建築業界のDXはどう変わる?アンドパッド代表・稲田氏が明かす「AI戦略の現在地」

建築業界のDXはどう変わる?アンドパッド代表・稲田氏が明かす「AI戦略の現在地」

記事更新日: 2025/12/08

執筆: 編集部

建築業界では、生産性向上や働き方改革に向けて、DXが重要な経営課題として注目されてきた。そして今、AIの進化により、あらゆるビジネスにおいて、テクノロジー活用のあり方そのものが進化している。この新たなAIの波を、建築業界はどう捉え、いかに活用していくべきなのか。

株式会社アンドパッドは、利用社数23.3万社、ユーザー数68.4万人を誇るクラウド型建設プロジェクト管理サービス「ANDPAD」を手掛ける。まさに、建築業界のDXを牽引する企業である。

本記事では、同社の創業者で代表取締役社長の稲田 武夫氏に、AI時代の戦略構想を問う。

稲田 武夫(株式会社アンドパッド 代表取締役社長)

慶應義塾大学経済学部卒業後、株式会社リクルートにて人事・開発・新規事業開発に従事。

2012年アンドパッド(旧:オクト)設立、「現場監督や職人さんの働くを幸せにしたい」という思いで、建築・ 建設現場の施工管理アプリANDPADを開発。利用企業数23.3万社、ユーザー数68.4万人のシェアNo.1※施工管理アプリに成長。全国の新築・リフォーム・商業建築などの施工現場のIT化に日々向き合っている。Forbes JAPANの「日本の起業家ランキング 2022」にて3位に選出。

稲田氏の経営手腕と社会課題への取り組みは高く評価され、2023年には経済産業省主催「日本スタートアップ大賞」にて国土交通大臣賞を受賞。

※『建設業マネジメントクラウドサービス市場の動向とベンダシェア(ミックITリポート2024年12月号)』
(デロイト トーマツ ミック経済研究所調べ)

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高まる建築需要と労働力不足。建築業界の課題とAI活用

なぜ労働力不足が起こるのか。建築需要が続く背景

──まずはAI活用の本題に入る前に、建築業界の課題について整理させてください。人手不足やコスト高騰が叫ばれますが、業界の現状をどう分析されていますか。

まず、日本全体としては建築需要自体は減らないと考えられていますし、引き続き高い水準で推移しています。

建築需要が続く理由は様々あります。例えば、インフラの老朽化です。一例ですが、水道管や橋梁(きょうりょう)といった社会インフラの点検・補修が、人手不足で全く追いついていません。水道インフラの老朽化による事故として、2025年1月に埼玉県で発生した道路陥没事故は記憶に新しいですよね。日本のインフラ維持のために、建設やメンテナンスのニーズはより拡大していくことになります。

もう1つは災害です。予期せぬ災害はどうしても起こります。その都度、業界としても災害復興という大きな仕事が発生します。 

このように需要が常に続く産業である一方、労働力が圧倒的に不足しています。加えて、原材料が著しく高騰しています。建築を望む不動産会社やオーナーがいても、材料費も人件費も上がり、想定より建築費が高くて諦める、というケースは多いのです。

この状況では、DXはもちろん、AIも活用して「一人当たりのできる量」を増やす必要があります。 

ただ、特に不足が深刻なのは、現場の職人や資材を運ぶドライバーといった「エッセンシャルワーカー」です。この領域は、AIやDXでの代替が難しく、ロボティクスにも限界がある。逆に、私を含めたホワイトカラーの業務はかなりの部分でAIが担うようになるはずです。今後は人の付加価値が求められる現場こそ、機会も処遇も緩やかに上がっていく傾向になると考えています。

建築業界の課題を解決する、AI活用の3つのテーマ

──先ほど「AIを活用して一人当たりのできる量を増やす必要があります」というお話がありましたが、どのようなAI活用が必要だとお考えでしょうか?

AIの活用余地は多岐にわたりますが、我々が現在取り組むべきテーマは大きく2つあります。1つ目は「技術継承」。2つ目は「プロジェクト生産性」、つまり段取りの効率化です。

まず「技術継承」ですが、人手不足が深刻化する業界において、ベテランのノウハウをいかにデータベース化し、若手に引き継ぐかが各社の課題です。経験の少ない作業員でも高い施工品質と効率を確保するため、ナレッジAIの活用が非常に有効だと考えています。

次に「プロジェクト生産性」について。ANDPADには工程表をはじめとする工程管理機能がありますが、実際の現場は複雑な工程調整やリソース手配に忙殺されています。このボトルネックをAIでどう効率化できるか、という点が重要な論点になるでしょう。

経営へのソリューション提供を目指す、アンドパッドのAI戦略

──「技術継承については少子高齢化の影響もあり、大きな課題になっていますね。では、その課題を解決するために、どのような取り組みをされているのでしょうか?

AI開発についてはトライアル段階ですが、各社に導入いただき検証を進めているところです。

ANDPADには、膨大な建築プロジェクトデータ、設計図書、工程管理、原価管理のデータ、そしてプロジェクト内のコミュニケーションデータが蓄積されています。そのデータを活用することで、若手が新しいプロジェクトを担当する際、過去の類似案件で「どのような事故があったか」「進行上の課題は何か」を瞬時に学習できる環境があるのは非常にポジティブです。

──ここまでAI活用の「テーマ」についてお話しいただきましたが、すでに提供しているサービスについても教えていただけますか?

