給与前払いを認めている法律とは?労働基準法とサービス利用の注意点

給与前払いを認めている法律とは?労働基準法とサービス利用の注意点

記事更新日: 2021/04/30

執筆: TAK

最近「給与の前払い」や「即日払い」という言葉を目にする機会が多くなりました。

従業員を多く抱える企業の場合、福利厚生の一環として「給与の前払い」を導入しているケースが増えていますが、そもそも給与の前払いは法律に問題ないのでしょうか?

今回は、給与前払いの基本から労働基準法との関連性・法律の根拠について解説した上で、社内融資制度や公認会計士の見解を踏まえ、サービス利用の注意点を説明します。

給料前払いとは?

給与の基本的な考え方①通常ケース

給与の前払いについて考える前に、基本となる「給与の考え方」を確認しておきます。

会社勤めをしているサラリーマンの場合、毎月勤務先で与えられた仕事をこなし、その結果として毎月決まった日にお給料が振り込まれることになっていますね。

これは、言い換えれば「労働サービスを提供した対価(見返り)として給料をもらっている」と表現することも出来ます。

つまり、働いた分だけ会社から給料をもらえる仕組みになっているということです。

当たり前と思われるかもしれませんが、まずはこの基本的な考え方を抑えておきましょう。

給与の基本的な考え方②給与前払いケース

では、給与の前払いは法律で認められているのでしょうか?

結論から言えば、ある一定条件を満たせば給与の前払いが可能となっています。

法的根拠や条件はこの後紹介していきますが、なぜ給与の前払いが認められているのかと言うと、働いた分であれば(支給日前であっても)給与をもらえると考えた方が合理的だからです。

ただ、どんなケースでも給与の前払いが認められるとすると、会社側の負担も増大するおそれがあるため、一定の条件が設けられています。

そのため、従業員から「給与の前払い」に関する要請があっても、会社側は必ず応じなければならない義務が発生するわけではありません。

まずは「従業員の給与前払いの要請理由」を確認し、その内容がこの後紹介する労働基準法の条件に合致しているかを判断するようにしてみてください。

給料前払いと労働基準法

労働基準法が認めている「給与前払い」の法律的根拠

それでは、給与の前払いが認められる法的根拠について確認していきます。

給与前払いの法的根拠としては、労働基準法の第25条にある記載が参考になります。

「使用者は、労働者が出産、疾病、災害その他厚生労働省令で定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合においては、支払期日前であつても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならない。」              

労働基準法第25条より引用)

簡単に言うと「非常時に限って(従業員側からの申請があれば)働いた分の給与を支払う必要がある」という意味になります。

「給与前払い」の一定条件というのは「非常時」ということになります。

「非常時」とは、労働基準法施行規則第9条で以下のように定められています。

・労働者の収入によつて生計を維持する者が出産し、疾病にかかり、又は災害をうけた場合

・労働者又はその収入によつて生計を維持する者が結婚し、又は死亡した場合

・労働者又はその収入によつて生計を維持する者がやむを得ない事由により一週間以上にわたつて帰郷する場合            

 (労働基準法施行規則第9条より引用)

企業が従業員から「給与の前払い」を要請された場合、要請理由が上記のいずれかに該当する場合には、企業として給与の前払いをする必要があるということになります。

企業に対して「給与の前借り」を検討している従業員の方であれば、労働基準法施行規則第9条に定められた理由のいずれかに該当しなければ申請出来ないということを覚えておいてください。

給与の前払いに関する注意点

労働基準法で「給与の前払い」が認められていることを紹介しましたが、1つ注意点があります。

それは、将来の給与分を前払いすることは労働基準法に抵触する可能性があるということです。

なぜかというと、先ほど紹介したように給料は「働いた分」について支払う性質となっているためです。

将来の給与は「まだ働いていない分」となるため注意が必要です。

労働基準法にも、将来に属する給与の支給が禁じられている規定があります。

「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。」                            

労働基準法第17条より引用)

従業員からの給与の前払い要請があった際には、上記の労働基準法第17条の視点を理解した上で対応するようにしましょう。

賃金支払いの5原則を理解する

賃金支払いの5原則とは?

