キャリアアンカーは、キャリアを考える際の軸となるもので、形成されているのといないとでは、今後の職業人生において大きな違いが出ます。
そのため、キャリアアンカーの概念をしっかり理解したうえで自分のキャリアアンカーを形成し、それを常に意識することが大切です。
そこで今回は、キャリアアンカーの概要をはじめ、種類や必要性、さらにキャリアアンカーを見い出す診断方法や活用方法など、詳しく解説していきます。
このページの目次
キャリアアンカーとは、社会人が自らのキャリアを考えるとき、「これだけは犠牲にしたくない」「もっとも大切にしたい」などの欲求や価値観のことをいい、アメリカの心理学者である「エドガー・H・シャイン博士」が提唱したキャリア理論の概念です。
キャリアアンカーの「アンカー」は、日本語でいう「船の錨(いかり)」という意味。
錨は船が停泊する際、風や潮に流されないよう海底に沈めて一定の場所に留めておくために使われる道具です。
また、船を急旋回させたり速度を減速させたりする時にも使われるなど、舵取りにおいて要であると言われています。
職業人生は遠洋航海のようなものです。
遠洋航海の最中、様々な港へたどり着き、その都度錨を下すのと同じように、職業人生においても、異動や転職など経て様々な勤務先、職種へたどり着き、そこに錨を下して様々な経験をすることでしょう。
長きにわたる職業人生のなかで得た様々な知識や経験などから、自分にとって「最も大切なこと」、いわゆるキャリアアンカーが形成されるのです。
そして、一度形成されたキャリアアンカーは、たとえ周囲の環境や自分の年齢が変化しようとも変わることなく、自分のキャリアにおける核として、いつまでもあり続けるとしています。
キャリアアンカーの大きな特徴 |
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近年、キャリアアンカーに注目が集まっています。
ではなぜキャリアアンカーが注目されているのでしょうか。この章ではキャリアアンカーが注目されている背景について解説していきます。
なお、キャリアアンカーが注目されている背景には主に下記の3つの理由が挙げられます。
1. 人材流出の防止と社員のモチベーションの向上・維持
2. 満足のいく働き方ができる
3. 市場のグローバル化による求められる人材の変化
たとえば、営業職で優秀な成績を上げている社員がいたとし、この社員のキャリアアンカーが「営業職を極めること」であるとします。
そこで、この社員に今後は現場ではなく事務職をメインにデスクワークなどの内勤業務を行うよう辞令を出したらどうでしょうか。
おそらく、あまりの不本意さに仕事に対するモチベーションが低下。同時に大きなストレスを感じて最終的には転職という手段に繋がり、企業は貴重な人材を失うことになるでしょう。
社員それぞれのアンカーを理解し、それぞれに合った業務やプロジェクトへ配置させることで社員たちのモチベーションは上がり、結果的に組織のパフォーマンスを最大限に高めることができるのです。
前述のとおり、自身のなかでキャリアアンカーが形成されていれると、周囲の環境や年齢の変化に対してもブレにくく、しっかりとキャリアの軸としてあり続けます。
キャリアアンカーを意識せず、「ただ何となく」こうした曖昧な考えで働き続けてしまうと、仕事に対する意義や、やりがいを感じることができず、前向きに仕事を行うことが難しくなります。
仕事をするうえで「自分はどうなりたいのか」「自分は何を目指しているのか」「自分は何を大切にして働いていくのか」。
こうした考えをしっかり持っていると、仕事に対する意識も高くなり、心から満足できる働き方ができるのです。
これまでは、企業の求める能力や人物像に対し、個人が合わせる。いわゆる組織側のニーズに基軸を置いた思考図式が一般的でした。
しかし、近年では市場のグローバル化や技術革新が進んだことによって人材の流動性も高まり、人材もより個性や能力が重要視されるといった時代へと変化してきています。
そのため、従来の企業が求める人物像に合わせて働くのではなく、より適材適所でそれぞれの能力を発揮し、十分に活かしてもらうことがもっとも重要である。
こうした考えが企業の間で透してきているのです。また、AI(人工知能)をはじめITの進化によって、これまで人が行っていた業務が淘汰されつつあり、業務内容の多様化が進んできています。
こうした時代の変化に伴い業務が多様化していくにつれ、より個性を生かした人材マッチングが重要視されるのです。
前項でも少し触れましたが、キャリアアンカーは大きく8つのタイプに分類することができます。
では、どのように分類することができるのか、タイプ別に詳しく内容を見ていきましょう。
管理能力タイプは出世思考が強く、経営者やマネージャーなど企業のトップに立つことに価値を見いだします。
そのため、規模の大きいプロジェクトのリーダーや、組織を動かすマネジメント業務など、重大な責任を伴う仕事にやりがいを感じます。
なお、若いうちは多くの経験を積み、成長していきたいと考えるため、職種が異なる異動も積極的に受け入れる傾向にあります。