すでに現場からご好評をいただいている機能として「AI黒板」があります。「AI黒板」は、図面を読み込ませるだけで、AIが必要な黒板情報を自動で生成(切り出す)機能です。

大規模な建築現場では、1つの現場で膨大な写真を撮影し、ANDPADに保存しています。これらは施主への報告や、公共工事の場合は行政への報告義務のために使われます。

しかし、何万枚もの写真を扱う中で「撮り忘れ」や写真の「改ざん」といった問題が起こり得ます。そのため、特に公共工事では、信頼性の担保のために「黒板」入りの写真が必須とされているのです。

従来は黒板の準備をExcelなどを使い、人が手作業で作成していました。これには膨大な時間が取られます。

こうした現場の方しか知らないような、独特な人的作業が建築現場には無数にあります。このような、業界特有の具体的なビジネスケースを多数押さえ、解決していることこそが、我々の大きな特徴だと考えています。

ANDPADのデモ画面
資料や工程の進行を一元で管理できる

「幸せを築く人を、幸せに。」ミッション実現のためにさらなる成長加速へ

成長の余地は大きい。バーティカルSaaSの勝算

──では最後に、貴社の今後の展望についてお聞かせください。近年、建設業の「バーティカルSaaS」が市場の注目を集めていますが、そのリーディングカンパニーとして、アンドパッドはどのような成長戦略を描いていますか?

SaaS目線でお話しすると、弊社は日本のバーティカルSaaSとしておそらく最大規模であり、組織作りも含めてバーティカルSaaSを科学し続けてきた経験があります。しかし、米国には我々と同じような企業が数社あり、弊社の10倍以上の規模となっております。

これは、我々がやれることはまだまだあるとも言えます。建築に関わる全ての人に、より良いアプリケーションを提供していくことで、SaaSとしてのポテンシャルをさらに引き上げていけると考えて取り組んでいきます。

──なるほど。昨今、市場では「SaaS is Dead」とまで言われることもありますが、それでもなお、成長の余地は大きいと捉えていらっしゃるのですね。

SaaS業界全体で見た場合、AIは「機会でもあり、脅威でもある」というのが率直な見解です。

脅威という側面で言えば、一般論ですが、LLMのファンデーションモデルを有するプラットフォーマーがAIエージェントを強化し、各SaaSのデータを連携させ、Agenticなサービスを出し始めると、従業員が個別のSaaSの画面を直接触る機会は減っていくでしょう。プロダクトのタッチポイントが失われるという意味では、SaaS業界にとって危機であると考えています。

もちろん、各SaaSがAI機能をプロダクトに組み込むことで新たな収益を生むという「機会」の側面もあります。

ただし、我々のような「バーティカルSaaS」は、その前提が少し異なります。

ANDPADは、一企業内のツールではなく、一つの建築プロジェクトの元に、元請けや協力会社など複数の法人が利用するコラボレーションサービスです。

そこには「ANDPADにしか存在しない、業界特有のデータ」が大量に蓄積されています。我々が取り扱うのは、画像や映像、あるいはこれまでデータ化されてこなかった紙の書類など、インターネット上には存在しないデータです。

それらのデータを活用し、独自のAI機能を強化・搭載することは、各社が導入する汎用的なLLMとは一線を画します。

そのため、汎用的なLLMサービスと競合するのではなく「共存」できると考えています。

重要なのは「技術の高さ」だけではなく、「顧客の課題をどう解決するか」

──ANDPADの「データ」の優位性はよく分かりました。ただ、市場には最初からAI搭載を前提に設計された「AIネイティブSaaS」も次々と登場しています。そうした新しいプレイヤーとの競争については、どのようにお考えですか?

新しいプレイヤーとの大きな違いは、ANDPADがインダストリーSaaSとして、プロジェクト管理、原価管理、入金管理など、すでにマルチプロダクトで顧客のあらゆる業務フローの中に入り込んでいる点です。

お客様にとって、いかに「楽」になるかを考えると、業務の一部分、たとえば「今まで手で書いていたものがOCRで楽になる」といった「点」の改善よりも、業務フロー「全体」の効率化を目指す方が重要だと考えています。

ANDPAD上では、元々アナログだった業務がDXによってすでに再構築されています。我々が進めるAI活用とは、この「DXが浸透した業務プロセス」を前提に、従来は人が行っていた進行をAIに置き換えることで、フロー全体の効率化をさらに推し進めることです。

──技術論だけでなく、そうした基盤をもって顧客の課題をどう解決するかが重要ですね。

おっしゃる通りです。既存のSaaSである我々がAIでさらにリードできる理由は、大きく3つあります。

1つ目は、「ドメイン知識」です。我々には、建築の業務フローやプロジェクトに対する圧倒的な業務理解とケース量があります。

2つ目は、「普及率」です。すでに業界で働く多くの人のスマートフォンにANDPADが入っており、ソフトウェアが浸透しています。

そして3つ目が、その結果として蓄積された「膨大な独自データ」です。インターネット上にはなくLLMにも学習されていない、構造化された業界データを量・質ともに保有しています。

──では最後に、AI活用の推進を通じて成し遂げたいことについてお聞かせください。

我々がやるべきことはシンプルです。業界の労働力を上げ、労働環境をより良くする。そのためには、AIであろうと何であろうと必要とされることは全て取り組んでいきます。

弊社のミッションは、「幸せを築く人を、幸せに」です。我々は、建築に関わる全ての人が働きやすくなり、効率化によって、より付加価値の高い活動に従事してもらうために建築業界のDXを推進していきます。

──AIはあくまで手段であり、その根底にあるミッションの達成のためにあらゆることに取り組んでいく、ということですね。

まさにその業界課題に対する強い当事者意識と、ミッションへのコミットメントこそが、貴社の競争力の源泉だと感じました。本日はありがとうございました。

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