「給与の前払い」について紹介してきたので、ここでは労働基準法で定められている賃金の支払いに関するルール「賃金支払いの5原則」についても解説しておきます。

「賃金支払いの5原則」は以下の通りです。

  • 原則1:通貨払いの原則
  • 原則2:直接払いの原則
  • 原則3:全額払いの原則
  • 原則4:月1回以上支払いの原則
  • 原則5:一定期日払いの原則

労働基準法第24条をもとに作成)

一つずつ内容を確認していきましょう。

原則1:通貨払いの原則

1つ目の原則は、通貨払いの原則です。

通貨払いの原則とは、日本銀行が発行している通貨で支払わなければならないという内容になります。

そのため、会社の商品などの現物での支給は基本的に認められていません。

原則2:直接払いの原則

2つ目の原則は、直接払いの原則です。

直接払いの原則は、給料は本人に直接支払わなければならないという内容です。

より厳密には、給料は本人に直接手渡しすることが原則となっていますが、現在では労働者の同意のもと、銀行振込による支給がほとんどです。

給与の前払いと混同しがちな「給与ファクタリング」がありますが、この「直接払いの原則」があるため、ファクタリング業者は企業に対して給与の債権を請求できないこととなっています。

原則3:全額払いの原則

3つ目の原則は、全額払いの原則です。

全額払いの原則は、給料は全額を支払わなければならないという内容です。

会社が従業員に対して貸し付けている金額と給料を相殺することは認められていないという意味になります。

ちなみに「所得税」「住民税」「社会保険料」などは、法令で別途定められているため、給与額面から天引きすることが認められています。

原則4:月1回以上支払いの原則

4つ目の原則は、月1回以上支払いの原則です。

月1回以上支払いの原則は、1ヶ月単位で最低1回は給料を支払わなければならないという内容です。

サラリーマンであれば毎月一度の給料日があるので、企業として「今月は資金繰りが悪いから、来月まとめて2か月分を払う」ようなことは認められないということになります。

原則5:一定期日払いの原則

5つ目の原則は、一定期日払いの原則です。

一定期日払いの原則は、期日を特定して給料を支払わなければならないという内容です。

会社によって異なりますが、給料日は「毎月10日」「毎月25日」「毎月末」などのように決められていると思います。

このように、給料を支払う日を特定しておく必要があるという意味です。

一定期日払いの原則によって「毎月下旬のどこか」で支払うといった曖昧な決め方は認められないことになります。

 

以上が、労働基準法でも定められている「賃金支払いの5原則」に関する内容となります。

基本的な給与の支払に関する原則なので、給与の前払いとあわせて理解してみてください。

給与前払いサービスとは

企業が従業員に直接支払う従来の給与前払いは、企業に資金が潤沢ある事や支払手続きを自社で行うなど負担があります。

「給与前払いサービス」とは、給与前払いの代行サービスです。

給与前払いサービスの仕組み

給与前払いサービスの仕組みは、大きく分けて2種類のタイプが存在しています。

「給与前払いサービス会社」「利用企業」「(利用企業の)従業員」の三者を意識しながら違いを理解してみてください。

「立替型」給与前払いサービスの立替タイプ

立替型は、給与前払いサービス会社が利用企業に代わって給与を立替えて従業員に支払うタイプです。

立替型の場合は、従業員側が負担する手数料も預託金型に比べて割高となるのが一般的です。

「預託金型」利用企業の預託金タイプ

預託金型は、利用企業が給与前払いサービス会社に資金を預託し、従業員自身がATM経由で給与の前払い分を引き出せるタイプです。

預託金型の場合は従業員側がATM手数料を負担すればよいため、立替型に比べて割安となるのが一般的です。

給与前払いサービスが増えている理由

最近では、給与前払いサービスを利用している企業が増加傾向にありますが、それはなぜでしょうか?

