語力は、スタートアップ企業が優秀な人材を採用し、グローバルなオーディエンスと交流し、海外進出することを妨げる。

Darnell氏は、「タイの主な課題は未だに言語の壁だ。一般市民の英語力はそれほど高くない」と述べる。

また、タイの教育制度下ではSTEM資格(注:科学技術やIT技術の資格)を持つ人材がごくわずかだ。そのため、タイでは第4次産業革命で誕生しているスタートアップ企業も少なく、国の主要産業は未だ農業、製造業、観光業のままである。

このように不十分な点はあるものの、タイは急速に進歩しながら構造的な問題に対処し、イノベーションを起こすために有利な状況を構築している。

現在、タイと外国のスタートアップ企業は共に、タイのスタートアップコミュニティを「秘宝」から東南アジアで最も有望なエコシステムの一つへと急激に進化させているのだ。

出典:JumpStart(https://www.jumpstartmag.com/jumpstart-magazine-issue-30-the-lockdown-issue/

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