近年、注目されているノーレイティング(No rating)。人事評価を社員を数値やランク分けで行わないという、比較的新しい人事評価手法です。
レイティング(rating)とは、ある基準に基づき数値化や等級分けを行うことを意味しており、従来の人事評価は基本的に数値やランク付けによって行われてきたレイティング評価ということになります。
しかし近年ではレイティングによる弊害も散見されたことを背景に、レイティングに頼らない評価手法「ノーレイティング」が拡大してきました。
この記事では、ノーレイティング制度の意味、それを導入するメリット・デメリット、実際に導入している企業の例などを紹介します。人事評価制度の見直しを検討しておられるならこの記事を参考にしてみてください。
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レイティング(rating)とは、対象となる物事に対してある基準に基づき、数値化や等級分けを行うことを意味します。ですから、ノーレイティングとは、人事評価のために社員を数値やランクで分けないということです。
とはいえ仕事の努力や成果を何も評価しないという意味ではありません。
各社員にリアルタイムに目標を設定し、その目標達成について定期的に上司と一対一の対話(1on1ミーティング)を行います。それによって社員は上司からのフィードバックを受け、その都度何かしらの評価をしてもらうという方法になります。
上司との面談やコミュニケーションにより、仕事の努力や成果はきちんと評価されます。
ノーレイティングではリアルタイムなその人個人の目標を設定します。さらにその目標に対する取り組み方や成果などを上司と部下の1on1ミーティングで話し合います。
このミーティングの目的は教育や指導、評価を与えるというだけではありません。次の目標についても話し合われます。
この上司とのミーティングでの評価が給与や昇進に影響します。
従来の人事評価制度ではフィードバックは「年1回」です。しかしノーレイティングは定期的にそれが行われます。
年1回のフィードバックでは1年間の仕事に対する取り組みや成果、つまり過去のことを話題にする傾向が強いですが、ノーレイティングでは、現在取り組んでいる仕事の過程や成果だけでなく、それに基づく次の目標やキャリアパスなど将来のことも話題にします。
また従来の人事評価制度では会社の目標に個人がどのようにアジャストしていくかに注目されがちでしたが、ノーレイティングは個人の成長が注目されるようになります。つまり個人として成長することで、会社の成長にどのように貢献できるかを考えるわけです。
従来の人事評価制度つまりレイティングは、企業のグローバル化やIT化が浸透するまでは確かに効果を発揮してきました。
しかし企業のグローバル化、IT化が進むとビジネスサイクルは短くなり、経営者には正確ですばやい意思決定が求められるようになりました。
こうした背景を受けて、従来の年1度のレイティングによる人事評価では、加速するビジネス環境に対応できないので、新しい人事評価制度つまりノーレイティングが必要とされるようになったわけです。
さらに、これまでのレイティングによる評価制度にはいくつかの問題点がありました。たとえば以下のものがあります。
こうした問題があるので、自分はきちんと評価されていないと感じる社員もいます。そうした感情は仕事に対するモチベーションの低下、優秀な人材の流出につながります。こうした問題を解決する手段としてノーレイテイングが注目されるようになりました。
ノーレイティングのやり方については理解できましたが、企業としてそれを導入する場合、どのような手順を踏むことができるのか次に紹介します。
1.現状の人事評価制度の課題を洗い出す
2.上司と部下の信頼関係の構築
3.評価側の意識改革やスキルアップ
4.導入時期や内容の検討
5.社員への周知
6.決定権の委譲と導入の開始
導入を検討するために、まずは現状の人事評価制度の課題を洗い出すことが必要です。
たとえば、社員が評価基準に不透明感を感じている、人事評価を下すためにたくさんの書類を揃える必要があるのでマネージャーや上司の負担が大きいなどの問題点が浮き彫りになりかもしれません。
もしそうした問題点をノーレイテイングで解決できるようであれば導入を検討できるでしょう。