企業環境ごとに事情は異なりますが、おおむね2つに集約されます。

1. 従業員側の資金ニーズの多様化

2. 企業側の福利厚生充実化の狙い

最近では短期バイトに代表されるような、スキマ時間を利用した日払いの仕事が増えています。

また、コロナウイルスの影響もあり、従業員であっても「お金が必要」という資金ニーズがより高まっていると言えます(1. 従業員側の資金ニーズの多様化)。

また、企業は人材不足の中でも事業を維持するために、雇用形態に関わらず働きやすい環境作りに力を入れる傾向がより強まっています(2. 福利厚生充実化の狙い)。

こういった背景を前提にして、従業員側の「給与前払い」というニーズを満たせるサービスを「福利厚生」として導入する企業が増えていると考えられます。

給与前払いサービス利用の注意点

給与前払いサービスについて紹介してきましたが、適法性が疑われるサービスも存在するため、その点は十分気を付けるようにしてください。

なぜなら「立替型」と「預託金型」にはそれぞれ法的な論点があるためです。

・立替型であれば、その取引スキームが「貸金業」に該当しないことを確認する必要

・預託金型であれば、預託運用するために必要な資格を有しているかを確認する必要

サービス利用時には提供会社がどちらのタイプになっているのか、具体的な手数料が明示されているか、導入実績は豊富か、などの視点でサービスを見極めるようにしてください。

法的な部分や解釈も絡んでくるため、場合によって弁護士に相談してみてください。

給与前払いと社内融資制度について

給与前払いサービスの概要について紹介してきましたが、「実際にサービスの導入までは検討していないけど、極力従業員の資金ニーズには応えてあげたい」と思われる企業担当者の方もいらっしゃるかと思います。

そういう場合に検討価値があるのが「社内融資制度」です。

これは、企業が従業員に対して資金を貸し付ける制度のことを言います。

給与前払いの場合は、すでに「働いた分」が対象となっていますが、社内融資制度は「融資」である以上、限度額の範囲内で従業員に貸し付けすることが可能です。

金利も低めに設定されることが一般的なので、従業員にとっては消費者金融などから借入するよりも確実で安心な方法と言えます。

最近では上場企業だけでなく、中小企業でも導入している企業が少しずつ増えてきているようなので、一度検討してみてはどうでしょうか。

公認会計士の見解

最後に、公認会計士としての見解を少し述べておきたいと思います。

給与前払いは、会計税務というよりも法務(労務)の性質が強いため、導入時にあたっては法務の専門家の意見を聞くことが重要です。

企業経営の観点からいうと「給与前払い」を導入することで「通常時」よりもキャッシュアウトのスピードが早くなるため、資金繰りの管理や確認は必須と言えます。

特に、上場企業のような多くの従業員を抱える会社で、預託金方式サービスを利用している場合には、一度にまとまった資金が動くことになるので、あらかじめ資金のシミュレーションをしておくと良いでしょう。

他にも、給与前払いの金額的重要性や頻度が高い場合には、企業の内部統制ルールがしっかり整備・運用されているか確認しておくようにしましょう。

まとめ

今回は「給与の前払い」について基本的な考え方から給与前払いサービスの仕組みまで紹介してきました。

給与の前払いは、給与の支払いに関する法的な理解が必須です。

働き手の資金ニーズが多様化している現代では、従業員のニーズを正確にとらえ、必要な時に助けてあげられる企業環境が求められています。

非常時の給与前払いや社内融資制度の導入を通じて、少しでも従業員にとって「働きやすい」と思われる福利厚生を構築してみることが、離職率を下げる一つの手段になりえるかもしれません。

画像出典元:Shutterstock

この記事を書いた人

TAK

フリーコンサルタント・公認会計士。公認会計士試験に合格後、大手監査法人のアドバイザリー部に就職し、IFRSやUSGAAP、連結納税、銀行監査などに携わる。その後、中国事業の代表として外資系コンサル会社に転職し、中小日系企業の中国新規進出や現地企業のM&Aサポート、コンプライアンス業務などを担当。帰国後は独立し、フリーのコンサルタントとして生活しつつ、ブログVectoriumを運営。

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