また、キャリアアップや昇進のための資格取得も惜しみなく積極的に取り組みます。
特定の分野で経験を積みながらスキルを磨き、その分野におけるエキスパートを目指すタイプで、専門家として能力を高めていくことに意義を感じる、いわゆる職人気質です。
こちらのタイプは、昇進して管理職になるというよりも、あくまで現場で課題と向き合いながら挑戦し続け、その道を究めるということを望みます。
そのため、別な職種や部署など自分の能力が発揮できない場所に異動してしまうと、仕事に対する満足感が著しく低下してしまう傾向にあります。
なによりも社会的・経済的な安定を求めるタイプで、公務員や大企業など生涯にわたって終身雇用が望めるところで働くことを望みます。
それゆえ、リスクを伴う大きな変化を避け、ひとつの企業で職業人生を全うしたいと考えます。
保証と安全を求めるこうした堅実なタイプは、危機管理やリスクマネジメント業務が向いています。
なお、大きな変化を嫌いますので余程のことがない限り転職を考えることは少ないですが、他部署への異動には大きなストレスを受けやすいといった特性があります。
起業家的創造性のタイプは、新商品やサービスの開発、発明やクリエイティブな仕事など新しいことを創り出すことに関心があり、それを達成することに情熱を注ぎます。
ちなみに起業家的創造性タイプは、芸術家や発明家、起業家を目指す傾向にあります。
なお、企業に就職し組織に属したとしても、将来的には独立起業を志すケースが多いのも特徴としてあります。
そのため、企業が優秀な人材であると見込んだ場合には、人材流出を避けるといった意味でも社内のベンチャープロジェクトを任せるケースも少なくありません。
いずれにせよ、起業家的創造性のタイプはリスクを恐れず困難な課題や状況にも積極的にチャレンジしていく気持ちを強く持っています。
キャリアアンカーが独立と自律とするタイプは、自分で決めたスタイルで仕事を進めていくことを重視するため、組織の規律やルールなど、その場の空気に従うことを嫌います。
基本的に一人で仕事をするのが好きですので、在宅勤務やフレックスタイムなど、比較的自由で柔軟な働き方ができる企業で能力を発揮します。
なお、独立志向も持ち合わせているため、集団行動を強制されたり、上司などから強く叱責されたりすると、それがきっかけになって退職を申し出ることもあるので注意が必要です。
世の中に貢献し、自分の仕事を通して世の中を良くしたいという意識を持っているのが奉仕・社会貢献タイプです。
こちらのタイプは、医療や看護、社会福祉、教育系などの仕事を目指す傾向にあり、場合によってはNPO法人を立ち上げるケースもあります。
とにかく「世のためになるかどうか」ということが重要な軸となるため、自分の能力を発揮して出世するといったことよりも、人の役に立つことを最優先に考えます。
そのため、企業における内部不正は見逃せません。
一般的に考えて無理難題だと思えるような困難な事案や状況下でも決して諦めず全力で挑み、そこから得られる刺激に満足感を得るタイプです。
課題のハードルが高ければ高いほどやる気が出るので、比較的ハードワークでも対応することができます。
なお、淡々と仕事を熟していくルーティンワークを好まず、今行っている仕事をマスターしたらまた新たに別な仕事へと次々探す傾向にあります。
そのため、一貫性のない多様なキャリアを積む可能性があります。
あえて困難に飛び込んで挑戦するタイプなので、新規事業の立ち上げ、もしくは会社に新たな風を取り入れたいといった場合などに効果的な人材と言えるでしょう。
仕事とプライベートを両立させることを重視するのがこちらのタイプで、自分の中で確立した生活スタイルを基準として仕事を選ぶ傾向にあります。
そのため、予定外の残業や仕事終わりの飲み会などに関しては基本的に断ります。
仕事に対して熱心に取り込む一方で、子育てや介護など自分の家庭生活も大切にするという意識が強いため、在宅勤務やフレックスタイム、育児休暇など制度が整い、ダイバーシティに理解のある職場が向いています。
自分のキャリアアンカーを形成し、それを常に意識しておくことは長い職業人生において非常に重要です。
では、自分のキャリアアンカーを知るためには、どのようにしたら良いのでしょうか。
自身のキャリアアンカーを知るための診断方法がいくつかありますので、そちらをご紹介していきます。
自分のキャリアアンカーを調べるためには、自分の志向や価値観に対して客観的に理解し、しっかり自己分析することが重要で、「自分史を書く」ということが有効です。
自分史といえば、自らがたどってきた人生を様々な手段で表現するものであるため、人生の集大成として年配の方が書くものだと捉えがちです。
しかし、最近では自己分析のために学生や就職活動の時にも書いたりします。もちろん、自分史を書くということはキャリアアンカーの診断にも有効です。
なお、キャリアアンカーの診断に自分史を活用する際は、自分のたどってきた人生を書くのではなく、自分のターニングポイントを振り返ることが重要です。