部下が上司を信頼していなければ、上司からの評価を受け入れがたく感じます。それで導入前から上司と部下の間に信頼関係を築くような施策を実施できます。
たとえば、ノーレイテイング導入前から1on1ミーティングを試験的に実施して率直な意思の疎通が図れるような機会を設けることができるでしょう。
ノーレイテイングではこれまでの人事評価制度とは評価の仕方が変わってくるので、評価する側にも意識改革やスキルアップが求められます。
評価する側のマネージャーや上司を対象としたコミュニケーションの方法、コーチングなどの研修ができるかもしれません。
マネージャーや上司などの評価側の体制が整ったならば次は導入時期や具体的な内容を検討しなければなりません。
たとえんば、「現行の人事評価制度からの移行期間はどれくらいにするのか」「いつから実施するのか」「1on1ミーティングの場所・時間・回数はどうするのか」などを決める必要があります。
ノーレイテイングを会社に浸透させるためには、「それがどのような制度なのか」「従来の人事評価制度との違い」「ノーレイテイングのメリット」などを説明しなければなりません。そうすることで社員の協力が得られ導入を成功へと導くことができます。
ノーレイテイング導入により、個々の社員の給与は昇進は評価するマネージャーや上司が裁量権を持つようになります。
ノーレイテイング導入によりこうした取り組みを開始するのであれば、裁量権の委譲を行わなければなりません。
さらに実際にノーレイテイング導入後に何かしらの課題が見えてくることもあるので、課題の洗い出し、制度の改良などが必要になる場合もあります。
ノーレイティングが注目される理由や導入までの手順は理解できました。次にノーレイティング導入で企業が獲得できるメリットを紹介します。
ノーレイティングでは定期的に上司と部下が1on1ミーティングなどでコミュニケーションし、個々の社員の能力や状況に応じたリアルタイムな目標を設定します。
さらに教育や指導、評価のフィードバックによりその目標に対する取り組み方、達成率、次の課題などを上司と部下の間で共有できます。
そしてそれを基準に次の現実的な目標が設定され、ノーレイティングの同じ工程が繰り返されことになります。個々の社員が達成可能な目標を持つことができ、仕事に対するモチベーションが上がり、ナレッジやスキルの点で成長できます。
定期的な部下とのミーティングで上司はこまれで気づかなかった才能を持った人材を発見できるかもしれません。
さらに定期的なミーティングとそのときに行われるフィードバックによる個々の人材の育成が可能です。
1年に1回のレイティングとフィードバックでは社員が何かに気づいたり、改善したりするには遅すぎる場合があります。なにか改善すべき点があればすぐに伝えてほしいという気持ちもあります。ノーレイティングではそうした社員の要望に答えることも可能です。
ノーレイティングでは個々の社員が達成可能な目標を持ち、仕事に対する意欲を保ちやすくなります。それにより会社に対するロイヤルティが向上します。これらは優秀な人材の他社への流出を防ぎ、人材を確保することにつながります。
ノーレイティングは評価基準が明確なので、受け取る側も納得しやすいというメリットがあります。
レーティングによる評価基準は不透明な部分があるという問題がありました。さらに評価が上司の主観や経験、好き嫌いに影響される部分があります。
たとえば、仕事で結果を残していないのに上司に気に入られているという理由で評価されている人がいれば、他の従業員はその人に対する評価だけでなく自分に対する評価にも納得いかないでしょう。
しかしノーレイティングでは、上司が個々の従業員の働きを見て評価するので、不透明感はありません。個々の社員は上司の評価を受け入れやすいです。
ノーレイティングは多様化するワークスタイルに対応できるというメリットがあります。
たとえば育児に専念するために仕事の時間を短くしている社員には、いつもより達成するのが容易な目標を設定できます。
テレワークの社員には、オンライン会議やチャットツール、勤怠管理システムなどを上手に活用し、仕事の過程と結果を確認しながら、ふさわしい目標を設定できます。
ワークスタイルが違っていても、ノーレイティングは個々の社員の働きを評価するので、オフィス勤務の社員と時短勤務の社員、テレワークの社員との間に評価格差が生まれたり、不公平感が出ることはありません。
ノーレイティング導入によりクリアしなければならない課題もあります。デメリットともいえるそうした点には以下のものが挙げられます。
