コンプライアンスもパワハラも、近年になってよく耳にするようになった言葉です。
それぞれ混同されがちですが、両者にはどのような関係があるのでしょうか。
本記事では、コンプライアンスとパワハラの意味や関係、パワハラに該当する事例や相談窓口について紹介します。
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・コンプライアンス(英:compliance)=追従、承服
コンプライアンスを直訳すると、「追従」「承服」という意味ですが、ビジネスの世界で使用される場合は「法令遵守」と訳されるのが一般的。
定められた法律や規則を守って企業展開することですが、コンプライアンスの示すものは法律だけに留まりません。
企業がコンプライアンスという場合には、社会的通念や規範、道徳観、社会倫理など幅広い意味で使われることがほとんど。
法律や規則のほか、明文化されていない社会規範全般が含まれているのです。
パワハラについて知る前に、まずはコンプライアンスの概要について確認しておきましょう。
コンプライアンスという言葉が注目されるようになったのは、官営事業の民営化や規制緩和が盛んに行われていた2000年代に入ってからです。
当時、行政や一般市民が危惧していたのが、民営化や規制緩和によって「企業が身勝手な経営を行うのではないか」ということ。
市民がこれまでどおり不足ないサービスを受けられるよう、企業には責任体制の確立や適切な情報公開が強く求められました。
つまり、この頃より「企業の社会的責任」が重視されるようになったというわけです。
また、「社会的責任投資(SRI)」の普及も大きなポイントといえます。社会的責任投資とは、「コンプライアンスを徹底している企業はブランド力が高い」という点に着目した投資法です。
投資家は投資を行うに当たり「コンプライアンスが確立されているかどうか」を厳しくチェックするようになりました。これにより、コンプライアンス体制が企業評価に直結。
コンプライアンスが徹底していないとみなされた企業は、株価が大きく下がるなど著しいダメージを受けました。今や企業にとってコンプライアンスの遵守は企業の存続をも左右する重大な事由なのです。
コンプライアンス体制の確立は、企業価値の向上につながります。法規範や社会規範、倫理・道徳を遵守して経営を行えば、社会的信頼度がアップ。
企業の信頼度は商品の信頼度にも結びつき、顧客に選択してもらえる可能性が高くなります。
また、コンプライアンス体制が整っている企業は、従業員のモラルや質が高いと考えられます。不正や不祥事が発生する可能性は低くなり、経営も安定するでしょう。
一流企業の多くは、コンプライアンスを単なる「法令遵守」の取り組みとは考えていません。
コンプライアンス体制の強化を「企業価値を高めるために必須の取り組み」と位置づけているのです。
厚生労働省の調査によれば、令和元年度の賃金不払い残業で是正指導を受けた企業数は、1,611企業でした。
残業代を支払わず、サービス残業をさせている企業がこれほどの数あったということです。
各業界・業務には、業法と呼ばれる法律が制定されています。
例えば、金融業界や不動産業界には、それぞれ特定の法律を遵守して業務を行わなければなりませんが、この業法を守らないで業務を行った場合もコンプライアンス違反になります。
食品メーカーや飲食店にも、業法と同様に食品の衛生管理における規則が決まっています。
この規則を守らず、管理がずさんだったばかりに集団食中毒などを起こす事例は、度々報道され耳にすることもあるでしょう。
パワハラとは「パワーハラスメント」の略語のことで、同じ会社で働く社員間で発生する「いじめ」「精神的圧力」「肉体的暴力」などを指します。
「パワー」という言葉から上司から部下に行われるものと思われがちですが、適用されるのはより広範囲です。
上下関係だけではなく、同僚、あるいは部下から上司へのハラスメントもパワハラに該当します。
社会問題としてもしばしば取り上げられるこのパワハラは、コンプライアンスとどのようにかかわっているのでしょうか。
ハラスメント対策の総合サイト「あかるい職場応援団」の中で、厚生労働省はパワーハラスメントを次のように定義しています。
「職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」
一方、コンプライアンスとは、前述のとおり法律や社会全般の規範を遵守すること。
それぞれの示すものは全く異なるといえます。職場でパワーハラスメントがあっても、それはただちに「コンプライアンス違反」には該当しません。
中小企業などでは、コンプライアンス窓口とハラスメント窓口が同じということは多々ありますが、これは人員を割く余裕が無い等の理由がほとんど。
体制の整っている企業では、コンプライアンスとパワハラの相談窓口は別に設定されています。
本来別物といえるパワハラとコンプライアンスの関係ですが、以下のようなパワハラがコンプライアンス問題と結びつく事例もあります。
例1) 入社試験などで、企業の上層部が人事担当者に「○○を採用しろ」など強要する場合。
例2) 企業のお金を使い込み、担当者に黙っているよう脅した場合
このように、違反行為や隠蔽を伴うパワハラは、コンプライアンス問題と深く結びつくことがほとんどです。
コンプライアンス教育を行う際、予防としてパワハラについても取り上げる企業は少なくありません。
このようなパワハラがあった場合は、コンプライアンス違反として対応を求めてもよいでしょう。