たとえば、「先輩や同僚、親友などから言われて考え方が変わった」や「心から尊敬できる人に出会って大きく影響を受けた」、「恋人と別れた」など、考え方や価値観が変わったターニングポイントを振り返ります。
さらに、なぜ考え方や価値観が変わったのかを振り返り、考えることで、今まで気づけなかった「自分が最も大切にするべき価値観」が見えてきます。
価値観の軸は、キャリアアンカーを形成する際の要因となります。
ロールモデルとは、具体的な行動や考え方などの見本となる、心から尊敬できる人物のことをいいます。
自分のキャリアアンカーを診断する際、尊敬しているロールモデルに対し「どの部分が尊敬できるのか」「どこに魅力を感じているのか」を改めて考え、そして分析してみましょう。
ロールモデルを分析することで、「自分の在り方」が見えてきます。
このように、自分の中に存在するロールモデルから分析するということも、自分のキャリアアンカーを診断するうえで有効的な方法です。
自分のキャリアアンカーを見つける際、下記のWebサイトを利用して手軽に診断することもできます。
下記のキャリアアンカー診断サイトでは、「何があっても犠牲にしたくないもの」や「大切にし続けたいもの」など、全40問の質問に6つの選択肢から当てはまるものを選ぶだけで簡単に診断することができます。
こちらのキャリアアンカー診断ツールは誰でも無料で利用することができますので、自身のキャリアアンカーがどのようなタイプなのか知るためにも、一度試してみるのも良いでしょう。
職業人生において、キャリアアンカーの概念を理解することは極めて重要なことです。
これは個人だけでなく企業にも言えることで、企業がキャリアアンカーを理解し活用することで、組織運営の活性化に繋がります。
では、組織運営において、どのようにキャリアアンカーを活用すれば良いのでしょうか。企業におけるキャリアアンカーの活用方法をいくつかご紹介します。
キャリアアンカーが形成されるのは、およそ30歳前後が一般的であると言われております。
また、仕事を始めてから5年以上経過しなければキャリアアンカーの形成は難しいとされ、特に職務経験の浅い新卒者は、「自分がやりたい仕事」にフォーカスしてしまいがちです。
新入社員研修では、キャリアアンカーの概念を伝え、これから仕事をしていくうえで「これだけは絶対に譲れないこと」、「大切にし続けていきたいこと」など、自分のなかの価値軸としてキャリアアンカーを確立させていくよう意識させます。
そうすることで、重要な場面に直面しても意思決定がブレにくい人として成長していくことでしょう。
また、企業にとっても組織のニーズに対して擦り合わせやすくなるため、個々にあった役割分担や社内におけるコミュニケーションも円滑に進み、企業全体の活性化も期待が持てます。
会社員として会社組織で働く以上、異動や転勤はつきものです。
異動や転勤は、人生において良い転機になるとよく言われますが、すべての人が良い転機になるわけではありません。
人によっては異動や転勤が心理的ストレスを与える原因となる場合があり、それをきっかけに離職や転職に繋がる可能性もあります。
このように、異動や転勤が原因で悩んでいる社員がいれば、まず「自分がやりたい仕事」よりも「自分がどのように働きたいのか」を考えさせ、そのうえで新しい勤務先でも活躍できるというポイントを見いだします。
たとえ環境や仕事内容が変わったとしても、自分のキャリアアンカーに合っている部分があれば、これまでとは違ったやりがいを見つけ出すことができ、悩んでいる社員も前向きな気持ちで頑張ることができるはずです。
キャリアアンカーは、仕事をするうえで「これだけは絶対に譲れない」、「大切にし続けたい」こうした自身が抱く価値観や欲求のことで、職業人生においてキャリアアンカーを意識しておくことは非常に重要なことです。
長きにわたる職業人生。これをたとえるならば、広大な先の見えない大海原に出て航海しているようなものです。
航海において、船は目的地まで何事もなく到着するわけではありません。穏やかで順調に進んでいたと思えば、突然の荒波にもまれ右往左往してしまうこともあります。
そして、雨風を避けるため、燃料補給をするため、様々な理由で複数の港へ立ち寄る必要があります。その時、船体をしっかり支えてくれる錨(アンカー)がなければ、港へ立ち寄ることすらできません。
未知でどんなに遠い航海であっても船を安心して出せるのは、錨があるからこそのことなのです。
仕事でも同様です。自分のなかにアンカーをしっかりと形成されていれば、現代社会における大きな荒波が訪れようとも、それに流されることなく納得のいく意思決定、つまり適切に舵を切ることができるのです。
キャリアアンカーの形成は、今後あなたの職業人生において大きく役立つことでしょう。また、企業でもキャリアアンカーを上手く活用することで、組織運営がより円滑に進むことにも繋がります。
ぜひこの記事を参考にキャリアアンカーへの理解を深め、充実した職業人生を歩んでいきましょう。
画像出典元:O-DAN