ノーレイティング導入を成功させるカギは定期的な1on1ミーティングの実施です。
レイティングのときには、年に1回上司が部下を評価しフィードバックするだけでしたが、ノーレイティングでは、上司と部下のミーティングが定期的に必要となるので上司の負担が増えます。
しかし、これはミーティングの数をこなせばいいという問題ではありません。ミーティングの質や会話の内容を意味あるものにしなければなりません。企業によっては評価担当の上司にもこうした点での研修や訓練が必要でしょう。
これまでのレイティングでは定められた判定基準や評価項目があったので上司はそれほど考える必要はありませんでした。
しかしノーレイティングではそれがありません。日頃の観察やミーティングで仕事に対する努力や過程、結果を把握し、それに基づいて教育・指導・評価し、次の目標を設定しなければなりません。
こうしたことを達成するために、上司は部下を管理するマネジメント能力が求められます。
これまでのレイティングでは給与額は評価ランクに影響されていました。
しかし、海外企業などノーレイティングを採用しているところでは、上司や管理者に人件費の分配を任せるという方法がとられています。
つまり上司が、個々の社員の評価に基づき、自分の裁量で人件費予算を分配し、給与額を決めるわけです。
これも上司の負担を増やす理由となります。そしてこれが理由で導入をためらう企業も少なくありません。
レイティングを廃止しノーレイティングを導入した企業の事例を紹介します。
Microsoft社にはスタックランキングシステムと呼ばれるレイティングによる人事評価制度がありました。
従業員や元従業員は、この制度によりマネージャー間の権力争い、従業員同士の足の引っ張り合いが生じたと意見を述べています。実際にスタックランキングシステムはMicrosoft社の内外から「Microsoftの最も破滅的なシステム」と評価されていました。
このレイティング制度を廃止し、Microsoftはノーレイティングを採用しました。その目的は、「コネクト」と呼ばれるプロセスを通じ、よりタイムリーなフィードバックと意義深い議論によって従業員の学習・成長・成果を助けることとしています。
さらに企業内でひとつの時間軸に沿うのではなく、ビジネスの各部分のリズムに合わせてスケジュールを決め、開発や成果を議論する時期や方法は柔軟にするとも述べています。
デザイン編集ソフトのPhotoshopで有名なAdobeもレイティングによる人事評価制度を早くから廃止した企業です。
2012年には独自の評価制度として「チェックイン(Check-in)」を導入しました。それまでは年間目標の達成度合いでランク付けをする「アニュアルパフォーマンスビュー」というシステムを採ってしました。
従来の制度では人事評価にあまりにも時間がかかるという問題が生じていました。さらに、レイティング特有の、従業員からの有用なフィードバックが得られない、評価に納得できないなどの不満の声も上がっていました。
新しい「チェックイン」では、マネージャーと従業員が常に対話を行うことで、その中から明確な目標を定め、何度もフィードバックし、キャリアアップについて話し合うことができるようにしました。
これにより、マネージャーの人事評価にかかる時間を最初の1年間で8万時間削減することができました。従業員数が増加した現在では、さらに年間10万時間以上の時間削減ができていると推定されています。
従業員側の仕事に対する意欲や定着率も高まり、自分でパフォーマンス管理もできるようになるというメリットも生まれました。
ノーレイティングという新しい人事評価制度を紹介しました。年に1回、1年間の仕事だけを判断基準にして行われる従来のレイティングとは違う新しいタイプの人事評価制度です。
特徴となっているのは以下の点でした。
ノーレイティングでは上司にコミュニケーション・マネジメント・コーチングなどの能力が求められるようになります。
ビジネスのグローバル化、IT化が進むなかで、企業は従来の人事評価制度を見直さなければならない時期に来ています。ノーレイティングの仕組みとそのメリット・デメリットを理解し、自社にふさわし人事評価制度を検討することができるでしょう。
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