実際にパワハラを受けているなら、相談するべきはコンプライアンス窓口ではなく、ハラスメント相談窓口です。
しかし、パワハラといっても、実際にはさまざまなケースがあり、「これはパワハラなのか?」と悩む人は少なくありません。
現在のところ、厚生労働省が「あかるい職場応援団」内で示しているパワハラの類型と種類は、主に6つあります。
実際に相談する前に、それぞれのパワハラの具体的な事例とともに確認しましょう。
こちらは、社員の体に身体的な攻撃を加えるパワハラ。たとえ薄い冊子や資料でもそれを投げつける行為はパワハラに該当します。
【事例】資料作成して上司に提出したところ「出来が悪い」と罵倒を受けた。ボールペンを投げつけられ、顔に当たって出血した。
肉体的な攻撃は無くとも、「バカ」「辞めろ」などの暴言はパワハラです。
たとえ業務の遂行中だとしても、人の尊厳を傷つける言葉はあり得ないもの。業務の適性範囲を超えています。
【事例】大きな声で名前を呼ばれ、他の社員の前で毎日のように罵倒される。
いわゆる「無視」「仲間はずれ」がこのタイプ。個人を阻害し、仕事の円滑な進捗を妨げます。
業務中だけではなく、一人だけ忘年会に誘われなかったり必要な連絡が回ってこなかったりするのも、パワハラです。
【事例】特にトラブルの無かった上司に意見した。次の日から口を聞いてもらえなくなり、資料なども回ってこなくなった。
過大な要求とは、遂行不可能な業務を押しつけられること。明らかに不可能だったり能力を超えたりする業務を多量に任された場合は、パワハラとして相談可能です。
【事例】上司の仕事を多量に押しつけられる。業務時間中に終わらせることは到底不可能で、日々遅くまで残業しなければならない。
こちらは、「仕事を取り上げる」パワハラ。業務上の合理性がないままに、程度の低い仕事を押しつけられるケースです。
これは「適性範囲かどうか」の見極めが難しいところですが、「おまえはやらなくていい」などとの言葉があった場合は、パワハラと考えられます。
【事例】上司の機嫌を損ねてしまった。作業中の仕事は取り上げられ、資料整理だけをやらされるようになった。
私的なことやプライベートに深く干渉されるのは、「個の侵害」に該当します。
管理目的以外の理由でロッカーや引き出しを開けられた、休日でも構わず電話がかかってくるなどあれば、パワハラとして相談しましょう。
【事例】有給を取ろうとしたら、どこに行くのか、誰と行くのかしつこく聞かれた。
コンプライアンス問題とも深く関わる可能性があるパワハラ。もしもパワハラにあったと感じたら、どこに相談すればよいのでしょうか。
パワハラにあった場合の対処法や相談先を紹介します。
パワハラを受けたと感じた場合、まず相談すべきは会社の相談窓口です。企業の中には産業医や専門の相談員を配置しているところもあり、こちらに話を聞いてもらうのが望ましいでしょう。
ただし、中小企業になるとハラスメント専用の窓口を設けているところは少なくなります。コンプライアンス相談窓口と兼ねているケースもあるので、企業の対策をよく確認してください。
また、中小企業で注意したいのが、相談窓口を社員が兼務しているケースが多いということ。相談内容が社内に漏れる可能性もあり、ややリスキーです。
社内に相談窓口が無かったり社員が兼務していたりする場合は、外部の相談窓口に相談することも可能です。主なものは、以下のとおり。
また、相談する際は状況がきちんとわかるよう、事前にメモなど用意するのがおすすめです。
上記を細かく書き残しておくと、窓口の担当者も事実関係を把握しやすくなりますよ。
相談窓口を利用した際の流れとしては、「あかるい職場応援団」の中で以下の例が挙げられています。これは、企業の人事担当者に向けた対応手順の一例です。
出典:厚生労働省「相談や解決の場を提供する|パワハラ対策7つのメニュ-」
企業に設置された相談窓口に相談すると、上記のような流れになるでしょう。
ただし、これはあくまでも厚生労働省が提示する対応プランです。実際にどのような対応を取るかは企業によるところも大きいので、注意してください。
パワハラは、コンプライアンス問題にも結びつく見逃せない問題。パワハラ防止に力を入れる政府は、2020年より「パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)」の施行を決定しました。
大企業は6月から、中小企業は22年4月からパワハラ防止のための雇用管理上の措置が義務づけられます。
以下が、政府が推奨するパワハラ防止対策導入のスケジュールでです。
出典:厚生労働省パワーハラスメント対策導入マニュアル(第4版)
違反による罰則規定は設けられていませんが、悪質な企業は企業名が開示されるとのこと。今後、パワハラの抑制が期待できます。
ブランド力や競争力を高めたい企業にとって、コンプライアンスの徹底は必要不可欠。社会に「適切な取り組みを行う会社」として認識してもらえれば、企業活動も円滑に行えるようになります。
一方パワハラは、職場環境を悪化させる大きな問題。社員の仕事へのモチベーションを失わせ、業務の遂行にも悪影響を及ぼします。
直ちに「パワハラ=コンプライアンス問題」というわけではありませんが、両者が結びつけば事態はより深刻なものとなる可能性があります。
まもなくパワハラを防止するための新たな法律も施行されます。「パワハラは許されない」ということを誰もがきちんと理解しておくことは、コンプライアンスを考える上でも有益です。
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